学位論文要旨



No 118079
著者(漢字) 溝下,倫大
著者(英字)
著者(カナ) ミゾシタ,ノリヒロ
標題(和) 液晶と自己組織化ファイバーからなる機能性分子複合体の構築
標題(洋) Development of Functional Molecular Composites Consisting of Liquid Crystals and Self-Assembled Fibers
報告番号 118079
報告番号 甲18079
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5537号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 溝部,裕司
内容要旨 要旨を表示する

 分子の自己組織化による複合構成・階層構造の形成を利用するマテリアル設計は、新しい高機能材料開発への有力なアプローチである。本研究では、分子間相互作用によって繊維状の会合体を形成する水素結合性低分子と代表的な有機機能材料である液晶との複合化によって、新しい異方性有機分子複合体を構築し、その複合構造の精密制御と、複合体における電気的・光学的機能の発現・制御・高度化を達成した。水素結合性分子によって形成される自己組織化ファイバーと室温液晶からなる複合体において、優れた電気光学機能を見出した。また、この複合体の構造を熱および電場刺激によって組みかえることで、メモリー性のある新しい表示素子を構築した。光導電性液晶と自己組織化ファイバーの複合化によって、電荷輸送特性の向上を達成できた。重合性官能基を有する水素結合性分子を設計・合成し、その分子が液晶中で形成する配向した自己組織化ファイバーを重合することで、配向構造の固定化に成功した。さらに、重合したファイバーの表面形状を利用した液晶の配向制御を達成した。

 液晶と自己組織化ファイバーの複合体において、構成成分の組み合わせによって、サイズや形態の異なる様々なミクロ相分離複合構造を形成できた。繊維状に自己組織化する低分子化合物として、有機低分子ゲル化剤として報告されている水素結合性化合物を用いた。これら水素結合性ゲル化剤と様々な液晶とを複合化した。この複合体は、等方性液体状態からの冷却過程において、液晶成分が等方相から液晶相に転移する温度よりも高温側で自己組織化ファイバーが形成される場合と、低温側で形成される場合を示した。前者では、ランダムに分散した繊維からなる網目状の会合体が形成された。後者では、液晶性媒体中で繊維が形成されることで、液晶の異方的な構造を反映した配向した繊維の形成が達成できた。液晶と水素結合性分子の組み合わせによって、液晶分子と平行に配向した繊維、垂直に配向した繊維および格子状の会合体などを形成できた。この場合、液晶の秩序構造が繊維の配向方向に強く影響することが示唆された。

 ランダムな構造を有するネマチック液晶/自己組織化ファイバー複合体を用いて、光散乱型電気光学材料を開発した。ランダムに分散した自己組織化ファイバーによってネマチック液晶のポリドメイン構造を効率的に形成することで、複合体を液晶セルに充填した状態でも高い光散乱を得ることができた。セルに電場を印加することで液晶を電場と同方向に再配向させることで、液晶ポリドメイン構造が解消され、光透過状態へのスイッチングを達成できた。表示のコントラストや駆動電圧などの電気光学特性を、水素結合性分子の選択や化学修飾により改善することができた。

 液晶ディスプレイとして広く用いられているツイステッドネマチック(TN)モードにおいて、液晶と自己組織化ファイバーの複合体が優れた応答特性を示すことを見出した。ランダムに分散したファイバーを導入したセルにおいて、液晶単独の2倍以上の高速応答性を見出した。さらに、アミノ酸誘導体が形成するファイバーを液晶のTN配向にそった状態で形成することで、高速応答と高コントラストを示す優れた表示素子を作製することができた。

 ネマチック液晶と自己組織化ファイバーの複合化によってメモリー性のある新しい光散乱型表示材料を構築した。熱および電場刺激を組み合わせることによって自己組織化ファイバーの形成・解離と液晶の分子配向状態を制御し、ランダム構造および配向構造からなる室温で安定なパターン構造を形成することができた。このパターンは、ランダムな部分が白濁状態、配向した部分が透明状態を示すことで画像を形成し、その解像度は約20マイクロメートルであった。液晶セルを加熱することでイメージの消去・書き換えを容易に、かつ、繰り返し行うことができる、新しい表示記録材料として機能した。

 次世代型表示材料の候補の一つである強誘電性スメクチック液晶の電気光学特性を配向した自己組織化ファイバーの形成によって制御した。スメクチック液晶相中で形成される配向した繊維状会合体は、強誘電性液晶の分子の傾き角や反転電場に大きく影響した。

 光導電性を有するディスコチック液晶と自己組織化ファイバーとの複合化によって、電荷輸送性という電子的機能の向上を達成した。ヘキサゴナルカラムナー相を形成するトリフェニレン誘導型液晶分子と水素結合性ファイバーとを複合化させると、そのホール移動度は、液晶単独時の約3倍に上昇した。液晶相と固体相からなるミクロ相分離構造を形成することで、電荷輸送特性を向上させたはじめての例といえる。

 重合性官能基を導入した水素結合性分子によって自己組織化ファイバーを形成することができた。この繊維を液晶中で配向させた状態で重合することで、組織構造の安定化・固定化を達成した。さらに、重合体の表面形状を利用して液晶の配向制御を行うことができた。重合性官能基を導入した水素結合性分子として、アミノ酸を骨格に有する分子を設計し合成した。この分子は、数種類の有機溶媒や室温液晶に対してゲル化能を有していた。シアノビフェニル系スメクチック液晶中で繊維状に組織化させたところ、液晶分子に対して垂直方向に配向した繊維状会合体が形成された。形成されたファイバーを配向した状態のまま光重合によりセル表面に固定化することができた。ファイバーを重合した後、セルに加熱処理を加えると、重合体がもつ縞状の表面形状にそって液晶分子が再配向することを見出した。光照射領域をフォトマスクで制限することで、液晶の配向をパターニングすることも可能であった。自己組織化によって形成される配向構造を固定化して、特徴的な表面形状を作製するこの方法は、液晶配向制御材料への新しいアプローチとなる。

 以上のように、本研究では、液晶と自己組織化ファイバーとの複合化によって、新しい機能性液晶複合体を構築することに成功した。この複合体においては、自己組織化プロセスを利用することで、ランダムなネットワークや配向した繊維状・格子状会合体等の様々な形態を有する複合構造の形成が可能であった。それぞれの特徴を活かして優れた電気光学機能・電子的機能の発現やそれらの特性の制御・向上が達成できた。さらに、ランダム構造と配向構造の間での可逆的な構造の組みかえを利用したメモリー性表示材料の開発や、重合性自己組織化ファイバーによる配向構造の固定という新しい方法論の提案を行った。液晶と水素結合性分子という動的機能分子の自己組織性と、ミクロ相分離構造の形成による協調効果を積極的に活用するマテリアルデザインは今後の高機能材料の開発に重要な役割を果たすと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 分子の自己組織化により形成する複合構造・階層構造を活用するマテリアル設計は、新しい高機能材料を開発する上での有力なアプローチである。本論文は、繊維状の集合体を形成する水素結合性低分子と代表的な有機機能材料である液晶との複合化による新しい異方性有機分子複合体の構築と、その複合体における電気的・光学的機能の発現・制御・精密化について述べており、8章から構成されている。

 第1章は序論であり、液晶の基本的な構造や性質・機能、そして超分子的なアプローチを用いた新しい液晶の研究例について紹介している。また、非液晶材料との複合化による液晶の機能化に関するこれまでのアプローチや、本研究で注目する低分子ゲル化剤の最近の研究動向について述べている。さらに本研究の目的と意義について述べている。

 第2章では、水素結合性低分子が形成する自己組織化ファイバーと液晶との複合体が示す熱的な性質および様々な複合構造の形成について調べた結果を示している。複合体の構造転移においては、自己組織化ファイバーの形成・解離と液晶分子の等方相-液晶相転移がそれぞれ独立して起こることが分かった。したがって、水素結合性低分子と液晶との組合せを適切に選択することで、ファイバーの形成を等方性媒体あるいは液晶媒体中で引き起こすことができた。これによって、水素結合性分子の集合形態を、ランダムネットワーク構造や、規則的に配向した繊維あるいは格子状などに制御することに成功した。さらに、液晶媒体中で形成されるファイバーのモルホロジーは、液晶場の秩序構造および水素結合性分子と液晶との分子間相互作用を考慮することで、ある程度説明できると結論づけている。

 第3章では、ネマチック液晶と自己組織化ファイバーの複合体を用いた光散乱型の表示材料の開発について述べている。ネマチック液晶に対してランダムに分散した自己組織化ファイバーを導入することで高い光散乱状態を発現させ、電場の印加によって光散乱状態から光透過状態へと可逆的にスイッチングさせることができた。水素結合性分子の会合形態と電気光学応答の関係について調べており、より細いファイバーを効率的に液晶中に分散させることが優れた電気光学特性の発現に重要であるとしている。

 第4章では、ツイステッドネマチック(TN)表示素子中における、液晶/自己組織化ファイバー複合体の電気光学挙動について述べている。液晶のTN配向状態は、導入された自己組織化ファイバーの集合形態により大きく影響される。分散したファイバー状組織体を導入した場合に、液晶がTN配向を示し、電場に対して液晶単独時よりも高速に応答することが示されている。さらに、複合体の構造制御によって、ファイバー状組織体をTN配向にそって形成することに成功しており、これにより、高速応答、低電圧駆動および高コントラストなどの優れた電気光学特性を得ることができた。

 第5章では、ネマチック液晶と自己組織化ファイバーからなる複合体の構造可逆性を利用した、書き換え可能なメモリー性のある表示材料の開発について述べている。ネマチック液晶に対して可逆的な構造変化を示す自己組織化ファイバーを導入し、電場刺激と熱刺激を組み合わせて用いることで、光散乱状態を示すランダム配向構造および透明状態となる均一配向構造を可逆的にかつ室温で安定に固定化することに成功した。メモリー性のある表示材料への新しいアプローチである。

 第6章では、強誘電性を示すキラルスメクチックC液晶と自己組織化ファイバーの複合化による強誘電性液晶の性質制御について述べている。スメクチック相をファイバー形成の鋳型に用いることで格子状の会合体を強誘電性液晶中に導入することに成功した。このような格子状会合体の形成は強誘電性液晶の分子の傾き角や電場への応答時間、電気光学応答のヒステリシス挙動に大きく影響した。配向した自己組織化ファイバーの導入による電気光学特性の制御・向上の可能性を示している。

 第7章では、光導電性を有するディスコチック液晶と自己組織化ファイバーとの複合化によって、電荷輸送性という電子的機能の向上が達成できることを示している。ヘキサゴナルカラムナー相を形成するトリフェニレン誘導型液晶分子と水素結合性ファイバーとを複合化させると、そのホール移動度は、液晶単独時の約3倍に上昇した。液晶相と固体相からなるミクロ相分離構造を形成することで、電荷輸送特性を向上させたはじめての例といえる。

 第8章では、液晶中で形成される配向した自己組織化ファイバーを重合可能な水素結合性分子によって形成し、光重合による配向構造の安定化・固定化、および重合体の表面形状を利用した液晶の配向制御について述べている。光照射領域をフォトマスクで制限することで、液晶の配向をパターニングすることに成功した。自己組織化によって形成される配向構造を固定化して、特徴的な表面形状を作製するこの方法は、液晶配向制御材料への新しいアプローチとなる。

 以上のように、本論文は、液晶と自己組織化ファイバーとの複合化による新しい機能性液晶複合体の構築と、その複合体における優れた機能発現について述べたものである。これらの結果は、今後の高機能材料開発の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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