学位論文要旨



No 118072
著者(漢字) 鈴木,健夫
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タケオ
標題(和) 哺乳動物ミトコンドリアtRNA中に存在する新規修飾ウリジンの構造決定と生合成機構
標題(洋)
報告番号 118072
報告番号 甲18072
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5530号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 鈴木,勉
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 多比良,和誠
 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 助教授 和田,猛
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 タンパク質の生合成における情報伝達機構はセントラルドグマと呼ばれている。DNA上の遺伝情報(コドン配列として表される)は転写の段階でメッセンジャーRNA(mRNA)に伝えられる。mRNAはリボソーム上でタンパク質へと翻訳されるが、その際にmRNAのコドン情報をアミノ酸へと変換する分子がトランスファーRNA(tRNA)である。コドンとアミノ酸の対応関係は遺伝暗号と呼ばれ、ミトコンドリアを除くほとんど全ての生物では共通した普遍暗号が使用されている。

 tRNAが全てのセンスコドンを正しく読み分けるのにアンチコドン1字目(ウォブル位)の塩基が重要な役割を果たす。ウォブル位の塩基は通常のワトソン・クリック塩基対に加えウォブル塩基対の形成も可能であり、さらに転写後修飾を受けることにより修飾塩基特異的な塩基対形成能を有するようになる。このような制御を受けて進行する遺伝暗号解読機構の全容を理解するため、特徴的な遺伝暗号解読機構を持つ哺乳動物ミトコンドリアの系に注目した。

 細胞内小器官であるミトコンドリアは独自のミトコンドリアDNAを持ち、核とは独立した遺伝情報系を有することが知られている。その特徴として、普遍暗号とは異なる、変則暗号を持つということが挙げられる。ミトコンドリアtRNAは全てミトコンドリアDNAにコードされているが、その総数は現存する遺伝暗号解読系としては最少の22種しか存在しない。そのため、1種類のtRNAが複数コドンに対応するような、ミトコンドリアに特徴的なコドン認識機構が存在する。例えば、コドン3字目が任意の4塩基で単一のアミノ酸に対応するファミリーボックス(XXN、N=U、C、A、G)の翻訳はウォブル位に未修飾ウリジンを持つ1種類のtRNAによってなされる。未修飾ウリジンはU、C、A、Gのどの塩基とも対合できるので、ウォブル位に未修飾ウリジンを使うことでtRNAの数を減らしていると考えられる。一方、コドン3字目にプリン塩基(A、G)を持つ2コドンボックス(XXR、R=A、G)は、ウォブル位に修飾ウリジン(U*)を持つ1種類のtRNAにより解読される。この修飾によりコドン3字目にピリミジン塩基(U、C)を持つ2コドンボックス(XXY、Y=U、C)の誤認識を避けていると考えられる(例外的にMetのAURコドンにはウォブル位に5-ホルミルシチジンを持つtRNAが対応する)。

 今回の研究で哺乳動物ミトコンドリアにおけるU*として2種類の新規の修飾ウリジンを発見し、構造の決定に成功した。また、これまでの当研究室における結果によりヒトミトコンドリア脳筋症(MELAS・MERRF)由来の点変異ミトコンドリアtRNALeu(UUR)、tRNALysのウォブル位のU*の修飾が欠損していることを見出しており、修飾欠損によるコドン解読の異常が発症の原因であることを突き止めている。そこで、U*のコドン認識における役割の詳細を解析し、さらにU*修飾欠損により生合成経路が阻害されていることから、U*の生合成機構に関する研究を進めることでMELAS・MERRFのような修飾異常に起因する病気の発症機構に新たな知見を与えることができると考えられる。

結果

1.ミトコンドリアtRNAの調製

 哺乳動物ミトコンドリアにおいてアンチコドン1字目にU*を有すると考えられているGln、Glu、Leu(UUR)、Lys、Trpに特異的な5種類のtRNAを大量に調製した。定法に従いウシ肝臓からRNAを抽出し、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーによるフラクションのドットハイブリアッセイの結果を基に目的のミトコンドリアtRNAを多く含む画分を濃縮し、チャプレットカラムクロマトグラフィーにより目的tRNAを単離精製した。得られたミトコンドリアtRNAの、Donis-Keller法およびポストラベル法を用いた解析により、単離したtRNAの配列とアンチコドン1字目に修飾ヌクレオシドを有することを確認した。

