学位論文要旨



No 118057
著者(漢字) 下谷,秀和
著者(英字)
著者(カナ) シモタニ,ヒデカズ
標題(和) [60]フラーレン二量体の合成とキャラクタリゼーション
標題(洋)
報告番号 118057
報告番号 甲18057
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5515号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 花栗,哲郎
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 相田,卓三
内容要旨 要旨を表示する

 フラーレンは、高い超伝導転移温度、1重項酸素発生能を初めとする生理活性、水溶化金属内包フラーレンのMRI造影剤への応用など、幅広い分野で研究がなされている。それらの性質は球殻状の分子骨格とそれを取り巻くπ電子雲という分子構造に起因しセいる。1991年にフラーレンの大量合成が可能になって以来発展してきたフラーレンヘの化学修飾によりフラーレンを元にした新しい分子構造とそれに基づく性質を持ったフラーレン誘導体が合成された。そのなかでも、フラーレンニ量体は球面状のπ電子系が近接するという構造を持ち、分子構造と性質の対応の点から興味深い。例えば、2個のフラーレンケージ間に電子的相互作用はあるのか無いのか、フラーレン結晶に高温高圧処理をして得られるフラーレンポリマーの単位構造としてその物性を考える基礎となる、両方のフラーレン内にスピンを持った原子を内包させてqbitへの応用などの研究に発展させることが出来る。また、炭素原子のみでできている二量体の場合は、2個のフラーレンの融合により特定の原子数の高次フラーレン(例えばC120)だけを選択的に合成できる可能性もある。

 フラーレン二量体の合成方法として、(1)フラーレンもしくは適当に修飾したフラーレンの二量化、(2)フラーレンヘの環化付加反応が可能な官能基を2個持った分子と2個のフラーレンとの反応による方法の2種類の戦略が考えられる。このうち、(2)の方が様々な有機化学的手法を用いることができ、生成物の溶解度も大きいものが多いため、これまで合成された二量体はこの方法によるものがほとんどであった。しかし、この方法ではフラーレン間の距離がどうしても大きくなってしまうという問題がある。そこで本研究では、(1)の戦略をとり固相でのフラーレン誘導体の熱分解によって二量体を合成し、そのキャラクタリゼーションを行うことを目的とした。

 [60]フラーレン二量体は、メタノ[60]フラーレン(図1)と[60]フラーレンの混合粉末をアルゴン気流下で450℃まで加熱後、室温まで冷却することにより合成される。生成した粉末は原料と各種二量体、多量体等の混合物である。これからo-ジクロロベンゼン可溶成分を抽出し、2段階のHPLCにより分離・生成を行った。その結果、生成する二量体の種類と収率は原料となるメタノ[60]フラーレンの種類および[60]フラーレンとの混合比に依存することがわかった。また、少なくとも10種類以上の二量体が生成していることが分かった。

 単離した試料について、MALDI-TOF MS、FT-IR、NMR、量子化学計算を用いて構造解析を行った。その結果、新分子であるC121(Cs)、C121(D2d)、C122、C122H4の構造(図2)が明らかになった。このうち、C121(Cs)は、構成する[60]フラーレンケージが一方はホモフラーレン、他方はメタノフラーレンという非対称構造をしている。一方、C121(D2d)は両方ともメタノフラーレン構造である。ホモフラーレンは一般にメタノフラーレンよりも不安定であるが、C121の場合はCs異性体の方が安定であることがNMR実験からわかった。また、その理由がスピロ構造を取るための歪エネルギーがD2d異性体の方が大きく、それがホモフラーレンの不安定性と相殺するためであることが量子化学計算から明らかになった。

 還元電位、紫外可視吸収スペクトルの測定により、ケージ間の相互作用を調べた。

 [60]フラーレン、C122H4、C121(Cs)のo-ジクロロベンゼン中での還元電位の測定結果を図3に示す。C122H4は、約-1200、-1600、-2300mVにそれぞれ2本に分裂した還元電位ピークを持っている。それぞれの還元電位は対応する[60]フラーレンのピークよりも負の方向にシフトしている。このシフトはフラーレン誘導体で一般的に見られるものである。これらのピークが2本に分裂しているのは2個の[60]フラーレンケージ間の相互作用を示唆している。すなわち、1個目の電子が一方の[60]フラーレンケージに入り,2個目の電子はもう一方の[60]フラーレンケージに入るが1個目の電子が入っている[60]フラーレンケージの影響を受けて少し還元されにくくなっていると考えられる。同様の分裂したピークはC120Oでも見られるが、2個の[60]フラーレンケージ間に直接結合を持たない二量体では見られない。しかし、その相互作用の大きさはRh6クラスターで架橋された二量体に比べると小さい。

 C121(Cs)でも同様の分裂が見られる。この二量体の場合2個の[60]フラーレンケージが異なっているが、この分裂幅は同じ分子式のメタノ[60]フラーレンとホモ[60]フラーレンの還元電位の差よりも明らかに大きく、ケージ間相互作用の存在を示唆している。これは2個の[60]フラーレンケージ間に直接結合を持たない二量体では唯一の例である。また、メタノ[60]フラーレン、ホモ[60]フラーレン、他の二量体の場合[60]フラーレンよりも一般に還元電位は負の方向にシフトするがC121(Cs)では正の方向に移動している。これらの事はメタノ[60]フラーレンとホモ[60]フラーレンという異なった[60]フラーレンから構成されていると言う他に例を見ない構造に由来しているのかもしれない。

 これらの還元電位の分裂は還元が進むにつれて大きくなっていく。これは、2個の[60]フラーレンケージの電子同士のクーロン斥力が大きくなっていくためであると考えられる。

 C121(Cs)、C122、C120OのUV-Visスペクトルを図4に示す。C122とC120Oは、いずれも一般的なメタノ[60]フラーレンと同様のスペクトル(430nm付近と700nm付近のピーク)を示している。また、C121(Cs)はメタノ[60]フラーレンとホモ[60]フラーレン(530nm付近と600nm付近のピーク)のスペクトルの単純な重ね合わせとなっている。東北大学伊藤研究室との共同研究から、C121(Cs)の励起1重項および3重項の性質はフラーレン誘導体のそれと似ていることもわかっており、光励起は二量体の片方の[60]フラーレンケージだけに局在しており、相互作用は無いと考えられる。

 C122H4の吸収スペクトルは、430nmと700nm付近にピークを持っている。これらのピークはメタノ[60]フラーレンだけでなくビスメタノ[60]フラーレンにも共通して見られる特徴であり、C122H4の吸収スペクトルも対応するモノマーのスペクトルの重ね合わせで説明することができる。

 以上をまとめると、[60]フラーレンケージどうしが近接している新規二量体の合成方法を開発した。合成されたもののうち、4種類の二量体について構造を決定し、新分子であることを確認した。二量体の[60]フラーレンケージ間の相互作用は、還元電位測定では小さな相互作用が見られたが、光吸収では相互作用は観測されなかった。

図1

図2

図3

図4

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「[60]フラーレン二量体の合成とキャラクタリゼーション」と題し、[60]フラーレン二量体の合成法の開発、異性体の熱力学的安定性に関する理論計算、及び還元電位測定、分光測定から[60]フラーレンケージ間相互作用について研究した結果をまとめたものであり、全6章と付録から構成されている。

 第1章では研究の背景と目的が述べられている。[60]フラーレン二量体は球面状の分子骨格とπ共役系を持つ[60]フラーレンが2個隣接してつながるという構造的、電子的に興味深い系である。特に球状のπ電子系間に相互作用が起これば、他の分子では見られないユニークな研究対象になる。しかし、2個の[60]フラーレンケージがどのような構造で結合したときにその間に相互作用が起こるかはほとんど調べられていない。第1章ではこれまでの[60]フラーレン二量体の研究を概観し、それらの問題点を明らかにした上で本研究の目的が述べられている。

 第2章、第3章では具体的な[60]フラーレン二量体の合成法、分離法、及び構造決定法について述べられている。これまで合成された二量体の大半は溶液中で有機化学的手法により合成されていたが、このような手法では2個の[60]フラーレンケージをつなぐ分子がスペーサーとなり、ケージ間の距離が大きくなるという問題があった。本研究では各種メタノ[60]フラーレンの固相での熱分解法により2個の[60]フラーレンケージ間が近接した10種類以上の[60]フラーレン二量体を合成することができることを示している。合成された各種二量体のうち、5種類が単離、構造決定され、それぞれC121(異性体2種類(対称性がCsのものとD2dのもの))、C122、C122H4、C120Oであることがわかった。これらの分子のうち、C120O以外は本研究で初めて合成されたものである。特に、C121の異性体のうち収率の大きいCs異性体は片方の[60]フラーレンケージが6,6-closed構造のメタノフラーレン、他方が6,5-open構造のホモフラーレンという非対称な分子であり、そのような構造を持つ初めての二量体である。また、初めての炭素原子のみから成るホモフラーレンでもある。

 第4章ではC121、及びC122H4の熱力学的安定性を量子化学計算により検討し、実験結果と比較している。

 一般にホモフラーレンはメタノフラーレンよりも熱力学的に不安定であるにもかかわらず、C121に関しては、両方の[60]フラーレンケージがメタノフラーレンから成るD2d異性体よりもメタノフラーレンとホモフラーレンから成るCs異性体の方が高収率である。本論文では13C-NMRの結果から、収率の差が速度論的なものではなく、熱力学的なものであることを示している。また、この原因はC121の架橋部分のスピロ構造に伴う付加的な歪エネルギーがCs異性体の方がD2d異性体よりも小さく、ホモフラーレンを持つことによる不利を補っていることを理論計算により示している。一方、C122H4に関しては個々の[60]フラーレンケージの安定性がそのまま二量体の安定性に反映されていることが示されている。

 第5章では還元電位測定および各種の分光学的性質の測定から、二量体中の2個の[60]フラーレンケージ間の電子的相互作用に関して研究した結果が述べられている。

 C121(Cs)及びC122H4の還元電位測定では、いずれの分子でも電子は分子全体に非局在化するのではなく、一方の[60]フラーレンケージに入ることが示されている。また、後から入る電子が他方の[60]フラーレンケージから影響を受けるため、単量体に比べて還元電位が負の方向にシフトしていることも明らかにされている。このシフトは還元が進むにつれて大きくなり、それはクーロン斥力の増大によるものと考えられる。しかし、このシフトはケージ間に強い相互作用があるとされているRh6クラスターで架橋された[60]フラーレン二量体に比べて小さいもので、C121(Cs)およびC122H4における電子的相互作用が弱いことが述べられている。また、一般的に[60]フラーレン誘導体や二量体では第1還元電位が[60]フラーレンよりも負の方向にシフトするが、本研究ではC121(Cs)において正の方向にシフトするという異常を見出しており、非対称な分子構造という特殊性との関わりを示唆している。

 C121(Cs)、C122、C122H4の光吸収スペクトルはいずれも単量体のスペクトルの単純な重ね合わせで表され、電子的相互作用の効果は見られないことが述べられている。また、C121(Cs)については励起1重項および3重項状態の分光学的性質の測定結果についても述べられている。励起状態に関しても、やはり単量体の分光学的性質と類似しており、励起の二量体全体への非局在化やケージ間の相互作用による励起寿命の変化などの二量体化による影響は見られないことが述べられている。

 第6章では論文全体のまとめと今後の展望が述べられている。

 以上をまとめると、本論文は電子的、構造的に興味深い各種の[60]フラーレン二量体が固相でのメタノフラーレンの分解法によって合成できることを示し、生成した二量体の構造安定性、2個の[60]フラーレンケージ間の相互作用について新しい知見を提供したものであり高く評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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