学位論文要旨



No 118073
著者(漢字) 高澤,亮一
著者(英字)
著者(カナ) タカサワ,リョウイチ
標題(和) 水素結合会合体の集積構造制御に基づく超分子材料の開発
標題(洋)
報告番号 118073
報告番号 甲18073
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5531号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 工藤,一秋
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 分子間相互作用を用いた自己組織化により目的の構造を形成させ、その組織構造に由来する新規な機能発現を期待した超分子材料の合理的な設計および作製は、現在盛んに研究されている。しかし、様々な熱力学的そして速度諭的寄与が交錯するため、分子レベルから巨視的な材料までの組織構造を予測や制御することは難しい。この目標を達成するため、もっとも有望なアプローチのひとつに階層的構築がある。階層的構築は、分子と巨視的な構造の間に明確なモチーフを介在させる方法であり、水素結合などの強い分子間相互作用を用いた会合体モチーフを、弱い分子間相互作用により集積させ、三次元的な組織構造を作製する手法が用いられている。会合モチーフは、階層的構築の基本骨格であり、安定な会合体であることが必要とされる。多重の水素結合は、高い安定性と方向性を有し、多様な会合モチーフを形成することから、モチーフ形成の主要な相互作用として最もよく研究されている。しかし、モチーフの集積構造の制御は、材料機能の設計に向けた重要な鍵であるが、巨視的な材料構造を制御する方法は、未だよく理解されていない。本研究では、1次元水素結合会合体の集積構造の制御を目指し、1)1次元水素結合モチーフの側鎖のかさ高さに基づく集積構造の整理と集積構造予測のための分子設計指針の検討をおこない、2)外部からの場を利用し自己集積化を誘導する方法を用い巨視的な構造の構築をおこなった。

アルキルシリル化ヌクレオシドの分子設計による一次元テープモチーフ集積構造の制御

 本研究では、水素結合テープモチーフの側鎖に柔軟で非極性な側鎖を導入した分子設計を行い、側鎖の分子体積に基づく集積構造の予測を目指す。アルキルシリル化ヌクレオシドは、極性である核酸塩基部、極性の低いアルキルシリル部を持ち両親媒性分子としての性質を有し、また剛直な核酸塩基部、多様なコンフォメーションが可能で自由度の高いアルキルシリル化リボース部位と相反する性質を分子内で持つ。核酸塩基間の多重水素結合は、1次元テープユニット形成の駆動力であり、組織構造の骨組みとなる重要な要素である。核酸塩基の種類を変えることで、核酸塩基同士の水素結合の塩基間距離を変えることができ、またアルキルシリルの数とサイズを変えることで側鎖のかさ高さを変化させることができ、系統的にアルキルシリル化ヌクレオシドを合成した。

 これら誘導体の結晶構造では、核酸塩基間の水素結合によってテープモチーフを形成していることが単結晶X線構造解析により確認された。しかし、その集積構造は、核酸塩基の種類や側鎖のかさ高さにより違っていた。側鎖のかさ高さが小さい誘導体では、両親媒性分子でみられる交互に層状に集積化したラメラ様構造(L)を形成した。一方、側鎖のかさ高い誘導体では、テープモチーフが最近接のテープモチーフとT字の関係となり、ヘリンボーン構造(H)、もしくは側鎖のかさ高さのためテープモチーフの周りを非極性アルキルシリル部分が囲んだ構造になり、それらが層状に集積された構造(WL)を形成した。いずれの結晶においても、テープモチーフは、L, H, WLの集積構造に分類できた。

 側鎖のかさ高さとテープモチーフの集積構造の関連づけるため、界面活性剤の集合様式の評価に使われる臨界充填パラメーターに注目した。臨界充填パラメーターは、分子の形状を数値化したv/alであらわされる。ここで、vは、疎水性部位の体積、aは親水部位の断面積、lは疎水性部の長さを表わす。これをテープモチーフの集積評価に応用するため、水素結合部位の断面積aを核酸塩基の厚みtと塩基間の距離dの積であらわした。この分子構造パラメーターは、テープモチーフの単位長さにあたる塩基間の距離で規格化され、テープモチーフの集積構造を予測するのに有効である。パラメーターが1.28より大きな値の誘導体では、HもしくはWL構造を、1.22以下の値では、すべてL構造を形成していた。パラメーターが1.22以下では、非極性部位の体積が比較的小さいため、テープモチーフは、安定な層を形成できL構造に集積される。しかし、1.25以上になると非極性部位が大きいためテープモチーフ間が接近できず、HもしくはWL構造に集積化される。

 この結果、分子構造のかさ高さを評価した分子構造パラメーターに基づき、テープモチーフ集積構造の整理できた。剛直なテープモチーフの側鎖に柔軟で非極性なアルキルシリル基を導入した分子設計は、柔軟な側鎖の分子体積に基づく集積構造の整理を可能にし、結晶構造予測を容易にした。

