学位論文要旨



No 118086
著者(漢字) 木全,晃
著者(英字)
著者(カナ) キマタ,アキラ
標題(和) テレワークの雇用多様性促進効果に関する研究 : 制度、組織、情報化についての実証的分析を通じて
標題(洋)
報告番号 118086
報告番号 甲18086
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5544号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、日本における急速な少子高齢化の進展に伴い、労働力人口の減少が予想されるなかで、労働力人口を維持するためのアプローチとして雇用多様性の促進に注目する。ここでの雇用多様性とは、多様な立場にある雇用労働者の社会参画を意味し、その促進手段として、テレワーク(telework)という新しい働き方の有効性を検討するものである。

 本研究での「多様な立場にある労働者」が主に意味するのは、60歳以上の定年退職後の高齢者、育児等に従事する必要のある女性、障害をもった人々である。こうした人々にみられる傾向としては、比較的高い失業率や非労働力人口に占める就業希望の割合の高さにあり、環境さえ整えば労働力を充分に提供する可能性を秘めている点である。

 たとえば、60-64歳の男性高齢者の失業率は2000年に10%台となっており、不就業者に占める就業希望者は5割以上に達している。また、育児に従事する女性については、20代後半から30代にかけて極端に労働力人口が減少しており、欧米先進国にはみられない現象となっている。とはいえ、こうした年代の非労働力人口に関する調査によれば、0-3歳児をもつ母親の7割弱、4-6歳児をもつ母親の8割以上が就業希望者である。一方、障害をもった人々(身体障害者、知的障害者)のうち就業を希望する未就業者は90年代に増加しており、99年には11万人を突破している。

 しかしながら本研究の立場としては、こうした潜在的な労働力を経済成長の旗印のもとで是が非でも総動員せよと提言するものではない。あくまで経済成長とは個人の生活を豊かにするうえでの指標であり、これらの人々が社会に労働力を提供するか否かの選択肢は諸個人に存すると考えるからである。定年退職後は趣味に没頭したいと考える定年退職後の高齢者や、オフィスでの仕事よりも子育や地域社会でのボランティア活動に時間を割くことを希望する女性にみられるように、労働市場に参加しない選択肢は残されるべきである。だがその一方で、既に示したように、労働市場への参加を希望する障害を持った人々をはじめ、高齢者、育児や介護に従事者する人々には、雇用の門戸が最大限に開かれるべきであると考える。このうに本研究の立場は、就業における状況や価値観の異なった様々な人々が、その意思に応じて労働力を提供することが可能な多元的社会をめざすものである。

 そこでの一つの手段がテレワークである。

 テレワークとは、1970年代に米国で登場した概念であり、電気通信を利用し、雇用者と雇用労働者が相互にコミュニケーションを図りながら、労働時間のすべてあるいは部分について、当該雇用者や伝統的オフィスから離れて労働に従事するワークスタイルであり、そこでの働く場とは、自宅や移動先、郊外に設置されたサテライトオフィス等をさしている。こうした働き方は雇用労働者を通勤負荷から開放するとともに、職住接近による時間と場所の自由度をもたらす一方で、雇用者となる企業や自治体にとっては、生産性の向上、オフィスコストの削減などのメリットをもたらすものとされる。このようなワークスタイルのもとでは、時間と空間のフレキシビリティが保持されるゆえ、従来、社会参画を断念せざるを得なかった障害をもった人々をはじめとする通勤困難者や、家庭に時間を取られやすい育児・介護従事者が、正規雇用あるいは非正規雇用のもとで労働力を提供することが可能となるとされている。

 本研究は、こうした通説から推察される雇用多様性の促進効果を、テレワークが果たして保持しているか否かについて統計的方法等を用い実証的に分析することを主旨としている。

 次に、本研究の構成と各章の概要について説明する。

 本研究は三部構成である。第一部は、既往研究の検討、仮説の提示、方法論の提示からなり、第二部は、雇用多様性促進効果の実証的分析、および政策評価、第三部は、仮説-検証の総括と政策提言という構成である。さらに各章の主旨を述べる。

 第一章では、テレワークという新しい概念において、これまでどのような定義が成されてきたか、また、いかなる類型や区分がみられるか、そして欧米先進国でのテレワーク人口はどの程度へ及んでいるかについて、国内外の先行研究をもとに考察している。また、国内の130に及ぶ文献を収集し、その内容についての比較、体系化により、本研究の論題が従来の先行研究において不充分な領域であった点を示すとともに、本研究の意義を示している。さらに、連結の経済、およびネットワーク組織といった概念をもとに、テレワークの特異性を時間、空間軸を通じたモデルとして示しながら、本研究の命題、作業仮説を提示している。そこでの命題は、「テレワークを通じた組織における潜在的労働力の活用は、社会全体の雇用多様性を充足している」である。この命題を検証するうえで8項目の作業仮説を示し、本研究全体の枠組を提示している。

 さらに第二章では、本研究の考察方法を述べている。実証的分析の方法として、民間企業に対する定量調査と定性調査を本研究では用いており、前者は第三章で、後者は第四章で、その結果を検討している。定量調査は電子調査法を用い回収サンプル数は529社となっており、定性的なインタビュー調査は20社に行っている。そこでの手法の選択プロセスや調査票等の設計について、本章では説明を加えている。

 第三章は、529社のサンプルデータを統計的手法により比較、分析している。そこでの狙いとしては、テレワーク導入企業と非導入企業との制度、組織構造や機能、情報化の側面における差異を明らかにするとともに、こうした差異は障害者等における潜在的労働力の活用とどのような関係にあるか、また、どのテレワーク形態において雇用多様性の促進効果がみられるかを究明することにある。テレワーク導入グループは総じで1青報化が進展しており、組織構造はフラット化の傾向がみられ、在宅型テレワークにおいて特に雇用の多様性がみられることを明らかにしている。さらには、非導入企業と導入企業のテレワーク阻害要因の比較分析から、「みかけの阻害要因」の所在を示唆している。こうした考察の結果、12の事実発見を導いており、これをもとに第一章で提示したH1-8の作業仮説の検証を行っている。

 第四章は、第三章の定量分析をうけながらも、さらにインタビュー調査によって得た20サンプルのデータに基づき、雇用多様性の促進効果の実像を解明している。ここでは、テレワーク導入目的と企業の経営目的の繋がりを主要な視座に置き、各テレワーク形態の特性をさらに明確化するとともに、各々における潜在的労働力の活用傾向を論じている。本章でも在宅型およびワークセンター型テレワークにおいて雇用多様性が確認され、前章の定量分析を裏付ける結果を得ている。各サンプルはテレワークの実験、施行、導入を実施した企業であることから、導入に至ったサンプルと実験、施行にとどまったサンプルとを、ここでも制度、組織、情報化という切り口から比較しており、情報化は必ずしもテレワーク導入の先行要件ではなく、テレワーク導入を契機として情報化が進展しているケースがみられること、また、目標管理制といった成果主義に関係する諸制度の整備に特徴があるなどの事実発見を導いた。これら13の事実発見から本研究の作業仮説を検証している。

 第五章は、地方自治体におけるテレワークの効果と、そこでの雇用多様化の可能性を検討している。先行調査・研究をもとに、自治体職員を対象としたテレワーク事例を、前章での民間企業の導入ケースと対比しながら検討している。自治体職員に対するテレワークは岐阜県庁での施行が確認されたのみであり、このため、地方自治体における障壁を考察している。さらに、自治体が主体となって整備を進める公設テレワークセンターの目的や動向を検討するとともに、その機能について、雇用の場の創出、賃貸オフィス、教育訓練の場という3つの側面から各センターの効果を比較、検討している。ここでは唯一の仮説の考察として、自治体でのテレワークの雇用多様性促進効果の有無について論じた。

 第六章は、三章から五章で未検討であった社会全体の雇用多様性の充足度について、政府統計データや先行研究をもとに仮説を考察するほか、現行雇用政策の評価を行うことを主旨としている。そこでは、高齢者、育児等従事者、障害者に関する労働力人口や労働力率、失業率、潜在的労働力率、不就業者のうち就業希望者にみられる意向などの諸データをもとに、日本における雇用多様化の可能性を論ずる。さらに、欧米先進国との雇用政策の比較を通じ、たとえば日本の障害者雇用政策における割当雇用制度にみられる諸課題の検討や、ワークシュアリングといった新しい概念に対する日本での捉え方について問題点を示唆している。

 最終章となる第七章では、三章から六章での仮説の検討を踏まえ、前述した本研究の命題の支持、不支持を結論づけており、それを踏まえ、政策提言を行っている。命題は棄却されたが、雇用多様性促進効果は在宅型およびワークセンター型テレワークで支持されたゆえ、提言においては、これらのテレワーク形態を通じた潜在的労働力の活用策を提案している。

審査要旨 要旨を表示する

 2003年2月17日に、木生晃君の博士号請求論文について論文発表会、ならびに本審査会を執り行った。この論文は、雇用労働者が通常勤務する当該オフィスから離れた場所で仕事を遂行するテレワークを論題としたもので、こうしたITを活用した新しいワークスタイルにより、女性や障害者をはじめとする人々の潜在労働力を掘り起こし、進みつつある少子高齢化社会における労働力人口の減少を補完しようという応用的価値の高い研究である。報告では、以下のような論文内容の説明があった。

 まず、昨秋の予備審査での審査委員の指摘を踏まえ、16項目に及ぶ修正内容の列挙があり、主要点について充分な説明があった。また、本編の報告では、障害者や高齢者、育児・介護従事者といった多様な立場に置かれた人々の活用という雇用多様性の促進において、テレワークにその有効性がみられるとの仮説のもと、第1部では、こうした仮説-検証の枠組(命題、2前提、7仮説からなる)と定量調査、定性調査の方法論の提示があった。

 さらに第2部では、民間企業への定量調査(サンプル民間企業529社)、定性調査(サンプル民間企業20社)から、各々、考察枠組に沿った仮説-検証結果が示された。在宅型テレワークでは雇用多様性がみられ、そこに雇用継続効果と雇用創出効果とが認められると報告されており、また、テレワーク実施企業でのIT化が活発であると同時に、対面コミュニケーションの比重が高いなど、情報化とテレワークにおいて新たな分析が統計的方法により示された。また自治体調査(サンプル地方自治体2団体)では、民間企業と同様の傾向に仮説-検証結果があるものの、現行法制度がテレワーク普及における制約要因となっているなど実体を踏まえた考察がみられた。このように第2部では、31にのぼる事実発見が一定の根拠のもとに提示された。さらに、育児に従事する女性や障害者等に関する現行雇用政策を潜在労働力率などの指標をもとに評価しており、非労働力化した就業希望者(潜在労働力)が数百万人規模でみられるとの具体的な指摘がみられた。

 これらの事実発見や政策評価を総括する第3部では、テレワークが社会の雇用多様性を促進するうえで充分な効果を保持する点について、第1部で述べられた考察枠組に従って結論が示された。さらに、これまでの議論を踏まえた現行雇用政策の課題が指摘され、これを元に8つの政策が提言された。Eラーニングを用いた障害者の職業訓練プログラム、通勤困難者へ向けた大都市圏でのテレワークセンターの整備、民間企業等での育児休業制度と在宅勤務制度との併用の促進など実用性のある提案がみられた。このように、論文全体の構成は緻密に組み立てられており、諭理的一貫性が充分に認められた。

 これに対し、審査委員からは、「テレワークの適用対象として障害者を中心に論じているが、障害の種別を検討しているか」との質疑があり、これについて同君は、本編6章にて、身体障害者に肢体不自由者の占める割合が5割程度であることから、肢体不自由者に対するテレワークの活用を示した旨、説明があり、幅広く統計データを拾っている点で評価された。

 また、次のような質疑もみられた。「通常、テレワークの効果は業務の効率化などのメリットを前提として論じられているが、この点についてどのように捉えているか」。これに対し、同君はモバイル型テレワークについて効率化のメリットは一般化されており、政策がなくとも市場経済に任せておけばある程度の普及が見られるのに対し、定量調査からすると、在宅勤務は必ずしも生産性向上が非導入企業の間で認知されているとはいえないゆえ、雇用多様性促進効果を保持する在宅型テレワークについて生産性の向上を確実化させる方策が導入企業に必要であると同時に、政策により誘導すべきとの指摘があった。テレワークに関する一般論に終わらず、一歩踏み込んだ調査・研究であることが認められた。

 総じて、審査委員からは論文テーマの構成、調査および分析、提言を支持し、今後の同君の研究に期待するコメントがみられた。たとえば、「本論文の労働政策という視点からのテレワーク効果、メカニズムの分析に加え、これまで貴君が学会報告で蓄積した企業サイドからのアプローチとを、今後は架橋する研究を進めてほしい」と示唆があった。このような質疑応答のうえで、本審査委員の協議の結果、新規性、諭理性、実用性において価値の高い内容である点で一致した。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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