学位論文要旨



No 118092
著者(漢字) 藤岡,裕士
著者(英字)
著者(カナ) フジオカ,ヒロシ
標題(和) 超急性期における大脳皮質梗塞部位周辺の電気生理学的変化について : adaptive plasticityの観点から
標題(洋) Hyperacute Electrophysiological Changes Surrounding an Infarcted Cortex : An In Vivo Investigation from Adaptive Plasticity
報告番号 118092
報告番号 甲18092
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5550号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 舘,�ワ
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 助教授 鎮西,恒雄
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は脳卒中の基礎研究であり,大脳皮質梗塞部位周辺に生じるhyperexcitabilty現象がadaptive plasticityであることを明らかにすることを目的とする.本論文は全6章で,第1部および第2部から構成される.

 脳梗塞部位周辺においてニューロンの興奮性の増加(hyperexcitability現象)が観察される.現在この現象のメカニズムとして示唆されているのが,deafferentation(求心性神経ネットワークの切断)である.この枠組みが支持されれば,hyperexcitability現象が脳梗塞後に生じるadaptive plasticityに寄与していることを意味するため,臨床状極めて重要な課題であるが,今のところ明確な結論は出ていない.この枠組みを肯定する上で決定的に重要なのが,l.抑制性解除に伴うhyperexcitability現象が梗塞後すぐに生じるのかどうか,2.hyperexcitability現象に伴い受容野の拡大がすぐに生じるのかどうか,そして,3.受容野の拡大が急速に生じるとすれば,それが浅い層で生じているかどうか,の3つの点である.本研究はこの3点を明らかにすることで,hyperexcitability現象がadaptive plasticityかどうかを明らかにすることを目的とした.

 第1章は緒論であり,本研究の行われた背景と目的を述べた.

 第2章では,当実験系で対象とするラット第1次体性感覚野(SI)のFBS領域のユニットと受容野の特性を調べた.Carbon fiber電極を用いたsingle unit計測により,FBS領域内における各表現におけるユニットと受容野の対応を始めて示すことができた.具体的には,FBS領域の各部位においてFAI,FAII,proprioception,motorのユニットが観察されること,またそれらの各ユニットにおける受容野の特性がそれぞれ異なっていることが示された.FAI unitは受容野が比較的小さく,受容野の中心が明確であった.機械刺激に対して数発のスパイク反応を生じた.FAII unitは受容野が大きく,受容野の中心は存在するものの,境界部との違いは明確ではなかった.機械刺激に対し1発のスパイクを生じた.Proprioceptionは関節部位に存在し,受容野は小さく,また受容野の中心は明確であった.機械刺激に対し数発のスパイク反応を生じた.また他の体性感覚野との最も大きな違いとして,SA unitが存在しないことが明らかになった.

 第3章では,ラット前肢を走行する尺骨神経を直接電気刺激することによるFBS領域での反応特性を調べた.まずsingle-pulseによる電気刺激では,これまで明らかでなかった尺骨神経の中枢側での対応を電気生理学的に明らかにすることができた.具体的には,第4,5指および小指球との対応が電気生理学的に示された.これは切片のC0染色でも確認された.また,反応潜時,amplitude,受容野とも安定した記録がとれることが確認された、

 次にpaired-pulseによる電気刺激に対する応答を,皮質表面および皮質内で調べた.またvolume conductionの影響を排除し,正確な電流源を追跡するためlaminar recordingの結果をもとにCSD解析を行った.

 この結果,surface recordingでは,刺激間間隔が150msと200msでpaired-pulse facilitation(PPF)が統計的に有意に生じ(それぞれP<0.05,P<0.01),かつISIが200msでPPFが最大になることが示された.また,CSD解析のコントロールの反応において,最も潜時の短いcurrent sinkは600μm(第iv層)に観察され,その後300μmと900μmに伝わることが示された.第iv層でのsink currentは視床からの投射による活動を反映していると考えられた.また600μm,900μmおよび1800μmの深さにおいて現われた潜時の早い小さなsinkは,thalamic spike volleyによる入力を反映していると考えられた.1800μmにも観察された潜時の短いsinkは,視床から投射を受ける第vb層の活動を反映していると考えられた.またCSD解析の結果は,PPFが浅い層で生じていることを示した.特に600μmの深さで著しいPPFが生じ,これが300μmと900μmに伝わることが示された.これはlaminar recordingにおいて最もPPFが顕著であった900〜1500μmの深さとは明らかに異なっていた.

 第4章は本論文の中核をなすもので,hyperexcitability現象がdeafferentationのメカニズムに由来するかどうかについて,上述した3つの観点から実験を行った.