水素結合性テープモチーフ擬似高分子鎖形成に基づくグアノシン超分子繊維の作製

 自己組織化による組織構造の構築では、巨視的な構造に至るまでの構造を制御することは難しいと考えられる。我々は、水素結合モチーフの自己集積化で、紡糸という外部から機械的な力を加えることで一軸配向を促し、巨視的な材料である超分子繊維の構築を行った。グアノシン誘導体の結晶構造は、一次元テープモチーフ擬似高分子鎖が確認されたが、アルキルシリル部位の自由度が低いため結晶となり、柔軟な繊維は得られない。そこで、紡糸による繊維作製をおこなうために、テープモチーフ周りをさらに柔軟なアルキル鎖で囲むような分子設計を試みた。この設計により、紡糸の際、水素結合主鎖の切断を防ぐと考えられる。そこで、シリル周りがかさ高く長鎖オクタデシル基を有する2',3',5'-Tris-O-(octadecyldiisobutylsilyl)-guanosine(235C18-G)を合成した。

 235C18-Gの赤外吸収スペクトルは、特徴的なアミノおよびアミド吸収を示し、水素結合テープによる擬似高分子鎖形成が確認された。この擬似高分子鎖を1軸配向させるために、溶融紡糸による超分子繊維の作製を試みた。235C18-Gを溶融紡糸することでの柔軟な超分子繊維を得た。

 この超分子繊維のX線回折では、擬似高分子鎖の単位長に相当する回折(d=10.5Å)が繊維軸方向に得られた。この結果は、擬似高分子鎖が繊維軸方向に配向していることを示している。巻取り速度53m min-1で得られた超分子繊維の配向関数は、X線回折像よりfc=0.46であり、擬似高分子鎖が繊維軸に沿って十分配向していることが分かる。

 また、超分子繊維の機械的特性を引っ張り試験により測定した。この結果は、超分子繊維の機械的特性を示した初めての報告である。巻取り速度が7m min-1では、破断強度2.4MPa、破断伸度1.00%であった。

 多重水素結合で形成した擬似高分子鎖を非極性なアルキルシリル側鎖で包み込むという分子設計と溶融紡糸という組み合わせは、巨視的スケールで水素結合性擬似高分子鎖に高度な軸配向を促す方法として有効であり、超分子材料の組織化を制御する新しい方法となることを示した。紡糸によりしなやかな繊維状に加工できることは、機能性の超分子材料としての応用に新しい途を拓くものと期待される。

三重水素結合擬似高分子鎖形成に基づくトリアミドシクロヘキサン超分子繊維の作製と一次配列制御

 水素結合の多重化、そして一次元に重なりやすい分子形状にすることで、より強い繊維を得ることを目指した。前研究から得られた分子設計指針に従い、トリアミドシクロヘキサンが形成する3重の水素結合主鎖の周りを柔軟な側鎖で囲んだ擬似高分子鎖を設計し、側鎖に3本および6本のアルキルシリル基を有するTris[3-(diisopropyloctylsilanyloxy)propyl]-cis, cis-1,3,5-cyclohexanetricarboxamide(1)およびTris[2-(diisopropyl-octysilanyloxy)-1-(diisopropyloctylsilanyloxymethyl)ethyl]-cis, cis-1,3,5-cyclohexanetricarboxamide(2)を合成した。誘導体1は、会合したアミド基に特徴的な赤外吸収を示すことから、アミド間の三重水素結合により、擬似高分子鎖を形成している。しかしながら、誘導体2では、非会合時の吸収を示すことから、アミド間の水素結合は形成されていない。しかし、誘導体1と2を等モル比で混合したサンプルでは、誘導体1だけと同様に会合したアミド基に特徴的な吸収を示し、擬似高分子鎖を形成している。また、赤外吸収の濃度依存性を調べたところ、誘導体2が等モルを越えると非会合体由来の吸収強度が急激に増大した。これは、誘導体2のみでは、側鎖のかさ高さにより水素結合が阻害されるのに対し、その両側に誘導体1が来ると側鎖の立体反発が軽減され、アミド間水素結合が可能になり、1-2-1のセグメントを有する共重合型擬似高分子鎖を形成したものと示唆される。また、等モル混合物では、さらに交互性の高い交互共重合型擬似高分子鎖を形成していると考えられる。しかし、等モルを越えると誘導体2は、主鎖の伸長を阻害するため、みかけの重合度が減少している。この結果は、可逆に形成される水素結合性超分子ポリマーは、水素結合を駆動力とし、側鎖の立体的障害に基づく一次配列制御が容易に実現できることを示している。

 誘導体1は、加熱時流動性は示さないが容易に塑性変形を示すことから、加熱紡糸による超分子繊維作製をおこなった。誘導体2が30mol%以下では紡糸により安定な超分子繊維を得ることができた。この超分子繊維の機械特性を引張り試験により測定した。破断強度は、0.91MPaであり、誘導体2の濃度が増加するにつれ減少する傾向がみられた。

結言

 本研究では、階層的構築における会合モチーフの集積構造の制御を目的とし研究を行い、分子構造のかさ高さ、もしくは外部からの力場を利用し、自己集積化を導くことで、水素結合会合体の集積構造の予測そして制御をおこなった。この水素結合モチーフの自己集積化構造の制御は、ナノスケールの会合体モチーフから巨視的な材料構造に至る重要な過程であり、機能性材料のデザインとその構築において大きな役割を担っていくと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 高度な機能を有する新規材料の開発は,技術革新の鍵となっており,分子レベルで集積構造が制御された超分子材料は次世代の材料として大きな注目を集めている.しかし,分子レベルから巨視的な材料に至る分子集積過程を制御する方法論はまだ確立されているとはいえず,有効な方法の探索が活発に行われている.本論文では,分子集積過程を階層的に構築する方法に着目し,構造が明確な分子集合体モチーフの集積過程制御を目的とした基礎研究を行っている.すなわち,強い分子間相互作用である水素結合により形成された一次元テープ状会合体をモチーフとして用い,モチーフの集積過程を制御するための分子設計指針の確立,および集積過程における外場を利用した配向制御による超分子材料の開発を目的としており,全6章から成る。

 第1章は序論で,超分子材料と超分子構造作製のための方法などに関する研究の背景と現状について概説し,本研究の目的を述べている。

 第2章は,無極性で屈曲性に富むアルキルシリル基で修飾したアルキルシリル化ヌクレオシド誘導体を用い,階層的手法による結晶構造制御を目指した基礎研究を行っている.アルキルシリル化ヌクレオシドは,水素結合形成のための核酸塩基部位および緩衝材として作用するアルキルシリル化リボース部位という二つの機能部位を持つ.導入するアルキルシリル基の数や嵩高さを変えた数多くの誘導体を用いているが,いずれも結晶が得られており,核酸塩基部位の塩基間二重水素結合により形成される一次元テープ構造モチーフが集積した階層的な結晶構造であることを明らかにしている.これは,結晶化の際に要求される一次元テープ構造モチーフのパッキングが,緩衝材部位の変形により容易に満たされるため,一次元テープが階層的に集積したものと推定しており,緩衝材としてのアルキルシリル化リボース部位の役割を明らかにしている.また,テープモチーフの集積様式が,緩衝材部位の形状ではなく,相対的な大きさのみで整理できることを示し,相対的な大きさを評価するための分子構造パラメータを提案している.以上の結果は,容易に変形可能な部位を導入するという分子設計が,階層的手法による結晶構造制御に有効であることを実証している.

 第3章では,水素結合部位を無極性で屈曲性に富む部位で覆うという分子設計をさらに発展させ,一次元テープ状構造体の集積過程に外場として応力を作用させるという方法で,その配向を制御した超分子繊維の作製を試みている.その結果,長鎖アルキル基を持つアルキルシリル化グアノシンが塩基間の二重水素結合で形成する一次元テープ状構造体を、溶融紡糸という応力を作用させることで,繊維軸方向に一軸配向した超分子繊維の作製に成功している.得られた繊維は,十分なしなやかさと長さを持つもので,その破断強度だけでなく,X線回折などを用いて塩基間二重水素結合により形成された擬似高分子鎖の構造や配向度を明らかにしている.また,可逆的に形成される擬似高分子鎖の特徴を生かし,この超分子繊維が溶融紡糸を繰り返すことで再利用可能であることを実証している.

 第4章では,前章で開発した超分子繊維の分子設計指針をさらに発展させ,三重の水素結合で一次元構造体を形成するトリアミドシクロヘキサンの周囲を長鎖アルキルシリル基で覆うという分子設計を採用して,より安定な擬似高分子鎖を持つ超分子繊維の作製を試みている.加熱紡糸により得られたしなやかで十分な長さを持つ超分子繊維は,赤外吸収スペクトルやX線回折より,三重の水素結合で形成された擬似高分子鎖が0.6という高い繊維軸配向して形成されたものであることを明らかにし,分子積指針の妥当性を示すとともに,ミクロドメイン形成という強度向上を図る上での問題点も指摘している.

 第5章は,異なる大きさのアルキルシリル側鎖を持つ二種類のトリアミドシクロヘキサン誘導体を用いた超分子共重合について報告している.すなわち可逆的に形成される水素結合性主鎖の特徴を生かし,両者を混合するだけで超分子共重合ポリマーが得られること,および立体要因に基づく交互性の高い共重合体の作製など,超分子共重合ポリマーに関する基礎的な知見を明らかにしている.

 第6章では以上の結果をまとめるとともに,超分子ポリマー材料に関する今後の展望を述べている。

 以上のように本研究は,超分子ポリマー材料に関する有用な新規知見を得たものであり,有機機能材料,超分子化学の発展に大いに寄与するものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク