学位論文要旨



No 118089
著者(漢字) 柴田,博仁
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ヒロヒト
標題(和) 創造的デザインプロセスとしての文章作成を支援する研究
標題(洋)
報告番号 118089
報告番号 甲18089
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5547号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 中小路,久美代
 東京大学 助教授 植田,一博
 東京大学 助教授 杉本,雅則
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、文章作成という問題を取り上げる。特に、論文や報告書、小説、エッセイなどの作成で見られるように、ある問題やテーマに対して関連する情報の収集と独自のアイデアが求められ、最終的には表現や構成を吟味したうえで文章としてまとめる活動を支援することを目的とする。

 このような文章作成においては、書き手は大まかな構想や計画をもって文章を書き始めるであろうが、その構想や計画が最初から明確かつ安定というわけではない。全ての問題を最初から明らかにするのは不可能である。むしろ、実際に書くことにより問題が次々と明らかになり、その都度さまざまな問題解決や意思決定を行い、文章の構想や計画は何度も修正されるのが一般的である。

 このように考えるなら、文章作成は、問題が明確に定まらず、実践の中で問題を発見し、解決していくデザインプロセスの一種として考えることができる。また、文章作成は創造的活動でもある。書かれる内容そのものに独自の視点やアイデアが求められるのはもちろんのこと、デザイン過程で次々と生じる新たな問題を解決するためには、時には意思決定を超えて、これまでの概念空間から別の空間へとジャンプする創造的思考が求められる。

 文章作成のこのような側面を重視し、本論文ではこれを「創造的デザインプロセスとしての文章作成」と呼ぶことにする。そして、これまでの創造性、デザインプロセス、文章作成に関する研究成果をもとに、その支援の方法論を探る。

 従来、文章作成の支援は、ワードプロセッサやアウトラインプロセッサの発展として、計算機に向かって文字や文を入力するという短期的な文章作成プロセスの支援焦点が当てられてきた。さらに、その中で主に行われてきたことは、文章の全体構成を把握しながら文章を作成する環境を提供するということである。

 しかし、文章作成に関わる思考は、文字や文を入力している時にだけ生じるものではない。他人の文章を読んだり、自分の過去の文章を読んだりという活動の多くは、自分が現在書こうとしている文章をいかに書くかということを念頭に行われる。文章作成に関わる思考は、問題やテーマを設定した段階から始まっているといってよい。また、このような長期的な文章作成の活動の中で、書き手は仕事場のみで文章作成のことを考えているのではない。電車やカフェなどで漠然と文章の構成を考えていることもあるだろうし、偶然目にした広告やテレビ、他人との会話の中から文章に関するアイデアを得ることもある。文章作成とは、日常に埋め込まれた活動なのである。

 本研究では、文章作成を通常でいわれるところよりも広くとらえ、最終的成果物である文章の作成に向けた長期的かつ日常的な知的活動の総体として考えている。将来的展望を見据えた大きな意味での本研究の目標は、このような知的活動の総体としての文章作成プロセス全体を一貫して支援することである。本論文は、その最初の試みに位置する。

 知的活動の総体としての文章作成を一貫して支援するにあたり、まずはそのプロセスが2つのプロセスに大別できることに着目する。第一に文章の素材を集め、アイデアを生成するプロセスであり、第二に収集、生成した素材やアイデアを整理し、文章にまとめあげるプロセスである。そして、2つのプロセスを対応する2つのシステムで支援し、これらシステムでシームレスな連携を取り合うことにより一貫した支援を目指す。システムの連携においては、データのスムーズな受け渡しを可能とすることに加え、利用するシステムの切り替えで生じるユーザの文脈切り替えの負荷を低減することを狙いとし、両者のシステムを同じ設計思想に基づいて構築する。

 なお、本研究においては、システムの統合のみが重要であると主張するつもりはない。上記の2つのプロセスの支援において、各々の従来技術の問題点を指摘し、新たな枠組みを提案する。

 前者の「文章の素材を集め、アイデアを生成するプロセス」の支援を目的して、システムiBox+のコンセプトを提案する。このコンセプトは、筆者の先行研究である問題とアイデアを管理するシステムIdeaManagerの経験に基づいて考案されたものである。iBox+は、文章作成に関する長期的、日常的な創造活動の支援を狙いとする。業務から日常生活における雑多な情報を一括して管理することを目的として筆者が開発した情報管理システムiBoxを基盤として、その付加的機能として文章に関する素材やアイデアを育成するためのしかけをほどこす。創造性支援研究の多くが発想という短期的活動の支援に注力しているのに対して、本システムは、情報管理という日常的な活動の中でのアイデア生成を支援することを特徴とする。iBox+の実装は完了していないため、その評価は行えないが、IdeaManagerの実験結果をもとにiBox+の有用性の検討を行う。

 後者の「収集、生成した素材やアイデアを整理し、文章にまとめあげるプロセス」の支援を目的として、試作システムiWeaverを構築した。iWeaverは、iBox+で蓄積した素材やアイデアを組織化するための環境を提供する。「書きながら考え」「考えながら書く」デザインプロセスとしての文章作成を支援することを狙いとする。その支援の枠組みにおいては、組織化を行うための表現・操作系(リストや二次元空間など、情報を表現し、操作する場)を重視し、タスクに応じて適切な表現・操作系を適切な形で利用することの重要性を主張する。従来から頻繁に用いられてきた木構造表現と二次元空間という2つの表現・操作系が互いに異なる利点を持つとうことに着目し、これらを統合することにより両者の利点を引き出す組織化のための新たな枠組みOFMR(Organizing Framework withMultiple Representations)を提案する。これにより、トップダウン、ボトムアップの両方の文章作成をシームレスに支援し、構造が定まらない混沌とした状態から構造が明確に定まるまでのスムーズな移行を可能とする。iWeaverの利用実験から、OFMRが文章作成において素材をまとめあげるプロセスに有効であることを確認した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「創造的デザインプロセスとしての文章作成を支援する研究」と題し、9章からなる。

 現在、人々の知的生産活動において、情報技術はなくてはならない存在になっている。しかし、知的生産活動の代表とも言える文章作成を支える情報技術は、これまで、ごく限られたものしかなかった。ワードプロセッサは、文章を編集し校正するための道具として一定の成功をおさめてきたが、これは、文章作成の最終段階のごくわずかな部分を支援する道具にすぎない。本論文は、文章作成という知的活動を、最初から最後まで一貫して支援するような情報システムを提案するものである。

 本論文では、文章作成を創造的デザインプロセスとしてとらえ、そのプロセスを支えるための情報技術を提案し、実際に試作システムを構築し、実験によりその効果を実証している。創造的デザインプロセスとしての文章作成の特徴は、考えながら書き、書いたものを見ることにより、また考える、というサイクルにある。このサイクルを効果的にまわすためには、書きたいことと、書いたものを、どのように見せ、操作するか、が重要となる。本論文では、書きたいことの断片の集まりと、書いた文章を、統一的に表現し、操作するための、新しい体系を提案し、システムとして実現している。

 第1章は序論であり、本研究の背景、位置付け、および目的を述べている。

 第2章では、関連研究を紹介し、本研究の位置付けを明らかにしている。関連する研究領域として、創造性に関する研究、デザインプロセスに関する研究、文章作成に関する研究の、三つの研究領域を取り上げて説明し、従来は存在しなかったそれら三つの領域にまたがる新しい研究領域を本論文が開拓しようとしていることを主張している。

 第3章では、創造的デザインプロセスとしての文章作成とは何かを明らかにし、本研究における理論的枠組みを示している。また、文章作成の支援における一般的指針を与えている。

 第4章では、創造的デザインプロセスとしての文章作成を支援するための新しい枠組みを提案している。それに基づき、iWareと称するシステムの構成を提案している。

 第5章では、iWareの部分システムとして、iBox+と称するシステムを提案し、その構造と機能を説明している。iBox+は、文章の素材やアイディアを日常的に管理、育成するためのシステムである。

 第6章では、iWareのもうひとつの部分システムとして、iWeaverと称するシステムを提案し、その構造と機能を説明している。iWeaverは、iBox+で収集、生成した文章素材を組織化し、文章としてまとめあげるためのシステムである。木構造表現と二次元空間の表現を有機的に組み合わせることにより、創造的デザインプロセス特有の思考プロセスに合致した道具を、実現している。被験者を用いた詳細な実験により、iWeaver利用の効果を実証している。

 第7章では、前章までに述べたiBox+とiWeaverを統合したiWareの統合環境としての効果を、長期的利用の分析を踏まえて、検討している。

 第8章では、7章までの議論を総括し、今後の同種の研究に対する示唆と提言を目的とした考察を行っている。

 第9章は、結論であり、本研究の成果をまとめ今後の課題を示している。

 以上を要するに、本論文は、文章作成を創造的デザインプロセスとしてとらえ、そのプロセスを統一的に支援するための環境を構築し、実験によりその有効性を確認したものであり、工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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