学位論文要旨



No 118075
著者(漢字) 泊,幸秀
著者(英字)
著者(カナ) トマリ,ユキヒデ
標題(和) CCA末端修復酵素の反応機構
標題(洋)
報告番号 118075
報告番号 甲18075
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5533号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 助教授 関,実
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

 現在までに一次構造が決定されたtRNAの3'末端は、例外なくCCAという配列で保存されており、この配列はtRNAの機能発現において重要な役割を担っている。CCA配列はtRNAのプロセッシングやアミノ酸受容能に必須であるとされ、また、翻訳の過程においても、CCA配列が大サブユニットリボソームRNAのドメインVと言われる領域と相互作用する事によって、tRNAの3'末端に結合したアミノ酸をペプチド転移反応の活性中心に配置することが可能になると考えられている。

 CCA末端修復酵素[ATP(CTP):tRNA nucleotidyltransferase]は、このtRNA3'末端CCA配列の合成または修復反応を触媒する酵素である。本酵素はnucleotidyltransferase superfamilyの中でも、tRNA様の構造を認識し、核酸などの鋳型なしに正確にCCA配列を付加するという特徴的な性質を持っている。

 本研究では、本酵素のtRNA様構造の認識機構と、CCA配列の合成プロセスを詳細に解析し、CCA末端修復酵素の反応機構を解明することを目的とした。

[CCA付加反応のメカニズム]

 まず、大腸菌のCCA末端修復酵素の発現系を構築し、酵素を大量に調製した。驚くべきことに、精製後の酵素画分にはかなりの量のATPが混在していた。通常の精製プロセスにおいてヌクレオチドが混入することは考えにくく、また、今回の場合でもCTPの存在は検出できなかったことから、生体内において、ATPが高い結合能でCCA末端修復酵素に結合していることが強く示唆された。そこで、ヘキソキナーゼによってATPをADPに分解した後、再度精製することによって、内在性のATPを完全に除去することに成功した。

 このATPを持たない酵素を用い、ゲルシフトアッセイ、ゲルろ過、固相法による反応論的解析などの手法を用いて、精製された酵素と、ATPおよびCTPとの結合能を定量的に検討したところ、ATPの酵素との結合能はCTPよりも約30倍強いことが示された。この事実は、生体内において、酵素がATP結合型で存在していることを示唆している。また、この結合したATPを除去した酵素画分を用いATP非存在下・CTP存在下で反応させると、基質RNAへのCTPの付加反応は2分子では終結せず、3分子以上のPoly(C)が付加される活性を示すことが確認された。以上の結果から、この酵素はATPが強固に結合した部位とは別に、Poly(C)付加反応を行う活性部位が存在することが示唆された。

 さらに、このPoly(C)伸長反応の途中でATPを加えると、Poly(C)の後にAを付加し、反応が終結することが明らかになった。Aがひとたび付加されると、そのRNAは、もはや基質とはなり得ず、それ以上のCやAの伸長は起こらないことも確認された。

 また、Poly(C)の伸長反応については、2個までの非常に速い付加反応と、3個目以降の遅い付加反応の、2段階の反応様式から構成されていることが示された。これを説明するメカニズムとして、Cを2個付加する反応まではtRNA本体は酵素のポケットにきちんと収まっているが、3個以上付加されると、3'端は酵素の反応部位に結合したままtRNA本体はポケットから外れ、トランスロケーションしながらPoly(C)付加反応を行うというモデルを発案した。

 このモデルを検証するため、CCA末端修復酵素の認識に大きく関与しているとされる、tRNAのTループの領域に変異を導入して酵素との結合能を低下させた変異型tRNAを作成し、これを基質としてPoly(C)付加の速度を検討した。その結果、変異型tRNAに対するPoly(C)の付加においては、2段階の反応様式は観察されず、正常型tRNAに対してCを付加するときの3個目以降と同じ遅い反応速度で進行するという結果が得られた。これは、前述のトランスロケーションモデルを強く支持する結果である。

 以上の考察をもとに以下のような新しい反応モデルを仮説として提唱した。

〓ATPが反応液中に存在する場合は、Poly(C)部位によってCが2個まで伸長されると、-CCの配列を認識し、強固に酵素に結合している内在性のATPが付加され、RNAが酵素から遊離して反応は終結する。こうして正しくCCAの配列が合成される。

〓ATPが存在しない場合は、Poly(C)部位でCの付加反応が継続する。この際、Cが3個以上付加されると、立体的な傷害により、3'端近傍は反応部位に結合したままRNA本体は酵素のポケットから外れ、トランスロケートしながら反応が進む。

[後生動物ミトコンドリアCCA末端修復酵素の基質認識]

