学位論文要旨



No 118069
著者(漢字) 岡,夏央
著者(英字)
著者(カナ) オカ,ナツヒサ
標題(和) リン酸部位修飾DNA類縁体の立体選択的合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 118069
報告番号 甲18069
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5527号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
 東京大学 助教授 野崎,京子
内容要旨 要旨を表示する

1.序論 近年、DNAやRNAに対して選択的に結合する分子を用いて、特定の遺伝子からタンパク質への情報伝達を阻害する手法が注目されている。その手法の一つに、標的mRNAと相補的なDNA類縁体を生体内に投与し、そのmRNAからタンパク質への翻訳を阻害するアンチセンス法がある。天然型DNAのリン酸ジエステル結合の非架橋酸素原子の一つを置換したリン酸部位修飾DNA類縁体は、生体内酵素に対する安定性や、細胞膜透過性の高さなどからアンチセンス分子として期待されているが、これらはリン原子上に不斉点を有し、その絶対立体配置の相違によってアンチセンス効果が異なると考えられているため、リン原子の立体を制御した合成法の開発が求められている。そこで、本研究では現在アンチセンス分子として最も有望視されているホスホロチオエートDNAを中心に、リン原子の立体を制御したリン酸部位修飾DNA類縁体の効率的な合成法の開発を目指した。

2.オキサザホスホリジン法によるホスホロチオエートDNAの立体選択的合成

 2.1背景 キラルな1,2-アミノアルコールから誘導したヌクレオシド3'-O-オキサザホスホリジン誘導体をモノマーユニットとするオキサザホスホリジン法は、立体化学的に純粋なモノマーを立体選択的な反応を用いて効率的に合成できることから、近年、ホスホロチオエートDNAの立体選択的合成法として注目されている。現在までの研究例では、モノマーユニット合成反応において>99:1のジアステレオ選択性を実現した反応系も報告されているが、インターヌクレオチド結合形成反応においてラセミ化が起こることが知られており、オリゴマーの合成には至っていない。このラセミ化は、活性化剤として用いられている求核性の高いテトラゾールが、キラルなリン原子に対して繰り返し求核攻撃することによって起こると考えられている(Scheme 1)。そこで、本研究では、新規活性化剤1を開発した。1は求核性が極めて低い構成要素によって成り立っており、1によりプロトン化されたモノマーユニットに対して活性化剤由来の求核種がリン原子を攻撃することなく、ヌクレオシドが直接in-lineメカニズムで反応することにより、立体特異的に縮合反応が進行するものと期待した(Scheme 2)。

 2-2.ヌクレオシド3'-O-オキサザホスホリジンモノマーユニットの合成 キラルな1,2-アミノアルコール2a-fと三塩化リンから合成したオキサザホスホリジニル化剤3a-fを用いて、ヌクレオシド4をオキサザホスホリジニル化した(Table 1)。粗生成物のジアステレオマー比を31PNMRにより測定したところ、3a-eからはトランス体、3fからはシス体が優先して生成することが分かった。室温で反応を行なった系では、5aが95:5と最も高いジアステレオ選択性を示した。一方、5cは室温では58:42と低いジアステレオ選択性であったが、加熱することによりtrans-5c:cis-5c=97:3と大きくトランス体へと偏ることが分かった。5a-dについては、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによって立体化学的に純粋なトランス体を単離し、モノマーユニットとして縮合反応の検討に用いた。

 2-3.縮合反応におけるオキサザホスホリジン環上の置換基効果の検討 立体化学的に純粋なモノマー5a-dを、活性化剤1dの存在下、ヌクレオシド6と反応させ、31PNMRで反応を追跡した。反応時間はオキサザホスホリジンの4位の置換基に大きく影響を受け、R4=Hの場合、反応は迅速に進行し、5分以内で縮合反応は完結した。それに対し、R4=Meの場合は反応時間15分、R4=Phの場合は5時間が必要であり、R4の立体障害、電子求引性が増すにつれて反応性が低下した。これは、R4の立体障害、電子求引性によって、オキサザホスホリジンの3位の窒素原子に対するプロトン化が妨げられるためと考えられる。一方、3位の置換基をR3=Me(5a)からR3=iPr(5d)に変えても反応時間はほとんど影響を受けず、5分以内に反応は完結した。これは、イソプロピル基が自由回転することにより、その二つのメチル基がオキサザホスホリジン環の3位の窒素原子の孤立電子対とは環に対して逆に配向し、3位の窒素原子のプロトン化に対する立体障害がメチル基とほぼ同等になっているためと考えられる。反応のジアステレオ選択性についても、R4=Hの場合がもっとも高く、ジアステレオマー比は96:4〜>99:1と極めて良好な結果が得られた。

 2-4.活性化剤の検討 1a-mの存在下、5aと6を縮合させ、反応を31PNMRにより追跡した(Table 3)。反応はいずれも5分以内に完結した。反応のジアステレオマー比は、1のカウンターアニオンにはほとんど影響されなかったが、ジアルキル(シアノメチル)アミンの構造に大きく依存し、1k-nを用いた場合、ジアステレオマー比は1:1に近い値であったが、1a-jを用いた場合、ジアステレオマー比は96:4以上と極めて高い値が得られた。特に、1a-c,e,fの場合、ジヌクレオシドホスファイト7のシグナルは1本しか観測されず、単一のジアステレオマーが生成していることが分かった。

 2-5.液相法による二量体の合成 活性化剤1fの存在下、(Rp)-5aと6を縮合させ、メチルアミノ基のアセチル化、硫化、脱保護を行なうことによって、ほぼ立体化学的に純粋な二量体(Sp)-12を得た。また、モノマーユニットとして(Sp)-5aを用い、同様に立体化学的に純粋な(Rp)-12を得た(Scheme 3)。

 2-6.固相法の検討 サクシニルリンカーを介して高架橋ポリスチレンに担持したチミジンに対し、活性化剤1fの存在下モノマーユニット13を縮合させ、硫化した後、濃アンモニア水処理によって不斉源の除去、リンカーの切断及び核酸塩基部位の脱保護を同時に行ない目的の二量体を縮合収率98〜>99%、ジアステレオマー比97:3〜99:1で得た(Scheme 4)。また、同様の反応条件を用いて4量体、10量体の合成に成功した。

 以上述べた様に、本研究において開発したオキサザホスホリジン法によりリン原子の立体を制御したホスホロチオエートDNAオリゴマーの固相合成に成功した。この方法は、(i)5'-O-DMTr基の除去(ii)縮合反応(iii)無水酢酸によるキャップ化(iv)硫化の各ステップと、最終的な濃アンモニア水による脱保護の過程が、用いる試薬が多少異なるものの、現在自動合成機によるホスホロチオエートDNAの合成法として用いられているホスホロアミダイト法とまったく等しいことから、自動合成機を用いた長鎖ホスホロチオエートDNAの合成にそのまま適用可能であると思われ、リン原子の立体を制御したホスホロチオエートDNAの大量合成法として期待される。

Scheme 1. Oxazaphospholidine method using 1H-tetrazole as an activator.

Scheme 2. Oxazaphospholidine method using 1 as an activator.

Table 1. Synthesis of nucleoside 3'-O-oxazaphospholidines.

Table 2. Condensations of 5a-d with 6 in the presence of 1d.

Table 3. Condensations of (Rp)-5a with 6 in the presence of 1a-n.

Scheme 3. Liquid-phase synthesis of (Rp)- and (Sp)-dithymidine phosphorothioates.