 Rose Bengal法により局所的に梗塞部位を作成(SI領域のtail部分)し,梗塞部位から4mmほどanteriorにあるFBS領域での刺激反応特性の変化を経時的に調べた.評価はpaired-pulse法を用いて尺骨神経刺激による反応を皮質表面および皮質内で計測した.計測は超急性期である,1〜6時間後まで行い,一部の個体(n=2)では12時間後まで計測を行った.

 まず,Rose Bengal法により,限定された領域に,ほぼ皮質に限定した深さで梗塞部位を作成することができた.これはNissl染色およびLuxol Fast Blue染色により確認した.

 脳梗塞後における梗塞部位周辺の計測を行った結果,これまで1日がかるとされていたhyperexcitabity現象の出現が,超急性期において顕著に観察されることを始めて示すことができた.Hyperexcitability現象は,誘発電位のamplitudeの増大,てんかん様波形の出現,皮質内での自発活動の増加という形で観察された.これらの超急性期におけるhyperexcitability現象は,paired-pulse法においても観察されることが示された.最大のPPFを生じる刺激間間隔はコントロールでは200msであったが,脳梗塞後では150msに変化していた.この変化は梗塞後1時間で現われ,2時間後から統計的な有意さが認められた(one-way ANOVA and Student-Neumann-Keuls post hoc test;P<0.05).この結果は,上述した1.の点を支持するものとなった.

 次に,超急性期に生じたhyperexcitability現象が受容野の拡大を伴うのかどうかを調べた結果,脳梗塞後超急性期において受容野の拡大が生じることが明らかになった.この結果は,2.を支持するものとなった.

 さらに,受容野の拡大が浅い層で現われているのかどうかを調べるため,皮質内記録によるデータをもとに,CSD解析を行った.Paired-pulse法のコントロ』ル刺激に対し,コントロ」ル群では,600μmと1800μmで早いsinkが観察されたが,脳梗塞群はこれに加えて300μmにおけるsinkが観察された.また,2発目の刺激に対する反応は,コントロール群が600μmで顕著なPPFを示したのに対し,脳梗塞群では300μmおよび900μmで顕著な反応をみせた.このことは,受容野の拡大が浅い層で生じていることを意味し,3.を支持するものとなった.

 以上の結果は,hyperexcitability現象がdeafferentationであることを支持するための重要な3つの要件を全て満たすことを示した.

 第5章ではhyperexcitability現象が,一般的に考えられている可塑性の主要なメカニズムであるGABAA受容体のdownregulationに帰せられるかどうかを調べるため,GABAAのantagonistであるbicuculline methiodide(BMI)溶液(100μM)のbath applicationによる確認を行った.その結果,脳梗塞後のhyperexcitability現象に類似した反応(amplitudeの増大,てんかん様波形,自発活動の増加)が観察された.しかしながら,paired-pulse法による評価では,最大のPPFを生じる刺激間間隔はコントロールと同様で200msであり,脳梗塞後に観察された150msへの移動は観察されなかった.また,脳梗塞群およびBMI群においてCSD解析による比較を行ったところ,コントロール刺激に対する反応は,BMI投与群では600μmおよび1800μmで早いsink currentが観察されたが,脳梗塞群はこれに加えて300μmにおけるsink currentが観察された.2発目の刺激に対する反応は,BMI群においては,900μmのみの深さで顕著な反応をみせたのに対し,脳梗塞群では300μmと900μmで顕著な反応をみせた.以上から,BMIを用いた脳梗塞群との比較は,脳梗塞後のGABAA受容体のdownregulationが全ての層に渡って単純に生じているのではなく,神経回路網レベルにおける!カニズムが存在することが示唆された.

 第6章は総括であり,本研究において得られた結果をまとめた.

 本論文をまとめると,deafferentationの観点から,大脳皮質梗塞部位周辺に生じるhyperexcitability現象がadaptive plasticityであることを支持する結果を導くことができた.本研究における成果は,先端的な研究分野としての発展を示唆し,医学的,学術的にも非常に興味の持たれる意義深いものである.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「超急性期における大脳皮質梗塞部位周辺の電気生理学的変化について:Adaptive plasticityの観点から」と題し、6章からなる。

 脳の神経回路網は固定されたものではなく、学習などによって変化するほか、損傷後の回復に伴っても変化する。このような性質は脳の可塑性(Plasticity)と呼ばれ、この脳の可塑性のうち、損傷後の機能回復につながるものはadaptive plasticityと呼ばれている。一方、脳梗塞部位周辺において、ニューロンの興奮性の増加(hyperexcitability現象)が認められ、この現象が虚血による求心性神経線維の切断(ischemic deafferentation)による事が近年示唆されているが、aeafferentatiオnは一般的に可塑性を誘発するので、このhyperexcitability現象が脳梗塞後に生じるadaptive plasticityに寄与している事が疑われるが、この点に関しては、まだ、明確な結論は出ていない。

 本研究はこの問題に関して、1)抑制性解除に伴うhyperexcitability現象が梗塞後の超急性期に現れるのかどうか、2)hyperexcitability現象に伴い受容野の拡大が超急性期に.現れるのかどうか、3)受容野の拡大が急速に生じるとすれば、それが皮質の浅い層で生じているのかどうか、という3点について、ラットを用いて人工的に作成した脳梗塞部位において電気生理学的検討等を加え、hyperexcitability現象とdeafferentationの関連について検討を加え、かつそのモデルを作成したものであり、大脳皮質梗塞部位周辺に生じるbyperexcitability現象がadaptive plasticityであるという、臨床上、また、学術的にも重要かつ非常に意義深い結論を示したものである。

 第1章「緒論」は序言であり、性質は脳の可塑性(Plasticity)、adaptive plasticity、脳梗塞におけるhyperexcitability現象、および、deafferentationなど、また、実験系として用いたラットの1次体性感覚野における前足を表現している部位(FBS)について解説を加え、その臨床的・学術的意義と先行研究について述べたものである。

 第2章「FBS領域の受容野とユニット特性」では、カーボンファイバー電極を用いたsingle unit計測により、ラット第1次感覚野(SI)のFBS領域内におけるユニット(FAI,FAII,proprioception,motor)と受容野の対応とその特性を初めて明らかにし、また、SAユニットが存在しないことを示した。

 第3章「FBSの刺激反応特性-Paired-Pulse法および電流密度解析」では、尺骨神経を直接電気刺激した際のFBS領域での反応特性を調べ、この後の第4章でのコントロールとしている。方法としては、最初に尺骨神経においてsingle pulseによる電気刺激を行なって、中枢側での誘発電位の波形を電気生理学的に明らかにし、次いでpaired-Pulseによる電気刺激に対する応答を皮質表面および皮質内の各層において調べている。その結果として、皮質表面における記録では、150msecと200msecの刺激間隔で統計的に有意にpaired-pulse facilitation (後の電気刺激による誘発電位の方が最初のものよりも増強される現象)が生じる事を示した。 また、皮質内で記録された誘発電位を元に電流源密度解析を行い、深い層と浅い層とで大きく分かれるsink currentを観察し、2発目の刺激に対する反応としては、潜時が短く、顕著なpaired-pulse facilitationを示す1500mmでの深さでのSink currentを対応づけている。

 第4章「超急性期における皮質梗塞部位周辺の電気生理学的変化」は本論文の中核をなすものであり、hyperexcitability現象がdeafferentationのメカニズムによるか否かの検討を行なっている。方法としては、Rose Bengal法により、局所的に梗塞部位を作成し、梗塞部周辺のFBS領域における反応特性の変化を、前章と同じく、Paired-pulse法を用いて尺骨神経刺激による反応を大脳皮質表面および皮質内の各層において計測するという方法で、経時的に1時間後から12時間後まで調べている。その結果として、hyperexcitability現象は1時間後の超急性期からすでにpaired-pulse法においても顕著に観察されること、脳梗塞の超急性期に生じたhyperexcitabiity現象に伴って、受容野の拡大が同じく1時間後においても認められる事、電流源解析で浅い層での活動の増加が認められる事から可塑性が浅い層で短期的に生じている事が示唆され、これらから、hyperexcitability現象がadaptive plasticityであるという仮説を強く示唆する結果を得ている。

 第5章「GABAA antagonistの投与に伴う電気生理学的変化」では、前章で強く示唆されたhyperexcitability現象がdeafferentationによって引き起こされるGABAA受容体のdownregulation および、グルタミン酸の放出によって生じている可能性に関して、GABAA受容体の作用を抑える薬物であるbicuculline methiodide(BMI)を投与した際に、実験的に梗塞を作成したラット群と対象群では電気生理学的にどのような変化が生じているか、また、それは前章で構築したモデルから考えて妥当か否かの検討を行なったものである。結果としては、GABAA受容体のdownregulationが全ての層にわたって単純に生じているのではなく、神経回路網レベルにおけるメカニズムの存在が示唆され、また、前章で構築したモデルの妥当性が支持された。

 第6章「総括」では、上記の2章から5章までの実験の意義と方法、および、その結果について簡約にまとめている。

 以上、要約すると、本論文は、脳梗塞後の回復のメカニズムを明らかにする事を目的とし、脳梗塞において、大脳皮質梗塞部位周辺に生じるhyperexcitabiIity現象がadaptive plasticityであるか否かという臨床上非常に重要な課題に対し、deafferentationの観点からその課題を支持する結果をin vivo実験とモデル構築によって得たものであり、医学的も学術的にも貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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