学位論文要旨



No 118082
著者(漢字) 二井,信行
著者(英字)
著者(カナ) フタイ,ノブユキ
標題(和) PZTの高アスペクト比構造の低温合成と応用
標題(洋)
報告番号 118082
報告番号 甲18082
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5540号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 松本,潔
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的

 マイクロサイズの素子に高アスペクト比のガラス・セラミクスを自由に組み込めれば、さらにその可能性が広がる。たとえば、数10nmの変位を生み出せる厚い圧電素子は、ナノオーダのアクチュエータとして、MEMSチップに搭載することが期待できる。

 液相合成によりつくることのできる物質は、通常のガラス・セラミクスに限らず、ハイブリッド体や多孔質体など多岐にわたり、特に細胞や生体分子を扱うマイクロチップヘの応用が期待されている。本研究は、おもに大容量で頑強なキャパシタンスやアクチュエータが、マイクロシステムの自立化に大いに貢献できることを踏まえ、キャパシタンスや動力として使うことができ、さらにセンサとの複合素子としての利用が期待される圧電セラミックスの微細加工、とくにPZTの高アスペクト比のオンウエハの液相合成を行った。

 PZTのゾルゲル法自体の研究はすでに広くなされていたが、高アスペクト比でかつ従来のMEMS技術と適合し、基板上で自由な形状を作る技術はなかった。そこで、本研究では、MEMS技術によるマイクロモールドやスタンプを形成し、液相から得た半固体層のパターニングを行う方法を開発した。これは、液相合成に対して広範囲に用いることができる。そして、高アスペクト比の厚い液相合成プロセスにみられる大きな困難(不適切な熱分解・収縮過程によるクラッキング・ブローティング、そして炭素の残留による過剰ポーラス化や物性の悪化)を解決すべく、低炭素・速乾性でポットライフの長いPZT前駆体の合成を行うとともに、加工方法と乾燥/加熱条件の最適化を行った。

2.高アスペクト比対応PZT前駆体

 元来、PZTの前駆体は非常に日持ちが悪いものであった。市販品の保証ポットライフは2週間で、実際は1ヶ月程度、未使用未開封でも3ヶ月で劣化がみられた。その原因は、金属アルコキシドが液中で加水分解を起こし、液内部で部分的にゲル化してしまっているのが原因である。それ以外に、溶質が液中に溶けきれなくなり結晶として析出することも多い。これらは、薄膜作成時に表面が異常になり、クラックやピンホールの原因になったり、液中の成分の分散がさまたげられるために焼成時にPZTにならず、つまり圧電性などの重要な物性の悪化につながる。そのため、液の保存中や固化中にこれらの異常反応を極力起こさないようにしなければならない。

 特に、高アスペクト比加工に求められるPZTの前駆体溶液に対しては、従来の研究(前駆体は専ら薄膜向けに最適化されている)で重視されている(1)安定性・保存性、(2)低クラック性、(3)低炭素含有率、に加え、(4)厚膜状態での低温での固化、(5)一時軟化・再硬化性、(6)内部までの均一乾燥、が重要になる。本研究では、高アスペクト比加工のうち、スタンピング(固化した前駆体にスタンプで型をつける)とモールディング(型に液体の前駆体を流し込む)とのそれぞれに適した前駆体溶液を開発した。双方とも、保存性が良く、組成の変化に注意すれば6ヶ月以上保存可能である。モールディング用の前駆体は、深部まで硬化し、適度なゲル化をする。また、炭素分が少なく、高品質のPZTを生成することができる。スタンピング用の前駆体は、ポットライフが非常に大きく、溶媒蒸発で3.0M以上に粘度調整が可能である。そして、表面張力が大きいという特徴をもつ。また、パターニングに必要な乾燥の所要時間を決定するため、液中の球の移動を測定することで、非接触で前駆体の粘度を測定し、最終的に、乾燥に必要な温度と時間を得た。

3.PZT前駆体のパターニング

 高アスペクト比のPZT構造を1回のコートで得る方法として、まず、高アスペクト比のモールドをあらかじめ基板上に作成し、前駆体を流して固化する方法が考えられる。このとき、前駆体の固化後のモールドの除去を行わないといけない。さらに、モールド上に残った固化前駆体を除去しないと、クラック率が減少しないことが判明した。本研究において、この問題を厚膜フォトレジストSU-8またはパラフィンをモールドとして用い、ゲルの無溶媒無研磨剤研磨とドクターブレード法を導入することで解決した。

 基板上にモールドをつくることができない場合、また、基板面方向に凹凸のある形状を作りたい場合は、上からのパターニング、つまりスタンピングにより形状をつくることが望まれる。そこで、硬化した前駆体が加温と加圧によりチキソトロピー現象ならびに結晶水放出による軟化を生じてパターニングされることを見出し、ホットスタンパによるスタンピングを行った。また、超音波を印加することで、スタンプ圧力を軽減し、離型が容易になることを見出した。

4.PZT高アスペクト比構造の評価

 基板に固着した、面積20-200μm、高さ10μmに達する高アスペクト比のPZT構造を、クラック無しで作成することに成功した。

 モールディングで作成した構造の問題点は、まず、上面の端部分が切り立っているところである。これは、前駆体の溶媒蒸発による粘度変化により、表面張力に対して凝集力が増加し、モールドの壁面に沿って固化するために生じた現象であることがわかった。この現象は、パラフィンモールドにより固化させ、パラフィンを低温で融解除去したものを観察することで確認できる。これは、モールドの種類によらず、モールドを使用する限り不可避である。さらに研磨を行うことにより、上部電極を成膜することも十分可能である。

 次に、構造の上部にいくにしたがって収縮が増加している。これは、モールドの径が増加するほど顕著である。ただし、この現象は焼結前に生じているため、底部は基板に「焼きついて」固定している。

 スタンピングにより作成されたPZTの微小構造は、モールディングでみられた切り立った部分もないが、構造の裾野に残った薄いPZTの層が問題となる。残っていること自体も問題となりうるが、残った層のクラックが伝搬して、構造の下部裾に達していることがわかる。このため、スタンピングにおいては、スタンプの凸部分が当った前駆体の薄い層を除去しなければいけないことがわかる。

 そして、アクチュエータとしての応用の可能性を知るため、本構造の圧電性の評価を行った。

 本研究では、微小変位の測定に、原子間力顕微鏡(AFM)を用いた。AFMのカンチレバーをPZT構造に接触させ(コンタクトモード)、電圧を印加することにより生じる変位を測定した。

 モールディングにより作成されたPZT構造(上面直径29.3μm、高さ11μm)の縦変位を測定した結果、100V印加時の変位は100nm以上に達している。つまり、ひずみ量1.0%、縦圧電定数1000pC/Nが得られたこととなる。この値は、バルクセラミックスの値の5〜10倍に達し、MOCVDで作成されたPZT薄膜に相当する。これは、高アスペクト比となった前駆体を焼結してPZT構造を作成する利点を示している。

 本研究によって製作されたPZT高アスペクト比構造は、(1)微小構造を精密に鉛直上下に静的移動させるアクチュエータ、(2)超音波・表面波の発生、(3)自走型構造、(4)力を印加するためのマイクロアクチュエータ(インデンタなど)への応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「PZTの高アスペクト比構造の低温合成と応用」と題し、5章からなる。圧電アクチュエータは、コンパクトで大きな力が得られるという利点があるが、変位が小さいため、現在のMEMSにおいては、ある限定された構造を伴わないと利用できないものであるのが現状である。ここで、高アスペクト比の圧電セラミックスをマイクロ素子の中に取り込むことができれば、アクチュエータとしての応用は非常に広がる。本研究は、MEMSと適合性の高い低温(液相)合成により、高アスペクト比のセラミックス、とくにPZTの構造を作成することを目指したものである。

 第1章「本研究の背景と目的」は、研究の背景と目的を述べるとともに、本論文の構成についてまとめたものである。本章では、MEMSにマイクロサイズで高アスペクト比のPZTアクチュエータを組み込む利点を静電アクチュエータと比較して述べた。さらに、現状では、高アスペクト比のPZT構造を作成しMEMSに統合するのが困難かつ、PZTの低温合成法の研究が高アスペクト比加工を考慮してなされていないことを指摘している。

 第2章「高アスペクト比対応PZT前駆体の開発」は、PZTの高アスペクト比構造を生成するのに適した前駆体溶液の設計・製法・評価について述べたものである。チタン・ジルコニウムアルコキシドの加水分解性と酢酸鉛の溶解性を制御した、高濃度でも安定した前駆体ならびに、沸点・粘度・表面張力の異なる溶媒を組み合わせ、高アスペクト比でも深部固化性の高い前駆体を得ることに成功した。

 第3章「PZT前駆体の高アスペクト比パターニング」は、PZTの低温合成手法と高アスペクト比成型を両立させる方法について述べたものである。まず、SU-8フォトレジストならびにパラフィンのモールドを基板上に形成し、前駆体を流し込むことでPZTの微細高アスペクト比構造を作成した。その際、PZT前駆体ゲル体のチキソトロピーを利用した非溶媒ゲル研磨法とドクタープレード法により、PZT前駆体構造の離型を容易とした。次に、固化したPZT前駆体にSU-8フォトレジストで作成したスタンプの圧力と超音波を印加することで、スタンプのパターンを前駆体に忠実度高く転写することに成功した。PZT前駆体の加熱により、スタンピングのコントラストが改善することを見出した。最後に、アルコキシド豊富な前駆体を利用して、SU-8の熱破壊を回避しつつ緻密に高アスペクト比構造を焼結することに成功した。

 第4章「PZT高アスペクト比構造の評価と応用」は、焼成により完成したPZTの微細高アスペクト比構造の評価について述べる。基板に固着した、面積20-200μm、高さ10μに達する高アスペクト比のPZT構造を、クラック無しで作成することに成功した。つぎに、X線による結晶の評価により、PZTペロブスカイト相が豊富であること、P-Eヒステリシスの測定により、強誘電性を有することが確認された。そして、AFMによる電圧変位測定の結果、圧電定数は1000pC/N・最大変位は100nm・変位1.0%を得た。これは、通常の液相合成で作成されたPZTよりも5倍以上大きな値である。

 第5章は、「結論」である。

 以上、これを要するに本論文は、液相合成でセラミックスの自由な構造を作るための一連のプロセスを与え、それにしたがって作成されたPZTの高アスペクトマイクロ構造が、マイクロンステムに組み込めるPZTアクチュエータとして、他の方法(ゾルゲル法多層・シンタリング・水熱合成・水界面合成)よりも高性能であることを見出し、本プロセスの有効性を示したもので、情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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