学位論文要旨



No 118060
著者(漢字) 野島,雅
著者(英字)
著者(カナ) ノジマ,マサシ
標題(和) ナノビームSIMSによる局所分析法に関する研究
標題(洋) Study on local analysis by nano-beam SIMS
報告番号 118060
報告番号 甲18060
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5518号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 助教授 藤岡,洋
 東京大学 助教授 藤波,眞紀
 東京大学 助教授 坂本,哲夫
 東京理科大学 教授 二瓶,好正
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景

 近年,電子デバイスの微小化に伴い,構成する材料の超微細化・多様化が進んでいる。Fig.1にその一例として,MRヘッドを構成する最も薄い膜の膜厚と,CMOSのゲート長の推移を示す。いずれの素子においても微小化・微細化は強力に進められており今後のデバイス開発に向けてナノレベルでの分析・評価技術が急務となっていることが分かる。一方,ナノ領域の分析法はそれらの技術開発において欠くことのできないことは言うまでもなく,技術開発により得られた知的所有権を維持する観点からも非常に重要な責務を負っている。次世代デバイスの開発には組成分析および構造解析が必須であるが,特に二次イオン質量分析(SIMS)法は,微小領域の分析対象のモフォロジーを確認しながらの高精度元素分布分析が可能であり,直感的かつ豊富なデータを開発サイドに還元することができる特長を有している。しかしながら,現在市販レベルでのSIMS装置はミクロンオーダでの面方向分析を主体とするため,次世代デバイス開発のためのナノ領域の局所表層領域分析を実現するナノビームSIMSの開発に至った。

2.ナノビームSIMS装置の試作

 ナノスケールオーダでの超高空間分解能を実現する本装置は細束な一次イオンビームを実現するFIB鏡筒と多元素同時分析を可能とするMattauch-Herzog型のマスフィルタおよび120チャンネル多元素同時検出系を備えた二次イオン質量分析系から構成されている(Fig.2)。超高空間分解能の実現には,分解能に直接影響を与える一次イオンビームの細束化およびFIB鏡筒と試料表面との相対位置を常に正確に制御せねばならない。すなわち,如何に細束なビームを用いても機械的な振動・ドリフトの影響により最終的な空間分解能が決定されてしまう。また,超微小領域の分析を可能とするため二次イオン検出効率を可能な限りに向上させ,かつ破壊分析には欠くことのできない多元素同時分析が必要となる。本装置の開発にあたっては,機械的振動の除去に大変労力を費やした。その一つにFig.2にある様に本装置は,一次イオンビーム源と二次イオン検出系が互いに垂直な位置関係であるため従来の電顕除振技術をそのまま導入することは困難であることが挙げられる。従って,まず振動の原因となっている要因を固有周波数ごとに対策を講じることにした。

 Fig.3に除振対策前の振動をイオン励起二次電子像にて観察した結果示す。A)に見られるように振動は種々の固有振動がうねりを形成していることが観察される。ここでは特に支配的な17,300Hzの固有振動に着目した。B)は装置底部を加振した結果である。ここでは特に17Hzの振動が増幅されているため,ここでの固有振動は装置底部を伝達部として伝わったものであると考えられた。従って,振動伝達部と考えられる装置底部に除振ゴムを挿入したところ17Hzの振動はほぼ見られなくなり,300Hzの振動が支配的となった。300Hzの振動についても振動源・伝達部・受信部について個々に調査を行った。その結果,比較的周波数の高い300Hzの振動は,試料動作機構のあそびに起因することが分かった。しかしながら,試料の機械的自由度を保障しながら振動の影響を低減するだけの機械的強度を兼ね備えることは非常に困難であった。したがって,試料の機械的自由度を犠牲にすることで振動の影響を低減し,同時に二次イオン検出効率を向上させる二次イオン輸送光学系の改良を行った。試料はFIB鏡筒に機械的に直接取りつける一方,二次イオン輸送光学系は機械的に独立に操作できる機構を開発した。本機構より,試料はFIB鏡筒と相対的に振動することを防ぐことが可能であり,理想的な二次イオン輸送光学軸を正確にコントロールすることにより超高空間分解能による元素分布解析が可能となる。本機構を用いの観察を行った。その結果をFig.4に示す。ここでは振動による像への影響は確認されず,金の粒径は10〜100nm程度と見積もられていたため試料はFIB鏡筒に機械的に直接取りつける本手法は振動の影響を取り除くのには有効な手段であり,数10nm程度の空間分解能の実現が可能であることが分かった。また,本機構は二次イオン検出に関しても,二次イオンマッピングに十分な輸送効率を示すことが確認された。しかしながら,試料の自由度を犠牲にしている本機構においては任意の局所領域の分析を行うことにおいては致命的である。したがって,六機構のコンセプトを応用し任意の局所領域の分析を可能とする新たな機構を開発した。

