学位論文要旨



No 118065
著者(漢字) 植村,真
著者(英字)
著者(カナ) ウエムラ,マコト
標題(和) デンドリマーナノ空間による有機反応制御
標題(洋) Spatial Control of Organic Reaction by Dendritic Nanocavity
報告番号 118065
報告番号 甲18065
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5523号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 野崎,京子
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
 東京大学 講師 金原,数
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】デンドリマーは規則正しい枝分かれ構造を有する単一分子量の樹木状高分子である。特にコア-シェル型デンドリマーはアポタンパク様の3Dかご構造を有することが知られており、このような人工構造体で高反応性化学種を孤立化し、その反応性を空間的に制御することは大変興味深い。

 一方、炭素-コバルト結合を有する補酵素B12は、有機ラジカルを介した高選択的変換反応を媒介するため、古くから注目を集めて来た。近年の天然ホロ酵素のX線構造解析や補酵素BI2のモデル研究から、反応の高い選択性の実現にタンパク質が提供する孤立空間が大きく寄与することが示唆されているが、人工系において天然の様な高い選択性を実現した例は殆ど無く、更なる分子設計の余地が残されている。即ち、ラジカル反応制御に関する重大な知見が補酵素B12の科学に未だ埋もれている可能性がある。

 本研究では以上の点に着目し、補酵素B12のホロ酵素を念頭に反応中心の金属ポルフィリン錯体をラジカル耐性の巨大なポリ(アリルエステル)デンドリマーかごで包み込んだコアーシェル型デンドリマーポルフィリンを分子設計し、(1)コバルトポルフィリン錯体間の相互作用の抑制によるAIBN開始アルケニル化反応の反応制御、(2)有機ロジウムポルフィリン錯体を用いた有機ラジカル反応の反応制御を行った。

【実験と結果】

1デンドリマーかごを用いたAIBN開始アルケニル化反応制御:まず始めに、新規に分子設計したデンドリマーの孤立化機能を評価することが重要である。ここでは二分子のコバルトポルフィリン錯体が関与する反応機構を含むAIBN開始アルケニル化反応をプローブとして用いた。もし、今回新規に分子設計したデンドリマーが孤立化機能を有しているならば、サイズの大きなデンドリマーが反応を抑制するはずである。一方で、反応機構に関して新しい知見が実験的に得られる可能性がある。

 本研究では、デンドリマーの分子形態の効果を見るため、テトラフェニルポルフィリンのフェニル基のパラ位とメタ位に一連の異なる世代のデンドロンを導入した p-[Gn]TPPH2、m-[Gn]TPPH2(n=0-3)およびm-[G4]TPPH2を合成した。CPKモデルより、デンドリマーの世代が高いほど、あるいはパラ体よりもメタ体の方がコア部位がデンドロン組織で遮蔽され、高い孤立化機能が期待できることが解る。

 コバルトポルフィリン1のAIBN開始アルケニル化では、AIBN由来の3級ラジカルの付加体が過渡的に生成し、これが直ちに不飽和ニトリルの脱離を伴うβ-水素脱離反応を起こすことによって、コバルトヒドリド錯体2を与える。2は引き続き速やかにアルキンに付加して3を与えるが、3は次第に異性化して4に変化する。

1-1デンドリマーの分子形態と反応選択性の関係:二価のコバルトポルフィリン錯体(p-[Gn]TPP)Co,(m-[Gn]TPP)Co(n=0-3)、AIBN、及びプロパルギルアルコールのCDCl3溶液をNMRチューブ中で脱気後封管し、60℃に加熱したところ、何れの場合においても1HNMRにてアルケニル化反応の進行が確認された。サイズの小さな錯体では複数の生成物3,4,4'を与えたが、特にサイズの大きなm-[G3]では反応が遅延することなく3のみを選択的に与えた。

 反応開始後300分における化学選択性とデンドリマーの分子形態の効果について比較したところ、一連のCPKモデルの傾向と同様に、デンドリマーでコアが遮蔽されるほど高い選択性を与えた。以上のことから、高選択性を実現するにはサイズの大きなデンドリマーが必要であり、よりクローズドな構造が望ましいことが示された。即ち、サイズの大きなデンドリマーはアルケニル化過程に関して抑制効果が殆ど認められなかった一方で、その立体的嵩高さによって異性化過程を高度に抑制していることが示された。一方、プロパルギルアルコールと同様にアルケニル化反応において異性体4を生じる他のアルキンを用いた場合においても、サイズの小さなコバルト錯体では異性化が確認された。即ちこれらの結果は、サイズの大きなデンドリマーが有する高い化学選択性が幅広い基質にも応用可能であることを示している。ただし、1-ヘキシンを用いた場合、m-[G2]以上のデンドリマーで高い反応選択性を示したが、シリーズ中最大のm-[G4]で反応が若干遅延した。これはデンドリマー組織が大き過ぎたために、デンドリマー組織がコバルト錯体同士の反応のみならずコバルト錯体と小分子の反応も抑制したためであると考えられる。

1-2アルケニル化反応機構:コバルトヒドリドのアルキン付加反応は、反応がトランス選択的であるため、過去にロジウム錯体のアナロジーとしてコバルト錯体2分子が関与した反応機構が提案されている。即ち片方のコバルト錯体がアルキンを活性化し、コバルトヒドリドが付加する機構である。もしこの機構が正しければ、サイズの大きなコバルト錯体の場合、コバルト錯体同士の接近が空間的に抑制され、アルケニル化反応が遅延あるいは停止するはずである。

 1-1で述べたように、異性化過程はデンドリマーの立体効果により高度に抑制されたものの、アルケニル化過程は一部の例外を除き抑制されなかったため、この反応機構はコバルト錯体-分子に因ることが示された。

 ここにおいて、従来提唱されていた反応機構とは別の機構が存在する可能性があったため、次に、AIBN-d12でコバルトヒドリド錯体由来の水素原子を重水素化した。すると、分子間相互作用が抑制されるサイズの大きな錯体においても、サイズの小さな錯体と同様にトランス選択的水素付加が確認された。即ちこれらの結果は全て、アルケニル化反応が元来、もう一つのコバルト錯体を必要としない事を示している。

1-3異性化反応機構:アルケニル錯体3が異性体4へと異性化する過程では、過去に分子内1,3水素シフトによる異性化機構に加え、コバルトヒドリドやコバルト二価ポルフィリンなどが触媒する反応機構が提案されている。1-1において述べたように、サイズの大きな錯体は異性化反応を高度に抑制する一方で、アルケニル化過程では抑制がほとんど見られなかった。従って、アルケニル錯体3が4に異性化するプロセスでは、コバルト錯体二分子が関与する異性化機構が強く支持された。

 次に、異性化反応を触媒する化学種を特定するためにアルケニル錯体3のCDCl3溶液に対して、(A)AIBNのみ、(B)コバルト(II)錯体1のみ、(C)AIBNと1をそれぞれ加え、脱気後60℃に加熱した。すると(A)(B)では全く反応が進行しなかったが、(C)では明確に反応が進行した。即ち、これらの結果は、異性化反応とコバルトヒドリドが触媒することを示している。

 以上のように、異性化反応においては、コバルト錯体2分子が反応に関与しており、特にコバルトヒドリドが反応を触媒することが示された。

1-4AIBN開始アルケニル化反応におけるデンドリマー効果:1-ヘキシンから誘導したアルケニル錯体3を別途合成し、異性化過程におけるデンドリマーの効果をより精密に評価するため、1-3で得られた知見を元に、これに対してAIBNと適当量の二価コバルト錯体1をCDCl3中60℃で作用させ、この実験から得られた結果と異性化を含めたアルケニル化反応全体の結果を比較した。

 まず、1を5mol%加えた条件で反応開始後200分で反応をモニターしたところ、大きな錯体ほど高い選択性を示したが、m-[G3]では異性体4が確認され、m-[G0]では4は40%しか得られなかった。一方、アルケニル化反応条件下では、m-[G3]で異性体4が確認されず、m-[G0]では4が80%得られていた。これらの結果から、サイズの大きなデンドリマーがアルケニル化を促進したために、異性化を触媒するコバルトヒドリド濃度が低下したことを示している。

 2デンドリマーロジウムポルフィリンを用いたラジカル反応制御:炭素-金属結合の開裂によって生じる二価のロジウムポルフィリンは、類似のコバルト錯体に比べてメタロラジカル性が顕著で、多様な反応性を示す一方、その反応制御は困難である。また、有機コバルト錯体が熱的に開裂するのに対し、有機ロジウム錯体は光でのみ開裂するという特徴を有している。本研究では、デンドリマーによる有機ラジカル種の反応制御及び高選択的反応の実現を目指す目的で、有機ロジウムポルフィリンを合成した。本研究のように有機ラジカル種を球状デンドリマー内部に閉じこめた例は過去に無く、巨大な球状デンドリマーが提供する特異なナノ空間を積極的に活用することにより、新しい有機合成反応が開発出来る可能性がある。

【まとめ】本研究では、複数の金属ポルフィリン錯体が関与する反応において、サイズの大きなコア-シェル型デンドリマーが高い化学選択性を示すこと見出した。加えて、実験的なプローブとして用いた反応の機構解明に成功した。以上のように、サイズの大きなデンドリマーに特有の「動的なナノスケールかご」としての特性に着目し、デンドリマー孤立化効果を用いた新しい反応制御システムの構築を行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はサイズの大きな球状デンドリマーが提供するナノ孤立空間を用いた有機反応制御に関した研究の成果ついて述べたものであり、以下の序論・本文3章・展望の5部構成となっている。

 序論では、デンドリマーナノ空間の可能性と重要性、そして触媒反応および補酵素B12の化学におけるデンドリマーナノ空間の位置付けについて述べるとともに、本研究の目的とその意義について述べている。

 第一章では、新規補酵素B12モデル錯体について述べている。補酵素B12は天然においてラジカル反応を精密に制御するため、多くの分野において盛んに研究が行われてきたが、従来の人工モデル錯体の化学選択性はあまり高くなかった。一方、本論文のようにアポタンパクが提供する孤立空間を意識したモデルは未だ少なく、上記の新規人工モデル系による反応制御は大変興味が持たれる。このような背景により、サイズや分子形態の異なる一連のデンドリマーコバルドポルフィリン錯体(m-[Gn]TPP)CoII(n=0-3)および(p-[Gn]TPP)CoII(n=0-3)を分子設計および合成し、これらを用いたプロパルギルアルコールとのAIBN開始アルケニル化反応の制御を試みている。この反応はコバルト錯体間の相互作用によって複数の生成物が得られることが知られているが、検討の結果、内部に適当なサイズの空間を有するサイズの大きなデンドリマー(m-[G3]TPP)CoIIが、アルケニル化を遅延することなく単一の生成物を与え、極めて高い化学選択性を実現することを示している。またこの時、サイズの大きなデンドリマーを用いることによって従来の反応機構モデルに新しい知見を加えることに成功している。本成果は、数ある補酵素B12モデル錯体の中でも群を抜く化学選択性を示したという点において生化学的見地からの意義が大きいが、同様に合成的見地からの意義も大きい。

 第二章では、ナノスケールのフラスコとしてのデンドリマーの有用性を拡張すべく、前章よりも更に1世代大きな(m-[G4]TPP)CoIIを加えた一連のデンドリマーを用い、サイズの大きな(m-[G3]TPP)CoIIの高化学選択性に一般性があることを示しており、その上で特に1-ヘキシンを用いた詳細な検討を行っている。ここで、前章で(m-[G3]TPP)CoIIが実現した高い化学選択性の起源について追求する一方で、上記反応を通じ、デンドリマーを用いた反応制御を行う上で重要なデンドリマーの特性について考察を加えている。その結果、高化学選択性がデンドリマーの立体効果のみならず、副反応を促す活性種の生成をデンドリマーが抑制することによって実現されるという、新規デンドリマー触媒を設計する上で極めて重要な知見を得ている。一方で、最もサイズの大きな(m-[G4]TPP)CoIIが基質の極性を判別し、特にプロパルギルアルコールを用いた場合、反応が大きく遅延することを見いだしている。分子動力学的考察から、最も大きなm-[G4]が世代の小さなm-[G3]以下のデンドリマーよりもしっかりした外殻構造を有する事が示唆され、実際の実験結果と併せてm-[G4]デンドリマーが完全孤立系を実現することを示している。

 第三章ではデンドリマーポルフィリンのベンジルロジウム錯体に対する光誘起一酸化炭素挿入反応を試みている。二価ロジウム錯体はコバルト錯体に比べ強烈な金属ラジカル性を示すことから、その反応制御は大変興味深いが、一酸化炭素共存条件ではロジウム-炭素結合間に一酸化炭素が挿入した安定なアシル錯体生成によってその活性を喪失してしまう。実験の結果、サイズの大きなデンドリマーがアシル錯体生成を著しく遅延し、二価ロジウム錯体の選択性が飛躍的に向上することを見いだしている。このとき、サイズの大きなデンドリマーが反応中心への一酸化炭素の接近を抑制する一方で、有機ラジカル種の拡散速度に変化が無かったことから、デンドリマー組織が一酸化炭素分子とアルキルラジカルを認識しているために反応の遅延と選択性の変化が観測されたと考察している。本成果は従来の反応制御法では実現困難な現象を示しており、新規有機反応設計の観点において、新たな方法論を提示するものとして興味深い。

 展望では、本論文の成果を踏まえた上で、デンドリマーナノ空間を用いた反応制御に関する展望について述べている。

 以上のように、デンドリマーナノ空間を用いることによって高度に化学反応を制御し、極めて高い化学選択性が実現可能であることを示している。その成果は、生化学のみならず有機合成化学の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク