学位論文要旨



No 118062
著者(漢字) 水口,将輝
著者(英字)
著者(カナ) ミズグチ,マサキ
標題(和) 超巨大磁気抵抗効果材料の開発とそのデバイス応用に関する研究
標題(洋) Fabrication and Device Application of Huge Magnetoresistance Materials
報告番号 118062
報告番号 甲18062
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5520号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨 要旨を表示する

 現在、ストレージおよびメモリ産業においては、1inch2当たり100Gbit程度の超大容量記録密度の実現に向けて開発が進められている。要求される記憶容量の大きさは、年率100%を超えるスピードで増加しており、2010年にもTbit時代を迎えると予想されている。当然、読み取り側の磁気ヘッドにも、現存のものより大きな磁気抵抗効果(MR効果)を示し、より磁気感度の高い材料が要求される。また、デバイスヘの応用を踏まえれば、室温で大きいMR効果を示す材料であるということが必須となる。この様な観点から、本論文では室温で大きなMR効果を示す材料の開発を試みた。材料の構造として、既存の技術の延長線上で高いMR効果を示す素子を作る試みとして、半導体と強磁性体のハイブリッド超構造に注目した。この分野の研究は、スピントロニクスヘの応用という観点から、非常に注目を集めており、私も、ハーフメタリックなバンド構造を持つと言われる新物質"閃亜鉛鉱型CrAs"薄膜のGaAs基板上への作製と物性評価に関する研究も行ってきた。磁気抵抗効果の研究においては、非磁性マトリックス中に強磁性クラスターを埋め込んだグラニュラー系での研究例は多いが、半導体基板上に、クラスターを直接、制御性よく成長し、MR効果を発現させた例はない。そこで、MnSbナノサイズクラスターや、Auテラス構造をGaAs基板上に作製し、磁気輸送特性を調べたところ、室温で1,000,000%を超える超巨大MR効果を観測することに成功した。また、基板の半導体のバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光の照射下において、MR比が増大する光誘起MR効果も観測され、光スイッチデバイスヘの応用も示した。さらに、リソグラフィーを用いてコンタクト距離をナノメートルオーダーにすることで、デバイス応用上で重要な、印加電圧および動作磁場の低減を試み、高い再現性を有した高感度MR素子を開発することに成功した。

 半導体と金属のハイブリッド構造として、GaAs基板上に自己組織化成長したMnSbクラスターを含むグラニュラー薄膜、Auテラス構造、リソグラフィーで加工したAu薄膜ギャップ構造を作製した。薄膜の作製には、分子線エピタキシー(MBE)法を用いた。更にMnSbクラスターの成長には、表面エネルギーを低減する効果のある、硫黄終端化法を用いた。Au薄膜ギャップ構造は、Au薄膜を成長後に、フォトリソグラフィーを用いてhall-barのパターニングを行った後、集束イオンビーム(FIB)により、一定間隔の空間的ギャップを作った。作製後の試料の表面モフォロジーを、原子間力顕微鏡(AFM)で観察した。素子の磁気輸送特性は、二端子測定法で行い、±15,0000eまでの磁場を印加した。測定は、200K〜293Kの温度領域で行った。

 MnSbクラスターは、何種類かの蒸着量の異なる試料を作製した。膜厚の増加に従いクラスターの密度が増し、0.70nmでクラスター同士の接触が始まり、その後はクラスターの融合によりサイズが増加することが分かった。これらのMnSbクラスターにSbキャップを施し、それぞれの磁気輸送特性を調べた。MnSbの膜厚に依存して、電流-電圧(I-V)特性は大きく変化した。特に、膜厚が0.70nm以下(クラスターの接触前)であるとき、巨大なMR効果が観測された。膜厚0.20nmのMnSb薄膜について、I-V特性の印加磁場依存性を調べた。ゼロ磁場では、電圧の増加に従って、電流が70V付近まで直線的に増加していくが、その後急激に増加することが分かった。電流と平行方向に印加磁場を増加していくと、抵抗のジャンプが観測される電圧が高電圧側にシフトし、6,000Oe印加状態では、100Vでもジャンプしないことが分かった。この薄膜のMRカーブを室温で測定したところ、非常に大きなMR効果を観測した。15,000Oeの磁場印加時でMR比は5,400,000%に達した。この様な巨大MR効果は、磁場の印加によって、高抵抗状態(ジャンプ前)および低抵抗状態(ジャンプ後)の二つの抵抗状態間を電流が遷移するために観測されると考えられる。この変位(スイッチ)に伴って起こる磁気抵抗効果を、"磁気抵抗スイッチ効果"と名付けた。磁場によってスイッチが抑制されるメカニズムは、完全には明らかになっていないが、磁場の印加に伴って電子の軌道がローレンツ力で曲げられ、GaAsを流れている電流がMnSbクラスターとの界面を超えて低抵抗パスに流れにくくなるためにホットキャリアを活性化できず、電子雪崩が起きなくなるという描像が考えられる。

 この薄膜の磁気輸送特性の温度依存性についても調べた。高抵抗状態の抵抗率が、室温では108Ωcm程度であったのに対し、200Kでは1011Ωcmまで大きく増加しているのが分かる。これは、半導体的な伝導特性であり、電流はGaAs基板側を流れていることを示していると考えられる。一方、低抵抗状態にスイッチした後の抵抗率は、温度の減少に伴って低くなっており、金属であるMnSbを介した伝導形態をとっていることが示唆される。また、測定温度が減少するほど、スイッチの起こる電圧が減少していく挙動は、典型的な電子雪崩(avalanche breakdown)現象の特徴に一致している。200Kまで測定温度を下げるとこの電圧範囲ではスイッチが起きないのは、局在化した電子がphononにより誘起されにくくなり、低抵抗状態にスイッチできないからであると考えられる。

 GaAs(111)B基板上に成長した自己組織化MnSbクラスターにGaAsキャップを施したグラニュラー膜について、光誘起MR効果を調べる実験を行った。まず、光を照射しないで磁気低抗効果の測定を行ったところ、この系においては、Sb層を用いた糸よりも閾値電圧が高くなっていることが分かった。そのため、100Vの電圧を印加しても電圧が充分でないためにMR効果は確認されなかった。ここで、GaAsのバンドギャップ以上のエネルギー(1.49eV)のレーザーダイオードからの光を試料表面に照射した状態で磁気抵抗効果を測定したところ、MR効果が確認された。磁気抵抗比は磁場を800Oe印加した時に、20%の値が得られた。この値は、Sb層を用いた系のMR比に比べると小さいものであるが、室温での値としては充分に大きな値であると言える。

 GaAs(111)B基板上に成長したAuテラス構造(Auの膜厚は0.20nm)の表面構造を観察した結果、表面にはAuのテラスがネットワーク状に連結している様子が分かった。この薄膜にSbキャップを施し、室温でMR測定を行ったところ、MnSbグラニュラー薄膜と同様に、巨大なMR効果が観測された。MR比自体は、7,400%であり、MnSbグラニュラー薄膜よりは小さいが、注目すべきはその動作磁場の値であり、700Oeの低磁場で、既にMR曲線は飽和していることが分かる。更に、印加電圧や磁場の掃引速度を制御して、30Oeというわずかな磁場を印加するだけでおよそ100%のMR効果を得ることにも成功した。これは、磁気センサーなどへの応用を見据えても、非常に高性能な素子であると言える。MnSbグラニュラー薄膜と比較して磁場感度が向上した理由として、マテリアルの差異だけでなく、Au薄膜がテラスのネットワーク形態をなしているため、そのボトルネックに存在すると思われるジャンクションが、MnSbクラスター間のジャンクションと異なる構造になっていることに起因しているためと考えられる。

 印加電圧の低減を図るために、リソグラフィーを用いてナノメーターのオーダーのギャップを持った構造を作製した。ギャップ幅が500nmの素子では30V付近、100nmの素子では17V付近で抵抗のジャンプが起こっており、大幅にスイッチング電圧を減少させることに成功した。これは、ジャンクション部分の距離あるいは面積が減少したことに加え、MnSbクラスターやAuテラスのように非常に多くのジャンクションを有した系から唯一つのジャンクションを持つ系に、構造を単純化した効果が現れていると考えている。

 本論文の磁気抵抗効果の室温における性能を他のMR素子と比較してみると、MR比が他の素子と比較して桁違いに大きいことが分かる。更に、これが室温で得られる値であることを考えると、磁気センサーなどへの応用には大きなブレークスルーとなる材料の開発に成功したと言えるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、半導体および強磁性体のハイブリッド超構造を用いた、室温で大きな磁気抵抗効果を示す材料の開発について述べたものである。現在、ストレージおよびメモリ産業においては、1inch2当たり100Gbit程度の超大容量記録密度の実現に向けて開発が進められている。要求される記憶容量の大きさは、年率100%を超えるスピードで増加しており、2010年にもテラビット時代を迎えると予想されている。当然、読み取り側の磁気ヘッドにも、現存のものより大きな磁気抵抗効果(MR効果)を示し、より磁気感度の高い材料が要求される。また、デバイスヘの応用を踏まえれば、室温で大きいMR効果を示す材料であるということが必須となる。本論文では、室温動作する磁気抵抗効果材料の創製および開発についてを以下の7章に大別して論じている。

 第1章では、本研究の端緒となる様々な磁気抵抗効果について述べられている。現行のデバイスに応用されている素子は室温でも高々100%程度の磁気抵抗比しか示さないことが述べられている。また、本研究で応用された半導体/強磁性体ハイブリッド構造に関する最近の研究例や将来性について議論されている。更に、トンネル磁気抵抗効果のMR比を向上させる試みの一つとして、申請者が取り組んできた、ハーフメタリックなバンド構造を持つと言われる新物質"閃亜鉛鉱型CrAs"薄膜のGaAs基板上への作製と物性評価に関する研究についても述べられている。

 第2章では、本研究において磁気抵抗効果デバイスに利用した、GaAs基板上に成長したMbSb金属クラスターの構造特性および磁気特性について述べられている。何種類かの蒸着量の異なるMnSbクラスターを作製した結果を、膜厚の増加に従いクラスターの密度が増し、0.70nmでクラスター同士の接触が始まり、その後はクラスターの融合によりサイズが増加することが分かった。また、磁気光学効果および磁化測定の結果、クラスターの接触以前の膜厚では、磁化がバルクの値より小さなものであり、クラスターの融合が磁気特性にも大きな影響を及ぼすことが分かった。

 第3章では、MnSB、Al、Auの三種類の金属を含んだグラニュラー薄膜について、それぞれの磁気輸送特性を調べた結果が述べられている。MnSbの膜厚に依存して、電流-電圧(I-V)特性は大きく変化し、特に、膜厚が0.70nm以下(クラスターの接触前)であるとき、巨大なMR効果が観測された。ゼロ磁場では、電圧の増加に従って、電流が70V付近まで直線的に増加していくが、その後急激に増加することが分かった。電流と平行方向に印加磁場を増加していくと、抵抗のジャンプが観測される電圧が高電圧側にシフトし、6,000Oe印加状態では、100Vでもジャンプしないことが分かった。この薄膜のMRカーブを室温で測定したところ、非常に大きなMR効果を観測した。15,000Oeの磁場印加時でMR比は5,400,000%に達した。この様な巨大MR効果は、磁場の印加によって、高抵抗状態(ジャンプ前)および低抵抗状態(ジャンプ後)の二つの抵抗状態間を電流が遷移するために観測されると考えられる。この薄膜の磁気輸送特性の温度依存性について調べ、半導体的な伝導特性であることを見出し、電流はGaAs基板側を流れていることを明らかにした。一方、低抵抗状態にスイッチした後の抵抗率は、温度の減少に伴って低くなっており、金属であるMnSbを介した伝導形態をとっていることが示唆された。また、測定温度が減少するほど、スイッチの起こる電圧が減少していく挙動は、典型的な電子雪崩(avalanche breakdown)現象の特徴に一致した。200Kまで測定温度を下げるとこの電圧範囲ではスイッチが起きないのは、局在化した電子がphononにより誘起されにくくなり、低抵抗状態にスイッチできないからであると考えられる。GaAs(111)B基板上に成長したAuテラス構造(Auの膜厚は0.20nm)では、室温でMR測定を行ったところ、MnSbグラニュラー薄膜と同様に、巨大なMR効果が観測された。MR比自体は、7,400%であり、MnSbグラニュラー薄膜よりは小さいが、注目すべきはその動作磁場の値であり、700Oeの低磁場で、既にMR曲線は飽和していることが分かる。更に、印加電圧や磁場の掃引速度を制御して、25Oeというわずかな磁場を印加するだけでおよそ100%のMR効果を得ることにも成功した。これは、磁気センサーなどへの応用を見据えても、非常に高性能な素子であると言える。

 第4章では、GaAs(111)B基板上に成長した自己組織化MnSbクラスターにGaAsキャップを施したグラニュラー膜で観測される光誘起MR効果について述べられている。光を照射しないで磁気抵抗効果の測定を行ったところ、この系においては、Sb層を用いた糸よりも閾値電圧が高くなっていることが分かった。そのため、100Vの電圧を印加しても電圧が充分でないためにMR効果は確認されなかった。ここで、GaAsのバンドギャップ以上のエネルギー(1.49eVのレーザーダイオードからの光を試料表面に照射した状態で磁気抵抗効果を測定したところ、MR効果が確認された。磁気抵抗比は磁場を800Oe印加した時に、20%の値が得られた。

 第5章では、印加電圧の低減を目指し、リソグラフィーを用いて作製したナノメーターのオーダーの電極間距離を持ったデバイスの構造とその磁気輸送特性について述べられている。Auの平坦膜にFIBで作製したギャップ構造について、ギャップ幅が500nmの素子では30V付近、100nmの素子では17V付近で抵抗のジャンプが起こり、大幅にスイッチング電圧を減少させることに成功したことが分かった。これは、ジャンクション部分の距離あるいは面積が減少したことに加え、MnSbクラスターやAuテラスのように非常に多くのジャンクションを有した系から唯一つのジャンクションを持つ系に、構造を単純化した効果が現れていると考えられる。また、MnSbグラニュラー薄膜について、電極間距離が10μmであるデバイスを作製し、I-V特性を調べたところ、5Vという低電圧でスイッチが起きていることが分かった。

 第6章では、磁気抵抗スイッチ効果のメカニズムについての議論が述べられている。磁場によってスイッチが抑制されるメカニズムは、完全には明らかにされていないが、磁場の印加に伴って電子の軌道がローレンツ力で曲げられ、GaAsを流れている電流がMnSbクラスターとの界面を超えて低抵抗パスに流れにくくなるためにホットキャリアを活性化できず、電子雪崩が起きなくなる効果と、磁場の印加で局在電子の活性化エネルギーが上がるためにホットキャリアが誘起されなくなる二つの効果が影響していると考えられる。本論文の磁気抵抗効果の室温における性能を他のMR素子と比較すると、MR比が他の素子と比較して桁違いに大きいことが分かる。更に、これが室温で得られる値であることを考えると、磁気センサーなどへの応用には大きなブレークスルーとなる研究であると結論づけている。

 第7章では、本論文のまとめおよび今後の展開が述べられている。

 以上、本論文はMBE法を用いて作製した新材料において発見した室温巨大磁気低抗効果について論じたものである。更に、リソグラフィー技術を用いて電極間距離を減少させることで、スイッチング電圧の低減も達成され、高感度な磁気センサーなどへの応用が期待できる素子の開発にも成功した。本研究の成果は、基礎科学的にも興味深いだけでなく、現在、精力的に研究が行われているスピントロニクスの分野への応用という観点からも、非常に大きなインパクトを与えるものである。

 以上のことから、本論文は博士(工学)の学位にふさわしい内容をもつものと判断した。

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