学位論文要旨



No 118064
著者(漢字) 森,博
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヒロシ
標題(和) SOFCアノード材料におけるNi-導電性酸化物の構造及びその触媒活性
標題(洋)
報告番号 118064
報告番号 甲18064
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5522号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,宏
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京工業大学 助教授 脇,慶子
内容要旨 要旨を表示する

 第1章では固体酸化物形燃料電池(SOFC)の原理と特徴,主要構成物質,セル形態,作製法,開発の現状及び問題点などについて紹介し,研究の目的及び論文の構成について記した.SOFCは800℃以上と高温作動であるため,内部改質反応により水素以外にも炭化水素燃料を用いることが可能であるが,この場合燃料極には電極性能だけでなくメタンの改質触媒としての性能が重要となる.内部改質型SOFCの問題として長期安定性に乏しいことが挙げられるがこれはメタンの熱分解による析出炭素に起因すると考えられている.そのため,水蒸気に対する炭化水素の割合(steam/carbon,S/C)が低い領域において発電可能な燃料極(アノード)の開発が望まれている.本研究ではSOFCアノード材料に注目し,アノード構成材料の複合化による構成物質間の相互作用がアノードの性能,特に炭化水素改質触媒性能に与える影響についての詳細を解析することを目的とし検討を行った.評価する材料としてアノードとして広く使用されているNi/イットリア安定化ジルコニア((Y2O3)0.08(ZrO2)0.84,YSZ)及び近年注目されているNi/スカンジア安定化ジルコニア((Sc2O3)0.08(ZrO2)0.84,ScSZ)を選定した.Ni/ScSZアノードは従来のNi/YSZと比べて低S/Cの条件において安定に発電可能であると報告されている.しかし,その詳細は明らかになっていない.そこで本研究ではアノードの改質触媒としての性能に注目し,Ni/YSZ及びNi/ScSZについて比較検討を行った.

 第2章ではNi(NiO)とYSZ及びScSZとの間の相互作用についての研究結果を記した.特にアノードを作製する際の複合化によってNi(NiO)とYSZ及びScSZとの間に生じる相互作用についての知見をまとめた.酸化状態のNiO/YSZ及びNiO/ScSZについて還元挙動の温度依存性を昇温還元法(TPR)により評価を行った結果,NiO/YSZ及びNiO/ScSZ中のNiOはNiO単体の還元温度より高温で酸化され,また複数の還元ピークを持つことがわかった.すなわち,NiOとYSZ及びScSZとの複合化によりNiOの還元が起こりづらくなったと考えられる.NiO還元温度の高温化はNiOとYSZ及びScSZ間の相互作用の強さとみなすことができる.この還元挙動の変化はアノード作製条件により異なった.特に焼成温度に大きく依存し,焼成温度が高いほど強い相互作用を示した.また,同一作製条件で比較した場合,NiO-ScSZ間の相互作用はNiO-YSZ間の相互作用より強いことが明らかになった.これら結果を元に電子顕微鏡(SEM),X線回折(XRD)などを用いてNi(NiO)の存在状態についての評価を行った結果,NiO/YSZ及びNiO/ScSZ中のNiOはYSZ,ScSZの表面,粒界,粒内に分布し,それぞれの相互作用が異なることがわかった.これらNiOの形成にはNiO,YSZ及びScSZの焼結性及びNiOのYSZ及びScSZへの固溶が関与していることが示唆された.特に強い相互作用を示した高温で焼成したNiO/ScSZ中のNiOはScSZに対して高分散に存在した.また,SOFC発電条件で還元を行ったNi/YSZ,Ni/ScSZを評価した結果,ScSZ上のNiはYSZ上のNiと比べ凝集が抑制され高分散を保っていること,その一部はNi2+で存在することを明らかにした.

 第3章ではNi/YSZ,Ni/ScSZでメタンの分解活性を評価し,NiとYSZ及びScSZとの間の相互作用がメタン改質触媒性能に与える影響についての知見を記した.特にアノード性能に大きく関与する析出炭素の評価について重点的に検討を行った.メタンの熱分解活性の温度依存性を評価した結果,相互作用が強くNiが高分散で存在している1450℃焼成のNi/ScSZはすべての測定温度域で高い活性を示した.1450℃焼成のNi/ScSZについて測定後のサンプルをラマン分光法,及びSEMにより評価したところ,1450℃焼成のNi/ScSZには他のサンプルより結晶性の高いwhisker状炭素が析出していることが確認できた.中温域のSOFCでの使用を想定して,700〜900℃での触媒活性を評価した結果,1450℃焼成のNi/ScSZはS/C=0の条件で最も高い活性を示した.他のサンプルが時間の経過と共に失活したのに対し,活性が保持された.測定後のサンプルの析出炭素を評価したところ1450℃焼成のNi/ScSZ以外のサンプルはアモルファス炭素が多く存在したのに対し1450℃焼成のNi/ScSZではwhisker状炭素が多く存在し,析出炭素種によって触媒の失活に与える影響が異なることが示唆された.また,水蒸気を添加したメタンを用いて同様な検討を行ったところ,1450℃焼成のNi/ScSZ上に析出する炭素量の大幅な減少が確認された.Ni/ScSZをアノードとして発電実験を行ったところ,析出炭素は生成するものの電極活性が保たれることを明らかにした.

