学位論文要旨



No 118058
著者(漢字) 高梨,和也
著者(英字)
著者(カナ) タカナシ,カズナリ
標題(和) イオン・電子マルチ収束ビームを用いた微小実用材料試料に対する三次元分析法の研究
標題(洋) Study on three-dimensional microanalysis for practical materials with ion and electron multi beams
報告番号 118058
報告番号 甲18058
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5516号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 助教授 坂本,哲夫
 東京理科大学 教授 二瓶,好正
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 近年の科学技術の発展は,主に材料レベルでの機能付加・向上やサイズ縮小などの進展によるところが大きい.電子材料分野や高分子材料分野をはじめとする各分野においても,原材料・目標対象物質の形態は多様化,微小化し,また,その組成はより複雑化,低濃度化する傾向にある.こうした進展に伴い,製品の品質管理や新機能を持つ製品の開発・改良などを目的とした,原材料段階における微量元素分布分析の重要性は高まる方向にある.従来の分析手法では充分な精度を持つ二次元,三次元の元素分布情報を得ることが困難な微小実用材料試料の微量元素分布分析法を実現すべく,本研究は,様々な表面形状,組成,内部構造を持つ微小実用材料について,いかなる分析対象領域についても,有機・無機を問わず二次元,三次元での元素分布分析,内部構造解析を迅速に遂行できる新しい三次元元素分布分析法の開発を目指すものである.

【概念】

 従来の三次元分析法は,ラスター走査したイオンビームによる二次元のスパッターエッチングを行い,一定時間間隔でエッチングクレーター部をマッピングした画像を積み重ねるという方法で三次元マップを取得している.このような方法で行う三次元分析は,試料として表面が平滑,内部の組成が均一等いくつかの条件を満たすものに限られる.なぜなら断面加工法として用いているラスター走査によるスパッターエッチングは,試料へのビーム入射角度や試料の組成によりスパッター率,即ちエッチング速度が大きく変化するためである.

 この問題を解決すべく,shave-off走査を用いた微小領域三次元分析法を考案,装置を試作した.shave-off走査とは,収束イオンビーム(FIB)のラスター走査において垂直方向を極めて遅く走査することであり,これにより試料の一端から連続的に断面加工していくと,断面はFIB入射方向と平行,かつ平滑に削り出される.本分析法の概念を図1に示す.まずGa-FIBをshave-off走査することで,試料に平滑な断面を削り出す.得られた断面に対して垂直方向に配置された電子ビーム(EB)及びFIBを用いてオージェ電子分光法(AES)と飛行時間型二次イオン質量分析法(ToF-SIMS)でマッピングを行う(図1,X-Y平面).AESとToF-SIMSの特長を相補的に生かすことで,本手法に適用可能な試料の汎用性が飛躍的に高まることが期待できる.分析断面は任意位置に削り出せるため,この操作を繰り返すことで深さ方向(図1,Z方向)の座標を正確に定義できる.断面の削り出しとマッピングを繰り返し行うことで,最終的に内部構造情報をも含んだ三次元マップが得られる.

【装置】

 上記概念に従って開発したイオン・電子マルチビーム三次元分析装置の外観と試料周辺部の機器配置の様子を図2に示す.本装置は円筒鏡型分析器,EB,FIB,ToF-SIMS用質量分析器(ToF-MS),四重極型質量分析器(Q-MS)と二次電子検出器を備えている.断面加工用のFIBとマッピング用のEB,FIBが互いに直角に配置されており,断面加工後試料を動かさずにマッピングできる.また迅速な試料交換を可能とする試料台と搬送機構を設けた.

【実験】

[任意の表面形状を持ち,分析対象領域が深く埋もれた個所にある無機電子材料試料への適用]

 IC上のワイヤーとパッドの接合界面は耐熱試験後に接合強度が低下することが知られている.接合部分に対する従来の三次元分析法では,ワイヤーを剥がさないようにするため,接合界面に対して垂直に厚さ数マイクロメートル以下の分析断面を削り出さざるを得ない.このため,接合面内の面分解能が得られないだけでなく分析対象領域である接合界面を薄く見ることになり,接合深さ方向に対する分解能が十分に得られないという問題がある.こうした接合界面部の分析に本三次元分析法を適用する.

