学位論文要旨



No 118063
著者(漢字) 酒井,裕司
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ユウジ
標題(和) 脱硫プロセスからの廃棄物による中国アルカリ土壌改良の研究
標題(洋)
報告番号 118063
報告番号 甲18063
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5521号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 高橋,宏
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 助教授 吉永,淳
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景及び研究目的

 近年、中国は急速な経済発展及び工業発展に伴い大気汚染、酸性雨、土壌劣化、食糧問題、廃棄物処理などの問題が深刻化してきている。大気汚染の原因として、石炭のエネルギー消費に占める割合が高いこと、更に石炭火力発電所などに脱硫装置が普及していないことが挙げられる。また民生用においては、燃焼と同時に脱硫・脱硝が可能な、石炭にバイオマスと脱硫剤を混合し高圧成型したバイオブリケットが有効な技術である。しかし、技術的及び経済的な面から普及に至っていない。また土壌劣化も深刻な問題であり、北部にはアルカリ土壌、南部には酸性土壌、西部には沙漠が広がっており、耕地面積は全国土面積の約10%と非常に狭く、更に耕地面積の1/3は不良土である。アルカリ土壌を含む塩類土壌面積は約50万km2と推定されており、特に北緯40度以北の中国東北部、北部に集中的に存在している。このような広大なアルカリ土壌を改良することは、今後の経済発展及び人口増加に伴う食料生産において、極めて大きな意義をもっているが改良されていないのが現状である。

 本研究では脱硫プロセスからの廃棄物により、中国東北部に存在する不毛の大地であるアルカリ土壌を改良する研究を行ってきた。このことは、食料増産をもたらす土壌改良技術が脱硫技術普及のインセンティブになるということにも重要な意義をもつ(Fig.1)。そこで、今後普及させるために本土壌改良技術の確立及び評価、またそれに伴う経済的及び環境影響の効果も考慮した総合的な評価を行う。

2.各種脱硫プロセスからの廃棄物によるアルカリ土壌改良調査

 中国東北部のアルカリ土壌で、脱硫プロセスからの廃棄物である脱硫石膏(湿式脱硫プロセス、半乾式脱硫プロセス、簡易湿式脱硫プロセス)、バイオブリケット燃焼灰の土壌改良剤の有効性を、土壌pH、EC、ESPの化学性分析とトウモロコシ収穫量から評価した。各試験区において、脱硫石膏施用によるトウモロコシ生産量増加と土壌の化学性の減少を確認することが出来た。石膏含有量の少ない半乾式脱硫石膏、バイオブリケット燃焼灰などが土壌改良剤として有効であることが示されたことは意義がある。また、これらの試験区で初期土壌におけるpH、Na濃度が低いことが、トウモロコシ生産量を増加する可能性があることも示唆された。水田への簡易湿式脱硫石膏とバイオブリケット燃焼灰利用において、処理区における米生産量の増加を確認出来た。また脱硫石膏の土壌改良剤としての継続性が、土壌の化学性(pH,EC,ESP)の分析結果における減少及びトウモロコシ収穫量の増加から、最低6年間あることを確認することが出来た(Fig.2)。また、圃場周囲の排水溝が、塩類上昇を抑制している可能性があることが示唆された。更に、脱硫石膏中に微量に含有する重金属類(B,Cr,Mn,Ni,Cu,As,Cd,Pb)の石膏施用による植物中への吸収の影響はなく、トウモロコシ実中の含有量が摂取量からみても問題ないことが確認できた。

3.土壌改良技術の大規模化における調査及び評価

 小規模圃場試験における知見をもとに、大規模圃場で脱硫石膏を用いて土壌改良試験を行い調査した。その結果、土壌の化学性(pH,ESP)の減少及びトウモロコシ収穫量の増加から土壌改良を確認できた。また試験区の大規模化に伴う問題として、トウモロコシ生育しない未改良部分がパッチ状に残存することを確認出来た(Fig.3)。更に、未改良部分に脱硫石膏施用量を増加した新たな試験区を設置することで、トウモロコシの生育を確認することが出来た。トウモロコシ収穫量からすると、まだ完全な改良までは至っていないと思われるが、年々収穫量が増加していることを確認できた。また土壌深さ方向プロファイルの調査(硬度、水分量、pH、EC、ESP)結果から、脱硫石膏により土壌改良された部分と、未施用土壌及び改良されなかった部分において、表層から20cmまでに明確な差を確認出来た。更に土壌改良に伴う、深さ30-40cm付近への塩類移動を、pH、Na濃度、ESPの測定により示唆する知見を得た。また、相関性評価により、土壌粒子の団粒化による透水性向上と、それに伴う塩類リーチングが示唆された。

4.アルカリ土壌改良に伴う透水性及び塩類移動評価

 フィールド調査では確認できなかった、石膏施用による改良に伴う土壌の透水性の変化と塩類リーチング速度について評価を行った。まず、アルカリ土壌改良において重要な現象である透水性変化を、石膏施用により飽和透水係数が2桁増加することにより確認した(Fig.4)。また、乾燥密度の増加に伴う透水性の低下を確認出来た(Fig.4)。更に、カラム浸透実験において、四極塩分センサーやテンシオメーターにより、カラム内部の塩類移動や透水性を評価することで、土壌改良時における塩類の移動を、時間変化と共に確認することが出来た。カラム実験において深さ20cmの土壌中の塩類リーチングに要する水分量は、約1.5PV(258cm3)であった。また圃場における水分量収支について、作物における蒸発散を考慮して理論的に解析することで、カラム浸透実験で得られた知見を圃場スケールに適用して、塩類リーチングに要する時間を推算した。その結果、トウモロコシ収穫期後(10月初旬)に、土壌中の塩類リーチングが終了すると推算できた。

5.本プロセス導入における経済性及び環境影響評価

 中国の経済成長に伴う深刻な環境汚染を考えると、技術導入における経済性及び環境影響評価が可能なモデルを構築する必要がある。これまで、中国における経済成長と環境保全を両立させる政策提言を行うことを目的として、経済モデルが構築されてきたが、具体的な技術導入した場合をシミュレーションした例は少ない。そこで、脱硫技術を評価できるように経済モデルの改良を行い、中国に脱硫プロセスを導入した時の経済性及び環境影響の評価を行った。更に、土壌改良による食糧増産の効果、脱硫技術の中国国内での製造を考慮した(Fig.5)。

 バイオブリケットを民生に導入した場合のCO2及びSO2変化率は、それぞれ4.84%,8.96%の減少を示した。CO2削減はバイオマス利用による石炭投入量が減少した影響を示しており、またバイオケットによるSO2削減量は比較的大きかった。更に、脱硫装置(脱硫率95%)導入においてシミュレーションした結果、CO2は0.62%増加した。機械・電気電子機械部門における増加率が高いことから、脱硫装置の国内における製造に伴う増加が影響したものと思われる。またSO2は8.53%減少した。石炭火力発電所への導入を想定したことから、電力・蒸気・熱水生産供給部門における削減率が高かった。実質GDPは、バイオブリケット導入では変わらないのに対し二脱硫装置導入の場合には増加した。これは装置製造における産業の発展等の影響を表しているものと思われる。また脱硫装置導入における改良可能面積は、約57万haと全アルカリ土壌の約1.15%であり、それに伴うトウモロコシ増産分は約180万t(約1.88%)で約1520万人の食料に値する。このようなGDP、CO2、SO2の増減及び食糧の増産からバイオブリケット及び脱硫装置からの廃棄物によるアルカリ土壌改良技術が中国において有効であることが示唆された。また、簡易湿式脱硫プロセスから得られた石膏の売却及び排出汚染費、更に脱硫装置のコスト、農産物による収益を考慮することにより、本プロセス普及の可能性を示した。

6.緒言

 各種脱硫プロセスからの廃棄物(湿式脱硫石膏、半乾式脱硫石膏、簡易湿式脱硫石膏、バイオブリケット燃焼灰)によるアルカリ土壌改良を、土壌の化学性(pH,EC,ESP)の減少及びトウモロコシ収穫量の増加から確認した。また、これらの水田利用における有効性も生産量増加から確認出来た。更に、脱硫石膏の土壌改良としての継続性(6年間)及び石膏中の重金属類の植物中への影響がないことを確認した。

 大規模圃場において、土壌の化学性(pH,ESP)の減少及びトウモロコシ生産量の増加から、改良を確認することが出来た。更に大規模化に伴い未改良部分が存在することを確認した。土壌深さ方向のプロファイル調査から、改良部での表層部分から20cm付近までにおける土壌の硬度、水分量、pH、EC、ESPに明確な差を確認できた。更に、土壌改良に伴う深さ30-40cm付近への塩類移動を示唆する知見を得た。また相関性評価により、石膏施用に伴う透水性向上と、それに伴う塩類リーチングが示唆された。

 脱硫石膏施用による透水性の向上を確認することが出来た。更にカラム浸透実験により、土壌改良に伴う塩類移動評価を行うことを可能にした。水分浸透により初期段階で塩類がリーチングすることを確認した。更に圃場における水収支と蒸発散量の推算から、圃場での塩類リーチングに要する時間を推算することが出来た。

 既存の経済モデルヘの脱硫装置とバイオブリケットの導入及び評価を可能にし、本アルカリ土壌改良技術も含めた経済性及びCO2、SO2排出量のシミュレーションを可能にした。土壌改良による食糧増産のみならず、バイオブリケット導入におけるCO2及びSO2排出削減、脱硫装置導入におけるGDP増加及びSO2排出削減から、本プロセスが中国において有効な技術であることが示唆された。更に、簡易湿式脱硫プロセスのコスト評価を行うことにより、本プロセス普及の可能性が示唆された。

Fig.1 Concept of alkali soil reclamation by desulfurization gypsum

Fig.2 Change of corn production in Fieldl

Fig.3 No reclamation part in alkali soil reclamation

Fig.4 Relationship between gypsum amendment and hydraulic conductivity at each dry density

Fig.5 Framework of simulation model of alkali soil reclamation in China

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「脱硫プロセスからの廃棄物による中国アルカリ土壌改良の研究」と題し、中国東北部に存在するアルカリ土壌を、脱硫プロセスからの廃棄物を用いて改良することを目的に、フィールド調査及びラボスケール実験による評価及び本プロセス導入による環境影響や経済性の評価を行ったもので6章からなる。

 第1章は、序論で中国における大気汚染と土壌劣化の問題を中心として本研究の背景と目的及び既往の研究を示している。

 第2章は、中国東北部のアルカリ土壌にて、脱硫プロセスからの廃棄物である脱硫石膏(湿式脱硫プロセス、半乾式脱硫プロセス、簡易湿式脱硫プロセス)、バイオブリケット燃焼灰の土壌改良剤の有効性を、土壌pH、EC、ESPなど化学性分析とトウモロコシ収穫量から評価している。各試験区において、脱硫石膏施用によるトウモロコシ生産量増加と土壌の化学性の減少を確認している。また、これらの試験区にて初期土壌におけるpH、Na濃度が低いことがトウモロコシ生産量を増加する可能性があることも示している。水田への簡易湿式脱硫石膏とバイオブリケット燃焼灰利用において、処理区における米生産量の増加を確認している。また脱硫石膏の土壌改良剤としての継続性が、土壌の化学性(pH,EC,ESP)の分析結果における減少及びトウモロコシ収穫量の増加から、最低6年間あることを確認している。更に、脱硫石膏中に微量に含有する重金属類(B,Cr,Mn,Ni,Cu,As,Cd,Pb)の石膏施用による、植物中への吸収の影響はなく、またトウモロコシ実中の含有量が摂取量からみても問題ないことが示されている。

 第3章は、土壌のpH,ESPの減少及びトウモロコシ収穫量の増加から、大規模圃場での脱硫石膏による土壌改良を確認している。また試験区の大規模化に伴う問題として、トウモロコシ生育しない未改良部分がパッチ状に残存することを確認している。更に未改良部分に脱硫石膏施用量を増加した新たな試験区を設置することで、トウモロコシの生育を確認している。また土壌深さ方向プロファイルの調査(硬度、水分量、pH、EC、ESP)結果から、脱硫石膏により土壌改良された部分と、未施用土壌及び改良されなかった部分において、表層から20cmまでに明確な差を確認している。更に、土壌改良に伴う、深さ30-40cm付近への塩類移動をpH、Na濃度、ESPの測定により示唆する知見を得ている。これら各種分析値の相関性分析は、石膏施用に伴う分散化した土壌粒子の団粒化による透水性向上と、それに伴う塩類リーチングを示している。

 第4章は、フィールド調査では確認できなかった改良に伴う土壌の透水性の変化と塩類リーチング速度について評価を行っている。石膏施用によるアルカリ土壌改良に伴う透水性変化において、飽和透水係数が2桁増加することを示している。また乾燥密度の増加に伴う透水性の低下を確認している。またカラム浸透実験において、四極塩分センサーやテンシオメ一ターなどにより、カラム内部の塩類移動や透水性を評価することで、土壌改良時における塩類の移動を、時間変化と共に確認している。また圃場における水分量収支について、作物における蒸発散を考慮して理論的に解析することで、カラム浸透実験で得られた知見を圃場スケールに適用して、塩類リーチングに要する時間を推算している。

 第5章は、既往の経済モデルヘの脱硫装置やバイオブリケットの技術導入及び評価を可能にし、本アルカリ土壌改良技術の経済性、及びCO2,SO2の排出量の増減をシミュレーションすることを可能にしている。そして、バイオブリケット及び脱硫装置導入はSO2を削減することから、中国での環境負荷低減技術として有効な技術であることを示している。またバイオブリケット導入においては、石炭の代わりにバイオマスを用いることによるCO2排出量の削減も確認している。更に、脱硫プロセス導入時には、GDPが増加することもシミュレーションにより確認し、本プロセス導入における経済発展の寄与も示唆している。また、簡易湿式脱硫プロセスから得られた石膏を売却すること及び排出汚染費を考慮し、脱硫装置のコスト、農産物による収益を評価することにより本プロセス普及の可能性を示している。

 以上要するに、本論文は中国における脱硫プロセスからの廃棄物によるアルカリ土壌改良技術を、フィールド及びラボスケールにおける土壌調査から、更に経済性及び環境影響評価も含めて総合的に評価しているものであり、環境工学の視点から化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって、審査委員会は、平成15年2月3目に論文提出者に対し、学位請求論文の内容及び専攻分野に関する学識について口頭による試験を行った結果、本人は博士(工学)の学位を受けるに十分な学識と研究を指導する能力を有するものと認め、合格と判定した。

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