学位論文要旨



No 118054
著者(漢字) チワウィブン ポーンテープ
著者(英字) CHIVAVIBUL PORNTHEP
著者(カナ) チワウィブン ポーンテープ
標題(和) Al2O3繊維・ZrO2マトリックスミニコンポジット強化Al2O3マトリックス複合材料の力学特性と損傷許容性
標題(洋) Mechanical Properties and Damage Tolerance of Al2O3 Fiber-ZrO2 Matrix Minicomposite-Reinforced Al2O3 Matrix Composite
報告番号 118054
報告番号 甲18054
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5512号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 朱,世杰
 東京大学 教授 武田,展雄
内容要旨 要旨を表示する

第1章序論

 第1章は序論であり、論文を通して用いた材料の現状と問題点を探り、研究の目的を明確にした。

 セラミックスは高温で他の材料にはない高強度・高弾性率などのすぐれた特性を持つ材料である。しかし、セラミックスの実用化における最大の問題点は,材料内部の微少な欠陥や表面の傷の存在によって応力集中が生じ脆性的な破壊を生じることである。セラミックス単体の組織制御や粒子、短繊維などの複合化では脆性の克服には限界があることから、近年、連続繊維を複合化したセラミックス基複合材料の開発が進められている。連続繊維強化セラミックスには、SiC繊維強化SiCマトリックス複合材料に代表される非酸化物系とAl2O3繊維強化Al2O3マトリックス複合材料をはじめとする酸化物系二種類に大別される。

 後者の酸化物系複合材料は大気中・高温で利用できる材料として期待されている。この複合材料の研究では界面の制御が重要であり、界面の制御方法には、繊維表面にコーティングを行うことや弱い多孔質のマトリックスを繊維とマトリックス界面に存在させることによって行われている。最近、ミニコンポジット単位で強化機構を発現させるという新しい考え方のAl2O3繊維強化Al2O3マトリックス複合材料複合材料が開発された。この材料では、繊維と反応せず弱い結合をするZrO2をマトリックスとしてAl2O3繊維単位のミニコンポジットを強化素材として利用することによって簡単な複合化プロセスで複合材料を作製するものである。この方法で作製した材料は,作製プロセスが簡単であるのに加えて、繊維が直接マトリックスと接しないので内部の繊維が焼結する可能性が少なく、かつ、マトリックスの気孔率は本質的に任意で構わないため,新しい材料として注目されている。しかし、この複合材料を実用的に用いるための基礎となる力学特性は十分に調べられておらず、実用化の妨げになっている。本論文ではこの複合材料の実用化に大切な力学特性を調べることを目的とした。

第2章引張り特性におよぼす試験片寸法および負荷速度の影響

 本論文を通して、複合材料の力学特性を正しく評価する方法を検討するために、引張り試験時の試験片サイズおよび負荷速度の影響を調べることを目的とした。

 複合材料の引張り変形破壊特性に及ぼす試験片寸法の影響を調べるため試験時に有効ゲージ長さを20から60mmまで変化させた。引張り試験は室温、大気中で一定の負荷速度0.5mm/minで行った。次に、ゲージ長さを40mmで一定とし、負荷速度の影響を調べるために負荷速度を0.005から5mm/minまで変化させ引張試験を行った。

 引張り応力-ひずみ曲線はおよそ10MPaの負荷応力付近まで線形的な挙動を示した。さらに負荷応力が増加すると非線形的な挙動が観察されるようになり、応力が30MPaを超えると下に凸の応力-ひずみ挙動を示した。最後の下に凸の部分は繊維束単体の引張り応力-ひずみ曲線で観察されるものと類似していた。この結果から、複合材料の最終的な引張り破壊は繊維束単体の挙動に近いことが明らかにした。引張り強さは負荷速度に極めてわずかしか依存しないが、ゲージ長さが長くなると引張強さはわずかに低下する傾向を示した。一方、破断ひずみはゲージ長さが大きくなるにつれてばらつきは大きくなることが明らかになった。ゲージ長さが大きくなると材料中に弱い部分が存在する確率が増え、その部分で織物構造の伸びが生じ、伸び全体への寄与が大きくなるためであると考えられた。

第3章損傷進展機構

 第2章の結果より、本論文で対象とした複合材料の応力-ひずみ曲線は大きな非線形変形挙動を伴って破壊することが明らかになった。本章では、材料内部に生じる微視破壊挙動が複合材料の変形破壊挙動に及ぼす影響を明らかにし、複合材料の損傷許容性発現の機構を調べることを目的とした。本章では、繰り返し負荷-除荷試験を室温で行った。また、試験時の複合材料中に生じる微視破壊を詳しく観察した。

 負荷-除荷試験より得られた応力-ひずみ曲線にはヒステリシスループ、および除荷後に残留ひずみが明瞭に測定された。また、複合材料の非線形挙動が生じる要因は繊維とマトリックス間の界面剥離と滑り、マトリックス中でのポアからの微視亀裂の生成が主な要因であることが明らかになった。繰り返し負荷-除荷試験時のヒステリシス曲線の傾きは最大負荷応力により変化し、負荷応力が20MPa以下では変化は極めて小さいが、負荷最大応力が20-30MPaの間では大きく低下し、その後、破断までほぼ一定となった。この結果は、微細組織の観察結果と照らし合わせて考えると、負荷応力が30MPaを超えると複合材料中での微視亀裂密度が飽和状態に達しているために生じたと考えられる。さらに詳細な観察より、負荷応力が6MPa付近からマトリックスに存在するポアを起点としたマトリックスの微視破壊が徐々に進行するとともに、20MPa以上では繊維の破断や界面剥離が進行し、負荷応力が34MPa以上では微視破壊が飽和状態に達し、荷重の大部分を織物構造中で負荷方向に繊維軸が配向している繊維が負担することが明らかになった。複合材料の微視破壊機構の特徴が明確になり、この微視破壊により大きな非線形挙動を生じる機構を実験的に示せた。

第4章引張特性におよぼす温度・時間の影響

 第3章では室温での破壊特性を明確にしたが、高温特性や長時間高温下に置かれた後の特性の変化は明らかではない。本章では、高温における力学特性及び熱暴露後の力学特性を調べることを目的とした。

 複合材料の高温引張試験を行い変形破壊挙動及び強度の温度依存性を調べた。高温引張試験の結果、室温、1000及び1200℃での応力-変位曲線はほぼ同じ挙動を示すことが明らかになった。しかし、試験温度が高くなるほど,試験片が破断する際の最大応力は明らかに減少した。1000及び1200℃での破断応力の平均はそれぞれ52、46MPaとなり、これらの値は室温の破断応力のそれぞれ約80、71%であった。

 ついで、熱暴露後の複合材料の引張り特性を調べた。1000℃で10、100、1000h及び1200℃で10h熱暴露した試験片と熱暴露していない試験片から求められる応力-ひずみ曲線はほぼ同じ挙動を示した。しかし、熱暴露後の複合材料の引張強さは熱暴露前に比較して低下した。1200℃で100h熱暴露した試験片の応力-ひずみ曲線は熱暴露前の応力-ひずみ曲線とは異なり,最後の下に凸の線形領域がみられなかった。熱暴露温度が1000℃では引張強さと破断ひずみが熱暴露時間に依存しないことがわかったが、熱暴露温度が1200℃では引張強さと破断ひずみはいずれも熱暴露時間とともに大きく低下した。1200℃で熱処理した試験片では繊維の劣化およびZrO2の結晶粒の焼結が観察され、これらが引張特性の劣化を引き起こすことがわかった。以上のように、本論文で用いた複合材料は、高温熱暴露試験を行っても劣化しない温度が存在し、本章の結果からおよそ1000℃と考えられた。