2.修飾ヌクレオシドの構造解析

 単離したtRNA中に含まれる修飾塩基を液体クロマトグラフィー/質量分析(HPLC/MS)により解析したところtRNALeu(UUR)・tRNATrpからは分子量381の未同定ヌクレオシド(U*)が、tRNAGln・tRNAGlu・tRNALysからは分子量397の未同定ヌクレオシド(s2U*)が見つかった。このヌクレオシドのCIDスペクトルによるフラグメントイオンの解析や、単離したs2U*のAPMゲル電気泳動、UVスペクトル、1H-COSYスペクトル測定の結果から、この修飾ヌクレオシドは塩基の5位のみに修飾構造を有する(ただし、s2U*は更に塩基2位がチオ化されている)修飾ウリジンであることが示唆された。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析によりS2U*の分子式(C12H19N3O8S2)を決定し、これまでに得られた構造に関する知見から、2つの分子構造、5-タウリノメチルウリジン(τm5U:分子量381)および5-タウリノメチル-2-チオウリジン(τm5s2U:分子量397)を導き出した。最終的にτm5Uを有機合成し、tRNA中のU*との比較を行った。HPLC/MSにおいて合成τm5U、tRNA中のU*、および両者の混合物が同一の保持時間とマススペクトルのパターンを示したことから、tRNA中の修飾ウリジンがτm5U、τm5s2Uであることが決定された。

3.5-タウリノメチル基のコドン解読能

 ヒトミトコンドリア脳筋症であるMERRFのA8344G変異tRNALysではコドン認識能の異常性として、大腸菌スモールサブユニットヘの結合能が低下している。一般的にリボソームヘの結合能は2位のチオ化の修飾が重要であるととともに5位の修飾も寄与しているという報告がなされている。そこで、5-タウリノメチル基のリボソーム結合能に与える影響を調べるため、ウシミトコンドリアτm5s2U-tRNALys、τm5U-tRNALys、転写U-tRNALysを用いて同様のスモールサブユニットバインディングアッセイを行ったところ、U-tRNALysと比較して、τm5s2U-tRNALysの結合能は5.5倍、τm5U-tRNALysで3.5倍の結合能を有していた。このことは2位のチオ化だけでなく5-タウリノメチル基もコドンの正常な認識に寄与していることを示している。

4.修飾ヌクレオシドの生合成経路探索

 新規に決定された修飾ウリジンは修飾構造中にタウリン骨格を含む。修飾形成の過程でタウリンがτm5(s2)U中に取り込まれている可能性を調べるため、安定同位体標識したタウリンを培養細胞に与えるパルスラベル実験を行い、ミトコンドリアtRNA中の修飾ウリジンの質量変化を追跡する実験を行った。18O原子が2つ取り込まれた[18O]タウリンを合成し、この標識タウリンを含むD-MEM/F12培地でHeLa細胞を48時間培養後、回収した細胞からチャプレットカラムクロマトグラフィーにより5種類のミトコンドリアtRNAを単離精製し、HPLC/MSでτm5(s2)Uの解析を行った。その結果、全てのtRNAで、タウリン骨格中のO原子に由来する、分子量が4増加した[18O]τm5(s2)Uが含まれていた。標識タウリンの同位対比率が[18O]τm5(s2)Uにおいても一定であることから、タウリンはde novoの経路によらず培地中のタウリンが直接修飾構造に取り込まれたことを示している。

5.ミトコンドリアヘのタウリン輸送

 パルスラベル実験の結果から、細胞質中のタウリンをミトコンドリアに輸送するためのトランスポーターの存在が示唆される(極性分子であるタウリンは拡散では脂質膜を通過しない)。ウシ肝臓より単離したミトコンドリアを用いて、in vitroの系でミトコンドリア中へのタウリンの取り込み活性を測定したところ、時間依存的なタウリンのミトコンドリア内への蓄積が起きていることが確認された。

考察

 最少の遺伝暗号解読系を有する哺乳動物ミトコンドリアにおけるtRNA中の、アンチコドン1字目の修飾ウリジンは側鎖中にスルホン基を含む新規の修飾塩基、5-タウリノメチルウリジン(τm5U)および5-タウリノメチル-2-チオウリジン(τm5s2U)であった。大きな負電荷を持つという特徴的な構造を有しているが、コドンの正確な読み分けを行うために必要な構造である。

 パルスラベル実験による標識タウリンの修飾塩基中への取り込みにより、τm5(s2)Uの生合成過程における側鎖構造のドナーのひとつがタウリンに由来することを明らかにした。このことは、これまで知られていなかったミトコンドリアヘのタウリン移送機構が存在する可能性を示すものである。更に、タウリンの代謝経路においてタウリンが高分子中に取り込まれる初めての例として、タウリンの生体内での新たな役割を示唆する結果となった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、遺伝情報解読機構の全容を明らかにするため、最も簡略化された遺伝暗号解読系を持つ哺乳動物ミトコンドリア(mt)の翻訳系に注目し、tRNAのアンチコドン1字目(ウォブル位)に存在する修飾塩基の構造と機能に関する研究を進めている。

 通常、tRNAが全てのセンスコドンを正しく読み分けるにはウォブル位の塩基への転写後修飾が重要な役割を果たすことが知られている。その中でも、コドン3字目のピリミジン塩基との誤認識を避けるはたらきを持つと考えられる修飾ウリジン(U*)は、哺乳動物ミトコンドリアtRNAにおいて未同定であるため、このU*の構造解析と、機能や生合成を明らかにする研究を行っている。

 第1章は序論であり、研究の背景と目的および既往の研究について述べている。

 第2章では主に研究で行った実験方法について述べている。特に、構造解析を進めるにあたり微量にしか存在しないmt tRNAを簡便かつ大量に精製する方法としてチャプレットカラムクロマトグラフィー法を開発しており、その手法の詳細を2節2項にて説明している。また、近年になって分子生物学の分野で大きく発展した分析法の一つであるLC/MSを用いた、RNAの一般的な解析法を2節4項にて述べている。

 第3章では実験結果と、結果を踏まえた考察を、主に7節に渡って述べている。

 1〜2節では、mt tRNAの調製結果が述べられている。特に、2章で述べたチャプレットカラムクロマトグラフィーにより実際に哺乳動物ミトコンドリアの持つ全22種類のtRNAを同時かつ大量に精製を行なっており、得られたtRNAの収量・収率の面からも優れた手法であるという結果を示している。

 3〜4節ではU*の検出と構造決定の結果を示している。精製したtRNAのLC/MSを用いたヌクレオシド解析により、U*を持つ5種類のtRNAのウォブル位に2種類の新規修飾ウリジンを見出し、APMゲル電気泳動法、UVスペクトル測定、1H-1H COSY、フラグメントイオン解析、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析等の解析や修飾ウリジンの有機合成を行い、最終的に、修飾構造中にタウリン骨格を含む5-タウリノメチルウリジン(τm5U)および5-タウリノメチル-2-チオウリジン(τm5s2U)の構造を決定している。また、この修飾構造のはたらきについての考察を加えている。更に、哺乳動物mt tRNAのアンチコドン中の修飾塩基の解析を行い、センスコドンの読みわけに必要なウォブル位の修飾塩基がわずか4種類であることを4節8項にて明らかにしている。

 5節では5-タウリノメチル基がコドン認識の際にどのような役割を持つかの研究を行っている。ヒトミトコンドリア脳筋症MERRF由来の点変異tRNALysはコドン認識能が低下することが知られていたが、この変異tRNALysは5位の修飾と2位の修飾を同時に欠いたものであり、各修飾構造のコドン認識への寄与の程度は不明であった。今回、ウォブル位の塩基が異なる3種類のウシmt tRNA(τm5s2U、τm5U、Uを持つtRNALys)を用いたスモールサブユニットバインディングアッセイにより各修飾構造の寄与を個別に評価する実験を行った結果、τm5Uを持つtRNAにおいてもコドン認識能を有意に持っていたことから、5-タウリノメチル基も単独でコドンの正常な認識に寄与し得ることを明らかにしている。

 6節では、ヒトミトコンドリア脳筋症MELAS、MERRFの点変異tRNA中のτm5(s2)Uの修飾欠損機構の解明にもつながる、τm5(s2)Uの生合成経路を明らかにする研究を行っている。安定同位体標識したタウリンを培養細胞に与えることによりmt tRNA中のτm5(s2)Uの質量変化を追跡する実験を行っている。合成した18O原子を2つ含む[18O]タウリンを用いた結果により、5種類全てのtRNAで修飾構造中のO原子に由来する分子量が4増加した[18O]τm5(s2)Uが含まれていることを示している。更に[15N]タウリンを用いて同様の実験を行い、[15N]タウリンが修飾構造中に取り込まれることを示唆する結果が得たことから、最終的に5-タウリノメチル基のタウリン骨格がタウリン分子に由来することを明らかにし、各種生物における修飾ウリジンの生合成と比較して考察している。

 7節では、細胞質中のタウリンをミトコンドリアに輸送するためのトランスポーターの存在が示唆されたことにより、ウシ肝臓より単離したミトコンドリアを用いたin vitroトランスポートアッセイを行っている。時間依存的なタウリンのミトコンドリア内への蓄積が起きていることを示し、ミトコンドリアの低分子移送系に関する考察を行っている。

 4章では本論文の総括と今後の展望について述べている。

 以上、本論文は修飾塩基としては初めての、構造中にスルホン基を含む新規修飾ウリジンτm5(s2)Uの構構造を決定し、更に構造の持つ機能を明らかにすることでMELAS、MERRFなどの臨床症状との関連性を指摘している。また、修飾構造の生合成過程における前躯体の一つがタウリンに由来することを明らかにし、ミトコンドリアヘのタウリン移送機構が存在する可能性を示すことにより、タウリンが生体高分子中に取り込まれる初の例として、タウリンの新たな機能と代謝経路の存在を見出している。これらの成果は化学生命工学、特にミトコンドリアの翻訳系における分子生物学の進展に大きく貢献している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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