No | 118080 | |
著者(漢字) | 張,祐銅 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ジャン,ウードン | |
標題(和) | 生体関連機能を有するデンドリマーの分子設計 | |
標題(洋) | Bioinspired Molecular Design of Functional Dendrimers | |
報告番号 | 118080 | |
報告番号 | 甲18080 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5538号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【緒言】規則正しい枝分かれ構造を有する樹木状高分子デンドリマーは、分子量分布を持たない点や3次元構造が予測できる点など天然のタンパクの持つ特徴にもっとも近接した人工の高分子である。このような点から従来の直鎖状の高分子には期待できなかった、様々な機能性が発見されており、近年、デンドリマーを用いて生体内のタンパクなどが持っている高度な機能を人工的に発現させようとする研究が数多く報告されている。本研究では、生体分子が持つ高度な機能をデンドリマーを用いて実現させることを目標にデンドリマー分子を設計し、その機能を評価した。具体的には、自己組織性デンドリマーの分子設計及び、人工光合成アンテナ系の構築について検討した。 【実験・結果・考察】 1.自己組織性デンドリマーの分子設計 天然の生体組織の殆どは自己組織化過程を通して自発的に作られる。その自発的組織化の原動力になる水素結合、疎水相互作用、配位結合などの弱い相互作用を分子内の任意の場所に組み込むことにより、人工系でも様々な分子集合体を構築することが可能である。このような手法をナノメートルの大きさを有するデンドリマーに適用することはデンドリマーが持っている機能をさらに開拓できる可能性が高い。これは天然の高分子においての自己組織化のよいモデルになると考えられる。本研究では水素結合可能な部位をデンドリマーの中心に導入し、その自己組織化挙動について検討した。 1.-1.コアにジペプチドを有するデンドリマーの自己組織化 コアに水素結合ユニットとしてジペプチドを導入したデンドリマーを合成し、その自己組織化について検討を行ったところ、デンドリマー3,4は極めて薄い濃度でもある種の有機溶媒のゲル化を引き起こすことが分かった。一方、サイズの小さい1,2やコアのジペプチドユニットのカルボン酸をメチルエステルの形で保護したもの3a、Boc基を脱保護したものなどは、全くゲルを形成しなかった。これらの事実はゲル形成においてデンドリマー組織同士のvan der Waals forceやC末端のカルボン酸、N末端のBoc基が非常に重要な役割を果たしていることを示唆している。ゲル形成のメカニズムを検討する為、積極的に水素結合を切断する溶媒であるDMSOやアミド結合と強く相互作用するLiC1の添加実験を行った結果、ゲルが速やかに溶けることが分かった。さらに、FT-IRの測定の結果、アミノ酸残基のN-H基が3320cm-1,C-O基が1650cm-1に伸縮振動バンドを見せることからゲルの形成の際に水素結合によるネットワークができることを確認した。乾燥したゲルのFE-SEM測定の結果、ミクロンスケールの繊維状の構造が存在し、その繊維状の構造はさらに直径約20nmの微細な繊維が絡み合っている階層的な高次構造を有することが分かった。 ゲルの円二色性スペクトル測定を行ったところ、ジペプチドコアユニットに由来するCDバンド以外に、不斉のないデンドロンユニットからも強いCDバンドが観測された。この結果に対し、ゲルを形成しない溶媒であるジオキサン中やゲル形成ができないくらい薄い状態の溶液では、このような傾向は全く観測されなかった。このことから、自己組織化によって繊維構造が形成される際にデンドロン部分もらせん状に配列していると考えられる。また、形成された繊維構造の安定性を測る為、乾燥したゲルやゲルを形成しないものの、FT-IRで水素結合の存在が確認された固体状態の2のDSC測定を行ったところ、それぞれ一定の温度での相転移があることが分かった。これらのDSCでの変化をVT-IRを用いて追跡した結果、各デンドリマーの相転移温度において、水素結合由来のバンドが、薄い溶液状態で見られる水素結合していないバンドヘと変化して行くことが分かった。さらに、その相転移は世代が高いほど高い温度で現れることから、サイズの大きなデンドリマー組織がコア同士の水素結合を安定化していると考えられる。 1.-2.ゲル化におけるデンドリマーの影響 コアのジペプチドに対してデンドリマーの導入される位置をそれぞれN末端やC末端へと変化させたものを合成し、ゲル化能力を調べた。ジペプチドの側鎖にデンドロンが導入された場合、N末端がBocでC末端がフリーのカルボン酸であるデンドリマーのみがゲル化を起こしたのに対し、N末端にデンドロンが導入されたデンドリマーはC末端がフリーのカルボン酸でもメチルエステルであってもゲル化することが分かった。一方、C末端にデンドロンが導入された場合はゲルを形成する能力がなかった。デンドリマーの表面をメトキシ基に変化させたデンドリマーを合成したが、コアやデンドロン組織が同じ構造であるにも関わらず、ゲル化能力を失ってしまった。デンドロンの構造がゲル化に極めて重要であることが分かる。IRの測定の結果からN末端にデンドロンを有する化合物は同様にN-H基が3295cm-1,C=O基が1660,1635cm-1に伸縮振動バンドを与え、いずれもコアユニットがsyn-parallel β sheet構造をとると考えられる。この値は側鎖にデンドロンを持つ3とはかなり異なる結果で、3はanti-parallel β sheet構造を取ると考えられる。これらの実験の結果をまとめると、すべてのゲルにおいてデンドロンの向きはペプチドシートに対して、同じ方向を向いていることが分かる。すなわち、デンドロン部分の相互作用はゲル化において極めて重要なものである。 1.-3.大環状構造を有するデンドリマーの自己組織化 垂直な水素結合形成が知られているシクロヘキサンの誘導体を中心に導入したデンドリマーを合成した。合成されたデンドリマーは有機溶媒中で高い溶解性を示すが、1HNMR測定の結果からはすべてのピークがブロードになり同定が不可能であった。このデンドリマーの溶液にトリフルオロ酢酸を1滴加えるとピークはシャープになった。溶液のIR測定の結果では溶液中でもN-HやC=Oのピークは水素結合をしていることが確認できた。GPC分析の結果、デンドリマーは非常に高い分子量の会合体を形成していることが分かった。また、動的光散乱で粒径約120nmの粒子を形成していることが確認できた。これらの結果から、このデンドリマーは超分子ポリマーを形成していると考えられる。このことはAFMによる観察からも支持され、集積体は太さ約6nmの繊維状の会合体であることが分かった。 2.人工光合成アンテナー分子としてのデンドリマー 天然の光捕集アンテナでは色素分子が高い規則性を持って車輪状に配列しており、その車輪の内部や車輪間を高速にエネルギーが伝達され、反応中心へと効率よく伝えていく。このような天然の光捕集アンテナの系をモデルとし、ポルフィリンを骨格とするデンドリマーを合成した。このデンドリマーは、中心にエネルギーアクセプターとしてフリーベースポルフィリンを、その周辺にエネルギードナーとして亜鉛ポルフィリンを有しており、定常光測定において亜鉛ポルフィリンを励起すると中心ヘエネルギー移動が起こり、フリーベースポルフィリンから強い発光が観察される。合成されたデンドリマーのエネルギー移動効率をそれぞれ亜鉛ポルフィリンの発光の消光から計算した結果、第1世代の5,7はそれぞれ94,92%で、第2世代の6,8はそれぞれ88,80%であった。車輪状のモデルと非車輪状のデンドリマーを比較した場合、大きな差ではないが、車輪状のデンドリマーが有利である可能性が示唆された。デンドリマーの時間分解蛍光測定では車輪状のモデルと非車輪状のモデルの差がより明確で、長い寿命を持つ成分の割合が車輪状のデンドリマーでは極めて少なくなることが分かった。このことはエネルギードナーである亜鉛ポルフィリン同士でのエネルギー伝達を強く示唆するものである。一般に、偏光が照射された時、色素が単独の場合は分子の回転を無視すると発光においても同じ方向の振動を有する偏光を放出する。しかし、色素間のエネルギー伝達が存在する系ではその偏光がエネルギーの伝達により解消される結果になる。実際に、分子運動による回転緩和を無視できる短いタイムスケールのフェムト秒蛍光減衰においての異方性測定の結果、非車輪状のデンドリマーでは全く観察されなかった量子ビートが車輪状のデンドリマーでは観察された。この現象はサイズの大きなデンドリマーに対してより明確に現れた。この量子ビートの現象は、2枚のポルフィリンがペアを組み局在励起子の往復運動が起こることにより、蛍光の偏光が解消と回復を繰り返すことに対応している。つまり、車輪状モデルのデンドリマーが高い秩序配列を持つことにより、各色素間の相互作用が大きく、エネルギーの散逸を小さくしているといえる。このようなデンドリマーの量子ビートはこれまでに報告されてきた数多くのポルフィリンを有する光捕集アンテナマルチポルフィリンアレイにおいて観察されたことのない現象であり、今回合成されたデンドリマーは自然界の光捕集アンテナに最も近いモデルであると結論される。 【まとめ】自己組織性機能を有するデンドリマーを用い、有機ゲルや超分子ポリマーを構築することができた。また、光捕集機能を有するデンドリマー分子がこれまでに観測させたことのない量子ビートの現象を示し、天然の系に最も近い人工光合成モデルを設計することに成功した。 1:R1=B1,R2=H 2:R1=L2,R2=N 3:R1=L2,R2=H 〓:R1=L3,R2=〓 4:R1=L4,R2=H | |
審査要旨 | 本論文は、規則正しい枝分かれ構造を有する樹木状高分子デンドリマーを用いた機能性分子設計に関する研究の成果を述べたものである。特に、従来の直鎖状の高分子には期待できなかった、生体分子が持つ高度な機能をデンドリマーを用いて実現させることを目標にデンドリマー分子を設計し、その機能を評価したもので、以下の4章の本文で構成されている。 まず、本文に先立って序論で、デンドリマーの一般的な特性及び、生体機能関連デンドリマーについて述べると共に、本研究の目的やその意義また、各章の内容についてまとめている。 第一章では、自己組織性デンドリマーの分子設計として、コアにジペプチドを有するデンドリマーを合成している。合成したデンドリマーは有機溶媒中で極めて薄い濃度でもゲル化を起こすことを見出している。そのゲル化はサイズの小さいデンドリマー分子では観測されず、デンドリマー組織同士の相互作用が重要な役割を果たしていることが示唆された。FT-IRの測定やDMSOおよび、Liイオンの添加実験より、ゲルは水素結合により形成されることが分かった。また、乾燥したゲルのFE-SEM測定から、ゲルは階層的な高次構造を有する繊維構造をとることを見出している。ゲルの円二色性スペクトルからは不斉のないデンドロンユニットからも強いCDバンドが誘起され、繊維構造の中にはデンドロン部分がらせん状に配列していることが示唆された。さらに、DSC測定及び、温度可変IR測定からサイズの大きなデンドリマーにおいてゲルが安定化することが分かった。本成果はデンドリマーを用いた初の有機ゲルの形成例であり、デンドリマー化学に大きなインパクトを与えるものである。 第二章では、前章で記述しているジペプチドを有するデンドリマーにおいて、各置換基がゲル化に与える効果について詳しく検討し、その結果を述べている。具体的には、コアのジペプチドに対してデンドリマーが導入された位置をN末端やC末端へと変化させたもの、コアの置換基を変化したもの、さらにデンドリマーの表面においてメチルエスチル基をメトキシ基に変化させたものをそれぞれ合成し、ゲル化能を調べている。その結果、ゲル化に必要な条件としてデンドロン組織間の相互作用が非常に重要であることを見出し、材料開発に向けての非常に興味深い結果を得ている。 第三章では、中心に垂直に水素結合を形成できるユニットを導入したデンドリマーを合成し、その自己組織化挙動について検討している。合成したデンドリマーは有機溶媒中で高い溶解性を示したが、1H NMR,IR,GPC分析の結果から、デンドリマーが非常に高い分子量の会合体を形成していることが分かった。また、動的光散乱により粒径約120nmの粒子を形成していることを確認している。AFM観察においては太さ約6nmの繊維状の会合体が観察され、デンドリマーは超分子ポリマーを形成していると結論づけている。共有結合によるポリマーでは達成できない新たな物性が期待される超分子ポリマーを、一定の三次元構造を有するデンドリマーを用いて形成することに成功している。この結果はさらなる機能開発に向けた新たなモチーフを提供するものである。 第四章では天然の光捕集アンテナーの系をモデルとし、ポルフィリンを骨格とするデンドリマーのエネルギー移動に関して検討した結果を述べている。定常光測定において亜鉛ポルフィリンを励起すると中心ヘエネルギー移動が起こり、フリーべ一スポルフィリンから強い発光が観察される。デンドリマーの時間分解蛍光測定で、長い寿命を持つ成分の割合が車輪状のデンドリマーでは極めて少なくなることを見出している。このことはエネルギードナーである亜鉛ポルフィリン同士でのエネルギー伝達を強く示唆するものである。フェムト秒蛍光減衰においての異方性測定の結果、非車輪状のデンドリマーでは全く観察されなかった量子ビートを車輪状のデンドリマーで観察することに成功している。この量子ビートの現象は2枚のポルフィリンがペアを組み局在励起子の往復運動が起こることにより、蛍光の偏光が解消と回復を繰り返すものである。このことは車輪状モデルのデンドリマーが高い秩序配列を持つことで、各色素互いの相互作用が大きく、エネルギーの散逸を小さくしているためと結論している。このようなデンドリマーの量子ビートは、これまでに報告されてきた数多くのポルフィリンを有する光捕集アンテナーマルチポルフィリンアレーにおいて観察されたことのない現象である。今回合成されたデンドリマーは自然界の光捕集アンテナーに最も近いモデルであるといえ、人工光合成分子設計において大きなインパクトをもたらすものである。 本論文の最後には、研究成果のまとめ及び、今後の展望について述べている。 以上のように、デンドリマーを効果的に用いて生体系で良く見かけるような三次元構造体や高効率の光捕集アンテナー系を構築することに成功しており、これらの結果は有機材料化学ならびに高分子化学の進歩に寄与するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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