 本手法では,FIB(断面加工用)を界面に対して斜め方向から入射し,断面加工をすることで,接合界面の位置の確認が容易に行える.任意角度で界面位置確認後,試料を回転させ,位置確認が不必要な場合と同様に,FIB(断面加工用)を界面とほぼ平行に入射して削りはじめる.その後,断面を接合界面に近づけていき,分析対象領域に入ったところで二次元マッピングを行う.こうして得られた二次元元素マップは,接合界面と平行に近いため,接合面内全体の情報を含むことになる.その後さらに断面加工を続行し,次の段階の断面を削り出す.前回と同様に得られた断面について二次元の元素マップを得るこの作業を繰り返すことで各位置での二次元の元素マップが得られ,これらを深さ方向に積み重ねることで三次元元素マップが得られる.

[適用結果]

 図3に接合領域を含む位置に削り出した断面のFIB励起二次電子像とToF-SIMSを用いたToFマップを示す.チャンネリング効果によるグレインのコントラストが観測されていることで,この加工断面表面で結晶構造が大きく破壊されてはいないことを示している.これはshave-off走査の一つの特長ともいえる.27Al+のToF-SIMSマップにおいて,接合面内で27Al+の信号強度が大きいのは,Alの酸化物のほうがAl単体よりも二次イオン収率が大きいことを考慮すると,この部分にAlの酸化物が多く存在していると考えられる.28Si+のToFマップにおいて,28Si+は27Al+の信号よりも上方で検出された.これはAlパッド下のSiO2膜からの信号であり,この断面が接合界面と完全に平行にはなっていないことと,一酸化物であるSiO2の方がSi単体よりも二次イオンイールドが高いということで説明される.この結果から,接合面は外周部が酸化されており,接合面全体が導電経路として有効に使われているわけではないことが判明した.

 図4に得られた二次元元素分布マップを積み重ねた三次元マップを示す.一番上のマップは,接合領域に入りかけた位置であり,深さ方向に進むに従って順番に重ね,一番下のマップはAlパッド直下のマップである.この三次元マップより,ボンディングワイヤー部は完全な円柱状ではなく,ワイヤー接合時の圧力で外輪側に殆どの体積が寄ったドーナツ状の形をしていることが判明した.このため接合領域における実際の接合面はボンディングワイヤー部全体の断面積に比べ,遥かに小さい面積であることがわかった.

[球形,内部構造・元素分布の存在する無機電子材料試料への適用]

 ニッケル水素電池の利用率向上を目的として,正極材である水酸化ニッケルに様々な添加剤を加えたり,表面処理を施したりする研究が盛んに行われている.なかでもコバルトを添加し導電パスを設けることで,導電性に乏しい正極材の導電性が向上することが知られている.原料段階での水酸化ニッケルは粒子状態にあるため,コバルト添加後にはコバルト被覆水酸化ニッケル粒子が得られる.従来の研究ではこうした粒子をモールドで固定後,機械的に切断することで断面を得,その断面をEPMA等で分析してきた.粒子内部における添加剤などの元素分布状態の高分解能解析は電池自体のさらなる利用率向上に役立つと考えられる.そこで本手法をニッケル水素二次電池正極材料粒子の分析に適用する.Shave-off走査させたFIBで粒子断面を削り出し,断面形状の観察を行う.得られた断面のToF-SIMSスペクトル・マッピング測定を行い,元素分布状態に関する知見を得る.

[適用結果]

 図5にGa-FIBをshave-off走査することで断面を削り出したニッケル水素二次電池正極材料粒子のFIB励起二次電子像を示す.FIBのShave-off走査による断面加工では,亀裂の入った試料に対しても,粒子形状に損傷を与えることなく平滑な断面を削り出すことが出来ることを確認した.

 図6に粒子断面の二次元元素ToFマップを示す.ニッケルとコバルトの分布状態については,コバルトが水酸化ニッケル粒子を被覆していることを確認した.また,試料断面内にもコバルトのピークが検出されることから,断面部にもコバルトが浸透していると考えられた.また,EPMAでは低感度であるナトリウムのマッピングを行った結果から,ナトリウムはコバルトと同様に粒子外表面部に多く存在することが示された.ナトリウムは,アルカリ処理によってコバルトをIII価に酸化したときに,コバルト化合物中に含有され,高導電性コバルト化合物の生成に寄与すると推測されており,これを直接裏付ける結果を得た.

[細長い形状,高分子材料試料への適用]

 不織布繊維のなかで最も幅広く用いられているポリエステル繊維の持つ,様々な機能の高特性化,高寿命化を目的として,添加剤を加える研究がなされており,その繊維内での添加剤の分布に関する知見が求められている.従来の研究ではこうした繊維を機械的に切断し,得られた断面をEPMA等で分析してきた.しかし,機械的な切断ではsub-μm単位での連続断面加工が困難なことから,微小領域における三次元元素分布情報の取得は困難である.そこで本手法を,ポリエステル繊維の分析に適用し,ToF-SIMSを用いて繊維内の元素分布状態を視覚的に捉える.FIBを一本の繊維に対してShave-off走査することで断面を削り出し,得られた断面のToF-SIMSマッピングと断面内のポイントスペクトル測定を行う.これより,繊維断面内での添加剤や,それに相関するCa等の二次元元素分布マップを得る.連続的な断面加工と二次元元素分布マッピングを繰り返し行い,三次元元素マップを得る.

[適用結果]

 図7にGa-FIBのshave-off走査により断面を削り出したポリエステル繊維のFIB励起二次電子像と同一位置で得たToFマップを示す.下段の拡大画像中,円で示す個所に,大きさ約1μmの微細な空隙の存在が確認された.カルシウムのマップにおいて,得られた断面内での信号強度は断面上部からのほうが断面下部からのものより大きい.FIB励起二次電子像では断面内上部に空隙の存在を推測させる模様が観察されたことより,こうした空隙部にカルシウムが多く存在していると考えられた.カルシウム塩などの重合剤は,ポリエステル繊維内から気層との界面に染み出すと考えられており,本結果はこの染み出しが繊維内部の空隙でも起こることを裏付けるものと考えられる.

 図8に連続的な断面加工とToF-SIMSマッピングの繰り返しにより得られた三次元ToFマップを示す.ステージが進むにつれ,断面部以外では,一次イオンビーム源であるGaが蓄積し,信号強度が弱まる傾向が見られた.しかしながら,断面部分では,ステージごとに新しい断面が削り出されるため,Gaの蓄積が分析結果に影響を及ぼすことはないといえる.三次元マップからは,この繊維の分析対象領域には,空隙などの際立った内部構造は観測されなかったが,細長い形状を持つ高分子材料試料に対しても三次元元素分布分析が可能であることを示した.

【結論】

 様々な表面形状,組成,内部構造を持つ微小実用材料,目標対象物質について,いかなる分析対象領域についても,有機・無機を問わず二次元,三次元での元素分布分析,内部構造解析を迅速に遂行できる新しい三次元元素分布分析法を開発した.試作した装置を,三種類の表面形状,組成,内部構造を持つ微小実用材料試料の元素分布分析に適用し,各試料において従来の分析法では得られない新しい知見を得た.

図1.マルチビーム三次元分析法の概念

図2.装置の外観と試料周辺部の機器配置

図3.FIB励起二次電子像とToFマップ

図4.接合領域内の三次元ToFマップ

図5.断面を削り出した粒子

図6.粒子断面部のToFマップ

図7.FIB励起二次電子像とToFマップ

図8.三次元ToFマップ

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年の科学技術産業の多くの分野で現実に使用されている、様々な表面形状、複雑な組成分布、微細な内部構造を持つ微小実用材料について、いかなる分析対象領域についても、有機・無機を問わず二次元、三次元での元素分布分析、内部構造解析を迅速に遂行できる新しい三次元元素分布分析法の確立をまとめたものである。三次元分析法はそもそも、製品の故障解析、評価、及び新製品の開発を目的としたプロセス解析に威力を発揮するが、従来の三次元分析法では、対象試料として表面が平滑、内部の組成が均一等いくつかの条件を満たすものに限られるため、形状,組成,構造が複雑な実用材料試料への適用は困難であった。しかし、本論文で新たに提案する手法では、ガリウム収束イオンビーム(Ga-FIB)の"shave-off"走査を用いた断面加工法と二次元元素マッピングを組み合わせることで、こうした制限にとらわれることなく、微小実用材料に対する実質的な三次元分析を実現することができた。本研究では、新規手法の開発とともに三次元分析を実現する装置を完成させ、現実に使用されている微小実用材料の三次元分析に適用し、各分野において、新製品の開発につながる未知の情報を取得した。さらにそれらの結果から、更なる本手法の試料に対する広域化を検討した。

 第1章では、三次元分析法の意義と有用性をまとめ,産業界における新規三次元分析法に対する要求とその実現のための課題を明らかにし、本研究の目的が明確に述べられている。更に本手法で用いる断面加工法や各種分析手法の特徴と近年の発展についてまとめてある。

 第2章では、考案した新規三次元分析法の概念と、三次元分析を実現するための装置の開発について述べられている。本手法における二次元マッピング手法として、有機高分子試料の測定を目的とした,飛行時間型二次イオン質量分析法(ToF-SIMS)の適用を実行し、飛行時間型質量分析器(ToF-MS)の設定,導入を実現した。感度向上を目的とした試料台の改良、装置稼働率の向上を目的とした試料搬送系の新規製作を行い、本手法による三次元分析を実現するイオン・電子マルチビーム三次元分析装置を完成させた。

 第3章では、三次元分析法の主要目的の一つである、電子デバイスの故障解析、評価、プロセス解析へ、本手法を適用した結果が述べられている。IC上のボンディングワイヤー接合部では、接合面の小型化と面内における部分的な酸化状態が接合不良の要因であることを、本手法の適用により初めて視覚的に明らかにし、ワイヤーボンディング接合法の問題点を明確に特定した。故障解析、評価、プロセス解析を目的とする新規三次元分析法として、本手法を開発した意義を明確に示した。

 第4章では、新製品開発を目的とした、原料段階での元素分布分析に本手法を適用した結果が述べられている。ニッケル水素電池の特性向上を目的として,その正極材料粒子内部における、コバルト添加剤の高導電性化合物生成に寄与する微量元素の挙動と分布状態を初めて明らかにした。具体的にはコバルト被服水酸化ニッケル粒子はアルカリ処理中にナトリウムの浸透を受け、ニッケル粒子内部の表層領域に高導電性コバルト化合物を生成することを発見した。さらにこの化合物は母材であるニッケルと混在状態にあることを示した。本章ではプロセス解析による新製品開発を目的とした、原料段階における微量元素の分布状態を明らかにした点で、本手法を開発した意義を示した。

 第5章では、新素材の開発を目的とした、既存製品の生成プロセス解析・評価に本手法を適用した結果が述べられている。ポリエステルを原料とする繊維内部の三次元構造、元素分布状態を初めて明らかにした.具体的にはポリエステル繊維内部に、メルトスピンニング法による繊維形状付加によると考えられる、大きさ約1μmの微細な空隙の存在を明らかにした。さらに、こうした空隙に対しても高分子材料特有の現象であるレジンブリードが起こることを見出した。本章では高分子材料のプロセス解析を実現し、新素材開発につながる知見を得た点で、有機高分子材料の三次元分析法としての本手法の意義を明確に示した。

 第6章では、本手法の適用可能範囲の広域化を目的とした、反応性ガスを用いた断面加工法の検討が述べられている。塩素ガス支援の断面加工法を本手法へ適用することで,試料の選択性が向上することが考察された。具体的には、塩素ガス支援によるGa-FIBの"Shave-off"走査により、ガスなし条件下より高速に、且つより平坦な断面が得られることを確認した。

 以上、要約したように、本研究では、様々な表面形状、複雑な組成分布、微細な内部構造を持つ微小実用材料について、いかなる分析対象領域についても、有機・無機を問わず二次元、三次元での元素分布分析、内部構造解析を迅速に遂行できる新しい三次元元素分布分析法を開発した。各微小実用材料に対する実質的な三次元分析を実現したことで本新規手法の価値を明確にし、更なる応用として試料の選択性を検討したことより、従来の三次元分析法の限界を突き破る新しい三次元分析法としての意義を提示している。

 以上のことから、本論文は博士(工学)の学位にふさわしい内容を持つものと判断した。

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