学位論文要旨



No 118056
著者(漢字) 植竹,宏往
著者(英字)
著者(カナ) ウエタケ,ヒロミチ
標題(和) 磁場の空間分布制御と物質流制御への応用
標題(洋)
報告番号 118056
報告番号 甲18056
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5514号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 花栗,哲郎
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 近年、超伝導マグネットの発達により、大容量の室温ボアを有する10T程度の高磁場が比較的容易に用いられるようになってきた。そのため、これまでほとんど影響を及ぼさないと考えられてきた常磁性や反磁性等の弱磁性物質に対しても磁場の効果が観測され、報告されるようになってきた。それらの効果の中で磁気浮上、磁気対流効果などは磁気力に起因したものとして、また、磁場配向効果や弱磁性物質間の相互作用は磁場そのものの効果として知られており、学術的に興味深いだけでなく、その応用にも期待が寄せられている。今後、このような高磁場を利用したプロセスの更なる発展のためには様々な目的に特化した磁場の発生方法やその応用が提起されることが望ましいと考えられる。そこで、本研究では使用用途に特化した磁場分布の形成および、大口径のマグネットからの漏洩磁場を簡単に遮蔽する方法に関して、強磁性体や常磁性・反磁性物質を用いた磁場分布シミュレーションによって検討を行った。また、高磁場の応用例の提起を目的として物理化学プロセスの素過程である熱対流に着目し、磁気的な送風機構の確立、および磁場による熱対流の制御に関する研究を行った。

実験

1.高磁気力発生マグネットの検討

 磁気力とは常・反磁性体の場合、物質の磁化率及び磁場と磁場勾配の積(β∂B/∂z;以後、磁気力場と呼ぶ)に比例する力であり、大きな磁気力場を用いると効率よく磁気力起因の磁場効果が観測されると考えられる。しかし、これまでのマグネットの設計は強磁場の発生や均一な磁場の形成を主な目的として行われてきたため、磁気力場と言う観点でのマグネット開発は考えられてこなかった。例えば、擬似無重力環境を得る手法としての磁気浮上は磁気力と重力の釣り合いを利用し、近年注目を浴びている手法であるが、水の磁気浮上を可能にするようなマグネット(磁気力場〜1400T2/m)は世界的な強磁場施設でしか利用できないのが現状であり、利用機会の少ないことや高額なランニングコストが問題となっている。そこで、高磁気力発生用に特化したマグネットでランニングコストが安価な小型のものが開発されると、磁気力を利用した研究が推進されると考えられる。そのため、本研究では、大きな磁気力場を発生するために特化したマグネット作製に関する計算機シミュレーションを行った。計算は既製の超伝導マグネット(磁気力場〜420T2/m)ボア内に鉄リング、あるいはコイルを挿入することで磁気力場を強化し、水の磁気浮上に十分な値1400T2/mの発生を目標とした。計算では磁場中に挿入した鉄リングおよびコイルの磁場中での位置、厚み、内径を変化させ、有限要素法による磁場分布シミュレーションにより各場合における磁気力場を算出した。

 まず、挿入する鉄リングの外径を100mmで一定とし、磁場中に挿入する鉄リングの位置、内径、厚みを変化させた。鉄リングを挿入することにより磁気力場の増強が図られる理由は図1を用いて定性的に以下のように説明される。図1は厚み30mm内径20mmの鉄リングを底面位置が磁場中心z=0から80mm上方の位置になるように固定した時のボア軸上での磁気力場β∂B/∂zの分布を、リング無しのものと合わせて示したものである。強磁性体の鉄リングは磁化されることにより、ボア軸上の磁束を鉄の内部に引き込む。その結果、リング底面付近の軸上で磁束密度が減少し、急勾配が形成されるため、鉄リング底面付近で磁気力場が大幅に大きくなる。さまざまな計算の結果、鉄リングを固定する場所に関しては、コイル中で磁場勾配のある部分でさえあれば、どこでも同程度の増強効果が得られ、設置位置に対する依存は小さい事、また、リングの厚みに対しては、ある一定以上(〜20mm)の厚みがあれば、ほぼ同程度の効果が得られる事がわかった。さらに、リング内径が小さいほど磁気力場は大幅に増大することが明らかになり、内径10mmの鉄リングでは磁気力場は1850T2/mまで達することが分かった。

 また、新たなマグネット作製の観点から、磁場中に内挿コイルを設置し磁気力場を大きくする方法について検討を行った。内径40mm、外径100mmのコイルを磁場中心や勾配位置に1つないし2つ挿入し、外側の磁石に対する内挿コイルの磁場発生方向の組み合わせを変化させ、磁気力場の変化を計算した。様々な計算の結果、磁場中心に外側と同方向の、勾配位置に逆方向の磁場を発生する内挿コイルの組み合わせの際に最大の磁気力場が得られることが分かった。これは、中心磁場を強化し、低磁場側をより低くしたために、その境界で勾配が急峻になったためと理解することができる。ここで得られた知見に基づき電磁応力、線材能力等を考慮に入れた計算の結果、水の磁気浮上条件を満足する磁気力場1400T2/m以上の実機の作製が可能であることが分かった。この高磁気力場マグネットの磁場および磁気力場の分布を図2に示す。現在、企業と共同でこのマグネットの実機作製を目指している。本研究では小型で高磁気力を発生できるマグネット設計を目指したが、その結果考案されたマグネットは、これらの特徴に加え、試料空間へのアクセスが容易になるという従来とは全く異なるユニークなものとなった。製作コスト、ランニングコストともに安いということもあり、このマグネットの実現は浮上状態における材料プロセス等の研究を加速させると共に、磁気力を利用したプロセスの発達を促すと考えられ、磁場の工学的な応用に弾みをつけると期待される。

2.均一磁場、および均一磁気力場の形成

 上記のような高磁気力場の形成に加えて、均一磁場や均一な磁気力場に対する要求が高まりつつある。勾配磁場中に流体が置かれた際、流体の密度や磁化率に分布があると、対流が発生する。この対流は磁場中での結晶成長等のプロセスを行う際には結晶の晶質に影響を与える要因となってしまう。また、近年注目を浴びている弱磁性物質間の相互作用や磁場配向効果は磁場そのものの影響であり、これらの効果を顕著に見出すために、均一な磁場が必要とされている。しかしながら、近年普及してきた大口径のボアを持つマグネットでは均一度は低く、比較的大きな勾配を持っている。すなわち、既存のマグネットで均一の磁場や均一の磁気力場を目的に応じて変化させることができれば、これらの研究にとって非常に有意義であり、さらなる進歩が望めると考えられる。そこで本研究では均一磁場、均一磁気力場を既製のマグネット中に形成すること目的とし、検討を行った。その手段として、磁場中に常磁性体や反磁性体を設置する方法を取った。従来、常磁性体・反磁性体はその磁化率が非常に小さいために、これまで磁場の分布に影響を及ぼさないと考えられてきた。しかし近年、弱磁性物質が高磁場中で相互作用するなどの報告があり、弱磁性物質の磁化の大きさが比較的大きなものとなるという言う知見から磁場分布の精密な制御にはこれらの弱磁性物質が有用であると考え、これらの弱磁性物質を用いて磁場分布のシミュレーションを行った。現在用いているマグネットの磁場は中央部で均一であり、その値は10mmφの円筒内で軸方向に0.012%程度、径方向に0.033%程度となっている。この磁場の中央部上下5mmの位置に10-2の磁化率を持つ常磁性体(磁性流体)を設置すると、その空間での磁場の均一度は10-5のオーダーとなり、約一桁の均一度の上昇が見られた。また、図3に示すような配置で常磁性体(x=1.0×10-2)と反磁性体であるBi(x=-1.3×10-5)を設置したところ、図4に示すように磁気力場は35mmに渡って平均磁気力場410T2/m程度で均一となり、この空間を均一磁気力場空間として利用可能なことがわかった。これらのことから、既製のマグネット内に常・反磁性体を設置することで磁場の分布を精密にコントロールすることができ、磁場の均一度、磁気力場の均一度ともに向上が可能であることが示された。また、実験1で示した高磁気力場形成法に本研究で得られた常磁性・反磁性体による磁場分布形成に関する知見を適用することによって、高均一度を持つ高磁気力場も形成可能であることが示唆され、磁気浮上状態からのタンパク質の結晶成長などで問題となっている磁気対流も軽減可能となると考えられる。更に、軸方向のみに分布を持たせ径方向は均一な磁場にするなど、自在な磁場、磁気力場空間の形成も強磁性体や常磁性・反磁性体を用いることで可能となると考えられるため、本研究は様々な磁場の分布を必要とするような高磁場の応用プロセスにとって有用な知見となると考えられる。

3.高磁場用磁気シールド

 漏れ磁場を防ぐ方法として強磁性体を用いた磁気シールドは古くから知られており、現在ではMRI用のマグネット等に広く使われている。MRI用のマグネットは医療機関等で使用されるため、厳密なシールドが必要であり、大きく、重い、またそのため高価なものとなってしまう。一方、近年発達してきた10T級の高磁場に関しては、多くの場合、方向を指定したシールドで十分であり、安価で簡単なシールド方法に関する要求が高まっている。しかしながら、その方法については経験に頼るものとなっており有効な指針は示されていないと考えられる。そこで本研究では強磁性体を用いた磁気シールドにより簡単に効率よく磁場を遮蔽する方法について、磁場分布シミュレーションによる検討を行った。計算では、簡単な方法により漏れ磁場を効率よく遮蔽することを目指し、シールドに用いる強磁性体の大きさ、厚み、シールド位置等を系統的に変化させ、その漏れ磁場の遮蔽効率を評価した。この磁場の遮蔽効率として磁場の軸方向(Z軸方向)上方2mの位置を磁場の遮蔽効率の目安として考えた。例として磁場方向の上方2mの位置に厚み1mmで、大きさがそれぞれ1m×1m、2m×2m、3m×3m、4m×4mの強磁性板を設置した際のz軸方向の磁場分布をシールドが無い時のものと合わせて図5に示す。ここから分かるように、シールドの内側では鉄が磁束を引き込むために磁場の強度は大きくなる。一方、シールドの外側では漏れ磁場は減少しており、漏れ磁場はシールド内側の半分程度になっていることが理解できる。また、その程度は大きさに依存しており、大きいほど磁場の遮蔽効果が大きくなり、充分に大きな板では0.5mT以下に低減できることがわかった。一方、シールド外側で径方向の磁場分布を調べると、鉄板の端部付近では磁場の増大が見られることがわかったので、様々な形状のシールドについて計算を行ったところ、磁場を部分的に遮蔽すれば良い場合には鉄板と枠状の鉄を組み合わせると磁場の遮蔽効率が良いことが示された。また、径方向にシールドを設置する際には、円筒状のシールドを用いるのが効果的であり、ある程度の厚みが必要であること、鉄の飽和によって磁場の遮蔽効率に差が出るという知見が得られた。これらのシミュレーション結果により10T級のマグネットの大口径ボアから漏れ出す磁場を方向指定で効率良く遮蔽する方法に関する指針を得ることが出来たと考えられる。

4磁場を用いた熱対流制御

 高磁場を工業的なプロセスに応用させるためには、その応用例が提示されることが望ましい。現在、工業的に用いられている様々なプロセスにおいて、流体が関わるものでは物質の濃度や温度に応じて対流が発生し、さまざまな影響を与えている。したがって、対流の制御はプロセス制御の観点から非常に重要であると考えられる。磁場は物質に非接触で力を与えることができるので、それによって対流の制御が可能となれば工学的に有意義である。そこで本研究では、磁場を利用した磁気的な送風機構の確立と、その原理を利用して熱対流を制御する方法に関して検討を行った。常磁性物質である酸素の体積磁化率は温度の2乗に反比例する。そのため、勾配を持った磁場空間の温度が不均一であると、磁気力が不均衡となり空気を流す力が発生する。例えば、勾配磁場空間の一部を加熱するとその部分に働く磁気力が小さくなるため、温められた空気が磁場の弱い方向に流れ出すはずである。まず、この原理を水平方向に磁場の不均一を有する超伝導マグネットのボア空間に適用して、大容量の送風が可能であることを示すことができた。また、磁気的に発生する流れの圧力差は磁場強度の2乗に比例することを予想し、実験的に確認した。さらに、これを鉛直方向に適用する事で、熱対流を制御する方法について検討を行った。実験では管状ヒーターを用いて鉛直方向に熱対流を発生させ、その様々な位置に最大10Tの勾配磁場を印加し、流れの状態を観測した。その結果、加熱中心よりも下方に最大磁場を印加した際には上方への熱対流が加速され、一方、最大磁場を加熱中心よりも上方に印加した際には下方への流れが発生していることが分かった。また、流れの最終的な状態は加熱と磁場印加の順序によって変化することを見出した。これらの現象は測定された温度分布から磁気力と熱的な駆動力を算出することで定量的に評価され、説明することができ、その時に生じた流れの流速を算出した結果、数m/Sのオーダーであることが分かった。これらの結果は機械的な駆動部分を持たない熱対流の制御方法として磁場を利用できる可能性を示唆するものであり、今後の磁場の工業的応用の開拓につながるものであると考えられる。

総括

 本研究では高磁場を用いた様々なプロセスの応用開拓に貢献することを目的として、高磁気力の発生、制御、応用に関して実験、計算の双方から検討を行った。まず、高磁気力場の発生に関して、水の磁気浮上を可能とする高磁気力発生用の小型マグネットが作製可能であることを示し、磁気浮上を始めとする高磁気力を利用した研究への途を拓くものである。また、近年要求の高まっている、均一磁場、均一磁気力場の検討に関して、これまで影響を与えないと考えられていた常磁性・反磁性の物質を用いることが有用であり、これらによって精密に磁場分布を制御可能であることを示し、様々な高磁場応用プロセスヘの適用の可能性を示すことができた。また、高磁場の普及に伴って期待の高まっている磁気シールドに関して、方向や場所を指定し、磁場を効率よく遮蔽するための指針を得ることが出来た。さらに、磁気力場の応用例として、熱対流という一般的物理現象に着目し、磁場による送風機構を確立し、非接触な熱対流の制御の可能性を示した。本研究の結果は様々な高磁場応用の目的別に特化した磁場分布が強磁性、あるいは常・反磁性体を用いて形成可能であること示すものであり、また、磁場の工業的な応用へ可能性を示唆するものであると思われるため、今後の高磁場の普及に伴い、新たな高磁場利用プロセスの創製へとつながるものであると考えられる。

発表論文1. J. Appl. Phys., 91(2002) 6991、 2. Magnetohydrodynamics, 37(2001) 103、3. J. Appl. Phys., 87(2000) 6310、4. J. Appl. Phys. 85(1999)5735、5. 日本応用磁気学会誌22(1998) 833、6. 日本応用磁気学会誌23(1999)1601、7.日本応用磁気学会誌24(2000)891

プロシーデインク1.Trans. Mater. Res. Soc. Jpn. 27(2002)21、2. Symposium on New Magneto-science 2001 proceedings of the 5th meeting (Nov.7-9 Japan), 54、3. Fourth international Pamir conference on Magneto Hydro Dynamic at dawn of third millennium, 2(2000)645、4. Proceedings of the International Symposium on New Magneto-Science '99, 351、5. Symposium on New Magnetic Science '97 Proceedings of the First meeting (Nov. 27, 28 '97 Japan), 43、6. SNMS'98 (Symposium on New Magneto-Science '98) Proceeding of The Second Meeting Nov. 25-27 '98-Japan 33

その他実験1に関し、低温工学主催の1999年度第1回新磁界工学調査研究会にて招待講演。

実験4に関し、第7回(1999年度秋季)応用物理学会講演奨励賞受賞。

特許:強磁気力場発生コイル、公開2000-77225

図1鉄リング挿入時の磁場および磁気力場分布

図2現在作製中の高磁気力場マグネットの磁場および磁気力場分布

図3均一磁気力場を形成させる常磁性・反磁性体の配置の模式図

図4図3の配置で常・反磁性体を設置した時の磁気力場分布

図5磁気シールドの大きさを変化させた時の磁場分布

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「磁場の空間分布制御と物質流制御への応用」と題し、磁気力を利用したプロセスに必要な10T級の磁場の空間分布制御方法や磁気力場の計測法、及び磁場の応用に関して研究を行った成果をまとめたものであり、全8章で構成されている。

 第1章では序論として本研究の背景に関して述べられている。近年、超伝導マグネットの発達により、大容量の室温ボアを有する10T程度の強磁場が比較的容易に用いられるようになってきており、常磁性や反磁性等の弱磁性物質に対する磁場の効果が注目されている。本章ではこれまでの強磁場を利用した研究について概観し、本論文の目的である空間分布制御の重要性が述べられている。

 第2章では高磁気力場空間形成のシミュレーションに基づく検討が行われている。現在、水の反磁性浮上が可能な程度の強磁気力場は数10T級の強磁場施設でのみ可能であるが、本論文では既製のマグネットボア内に強磁性体である鉄のリングを挿入するという簡便な方法での高磁気力化の可能性が検討されている。その結果、内径の小さな(〜10mm)鉄のリングを挿入することで水の反磁性浮上が達成可能な程度まで高磁気力化が可能であることが示されている。また、小型の高磁気力マグネットに関しての設計についても検討を行い、下方に扁平なコイルを設置し、上方にそれとは反対方向の磁場を発生させるコイルを対向して配置することによって強い磁気力を得るという新しい方法を提案している。このマグネットは実際の製作が現在行われている。

 第3章においては均一磁場、均一磁気力場空間形成法に関して議論されている。従来、常磁性、反磁性の物質はその磁化率が非常に小さいために、磁場分布に対して影響を与えないと考えられてきたが、10T程度の強磁場下においてはこれらの物質でも比較的大きな磁化を持つために、磁場の分布を変化させることに着目し、常磁性体と反磁性体を組み合わせて用いることで、均一な磁気力場空間を広く形成できることが示されている。さらに、2章で得られた強磁性体を用いて磁気力場を増強する手法と組み合わせることで、均一な高磁気力場も得られることが示されている。

 第4章においては空間を指定した磁気シールド法に関して検討されている。漏れ磁場を防ぐ方法としては強磁性体を用いた磁気シールドが古くから知られているが、10T級の強磁場に関しては、その方法について有効な指針が示されていない。本研究では、計算機を用いた磁場分布シミュレーションにより、方向や空間を指定することで磁場を効率良く遮蔽する方法に関する知見が得られている。

 第5章においては非磁性液体を用いた磁気力場計測センサーの開発について報告されている。前章までに述べられているように、磁気力は非常に興味深い実験環境を与え、その応用が期待されているが、磁気力場を直接計測する手段はこれまでなかった。本研究では、高磁場中で液体の液面が変形するモーゼ効果、および2液体の界面が変形するエンハンストモーゼ効果を応用して磁気力場を直接測定する全く新しい手法に関して検討され、液体の濃度や量を変化させることによって広い範囲にわたって磁気力場を計測できることを示している。

 第6章では磁場を用いた熱対流制御に関して検討が行われている。現在、工業的に用いられているさまざまなプロセスにおいて、流体が関わるものでは物質の濃度や温度に応じて対流が発生し、さまざまな影響を与えている。したがって、対流の制御はプロセス制御の観点から非常に重要であると考えられる。磁場は物質に非接触で力を与えることができるので、それによって対流の制御が可能となれば工学的に非常に有意義である。本研究では、磁場を利用して気体の熱対流を制御する方法に関して、空気を例として検討し、空気の成分の中で常磁性を示す酸素の体積磁化率の温度変化を利用することで超伝導磁石のボア空間に大容量の送風が可能であること、熱対流の磁場による制御が可能であることを示している。また、この様な磁場による流体制御に関して定量的検討を行っている。これらの結果は、磁場により非接触でプロセスを制御できる可能性を示唆しており、高磁気力磁石の発達と共にさまざまな応用への展開が期待される。

 第7章ではエネルギー的な観点から材料プロセスヘの磁場印加の効果の熱力学的考察が行われており磁場の配向効果、弱磁性物質間の相互作用の可能性が示唆されている。

 第8章では論文全体がまとめられている。

 以上のように、本論文は強磁場、強磁気力場の応用のために必要不可欠な磁場の空間分布制御方法、磁気力の計測方法、強磁場の物質流制御に関して新しい方法論や新たな実験的知見を提供したものであり、高く評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク