学位論文要旨



No 118071
著者(漢字) 清水,義宏
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ヨシヒロ
標題(和) 必須因子のみからなる生体外タンパク質合成系と構築と10SaRNAの作用機序の解析
標題(洋)
報告番号 118071
報告番号 甲18071
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5529号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 講師 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

1.必須因子のみからなる生体外タンパク質合成系

 生体外蛋白質合成系の開発は、1960年代前半の遺伝暗号解読の研究にまでさかのぼるが、現在に至るまでの40年にわたって、大腸菌、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球などの細胞を破砕し、不要物を超遠心などで荒く除いた細胞抽出液が使用されてきた。当然のことながら、こうした抽出液には蛋白質を合成する上で必要な因子はすべて揃っているものの、蛋白質合成系にのみ特化したものではなく、翻訳とは無関係な因子も多分に含まれている。なかにはプロテアーゼやヌクレアーゼなど翻訳に無関係なだけでなく、蛋白質合成を阻害するものさえも含まれている。その結果、これを用いたシステムの蛋白質合成の効率は低く、特定の蛋白質を研究のために調製することは想像にも及ばないほどであった。しかし、1988年にSpirin, A.S.らが反応液に連続的にアミノ酸やエネルギー源を供給することにより数十時間以上蛋白質を合成し続けることに成功し、収率も1mlの反応液あたり100マイクログラム近くまで高めることが可能となり、生体外蛋白質合成系を蛋白質生産の一手段として利用する可能性が、垣間見えてきた。その後、細胞抽出液の調製法の改善、系の改良と反応条件の検討などにより、合成効率の改善が報告されている。しかしながら、これらの系は先ほど述べた阻害因子を完全に除去されたわけではなく、システムが細胞抽出液から構成されている限り、本質的な解決とはなっていない。

 こうした観点から本研究では生体外蛋白質合成系を一から組み立てるというアプローチを採用した。すなわち精製した、翻訳に必須な因子のみで再構成し、従来とは異なるコンセプトの蛋白質合成システム、PUREシステムを構築しようとする試みである(図1)。このPUREシステムを構成する諸因子には、これまでもっとも詳細な研究がなされ、蛋白質合成のメカニズムがほぼ解明されている大腸菌のものを用いることとした。

2.各因子の精製と蛋白質合成

 大腸菌の蛋白質合成系はリボソーム、mRNA、tRNAの他に、様々な翻訳因子及び様々な酵素から構成されている。翻訳に関与する蛋白質としては、開始因子(lF1, lF2, lF3)、伸長因子(EF-G, EF-Tu, EF-Ts)、終結因子(RF1, RF2, RF3, RRF)が必要であり、酵素としてはアミノ酸をtRNAに結合させる20種類のアミノアシルtRNA合成酵素やメチオニルtRNAのメチオニンのアミノ基をホルミル化するメチオニルtRNAホルミル転移酵素が必要である。これら31種類の蛋白性因子をすべてヒスチジンタグとの融合蛋白質として発現ベクターで発現させ、それぞれの因子の大量発現系を構築した。各因子の精製にはニッケルカラムによるアフィニティクロマトグラフィーを用い、それぞれ電気泳動で単一バンドにまで精製することに成功した(図2A)。また、各因子についてそれぞれ活性測定を行い、蛋白質合成における機能を果たすのに、十分な活性を保持していることを確認した。

 これらの可溶性蛋白性因子群と、ショ糖密度勾配遠心を用いて高純度に調製したリボソーム画分、tRNA画分、T7ファージ由来のRNAポリメラーゼを用い、DNA依存的にDHFR(ジヒドロ葉酸還元酵素)の蛋白質合成を行った。その結果、目的の分子量をもった蛋白質が、合成されていることを電気泳動で確認した。さらに、その合成産物の活性測定を行ったところ、比活性は大腸菌において発現、精製を行ったそれと同程度のものであることを確認した。すなわち、PUREシステムは生理活性のある蛋白質を合成する能力を有することを示したもので、今回精製した因子による構築が、蛋白質を合成する上で必要かつ十分であることが、初めて明確となった。また、DHFR以外の鋳型についても4種類の鋳型について合成を行い、それぞれ目的の分子量をもつ蛋白質の合成を確認、さらに2種類についてはその酵素活性の測定から、酵素活性を持つ構造にフォールディングされていることを確認し、PUREシステムによって様々な蛋白質の合成が可能であると結論した(図2B, C)。反応1時間後のDHFR合成量についても反応液1mlあたり約160マイクログラムの蛋白質合成が観察され、単位時間における合成効率についても従来の細胞抽出液のものと比較して、遜色のない性能のシステムを構築することができたと考えている。

3.PUREシステムを用いた10Sa RNAの作用機序の解析

 真性細菌においては、trans-translationというメカニズムが知られている。trans-translationは、何らかの要因によって終止コドンを失ったmRNAを翻訳しているリボソームのA部位にアラニルを受容したtmRNAと呼ばれるRNAがエントリーし、不完全なmRNAからtmRNA自身が持つmRNA領域を置き換え翻訳させることにより正常な翻訳の終結へ導くシステムである。tmRNAが持つmRNA領域にコードされているアミノ酸配列はタグペプチドと呼ばれ、これが付加されたタンパク質は細胞内のプロテアーゼにより認識され分解されることが知られている。生体内においてはこの一連の反応によって翻訳に参加できないリボソームの解放と細胞内の蛋白質の質の維持が行われていると考えられている。また、この反応において機能するRNA分子、tmRNAは、10Sa RNAとも呼ばれ、原核生物に幅広く存在する10Sの大きさを持つRNA分子である。この分子はtmRNAのその名が示すように数アミノ酸の遺伝情報を持つというmRNAとしての機能を保ちながら一方ではtRNAとして機能するといった非常にユニークな特徴を備えている。この分子についてはそのユニークな特徴から上記のようにさまざまな研究が行われており、現在ではその機能や生理的意義の概要はすでに明らかにされてきている。

 しかしながら、それら一連の反応について各ステップを詳細に追うような実験が行われた例はなく、詳細な反応機構についての証拠はほとんどないのが現状である。実際、近年になって遺伝子欠損によるin vivoの実験からSmpBと呼ばれる因子がtrans-translation反応に関与しているという報告がなされており、またその因子がどういったメカニズムで反応に関与しているかはいまだ明らかにされていない。

 そこで、通常の素抽出液を用いた蛋白質合成系とは異なり系の構成成分を自由に操作可能であるというPUREシステムの大きな利点を用いて、trans-translation反応の素過程のメカニズムの解明を目指した。本研究では、SmpBと協同して、tmRNAがどういった形でリボソームに結合し、その機能発現を行っているかという点について検討を行った。

4.SmpBの機能解析

 まず、PUREシステムで利用した因子群を用いてtrans-translation反応の再構築を試みた。終止コドンのない鋳型のモデルとしては、poly(U)及び、DHFRをコードするDNAをEcoRlで切断し、終止コドンを排除したものを用い、tmRNA及び精製したSmpBの存在下、非存在下でそれぞれPUREシステムを用いて蛋白質合成を行った。その結果、いずれの鋳型についてもtmRNA、SmpB共に存在しないとタグ配列の付加が行われないという結果を得た(図3A)。この結果からtrans-translation反応によるタグペプチドの付加にはtmRNAの他にはSmpBが必須因子であるが、それ以外の因子は不要であることが明らかにされた。

 次にSmpBがtrans-translation反応のどの段階で実際に作用しているのかを検討した。その結果、tmRNAのアラニルtRNA合成酵素(AlaRS)によるアラニン受容能が、SmpBの存在によって促進されるという結果が得られた(図3B)。また、SmpBのtmRNAのアラニン受容活性対する効果を排除するため、tmRNA及びtRNAAlaを予めアミノアシル化しておき、系からAlaRSを除いた状態でpoly(U)依存的trans-translation反応を行った。その結果、SmpB非存在下ではペプチドに対してアラニンの取り込みが観察されず、SmpBがアミノアシル化反応だけでなくタグペプチドの付加反応に対しても何らかの役割を保持していることが明らかにされた(図3C左)。さらに、tmRNAのみを前もってアミノアシル化しておき、同様の反応を行った結果、やはりSmpB存在下のみアラニンの取り込みが観察された。この結果から、SmpBがアラニルtmRNAのリボソームのAサイトヘの結合に必須であることが明らかにされた(図3C右)。一般的には、アミノアシルtRNAのリボソームヘの結合はEF-Tu及びGTPによってなされており、これら通常のアミノアシルtRNAのリボソームヘの結合とSmpBが必要なアラニルtmRNAのリボソームヘの結合との違いについては興味深い点である。現在、EF-TuとSmpBのアラニルtmRNAに対する役割などに関して、trans-translation反応についてさらに詳細な解析を進めているところである。

