学位論文要旨



No 118055
著者(漢字) 今村,大地
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,ダイチ
標題(和) 非晶質酸化バナジウムのマグネシウムインターカレーション特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 118055
報告番号 甲18055
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5513号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

 マグネシウムは、安価で環境負荷が小さく、卑な標準電極電位を持つことから、二次電池の負極材料として優れた資質を持つが、一般的な有機電解液中での溶解/析出の可逆性が低く、これまでマグネシウム二次電池に対する注目度は低かった。しかし近年可逆なマグネシウムの溶解/析出が可能な電解液が報告され、リチウム二次電池に比べてより安価で安全な二次電池として、マグネシウム二次電池への期待が大きく高まっている。一方、二価イオンとなるマグネシウムは結晶中へのインターカレーションが困難であり、正極材料の選択はリチウム二次電池に比べて大きく制限される。これまでに種々の酸化物・硫化物が検討されているが、酸化バナジウム(V2O5)は有望な正極材料の一つであり、可逆なMg2+の挿入脱離が報告されている。

 V2O5はリチウムイオン電池の正極材料として多くの研究例がある。カーボンと非晶質酸化バナジウムを複合化した電極は、高電流密度での充放電に於いても容量の低下が少なく、高い容量を保持する事が報告されている。高電流密度で大容量のエネルギーを供給/貯蔵できるエネルギーデバイスは、ハイブリッド電気自動車用の補助電源として有望視されている。

 本研究では、マグネシウム二次電池の高出力大容量化を目指し、界面活性剤を用いた非晶質V2O5とカーボンの複合化を行い、高電流密度におけるマグネシウム挿入脱離特性の評価を行った。また、V2O5ゲルヘのMg2+挿入脱離機構及びMg2+挿入脱離時のV2O5構造変化を調べ、Mg二次電池用正極としての可能性を評価した。

 第一章は序論であり、二次電池及びその他のエネルギーデバイスに関する研究状況を要約し、本研究の意義及び位置づけを明らかにした。

 第二章では、本研究で用いた酸化バナジウムゲル/カーボン複合体の合成法及び得られた複合体のキャラクタリゼーション結果について述べ、従来の方法との比較を行った。二次電池の正極材料は一般に電子伝導性が不十分なものが多く、導電助剤として数〜10wt%程度のカーボンが混合される。本研究では、V2O5に対して130〜400wt%に相当するカーボン微粉末とV2O5ゾルを、界面活性剤として作用するアセトンと共に混合して均一な懸濁液とし、集電体に塗布し乾燥させることで、酸化バナジウムゲル/カーボン複合電極を合成した。この複合体は、導電性カーボン微粒子上に非晶質V2O5が薄く担持され、均質且つ多孔質な電極構造を構成している。それにより電極抵抗の減少と電極表面積の増加、及び挿入イオンの拡散距離の短縮がもたらされ、高速充放電に適した構造となっていると考えられる。

 第三章では、発泡ニッケルを集電体に用いた場合のV2O5/Carbon複合電極について、Mg2+インターカレーション特性を評価した。発泡金属は通常の集電体として用いられる金属シート等に比べて比表面積が大きく、高出力充放電に適している。本研究ではリチウム系での高出力特性評価に用いられた発泡ニッケルを集電体に用い、Mg2+のインターカレーション特性を評価した。本実験で用いた電解液(1mol/l Mg(ClO4)2/acetonitrile)では発泡ニッケルの電位窓が狭いため、最初に挿入されたMg2+を充電過程で十分に引き抜けず、2サイクル目以降は容量が大きく減少したが、充電過程と放電過程の容量がほぼ等しい可逆な曲線が観察された。

 カーボン混合比の増加に伴い充放電特性は向上し、V2O5:carbon=1:3以上ではほぼ一定値となった。カーボンまで含めた正極重量あたりの容量では、V2O5:carbon=1:3のものが最も優れており、20A(g-V2O5)-1という高電流密度においても120mAh(g-V2O5)-1(Mg0.4V2O5相当)の容量を保持した。

 第四章では、高電位側の電位窓が広い集電体としてITOコートガラスを用い、特性評価を行った。Mg2+挿入脱離時のサイクリックボルタモグラムでは、還元(Mg挿入)過程・酸化(Mg脱離)過程共に複数のピークが観察された。特に挿入過程に於いてLiの場合と良く似ており、主に二つのブロードなピークが観察された。この結果から両者で同様の挿入機構が示唆されるが、この点については第五章で詳しく考察した。また、高電位まで掃引する事で十分なMg2+の脱離が可能となり、2サイクル目以降の大きな容量変化は見られなかった。ICP発光分析によるMg定量の結果、最初のMg挿入過程後(0.1mV/s,-950mV vs. Ag/Ag+)では、V2O5 1モルに対して1.84モルのMgが確認された。これは、V2O5多結晶体での報告値(Mg/V2O5=0.58)の約3倍の挿入量であり、容量は540mAh(g-V2O5)-1に相当する。その後の脱離過程後(550mV vs. Ag/Ag+)では、Mg/V2O5=0.22に減少し、Mg2+の挿入/脱離がほぼ可逆に行われていることが確認された。