第5章応力集中原下での破壊とノッチ敏感性

 本章では、応力集中源下での複合材料の破壊挙動及びノッチ敏感性を調べることを目的とした。

 複合材料中央部に丸穴を開けた試験片の引張試験を行った。このとき、穴の直径と試験片幅の比は一定で0.3とした。引張試験の結果,穴の直径が大きくなっても正味の破断応力は低下しないことがわかった。この結果は、複合材料にはノッチ敏感性が無いことを示している。この現象は、主にリガメント部での微視損傷の累積と、引張り破壊が繊維束の特性に支配されているためと考えられた。一方、第4章の結果をもとに、1200℃で100h熱暴露した複合材料を用いた試験片では穴の直径が大きくなるにつれて正味の破断応力は低下した。これらの結果は、本論文で用いた複合材料が累積破壊挙動を示すときにはノッチ敏感性はないが、繊維の劣化やZrO2層の焼結が進むとノッチ敏感性が現れることを意味していると考えられた。複合材料ではノッチ敏感性が無く、セラミックス単体の材料との大きな相違点であることが確かめられた。

第6章引張り特性に及ぼす熱衝撃及び熱サイクルの影響

 本章では熱衝撃や熱サイクルによる熱損傷挙動と残存特性を調べることを目的とした。熱衝撃には加熱した試験片を水中に落下させる方法を用い、熱サイクル試験には高温に加熱した試験片を空気で急冷する方法を用いた。

 製造後の複合材料と空気冷却を行った複合材料の応力-ひずみ曲線はほぼ同じ挙動を示した。温度差600および800℃の空冷熱サイクルを60回負荷した結果、引張強さと破断ひずみに変化は見られなかった。熱衝撃試験では熱衝撃温度差が500℃付近で応力-ひずみ曲線が熱衝撃を加える前と比較して大きく変化する傾向がみられ、熱衝撃後の複合材料では負荷の初期段階から非線形挙動が見られた。しかし、温度差800℃で6サイクル熱衝撃を負荷した場合にも引張強さの低下は観察されなかった。一方、温度差500℃で熱衝撃を行った試験片の破断ひずみは1サイクル目から大きく増加した。これは、温度差500℃の熱衝撃を負荷した試験片にはマトリックス中に微視破壊が観察され、この微視破壊の影響で非線形挙動に大きく寄与したと考えられた。

 以上の結果より、熱衝撃や熱サイクル挙動でも、複合材料の引張り特性に及ぼす影響が少ない温度差やサイクル数が存在することが明らかになった。また、熱衝撃では、熱衝撃により材料中に微視破壊が多く累積される温度差があることも明らかになった。

第7章総括

 本論文の結果を整理して示した。要するに、本論文ではAl2O3繊維-ZrO2マトリックスミニコンポジット強化Al2O3マトリックス複合材料の使用条件を想定し、そのときに必要な性質を引張り試験を通して求めたものであることを述べた。本論文でもちいた複合材料では、累積破壊機構を利用すれば、従来の酸化物系セラミックスでは得られない損傷許容性が得られるということを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、Al2O3繊維強化Al2O3マトリックス複合材料の力学特性、破壊挙動および高温特性について調べ、その損傷許容特性を明らかにしたものであり、全部で7章からなる。

 第1章は序論であり、本論文で対象としたセラミックス基複合材料の現状と問題点を探り、研究の目的を明確にしている。近年連続繊維を複合化したセラミックス基複合材料の開発が進められているおり、特に酸化物系複合材料は大気中・高温で利用できる材料として期待されている。最近、ミニコンポジット単位で強化機構を発現させるという新しい考え方のAl2O3繊維強化Al2O3マトリックス複合材料複合材料が開発されているが、この複合材料を実際に用いるための基礎となる力学特性は十分に調べられておらず、実用化の妨げになっている。本論文ではこの複合材料の実用化に大切な力学特性を調べることを目的としていることを述べている。

 第2章では、引張り特性におよぼす試験片寸法および負荷速度の影響について述べている。引張り応力-ひずみ曲線は、10MPaの負荷応力付近まで線形的な挙動を示し、さらに負荷応力が増加すると非線形的な挙動を示し、応力が30MPaを超えると下に凸の応力-ひずみ挙動を示すことを明らかにしている。引張り強さは負荷速度に極めてわずかしか依存しないが、破断ひずみはゲージ長さが大きくなるにつれてばらつきが大きくなることを明らかにしている。これは、ゲージ長さが大きくなると材料中に弱い部分が存在する確率が増え、その部分で織物構造の伸びが生じ、伸び全体への寄与が大きくなるためであると結論している。