 CCA末端修復酵素はミトコンドリアにも存在する。ミトコンドリアのtRNA遺伝子上には、3'CCA配列がコードされていないため、CCA末端修復酵素によるCCA配列の付加は、ミトコンドリアtRNAの正常な機能に不可欠なプロセスである。一般的に、CCA末端修復酵素はtRNAのTループとDループから構成されるelbow regionと呼ばれる部分、中でも特にTループ内の保存配列を認識しているということが示されているが、後生動物ミトコンドリアのtRNAの多くはTループの保存配列を欠き、線虫ミトコンドリアtRNAにはTループやDループそのものを欠いたものも存在する。

 これまでに当研究室の永池らにより、ヒトミトコンドリアCCA末端修復酵素が単離・クローニングされ、その基質認識が検討された結果、ヒトミトコンドリアCCA末端修復酵素はTループの保存配列を持たないミトコンドリアtRNAにも効率よくCCA配列を付加することが明らかになった。しかし、Tループ全体を欠くような線虫ミトコンドリアtRNAに対しての反応効率は低く、ヒトミトコンドリアCCA末端修復酵素が効率よくCCAを付加するにはTループの存在が必要であることも示唆された。

 そこで、ヒトミトコンドリアCCA末端修復酵素のアミノ酸配列を元に、線虫(C. elegans)ミトコンドリアCCA末端修復酵素のクローニングを行い、その基質認識を調べた結果、線虫ミトコンドリアCCA末端修復酵素に対しては、TループやDループ全体を欠く線虫ミトコンドリアtRNAも効率のよい基質であることが明らかとなった。

 以上の知見から、後生動物ミトコンドリアにおいては、ミトコンドリアtRNAの構造の変化と、CCA末端修復酵素の基質認識機構が共進化し、異常構造をとるミトコンドリアtRNAを認識できるようになった、と考えることができる。アミノ酸配列を比較すると、N末端付近は非常によく保存されているのに対し、C末端付近での保存性は低く、tRNAの認識はC末端付近で行われていることが予想された。

 また最近になって、ウシ肝臓の細胞質画分からCCA末端修復酵素を部分精製することに成功し、その部分アミノ酸配列を解析した結果、ミトコンドリアの酵素と同一の遺伝子由来のものであることが明らかとなった。細胞質由来の酵素は、保存配列を持った細胞質型tRNAには効率良くCCAを付加できるものの、異常構造をもったミトコンドリア型tRNAに対する反応効率は、ミトコンドリア由来の酵素に比べて著しく低いことが明らかとなった。この知見は同一遺伝子由来の酵素が異なる基質認識機構を持つという点で興味深く、その認識機構のスイッチのメカニズムについて現在さらに研究をすすめているところである。

[ミトコンドリア病の病因性変異をもつtRNAにおけるCCA末端付加効率の低下]

 ミトコンドリアDNAの変異が様々なミトコンドリア病の病因になっていることは良く知られているが、その多くはtRNA遺伝子上に存在している。中でも乳児致死性心筋症の病因であるミトコンドリアtRNAIle遺伝子のA4317G変異、幼児突然致死症候群を引き起こすとされるミトコンドリアtRNAGly遺伝子のA10044G変異は、いずれもtRNAのTループの、CCA末端修復酵素の認識に重要と思われる場所に位置している。前述のようにミトコンドリアにおいてはCCA末端修復酵素による3'末端CCA配列の付加がtRNAの成熟過程に必須であるため、この過程での効率の低下が発症の原因になっている可能性があると考え、それぞれの病因性変異をもつtRNAに対するCCA末端修復酵素による反応効率を調べた。その結果、どちらの変異型tRNAにおいても、CCA付加効率が著しく低下していることが明らかとなった。特にA4317G変異ではCCAの取り込みはほとんど確認できなかった。また、反応論的解析から、反応効率の低下はKmではなくKcatの低下に由来するものであることが明らかとなり、変異を持ったtRNAは酵素に結合できるものの、CCA付加の触媒的反応が正常に進行しないことが示唆された。

 それぞれの変異tRNAにおけるCCA付加効率の低下の原因を探るため、nuclease probingと呼ばれる方法を用いてtRNAの立体構造を解析した。その結果、A10044G変異においては、Tループ-Dループ間の立体的相互作用が顕著に低下していること、さらに、A4317G変異においては、Tステムの組み換えが起こりTループ近傍の立体構造が大きく変化していること、Tループ-Dループ間の立体的相互作用が低下していることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 現在までに一次構造が決定されたtRNAの3'末端は、例外なくCCAという配列で保存されており、この配列はtRNAの機能発現において重要な役割を担っている。CCA配列はtRNAのプロセッシングやアミノ酸受容能に必須であるとされ、また、翻訳の過程においても、CCA配列が大サブユニットリボソームRNAのドメインVと言われる領域と相互作用する事によって、tRNAの3'末端に結合したアミノ酸をペプチド転移反応の活性中心に配置することが可能になると考えられている。

 CCA末端修復酵素[ATP(CTP):tRNA nucleotidyltransferase]は、このtRNA3'末端CCA配列の合成または修復反応を触媒する酵素である。本酵素はnucleotidyltransferase superfamilyの中でも、tRNA様の構造を認識し、核酸などの鋳型なしに正確にCCA配列を付加するという特徴的な性質を持っている。CCA配列がtRNA遺伝子にコードされていない生物(真核生物、多くの原核生物、一部の古細菌、およびオルガネラ)では、この酵素によるCCA付加がtRNAの成熟過程において必須のプロセスであり、また、CCA配列がtRNAにコードされている生物(少数の原核生物、一部の古細菌)においては、エキソヌクレアーゼなどによりtRNAの3'末端が損傷を受けた場合に、CCA末端修復酵素がそれを修復する役割を果たしていると考えられている。

 本論文では、この酵素に着目し、1.CCA配列付加のメカニズム、2.ミトコンドリアCCA末端修復酵素によるtRNA様構造認識の進化的変化、3.哺乳動物における細胞内でのCCA末端修復酵素の局在と特異性4.ミトコンドリア病の病因性変異を持つミトコンドリアtRNAにおけるCCA末端付加効率の低下の4点について、解析と考察を行っている。

 第1章はCCA末端修復酵素のこれまでの知見に関する導入部である。

 第2章では、大腸菌のCCA末端修復酵素が、酵素単体でCCAという特徴的な配列を合成するメカニズムについて解析を行っている。基質であるヌクレオチドと酵素との関係に着目し詳細な実験を行った結果、a.酵素単体に対してATPが非常に強く結合できる、b.酵素の内在的活性であるpoly(C)polymerase様活性をATPが制御している、c. poly(C)反応においては3つ以上のCが付加するとtRNAがトランスロケーションを起こすことで反応速度が著しく低下する(すなわち、酵素そのものがpoly(C)の長さをCCに規定している)という生化学的事実を見出し、それらの知見に基づき"Dead-end ATP incorporation model"という新たな反応モデルを提案している。

 第3章では、後生動物ミトコンドリアにおいて、塩基数が縮小し異常構造を取り、CCA末端修復酵素の認識部位であるとされてきたTループ近傍の保存配列や構造を欠いているミトコンドリアtRNAを、ミトコンドリアCCA末端修復酵素がどのように認識しているのか、という疑問点について解析を行っている。大腸菌、ヒトおよび線虫のミトコンドリアのCCA末端修復酵素の基質認識を検討し、後生動物ミトコンドリアCCA末端修復酵素の基質認識機構と、tRNAの異常構造との間の進化的な相関を明かにしている。また、この酵素の遺伝子のゲノム進化学的考察も行われている。

 第4章では、ウシ肝臓の細胞質画分より精製したCCA末端修復酵素の解析、またHeLa細胞を用いたEGFPレポーターアッセイ等の実験から、哺乳動物において、ミトコンドリアと細胞質のCCA末端修復酵素が同一の遺伝子由来であるという事実を初めて示し、その細胞内での局在のメカニズムを明らかしている。また、ミトコンドリアと細胞質の酵素の質的な違いと基質認識との関係に関しても考察を加えている。

 第5章では、致死性心筋症、幼児突然致死症候群を引き起こす2種類のミトコンドリア病原変異をもつヒトミトコンドリアtRNAに対するCCA付加効率が顕著に低下しているという事実を初めて示し、また、それが変異tRNAの構造変化によるものであることを明らかにしている。これらの事実は、ミトコンドリア病原変異がミトコンドリアの機能異常を引き起こす分子メカニズムに関して新たな知見を与え、発病の解明ひいては遺伝子治療につながる重要な解析であると考えられる。

 第6章は、総合討論であり、ごく最近になって明らかにされたBacillus stearothermophilusのCCA末端修復酵素のATPおよびCTPとの複合体の結晶構造と、執筆者らが得た生化学的事実との相関、および今後の展望に関して考察を行っている。

 以上本論文は、CCA末端修復酵素という一つの酵素に着目し、その反応機構、基質認識、細胞内局在、という基礎的解析から、ヒトの疾患との関連という応用的事象まで、一貫した解析と考察がなされており、化学生命工学、特に生化学・分子生物学分野での発展に寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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