学位論文要旨



No 118084
著者(漢字) 尾関,俊長
著者(英字)
著者(カナ) オゼキ,トシナガ
標題(和) 体内埋込型人工心臓へのエネルギー伝送システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 118084
報告番号 甲18084
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5542号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鎮西,恒雄
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 助教授 深津,晋
内容要旨 要旨を表示する

 心臓病に対して様々な研究がなされてきたが、現在では末期の心臓病患者にとって、有効的な治療法は心臓移植しか残されていない。しかしながら、心臓移植におけるドナーの数が絶対的に不足しており、世界中で毎年多数の心臓病患者が命を落としている。また、拒絶反応の問題が克服されておらず、さらに、死亡判定・脳死判定等の倫理的・社会的問題も残されている。これらの問題を解決するために人工心臓の研究開発が続けられてきた。体外に駆動装置やポンプを置く人工心臓はすでに臨床に応用されているが、感染症や患者の自由度の低下など問題を抱えており、完全埋込型の人工心臓への要求が日増しに強くなっている。このような背景の元、世界中の様々な研究施設で、完全埋込型人工心臓の研究開発が日々進められており、それぞれしのぎを削っている。完全埋込型人工心臓のエネルギー伝送部分は経皮エネルギー伝送システムが最も有力な方法であるとされている。そこで、経皮エネルギー伝送システムの抱えている問題を解決するために次のようなシステムを考案した。

 経皮エネルギー伝送システムには体内電池と体外電池があり、そのエネルギー密度が十分でないため、人工心臓を駆動するためには、その大きさ、重さが問題となる。さらに充電時間や充電場所、充電可能回数(寿命)の問題を抱えている。リチウムイオン電池を用いることによりある程度問題は改善されたものの、まだ十分でない状態である。体内電池に関してはりチウムイオンを用い、体外電池を別の手法で代用する方法を提案する。具体的には、床面一面にたくさんのコイルを敷き詰め、患者には靴底にコイルをセットした靴を装着する。床側と靴側のコイルで生じる電磁結合を用いて、床面から靴側へと電気エネルギーを伝送する。そして、胸部もしくは腹部に設置された体外コイルと体内コイルを用いて、体内へと電気エネルギーを伝送し、体内電池や体内デバイスヘと給電する方法である。床側、靴側共に単層円形スパイラルコイルを用いた場合について、実験を行い、床側コイルを一層構造にした場合には効率が60%以上を得られる面積占有率(被覆率)は41.1%であり、床側コイルを三層構造にした場合のそれは100%となり、コイルが敷き詰めてある床を移動する際にはすべての場所から効率60%以上で電気エネルギーを供給できることが示された。このシステムにより、コイルの敷き詰めてある部屋内であれば、専用の履物を身につけることにより、体外電池を運搬する必要がなく、充電容量、充電場所、充電時間を気にすることなく、しかもコードにより拘束されることなく自由に移動できることができる。

 次に、経皮エネルギー伝送システムの体外コイルと体内コイルの相対的位置のズレが生じた場合の問題を扱う。体内・体外両コイルの相対的位置のズレは時として、電力効率の低下を引き起こすだけではなく、体内デバイスの必要とする電力を供給できなくする危険性を抱えている。すなわち患者の命を奪いかねない、最も注意を払うべき事項の一つとして考えられている。現在の技術ではズレの許容範囲はそれほど大きくないので、様々な固定方法が試されてきた。しかしながら、コイルを強固に固定することは、取り外す際には手間がかかり、本来経皮エネルギー伝送システムの長所であるべき患者の自由度に対して、それが損なわれる結果になる。逆に、ルーズに固定することは安全性の点においてリスクを取ることに成りかねない。これらの問題を解決するために、両コイルの相対的位置ズレに対して、その許容範囲を広くするシステムを考案した。

 体外回路において体内コイルの位置情報を検知し、その情報を元に体外回路側の共振点を調節し、相対的位置ズレが生じた場合でも伝送電力と電力効率を高いまま維持させる。共振点を調節する方法は二通り考えられ、コンデンサーを挿入する方法と入力周波数を変化させる方法である。そのどちらについても実験を行い、効率が60%以上を得られる範囲について、コンデンサーを挿入することによって、調節した場合は面方向、垂直方向に対して約1.5倍許容範囲が広がった。これらの方法により、ズレに対しての許容範囲が広くなり、体外コイルに柔軟性を持たせたものが採用できる可能性を見出した。そのことはすなわち、経皮エネルギー伝送システムを使う患者にとって、さらなる生活の質の向上を導く結果となる。

 経皮エネルギー伝送システムはほぼ確立したシステムであるので安全性と信頼性を第一条件として、使用者や術者に対してfriendlyであることや利便的であることが望まれる。現状に満足せず、更なる改良を加えていくべきシステムである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、体内埋込型人工心臓におけるエネルギー供給方法の一つである経皮エネルギー伝送システムに関しての総括的な内容である。より多機能で信頼性のある経皮エネルギー伝送システムを紹介し、そのデバイスを作成することにより、それらの有用性を示し、そこで得た知見から新たなエネルギー伝送方法を提唱するものである。全体の構成は全6章から成っている。

 第一章は序章であり、そこでは本研究で提案されるシステムの適用の対象となる人工心臓について紹介されている。心臓移植手術におけるドナー不足、死亡判定や脳死判定をめぐる社会的倫理的問題点を取り上げ、人工心臓の必要性や人工心臓の誕生の経緯を示し、その分類と種類、現在抱えている問題点を述べている。

 第二章においては、人工心臓への駆動エネルギー伝送方法が紹介されている。有線でエネルギーを伝送する方法が最も確実に電気エネルギーを伝送する方法ではあるが、感染症や患者の自由度を考慮に入れると、体内と体外が完全に隔離された状態を保つことができる経皮エネルギー伝送システムが優位であることが示されている。さらに、様々なタイプの経皮エネルギー伝送システムが過去の研究で報告されているので、それらの特徴が示されている。

 第三章では、経皮エネルギー伝送システムに必要な体内と体外二次電池について述べられている。一次電池として核エネルギーを用いた研究が過去に行われたが、社会的な評価が厳しく、事故や取り扱い不注意により放射能汚染の危険も伴うので、現状では二次電池を用いることが一般的とされており、その紹介がされている。携帯電話やノートパソコンに用いられているリチウムイオン電池が現状では最もエネルギー密度が高いので、軽量でコンパクトな二次電池を作ることができるのだが、しかし、人工心臓を十分な時間駆動するためには、体の弱った患者にとって、十分に小さく軽いとは言い切れないと説明されている。

 第四章は第三章で述べられた二次電池について、特に体外二次電池は代用が可能であることが提案されている。第四章の前半では送信アンテナと受信アンテナを用いて、電気エネルギーを伝送する方法が紹介されている。種々のアンテナを用いてそのシステムの実現性について検討されており、結果的には空間伝送と経皮伝送部分の周波数を変更することによって、効率を改善すれば、実現の可能性が十分にあると述べられている。また、第四章の後半では別の方法が紹介されている。床面にコイルを敷き詰め、靴底に設置されているコイルとの電磁カップリングによって、電気エネルギーを伝送する方法である。この方法では、コイルの敷き詰められた床ではすべての場所で電力供給が可能であると示されている。

 第五章では、経皮エネルギー伝送システムが持っている問題点の一つである位置ズレについて検討されている。コアがない経皮エネルギー伝送システムでは体内コイルと体外コイルの相対的位置ズレの許容範囲はそれほど広くはなく、その許容範囲を越えてずれてしまうと人工心臓の必要とする電気エネルギーを供給することができなくなり、患者の生命の危険すら与えてしまうこととなる。そこで、体外コイルと体内コイルの相対的位置がずれた場合には、体外回路において、共振点を調節して、位置ズレが起きた場合においても人工心臓が必要とする電気エネルギーを効率よく供給できるシステムが紹介されている。第五章の前半では、体外コイルと直列にコンデンサーを挿入することによって、共振点を調節している。この方法により、ズレの許容範囲が体積で比較して7倍大きくなっていることが実験によって示されている。また、第五章の後半において、体外コイルに印加する周波数を変更することによって、共振点を変化させている。この方法では体外コイルに直列にコンデンサーを挿入する方法と比べて、回路作成時の容易さ、頻繁な共振点の変更が可能であること、共振点の調節が容易であることなどから、有利であることが述べられている。このシステムを応用することにより、体外コイルにフレキシビリティーを持たせることが可能であり、さらには、体外コイルを肌に取り付けるのではなく、衣服に取り付けることにより電気エネルギーを供給するシステムの可能性が述べられている。

 第六章は総括である。本研究を各章ごとに要約するとともに、この研究で提案したシステムが実際臨床に応用された場合の展望が述べられている。

 以上、本論文は、その検討の必要性にも関わらず未踏の領域であったが、この研究で得られた知見は今後の経皮エネルギー伝送システムの改良や改善に必ず必要とされるものであると言えるだろう。また、経皮エネルギー伝送システムの実用上の問題を解決するにあたり、極めて有用な概念の一部になり、今後の発展に寄与する可能性は大いにあると言うことができる。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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