3.ナノビームSIMS装置による局所分析法に関する研究

 ナノ領域の分析を可能とする装置開発において空間分解能に直接影響を与える振動を低減し,かつ任意の局所領域の分析を可能とすることは当然のことながら大変重要なことである。Fig.5に新たに開発した試料動作機構および二次イオン輸送光学系の写真を示す。試料動作機構はFIB鏡筒に機械的に連結されたチャンバ内部の"橋"に設置され,二次イオン輸送光学系はチャンバ底部より機械軸を補正できるように設計されている。また,低振動型の真空ポンプの導入や高性能ダンパの設置により,可能な限り外部からの振動の影響を低減した。

 ここで本機構のビーム径を定量的に見積もる目的で,鋭利な物理端をビームで低速にスキャンさせることによるナイフエッヂ法にて,吸収電流ビームプロファイルを得た(Fig.6)。図中ビームがエッヂに接近するに連れ電流は緩やかに増加し,ビームの中心が到達近くになると急激に増加する。その後上方に膨らみを示した後,一定値に収束している。これらのファクタは

1)一次イオンビームの進行方向に垂直な熱速度成分によるビームの裾の部分

2)真の一次イオンビームの空間積分

3)エッヂ効果によるシグナルの増加からの影響されるものと考えられる。ここで真の一次イオンビームは正規分布に従うと仮定した結果,実効ビーム径1σは22nm,吸収電流密度は3.4A/cm2と見積もられた。また,ビームの裾の成分は数μm程度の広がりを持ち,イオンビームリソグラフィーにおいては重要なファクタとなっているとの報告もあるが,ここではμm/cm2オーダでの電流密度てるため後述の二次イオン検出数を考慮すると,ほぼ無視できる要素であると言える。本評価法は定量的にビーム径を評価するには有効な手段であるが,実際の像評価には主観的ファクタが含まれるため,本来の像分解能としてはさらに向上するものと考えられる。以上により今回試作したナノビームSIMSは,ナノスケールオーダの微小領域の高精度元素分布分析が可能であることが示唆された。

 本装置を用い、DRAMのAl配線の二次イオンマッピングを行った。そこで得られた全二次イオン像および27Al+の元素分布像を示す(Fig.7)。ここで、一次イオンビーム電流が20pAの時27Al+の二次イオン検出カウントは、約10000cpsであった。この値は、約70000個のスパッタ粒子に対して1カウントが検出できる効率であり、超微小領域の分析には必須条件である高収率の二次イオン検出が可能であることがわかった。よって本装置はナノスケールの局所領域においての元素分布解析に強力な分析手段となることが示唆された。

4.まとめ

 次世代デバイス開発のためのナノ領域の局所領域分析を実現する,ナノビームSIMSの試作を行った。その結果,空間分解能に直接影響を及ぼす振動は,試料をFIB鏡筒に機械的に直接取りつけることで最小限に低減できることが分かった。しかしながら,ここでは試料の動作自由度を犠牲にしているため任意の局所分析を可能とする新たな機構を開発した。その機構を用いた結果,ナノスケールでの超高空間分解能による元素分布分析が可能となった。

参考文献

1Ueda.O et al.: Advanced Analytical and Evaluation Techniques. FUJITSU. 52, 4, (2001) 382

2Intel press room. 2000 Dec 11. Intel Develops World's Smallest, Fastest CMOS Transistor <http://www.intel.com/pressroom/archive/releases/cn121100.htm> Accessed 2002 Nov 4

3H. Satoh, M. Owari, and Y. Nihei, J. Vac. Sci. Technol. B6(3), 1988

4J. W. Ward, R. L. Kubena, and M. W. Utlaut, J. Vac. Sci. Technol. B6(1988) 2090

5R. L. Kubena, J. W. Ward, F. P. Stratton, R. J. Joyce, and G. M. Atkinson, J. Vac. Sci. Technol. B9(6) (1991) 3079

発表状況

論文

野島雅・冨安文武乃進・柴田俊男・尾張真則・二瓶好正表面科学, (2000.8), Vol.21, No.8, p.511-516

M.Noojima, B. Tomiyasu, Y. Kanda, M. Owari, and Y. Nihei Applied Surface Science, (in press)

発表

M. Nojima, B. Tomiyasu, Y. Kanda, M. Owari, Y. Nihei

Nano-scale SIMS Analysis as A New Local Analysis of Next Generation

13th international conference on secondary ion mass spectrometry and related topics (他多数)

Fig 1. Manufacturing process evolution of film thickness and gate length in major parts of GMR head and CMOS.