Scheme 4. Solid-phase synthesis of dinucleoside phosphorothioates.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,新しいリン(V)原子の立体制御法の開発とそれに基づくホスホロチオエートDNAの合成に関する研究について述べたものであり,7章より構成されている。

 第1章は序論であり,アンチセンス分子として遺伝子治療への応用が期待されているリン酸部位修飾DNA類縁体の作用機作,立体選択的合成の意義,現在までに知られている立体選択的合成例とそれらの問題点について述べるとともに,本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では,オキサザホスホリジン法による立体選択的インターヌクレオチド結合形成反応に適したモノマーユニットについて検討している。まず,立体選択的インターヌクレオチド結合形成反応に必要な構造的条件を考慮した分子設計を基に,キラルな1,2-アミノアルコールと三塩化リンから新しいオキサザホスホリジニル化剤を合成している。次いで,これらとヌクレオシド誘導体からモノマーユニットとなるヌクレオシド3'-O-オキサザホスホリジン誘導体を合成している。このオキサザホスホリジニル化反応の検討を通して,オキサザホスホリジニル化剤を構成する1,2-アミノアルコール部位の置換基の種類が反応のジアステレオ選択性に大きな影響を与えることを明らかにしている。

 第3章では,このオキサザホスホリジニル化反応の機構を詳細に検討している。その結果,ヌクレオシド誘導体のオキサザホスホリジニル化反応のジアステレオ選択性がトランス優位になる場合でも,オキサザホスホリジニル化剤の立体化学に無関係な熱力学支配の場合とオキサザホスホリジニル化剤の立体化学を反映した速度論支配の場合があることを明らかにしている。また,速度論支配下でトランス選択的にヌクレオシド3'-O-オキサザホスホリジン誘導体を与える反応について検討し,本反応の機構として従来のリン(III)の反応では知られていない直接in-lineメカニズムを提唱し,この反応機構の妥当性を計算機化学手法によって証明している。

 第4章では,ヌクレオシド3'-オキサザホスホリジン誘導体の活性化剤の検討を行なっている。活性化剤としては反応の活性化のためにリン-窒素結合の窒素原子にプロトン化でき且つ反応の不活性化につながるリン原子へのプロトン化は起こさない適度な酸性度を持つカチオンと求核性の極めて低いアニオンからなる塩が有効であろうとの考えに基づき,活性化剤として各種(シアノメチル)アンモニウム塩を提案している。次いで,それらを用いてインターヌクレオチド結合形成反応を試み,これらがリン原子のエピメリ化を引き起こさない極めて優れた活性化剤であり,反応が立体反転で進行することを見出している。

 第5章では,以上の検討結果を踏まえ,二量体であるジヌクレオシドホスホロチオエートの合成を試みている。その結果,最適条件下で反応を行なうと,ジアステレオマー比は96:4〜>99:1となることを見出し,従来法に比べて極めて良好な結果を与えることを明らかにしている。また,硫化,脱保護もジアステレオマー純度を損なうことなく円滑に進行することを明らかにし,高純度のジヌクレオシドホスホロチオエートを得ている。

 第6章では,このようにして新たに開発したジアステレオ選択的インターヌクレオチド結合形成反応を固相法へ展開している。即ち,サクシニルリンカーを介して高架橋ポリスチレンに担持したモノマーに対し、ヌクレオシド3'-O-オキサザホスホリジン誘導体を縮合させ、硫化した後、濃アンモニア水処理によって不斉源の除去、リンカーの切断及び核酸塩基部位の脱保護を同時に行なうことにより,目的の二量体を縮合収率98〜〉99%、ジアステレオマー比97:3〜99:1で得ることができることを明らかにしている。また、同様の反応操作で,4量体、10量体の合成にも成功している。

 第7章は本論文の総括であり,開発した立体選択的インターヌクレオチド結合形成反応の特徴と有用性を述べるとともに,立体選択的H-ホスホネートDNA合成への展開などの将来展望を述べている。

 以上のように,新規オキサザホスホリジン法によってリン(V)原子の立体を高度に制御できることを見出し,この制御法が液相法および固相法によるジヌクレオシドホスホロチオエート,ホスホロチオエートDNAオリゴマーの合成に応用できることを明らかにしている。これらの成果は,有機合成化学,核酸化学,医化学の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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