審査要旨 要旨を表示する

 一般的に生体外蛋白質合成系は大腸菌、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球などの細胞を破砕し、不要物を超遠心などで荒く除いた細胞抽出液が使用されている。当然のことながら、こうした抽出液には蛋白質を合成する上で必要な因子はすべて揃っているものの、蛋白質合成系にのみ特化したものではなく、プロテアーゼやヌクレアーゼなど蛋白質合成を阻害するものも含まれている。その結果、これを用いたシステムの蛋白質合成の効率は低く、特定の蛋白質を研究のために調製することは想像にも及ばないほどであった。しかし、1988年のSpirin, A.S.による連続法の開発により、収率の大幅な改善がなされ、さらにその後の細胞抽出液の調製法の改善、系の改良と反応条件の検討などにより、合成効率の改善が報告されている。しかしながら、これらの系は先ほど述べた阻害因子を完全に除去されたわけではなく、システムが細胞抽出液から構成されている限り、本質的な解決とはなっていない。

 こうした観点から本論文では生体外蛋白質合成系を一から組み立てる、すなわち精製した、翻訳に必須な因子のみで再構成し、従来とは異なる蛋白質合成システム、PUREシステムの構築に成功している。前半部分では、PUREシステムの構築とそのシステムの利点について述べており、後半部分ではそのシステムの特性を生かして10Sa RNAというタンパク質合成系において機能するRNA分子の作用機序について様々な実験を行い、その作用機序の一端を明らかにすることに成功している。

 序章ではポストゲノム時代におけるタンパク質研究における生体外タンパク質合成系の意義について説明を行っている。

 第一章では必須因子のみからなる生体外タンパク質合成系、PUREシステムの構築とその利点を生かした応用面について述べている。大腸菌のタンパク質合成系において必須な酵素や因子をヒスタグとの融合タンパク質として大腸菌内で発現させ、一段階の精製操作によりほぼ単一に精製することに成功しており、またこれらが活性を十分に保持していることを様々な実験によって確認を行っている。また、これらの可溶性蛋白性因子群と、ショ糖密度勾配遠心を用いて高純度に調製したリボソーム画分、tRNA画分、T7ファージ由来のRNAポリメラーゼを用い、DNA依存的にDHFR(ジヒドロ葉酸還元酵素)など多種の蛋白質合成を行い、それぞれ目的の分子量をもった蛋白質の合成に成功している。さらに、その合成産物の活性測定も行い、それらが各自の活性を保持していることを確認しPUREシステムが生理活性のある蛋白質を合成する能力を有することを示しており、ここで精製した因子によるシステムの構築が、蛋白質を合成する上で必要かつ十分であることを明らかにしている。またその合成収量についても測定を行い、約1時間の反応で反応液1mlあたり約100マイクログラム以上のタンパク質合成を確認し、このシステムが単位時間における合成効率についても従来の細胞抽出液のものと比較して、遜色のない性能のシステムであることを示している。また、PUREシステムの内容物がヒスタグ融合タンパク質として存在していることを利用した簡便な精製方法を開発しており、さらには系から特定の終結因子を除去することによる高効率な非天然アミノ酸の導入方法の確立に成功している。

 第二章では第一章で構築したPUREシステムの、構成成分を自由に操作可能であるという特性を生かして10Sa RNAの作用機序の解析を行っている。まずPUREシステムで利用した因子群を用いてtrans-translation反応の再構築を試み、タンパク質因子SmpBがtrans-translationに直接的に働きかけている事を明らかにしている。またtrans-translationにおいてはSmpB以外の因子が不要であることをも合わせて明らかにしている。さらにSmpBがtrans-translation反応において、10Sa RNAのアミノアシル化の促進及びアミノアシル化された10Sa RNAのリボソームAサイトヘのエントリーに必要不可欠であることを明らかにしている。またtrans-translation反応にEF-Tuが関与しないことを明らかにし、さらに10Sa RNAの変異体を用いた実験の結果から10Sa RNAがどのような形でリボソームにエントリーしているかについて考察を行っている。

 以上、本論文はPUREシステムという従来にはないタイプの新しい生体外タンパク質合成系を構築し、さらにそのシステムの特性を生かした細胞内のRNA分子の作用機序を明らかにしている。この成果は化学生命工学、特にバイオテクノロジー分野及び分子生物学分野の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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