Fig.2 Nauo-beam SIMS apparatus

Fig.3 Evaluation of vibration through ion indused electron image. A) Without forced vibration B) With forced vibration C) Eased vibration by absorber

Fig.4 Ion induced secondary electron image of vacuumevaporated Au film on a carbon plate.

Fig.5 The new system for sample operation and transportation of secondary ion.

Fig.6 Sample current profile of a knife edge.

Fig.7 Secondary ion map of DRAM. (a) Total Ion Image b) 27Al+ Image)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,近年微細化が進む機能材料・電子デバイスの局所分析を目的とした二次イオン質量分析法の開発およびその評価を行なった成果をまとめたものである。機能材料や電子デバイス開発・製造過程においてはナノレベルでかつ微量元素の分析が求められている。ナノレベルでの元素分布解析法にはSCM(Scanning Capacitance Microprobe)や近接場光を用いたラマン分光法などが挙げられるが,微量元素分析においては高感度分析が必須である。二次イオン質量分析(SIMS)法はその特徴の一つとして高感度分析であることが挙げられる。しかしながら,一般にその空間分解能はミクロンオーダであるため,ナノ領域の元素分布解析を実現するナノビームSIMS装置の開発に至った。ナノビームSIMS装置の開発においては,高感度な二重収束型の質量分析器に最新の収束イオンビーム(FIB)鏡筒を導入し,装置として高い性能を実現するための装置開発を行なった。さらに本装置のビーム径を詳細に評価することで,ビーム径が分解能に与える影響を考察した。また,二次イオンのユースフルイールドも評価し,実際にナノレベルでの元素分布像を取得することで本研究で目指す目標を達成した。

 第1章では,近年の電子デバイスの微細化とそこで求められる分析手法についてまとめ,本研究のナノレベルでの局所分析法について有用性を示した。さらに近年FIBおよびSIMS装置の技術動向について示し,本研究の目的および意義を明らかにした。

 第2章では,ナノビームSIMS装置の試作として,主に装置の開発を中心に述べている。装置開発初期においては,振動の影響によりナノレベルでの分析は不可能であった。振動は,要因が異なるいくつかのモードから形成されており,個々の振動に対して調査し対策を行なった。その結果,支配的であった振動は除去されたが,新たに試料動作機構のあそび部分に起因する振動が確認された。したがって,測定試料はFIB鏡筒に直接配置しかつ二次イオンを高効率で輸送する機構を試作した。これにより,振動の影響を最小限に低減しかつ高感度な分析を可能とした。しかしながら,ここでは測定試料の動作自由度を犠牲にしているため,第4章で更なる装置改良を行なっている。

 第3章では,ナイフエッヂ法を用い,ナノビームSIMS装置のビームを詳細に評価した。分解能やビーム径は,一般に像観察にて評価されるため曖昧な要素が含まれてしまう。ここでは,ナイフエッヂ法で得られたプロファイルからビームおよび測定対象に含まれる要因について独自のモデルを構築することで考察した。モデルではプロファイルは,実効的なビーム・エッヂ効果・熱速度成分から形成されており,実効ビーム径は正規分布の標準偏差換算で22nmと積算された。また,熱速度成分は液体金属イオン源の温度と共に上昇を示すが,実際のSIMS分析においては無視できるファクターであることが分かった。本章で行なったビームの評価法は,本来困難とされたイオンビームのプロファイルの取得を可能とし,客観的評価基準を提唱した点で意義がある。

 第4章では,任意のナノ領域の分析を可能とする機構を開発し,装置のユースフルイールドを算出し,さらに二次イオン像の取得を行った。開発された機構は測定試料に四軸の操作自由度を有し,二次イオン輸送光学系は異なる五軸での操作自由度を有している。これにより,高効率での二次イオン検出が可能となった。本機構を用いての装置のユースフルイールドは1.4×10-5と見積もられた。この数値は70000個に一つのイオンが検出できることを意味する。更に,10000倍での元素分布像の取得を行った。これによりSIMS法を用いたナノ領域における局所分析が可能となった。

 以上,本論文は従来ミクロン領域にしか用いられなかったSIMS法をナノレベルに適用することを目的とし,装置開発を行ないそれを評価したものである。ナノレベルの分析法においては,分解能を評価することがその手法の適用範囲を決定するのに重要である。そこで,独自のモデルを構築し判断基準を設け,それに基き評価をおこなった点は本研究の特徴的な点である。さらに装置を試作し,実際に元素分布像を取得する段階においても独自の工夫を重ねて研究を行なったことは評価できる。本研究はナノ領域の分析手法のひとつとして大変有望であり,ここで成された成果は今後幅広い分野で生かされると考えられる。

 以上のことから,本論文は博士(工学)の学位にふさわしい内容であると判断した。

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