 第4章では本論文を総括の総括を記した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「SOFCアノード材料におけるNi-導電性酸化物の構造及びその触媒活性」と題し,固体酸化物形燃料電池(SOFC)のアノード材料について,アノードを構成するNiと導電性酸化物の複合化についての詳細とその複合化がアノードの性能,特に炭化水素改質触媒性能に与える影響に着目して検討を行ったものである.対象とする材料としては,アノードとして広く使用されているNi/イットリア安定化ジルコニア((Y2O3)0.08(ZrO2)0.84,YSZ)及び炭化水素燃料で長期発電の実績を持つことから近年注目されているNi/スカンジア安定化ジルコニア((Sc2O3)0.08(ZrO2)0.84,ScSZ)を選定している.論文は全4章で構成され,各章についての概略は以下の通りである.

 第1章は序論であり,本研究の背景としてSOFCの原理と特徴,主要構成物質,セル形態,作製法,開発の現状及び問題点などについて紹介し,研究の目的及び論文の構成について述べている.SOFCは排熱を利用することで高効率発電が可能であり,内部改質反応を利用することで燃料に水素だけでなく炭化水素を直接利用できることから次世代の燃料電池の本命としての期待が高まっている.しかし,現状では技術的成熟度が不十分であり,特に炭化水素燃料を用いた場合の信頼性などの面で問題点も多く,基礎レベルでの研究が必要である.その中でアノードの研究についての重要性について言及し,本研究の課題を明確化している.

 第2章ではNiとYSZ及びScSZの複合化により両者の間に生じる相互作用について評価を行い,得られた知見について述べている.一般的なSOFCアノードの作製方法としてNiOと導電性酸化物の粉末を混合,焼成処理を行ったのちにSOFC作動温度で還元する方法が取られる.NiとYSZ及びScSZの複合化はアノードを作製する際の焼成処理によって生じることが予測されることから,還元前のNiO/YSZ及びNiO/ScSZについてNiOの還元挙動の温度依存性を評価し,その結果と電子顕微鏡(SEM),X線回折(XRD)を用いてNiO/YSZ及びNiO/ScSZ中でNiOがどのような状態で存在するかについて評価した結果との比較から導電性酸化物の種類(YSZ,ScSZ)及び電極作製条件(焼成温度,Ni含有量など)がNiOの存在状態に与える影響について考察している.NiOとYSZ,ScSZ間の複合化に伴う相互作用は電極作製条件のうち特に焼成温度に大きく依存し,NiO-ScSZ間の相互作用はNiO-YSZ間の相互作用より強いことを明らかにしている.また,SOFCの作動温度で還元を行ったNi/YSZ,Ni/ScSZについても評価を行い,ScSZ上のNiはYSZ上のNiと比べ凝集が抑制され高分散を保っていること,その一部はNi2+で存在することを明らかにしている.

 第3章ではNi/YSZ,Ni/ScSZでメタンの分解活性を評価し,NiとYSZ及びScSZとの間の複合化の程度がメタン改質触媒性能に与える影響について評価した結果について述べている.特にアノード性能に大きく関与する析出炭素について重点的に評価を行っており,Ni/YSZ及びNi/ScSZについて焼成温度の違いにより析出炭素の量のみならず析出炭素の形状・結晶性が異なるという結果を得ている.メタン燃料で長期発電の実績を持つ1450℃焼成のNi/ScSZは他の試料が失活する条件下においてもメタン分解活性を保持することができ,結晶性の高い炭素が析出しやすいことを明らかにしている。これらの実験結果はNi/YSZ及びNi/ScSZのメタン分解触媒活性の違いによって析出炭素の形状・結晶性が異なることが発電時の電極性能を左右するということを示唆している.

 第4章では研究の総括と今後の展望について述べている.

 以上を要するに,本論文はSOFCアノード材料において電極作製条件がNiと導電性酸化物の複合化に強く相関し,複合化に伴うNiの状態の違いがメタン分解触媒活性及び炭素析出挙動に極めて多大な影響を与えることを明らかにしたものである.これらの知見はSOFCアノード設計のみならずメタン分解触媒,炭素製造触媒への幅広い可能性を提供しており,工学的に高い価値を持ち,化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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