 第3章では、材料内部に生じる微視破壊挙動が複合材料の変形破壊挙動に及ぼす影響を明らかにし、複合材料の損傷許容性発現の機構を調べることを目的としている。負荷-除荷試験より得られた応力-ひずみ曲線にはヒステリシスループ、および除荷後に残留ひずみが明瞭に測定され、複合材料の非線形挙動が生じる要因は繊維とマトリックス間の界面剥離と滑り、マトリックス中でのポアからの微視亀裂の生成が主な要因であることが明らかにしている。詳細な観察と照らし合わせることにより、負荷応力が6MPa付近からマトリックスに存在するポアを起点としたマトリックスの微視破壊が徐々に進行するとともに、20MPa以上では繊維の破断や界面剥離が進行し、負荷応力が34MPa以上では微視破壊が飽和状態に達し、荷重の大部分を織物構造中で負荷方向に繊維軸が配向している繊維が負担することを明らかにしている。

 第4章では、高温における力学特性及び熱暴露後の力学特性を調べることを目的としている。高温引張試験の結果、室温、1000及び1200℃での応力-変位曲線はほぼ同じ挙動を示すが、試験温度が高くなるほど,試験片が破断する際の最大応力は減少することを明らかにしている。さらに、熱暴露した試験片と熱暴露していない試験片から得られる応力-ひずみ曲線はほぼ同じ挙動を示すが、熱暴露後の複合材料の引張強さは熱暴露前に比較して低下すること明らかにしている。また、繊維の破壊源の観察から、複合材料、ミニコンポジットおよび繊維の強度の関係を定量的に明らかにしている。さらに、高温熱暴露試験を行っても劣化しない温度がおよそ1000℃であることを示している。

 第5章では、応力集中源下での破壊挙動及びノッチ敏感性を調べることを目的としている。試験片中央部に丸穴を有する試験片の引張試験の結果、穴の直径が大きくなっても正味の破断応力は低下しないことを明らかにし、この材料にはノッチ敏感性が無いことを示している。この現象は、主にリガメント部での微視損傷の累積と、引張り破壊が繊維束の特性に支配されているためと結論している。これらの結果より、この複合材料では累積破壊挙動を示すときにはノッチ敏感性はないが、繊維の劣化やZrO2層の焼結が進むとノッチ敏感性が現れることを明らかにしている。

 第6章では、熱衝撃や熱サイクルによる熱損傷挙動と残存特性を調べている。作製後の複合材料と空気冷却を行った複合材料の応力-ひずみ曲線はほぼ同じ挙動を示し、温度差600℃および800℃の空冷熱サイクルを60回負荷した結果では、引張強さと破断ひずみに変化は見られないことを明らかにしている。熱衝撃試験では熱衝撃温度差が500℃付近で応力-ひずみ曲線が熱衝撃を加える前と比較して大きく変化する傾向がみられ、熱衝撃後の複合材料では負荷の初期段階から非線形挙動が見られることを示している。これは、温度差500℃の熱衝撃を負荷した試験片にはマトリックス中に微視破壊が観察され、この微視破壊の影響で非線形挙動に大きく寄与したと結論している。

 第7章は総括であり、本論文の結果を整理して示している。本論文はAl2O3繊維-ZrO2マトリックスミニコンポジット強化Al2O3マトリックス複合材料の使用条件を想定し、そのときに必要な性質を引張り試験により求めたものである。この複合材料では、累積破壊機構を利用することにより、従来の酸化物系セラミックスでは得られない損傷許容性が得られると結論している。

 以上、本論文は新しく開発されたAl2O3繊維強化Al2O3マトリックス複合材料の力学特性を詳細に調べ、その使用可能範囲を明らかにしたものである。本論文の結果をもとにこの複合材料の実用化が進められており、材料工学への寄与が大きいと判断できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク