学位論文要旨



No 118093
著者(漢字) 町田,尚子
著者(英字)
著者(カナ) マチダ,ナオコ
標題(和) 胃癌腹膜播種関連遺伝子galectin-4に関する機能解析
標題(洋)
報告番号 118093
報告番号 甲18093
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5551号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 柴崎,芳一
 東京大学 教授 鎮西,恒雄
内容要旨 要旨を表示する

(背景)

 近年の分子生物学的研究の結果、癌の発生・進展におけるさまざまな遺伝子異常が解明され染色体異常と腫瘍の発生や悪性化との間の対応が明らかになってきた。しかし、癌の悪性化の最終段階ともいうべき転移能の獲得には様々な遺伝子変化をはじめ多数の要因が複雑に絡み合うため、その作用機序には未だ不明な点が多い。癌転移の形式を大別すると症例数の多い順に(1)血行性転移(2)リンパ行性転移(3)播種性転移の3つに分類できる。転移に関する研究は広く行われているが、その多くが血行性転移に関するものである。しかしながら、全世界ならびに日本における癌死亡の第二位を占める胃癌では、その半分が腹膜播種すなわち播種性転移で死亡する。腹膜播種はスキルス胃癌などの悪性度の高い胃癌で特に多く、詳細な分子メカニズムが不明であるため確立した治療法がないのが現状である。

(目的)

 本研究室ではこれまでに、腹膜播種に関係する新規遺伝子を探索する目的で腹膜播種モデル培養細胞株(0CUM-2Mおよび0CUM-2MD3)に対するDNAチップを使用した網羅的遺伝子発現解析を報告している。0CUM-2Mはスキルス胃癌原発巣由来細胞株、OCUM-2MD3はヌードマウスヘの腹腔内で接種腹膜播種能を獲得した0CUM-2Mの亜株であり、この両者に対する遺伝子発現レベルの比較解析により選出した腹膜播種関係候補遺伝子に対して各種胃癌細胞株の定量的PCRを行った結果、galectin-4遺伝子が腹膜播種と相関性があるという仮説が立てられた。そこで今回、この遺伝子と腹膜播種との関係について調べる目的でgalectin-4遺伝子の機能解析を行ったので報告する。

(方法・結果・考察 1)

 正常組織および胃癌組織におけるgalectin-4遺伝子発現の有無を調べる目的で免疫染色を行った。その結果、正常組織では胃、大腸、食道の消化管上皮に発現が認められた。また、胃癌組織においては、播種していない胃癌5例ではgalectin-4の発現が陰性1例、陽性1例、陽性・陰性混在型3例と様々であった(図1)。播種した組織では、同一患者の胃原発巣および播種巣について4組調べたところ、4組すべて両方で陽性であった(図2)。従って、播種巣の形成にはgalectin-4の発現が必要なのではないかと考えられたので、この遺伝子が腹膜播種に果たす役割を解析するため、以下のような培養細胞株を使用した研究を行った。

(方法・結果・考察 2)

 まず、0CUM-2Mに対するgalectin-4の安定発現株5クローンを樹立し、この細胞株に対して増殖能・接着能・運動能および浸潤能を調べた。その結果、増殖能・接着能には変化が認められなかったが、運動能および浸潤能が亢進しており(図3)、この遺伝子が癌細胞の腹膜基底膜への浸潤と細胞運動に関わっている可能性が示唆された。そこで、これらの現象がスキルス胃癌由来の0CUM-2Mに特異的であるかあるいは胃癌全般について生じ得るのかを検証するべく、胃癌腺癌由来細胞株であるMKN74についても同様の実験を行った。但し、galectin-4の発現による直接的効果を調べる目的で遺伝子発現制御型細胞株MKN74TetOffを構築し、これを使用したgalectin-4発現系を使用した。その結果、MKN74TetOffの場合も同様に浸潤能・運動能が亢進することが確認できた(図4)。さらに、生体内における播種巣形成能を調べるため、ヌードマウス腹腔内に0CUM-2Mのgalectin-4安定発現株3クローンを投与したところ、播種巣は認められなかった。

(方法・結果・考察 3)

 さらに、galectin-4の胃癌細胞内における機能に対する知見を得る目的で、抗galectin-4モノクローナル抗体を作製して細胞内局在を調べた。局在を調べる細胞にはMKN74TetOff-g4を使用し、galectin-4の発現を誘導後の細胞に対して免疫蛍光染色を行った。その結果、galectin-4は細胞質に局在が認められ特にERに強く発現が認められた。

(結論)

 0CUM-2Mに対するgalectin-4安定発現株に対する増殖能・接着能・運動能・浸潤能を調べた結果、運動能および浸潤能の亢進が認められた。MKN74TetOffに対するgalectin-4を発現誘導した場合も運動能・浸潤能が先進しており、さらにgalectin-4は細胞質に発現が認められ特にERに強く局在していることが判った。ヌードマウスに対する0CUM-2Mのgalectin-4安定発現株の腹膜播種巣形成能を調べたところ、播種巣が認められず、これは腹腔内に投与された細胞が腹膜に接着できなかったため播種巣の形成には至らなかったのであろうと考えられた。また、胃癌組織に対する免疫染色を行った結果、播種していない胃癌ではgalectin-4の発現が陰性、陽性、陰性・陽性混在型と様々であったのに対し、播種した組織では胃原発巣および播種巣の両方で陽性であった。以上のことから、galectin-4の発現は播種巣形成に関係していると考えられたが、この遺伝子単独では十分でないことが示唆された。

(今後の展望)

 本研究により、胃癌腹膜播種に関係する新規遺伝子であるgalectin-4が同定され、この遺伝子が腹膜基底膜への浸潤および細胞運動の亢進に寄与していることが明らかになった。これは腹膜播種の分子メカニズムを紐解く新たな発見であり、今後この遺伝子がどのようなパスウェイで機能発現しているのかを他の遺伝子の発現レベルあるいはタンパクレベルでの相互作用を調べることで新たな知見が得られることと考えられた。

図1 播種していない胃癌組織におけるgalectin-4の発現(免疫組織染色)

(A)陰性部

(B)陽性部

図2 胃癌組織およびその播種組織におけるgalectin-4の発現(免疫組織染色)

(A)胃癌原発巣

(B)播種巣

(A)、(B)は同一患者の組織

図3 0CUM-2Mに対するgalectin-4安定発現株の運動能および浸潤能

(A)運動能

(B)浸潤能

mock;コントロールクローン g4-1,3,4,5,7;galectin-4安定発現株

**P<0.01 vs mock(one-way ANOVA)

図4 MKN74TetOffに対するgalectin-4発現誘導前後の運動能および浸潤能

(A)運動能

(B)浸潤能

Dox+;発現誘導前 Dox-;発現誘導後

** P<0.01 (student's t-test)

図5 MKN74TetOff-g4におけるgalectin-4発現誘導96時間後のタンパク局在(コンフォーカル顕微鏡)

(A)は1次抗体anti-galectin-4(FITC)

(B)は1次抗体anti-carleticulin(TRITC)

(C)merge

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、胃癌腹膜播種モデル培養細胞株に対する多数遺伝子発現解析の結果、腹膜播種関係遺伝子と考えられたgalectin-4遺伝子について、播種巣形成に果たす役割に関する知見を得るため、正常組織と胃癌組織の免疫組織染色により発現分布を調べ、また、培養細胞における表現型および細胞内局在を検討したもので、下記の結果を得ている。

1.正常組織および癌組織・腹膜播種組織におけるgalectin-4の発現

 正常組織7臓器について免疫染色を行った結果、正常組織では胃、大腸、食道の消化管上皮に発現が認められ、過去のRNAレベルでの発現パターンの報告と矛盾しない結果であった。また、胃癌組織においては、播種していない胃癌5例ではgalectin-4の発現が陰性1例、陽性1例、陽性・陰性混在型3例であった。播種した組織では、同一患者の胃原発巣および播種巣4組について、すべて両方で陽性であった。従って、播種巣の形成にはgalectin-4の発現が関係していると考えられた。

2. 癌培養細胞 OCUM-2Mに対するgalectin-4安定発現株を用いた機能解析

 OCUM-2Mに対するgalectin-4の安定発現株7クローンを樹立し、この細胞株に対して増殖能・接着能・運動能および浸潤能を調べた。その結果、増殖能・接着能には変化が認められなかったが、運動能および浸潤能が亢進していた。さらに、生体内における播種巣形成能を調べるため、ヌードマウス腹腔内に0CUM-2Mのgalectin-4安定発現株3クローンを投与したところ、播種巣は認められなかった。

3.胃癌培養細胞株MKN74TetOffの樹立およびMKN74TetOff-g4を用いた機能解析

 galectin-4遺伝子の発現によって浸潤能・運動能が亢進するという表現型の変化がスキルス胃癌由来の0CUM-2Mに特異的であるか、あるいは胃癌細胞全般について生じ得るのかを検証する目的で、中分化型腺癌由来細胞株であるMKN74についても浸潤能および運動能のアッセイを行った。但し、galectin-4の発現による直接的効果を調べる目的で遺伝子発現制御型細胞株MKN74TetOffを構築し、これを使用したgalectin-4発現系を使用した。その結果、MKN74TetOffの場合も同様に浸潤能・運動能が亢進することが確認できた。従って、この遺伝子が癌細胞の腹膜基底膜への浸潤と細胞運動に関わっている可能性が示唆された。

4.胃癌培養細胞株MKN74TetOff-g4における細胞内タンパク局在

 galectin-4タンパクの胃癌細胞内における機能に対する知見を得る目的で、抗galectin-4モノクローナル抗体を作製して細胞内局在を調べた。局在を調べる細胞にはMKN74TetOff-g4を使用し、galectin-4の発現を誘導後の細胞に対して免疫蛍光染色を行った。その結果、galectin-4タンパクは細胞質に局在が認められ特にERに強く発現が認められた。

 以上、本研究は胃癌腹膜播種巣形成に関係が深いと考えられる遺伝子galectin-4に対して、胃癌と腹膜播種に対する免疫組織染色から、胃癌腹膜播種巣に確かにgalectin-4遺伝子の発現が見られることが初めて明らかになった。また、癌の悪性化や転移能獲得に必要な表現型である増殖能・接着能・浸潤能・運動能の解析を行い、その結果、この遺伝子発現により浸潤能および運動能が亢進することが明らかになった。さらに、このタンパクはMKN74TetOff細胞において細胞質の特に小胞体に局在することが示された。

 本論文は、これまで培養細胞のRNAの発現パターンから胃癌腹膜播種と関係があると考えられていたのみであったgalectin-4遺伝子に対し、a.浸潤能・運動能の亢進 b.MKN74における細胞内局在 c.胃癌と腹膜播種巣におけるタンパク発現 の3点から機能解析を行ったものであり、胃癌におけるgalectin-4機能解析としては初めての研究である。従って、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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