 高出力特性評価のために定電流充放電測定を行った。Mg2+挿入量及び容量については電気量から求めた。V2O5キセロゲル粉末と、carbon粉末とを直接混合して作成した電極では、電流密度が1A(g-V2O5)-から20A(g-V2O5)-1に増加するに伴い、容量が150mAh(g-V2O5)-1から10mAh(g-V2O5)-1以下へと大きく減少したのに対し、V2O5ゲル/carbon複合電極では、低電流密度での放電容量が600mAh(g-V2O5)-1と非常に大きく、また電流密度の増加に伴う容量減少も抑制され、20Ag-1という高電流密度に於いても約300mAh(g-V2O5)-1の容量を保持した。V2O5ゲルとカーボンとの均一な複合化により、拡散距離の短縮や電極抵抗の低減でMg2+挿入脱離時の分極が抑制され、活物質を有効利用できているためであると考えられる。

 第五章では、V2O5ゲルヘのMg2+挿入脱離機構及びMg2+挿入脱離時のV2O5構造変化をについて考察を行った。Mg2+及びLi+挿入脱離時の複合体のIRスペクトル変化を比較することにより、サイクリックボルタモグラムでの二つのピークに対する挿入サイトについて考察した考察した。これまでの研究より、本研究で用いたV2O5ゲルは、δ-AgxV2O5やアルカリ金属が挿入されたバナジウムブロンズと同様に、酸化バナジウム層二つが向き合ってペアとなった層を基本とする層状構造であることがわかっている。さらに、リチウム挿入サイトとしては、層内の酸素を平面四配位とする位置及び層間の二重結合酸素付近の位置の二つ提案されている。サイクリックボルタモグラムでの最初(高電位側)の挿入ピーク後では、V=O伸縮ピーク(1000cm-1付近)の分裂がMg2+とLi+でほぼ一致する事がわかった。この段階ではV=Oの状態に差が現れない層内のサイトに挿入されていることが示唆される。その後の電位では、V=Oピークの分裂状態にMg2+とLi+とで明白な差が生じていることから、二重結合酸素付近のサイトにそれぞれ挿入されていると考えられる。またMg2+の挿入の場合、1150cm-1付近にClO4-によるピークが現れ、電解質の陰イオンが共にインターカレーションされていることがわかった。Mg2+脱離後のIRスペクトルは測定前の状態に戻り、ClO4-のピークも消失した。Mg2+挿入脱離時におけるXRD測定に於いても、サイクリックボルタモグラムでの二つの挿入ピークに対応する可逆な構造変化が観察された。

 従来の混合方法で作成したキセロゲル電極のボルタモグラムは、やはり複数のピークが観察されるものの、複合電極の場合とと比較すると、低電位側つまり層間サイトヘの挿入過程で大きな差が生じていることがわかった。V2O5ゲルヘのLi挿入では、低電位側の層間サイト方が高電位側の層内サイトに対して拡散係数が小さい事が報告されている。挿入機構の類似性から、Mgの場合でも、同様の事が予想される。サイクリックボルタンメトリーでのピーク電流と掃引速度の関係から、二つのMg2+挿入ピークでの拡散係数の比を大まかに見積もった結果、層間サイトでは層内サイトの約1/6の値となった。この結果から、酸化バナジウムとカーボンとの均一な複合化により、拡散の遅い層間サイトを有効に利用でき、大きな容量が得られたと考えられる。

 第六章では、本研究で得られた成果を総括した。V2O5/カーボン複合電極は、可逆なMgの挿入脱離が可能であった。低掃引速度でのボルタンメトリーでは、V2O5多結晶体での報告を大きく上回るMg挿入量が観察された。また、従来の粉末同士での混合に比べて高出力特性が大きく向上した。V2O5ゲルには二つのMg挿入サイトがあり、高電位側で拡散の速い層内サイト、低電位側で拡散の遅い層間サイトに挿入されると考えられる。界面活性剤を用いたV2O5ゾルとカーボンとの均一な複合化による拡散距離の短縮、電極抵抗の低減により、拡散の遅い層間サイトの有効利用が可能となり、大きな容量が得られたと考えられる。以上の結果より、正極材料のみの評価ではあるが、高出力大容量マグネシウム二次電池の実現の可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 マグネシウム二次電池は、リチウムイオン電池にかわる環境負荷の少ない二次電池として、その実現が要望されている。しかし、現在まで有力な電極材料はまだ見出されていない。リチウムイオン電池の正極材料として多くの研究例がある五酸化バナジウム(V2O5)は可逆なマグネシウムの挿入脱離が知られており、また、カーボンと非晶質五酸化バナジウムを複合化した電極は、高電流密度でのリチウム充放電においても高い容量を保持する事が報告されている。本論文は、マグネシウム二次電池の高出力大容量化を目指して非晶質V2O5とカーボンの複合化を行い、マグネシウム挿入脱離特性の評価とその機構を調べ、マグネシウム二次電池用正極としての可能性を評価したものであり、全六章からなる。

 第一章は序論であり、本研究の背景、目的を述べ、本研究の意義及び位置づけを明らかにしている。

 第二章では、V2O5ゲル/カーボン複合体の合成法及びキャラクタリゼーションの結果について述べている。通常、導電助剤のカーボンと電極活物質とは粉末同士で混合される。本研究ではカーボン微粉末とV2O5ゾルを液相中で界面活性剤(アセトン)と共に均一に混合し、V2O5ゲル/カーボン複合体を合成している。この複合体は、導電性カーボン微粒子上にV2O5ゲルが薄く担持され、均質かつ多孔質な電極構造を構成している。それにより電極低抗の減少と表面積の増加、及び拡散距離の短縮がもたらされ、高速充放電に適した構造となっていることを述べている。

 第三章では、比表面積が大きく高出力充放電に適した発泡Niを集電体に用い、V2O5/カーボン複合電極のマグネシウムインターカレーション特性を評価した結果を述べている。発泡Niは本研究で用いた電解液中では電位窓が狭いため、限られた電位範囲での評価であったが、可逆なマグネシウム挿入脱離を確認している。質量比でカーボン/V2O5=が3の複合体は、五酸化バナジウム単位重量(1g)当り20Aという高電流密度においても五酸化バナジウム単位重量当り120mAhの容量を保持し、優れた高出力特性を示すことを明らかにしている。

 第四章では、電位窓の広いITOガラスを集電体に用い、より詳細なマグネシウム挿入脱離特性の評価を行った結果を述べている。サイクリックボルタモグラム(CV)でリチウム挿入時と同様に二つの挿入ピークが観察されることから、二つの挿入サイトの存在が示唆された。低速度での電位掃引により、五酸化バナジウム1モル当り1.84モルのマグネシウムが挿入されることを確認し、複合体電極では多結晶での報告値の約3倍のマグネシウム挿入が可能であることを明らかにした。高出力特性評価の結果、複合電極では、従来の方法で作成した電極に比べて放電容量が大きく、また電流密度の増加に伴う容量減少も抑制され、単位重量当り20Aという高電流密度においても単位重量当り約300mAhの高い放電容量を保持することを明らかにした。非晶質五酸化バナジウムとカーボンとの均一な複合化により、拡散距離の短縮や電極抵抗の低減でマグネシウム挿入脱離時の分極が抑制され、活物質を有効利用できたためであると考察している。

 第五章では、非晶質五酸化バナジウムヘのマグネシウム挿入脱離機構およびその際の構造変化をについて調べ、考察を行った結果を述べている。非晶質五酸化バナジウムは、バナジウム-酸素層二つが向き合ってペアとなった層を基本とする層状構造であり、リチウム挿入サイトとして、層内の平面四配位位置および層間の位置の二つが提案されている。マグネシウム挿入脱離時の赤外吸収スペクトル変化より、高電位ピークで層内のサイトに、低電位ピークでは層間のサイトに挿入されていることを明らかにした。X線回折測定においても、挿入脱離時の二つの挿入電位に対応する可逆な構造変化を観察している。また、ピーク電流と掃引速度の関係から、二つの挿入位置へのマグネシウム拡散係数の比を見積もった結果、層間サイトでは層内サイトの約1/6の値となることを明らかにした。非晶質五酸化バナジウムとカーボンとの均一な複合化により、拡散の遅い層間サイトを有効に利用でき、大きな容量が得られたものと考察している。

 第六章は総括であり、本研究で得られた成果を要約し結論を述べている。

 以上、本論文は、非晶質五酸化バナジウムとカーボンを液相中で均一に混合して複合電極とすることにより、マグネシウムのインターカレーションを促進させ、従来と比べてエネルギー密度、出力密度共に大きく向上することに成功するとともに、その機構と構造的要因を明らかにしたものである。この成果は、高田力大容量マグネシウム二次電池の実現の可能性を示すとともに、材料化学、電気化学の進展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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