学位論文要旨



No 118094
著者(漢字) 渡辺,亮
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,アキラ
標題(和) 候補癌抑制遺伝子WWOXの発現解析
標題(洋)
報告番号 118094
報告番号 甲18094
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5552号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 助教授 南,敬
内容要旨 要旨を表示する

<背景及び目的> 癌は日本における第一位である。癌の発症・進展のメカニズムには遺伝子レベルの変化を伴い、特に癌を抑制する遺伝子の探索や発現・機能解析を行うことは重要である。本研究の目的は、WWOXについてタンパク質レベルでの発現解析を行うことであった。WWOXは、乳癌、卵巣癌、食道癌および肺癌において、癌の進展に伴い、欠失の見られる遺伝子である。WWOXの欠失した細胞株にWWOXを導入することで細胞死を誘導することや、癌のモデルマウスにWWOXを導入することで癌部が縮小することなどからWWOXは癌を抑制する機能をもった遺伝子、すなわち癌抑制遺伝子の候補とされている。WWOXに見られる欠失はタンパク質をコードしないイントロン領域で起こることで、転写産物のスプライシングの異常がひきおこされる。しかしながら、癌抑制遺伝子に特有な欠失と一塩基変異が極めて稀であることや、欠失が見られる症例でも異常な転写産物と同時に野生型の転写産物が存在することから、WWOXが癌の進展に関与するメカニズムの解明が進められている。

 本研究では、WWOXの癌抑制遺伝子の機能を理解する上で、WWOXが翻訳された産物であるタンパク質の発現をみることが重要である、と考え、WWOXを特異的に認識するモノクローナル抗体を樹立した上で、癌におけるWWOXのタンパク質の発現解析を行った。

<結果と考察> 本研究に用いた49種類の細胞株について逆転写PCRおよび塩基配列の決定を行った結果、7種類の細胞株でスプライシングの異常な転写産物を検出した。胃癌由来細胞株0CUM-2MD3および肝癌由来細胞株HLEにおいてこれまでに報告されていないエキソン7-8が欠失するスプライシングの異常を見いだした。

 これらの細胞株に対し、樹立した抗WWOXモノクローナル抗体を用いてウェスタン・ブロッティングを行った。90クローンのモノクローナル抗体を樹立し、エピトープ・マッピングを行った。そして、WWOXの正常型及び異常型の両方を認識する抗体を研究に用いた。その結果、野生型のタンパク質のみが検出され、異常な転写産物を発現する細胞株においても異常な転写産物に由来するタンパク質は検出されなかった。また、定量的PCRの結果は、WWOXの転写産物の発現量はタンパク質の発現量と相関することを示すものであった(R=0.675)。この結果は、WWOXの異常が癌の進展をひきおこすメカニズムは、これまで「異常なWWOXのタンパク質が正常なタンパク質の機能を阻害する」、すなわち異常なWWOXがドミナント・ネガティブに作用すると考えられてきたが、異常な転写産物に由来するタンパク質の有無とは別のメカニズムで癌の進展に関与することを示唆するものであった。

 また、WWOXの細胞内局在解析を行った結果、ヒト繊維芽細胞では通常の培養条件下でWWoXがミトコンドリアに局在すること、細胞の集密時には局在が核へ移行することが明らかとなった。また、乳癌由来細胞株MCF-7ではWWOXの局在は主に核にあり、ミトコンドリアにも一部局在している結果が得られた。このように、WWOXの局在は、核とミトコンドリアの一方または両方で機能を発揮している可能性が示唆され、WWOXの局在が重要であることを明らかにした。これまでに、2つのグループが細胞内局在解析を試みている。一つのグループぱ、抗WWOXポリクローナル抗体での解析によってミトコンドリアに局在することを示し、もう一つのグループはタグのついた強制発現部の解析でゴルジ体に局在することを示すなど議論が続いている。局在解析の結果で統一した見解が得られていない原因として、特異性の低いポリクローナル抗体の使用や内在性ではなく強制発現物の測定によることが考えられ、本研究で行ったモノクローナル抗体による解析はこれらの問題を解決しており、信頼性が高い。

 さらに、臨床検体における免疫組織化学を行った結果、胃癌では10例中16)例、乳癌では5例中5例、卵巣癌では6例中4例においてWWOXの発現が認められた。正常組織では、精巣のライディッヒ細胞、乳腺導管、腎臓尿細管でのWWOXの発現が認められた。乳腺導管を除く検体では、WWOXが細胞質にあることが明らかになったが、乳腺導管では一部核に局在しているものも見いだした。この結果は、本研究での培養細胞における細胞内局在解析と同様に、in vivoにおいてもWWOXは局在の変化を伴いながら機能していることを示したものである。

<結論> このように、本研究では、癌において遺伝子レベルで解析されてきた候補癌抑制遺伝子WWOXについて、タンパク質レベルでの解析をはじめて行った。その結果、(1)WWOXにおける新規の異常なスプライシングを見いだした、(2)異常な転写産物にを発現する細胞株においても異常型のタンパク質は検出されなかった、(3)培養細胞における細胞内局在解析の結果、WWOXはミトコンドリアと核に局在をしている、(4)免疫組織化学の結果、in vivoでもWWOXが核に局在している症例を見いだした、など遺伝子レベルでは解明できなかった結果を得ることができ、WWOXの機能を明らかにする上で、重要な知見であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、候補癌抑制遺伝子であるWWOXのタンパク質レベルでの解析を行ったものである。

 癌は、日本における死亡原因の第一位で、高齢化の進む現在、社会的にも医学的にも重要な疾患である。癌の原因の一つとして、癌抑制遺伝子の異常があげられ、癌抑制遺伝子の探索は、癌の発症・進展のメカニズムを明らかにするとともに予防や治療への応用が考えられ、癌研究において重要な意味を持っている。

 本研究の題材として取り上げたWWOXは乳癌、食道癌、肺癌などに関与する癌抑制遺伝子としてクローニングされた。現在までに、他のグループによって遺伝子レベルでの解析が進められている。しかしながら、癌抑制遺伝子に特有な変異が見られないなど、癌抑制遺伝子としての機能は不明であり、タンパク質レベルでの解析が必要とされている。

 本研究では、WWOXを特異的に認識する抗体を作製し、その抗体を用いた癌におけるWWOXのタンパク質レベルでの解析を行った。エピトープ・マッピングを行い、WWOXの正常型及び異常型の両方を認識する抗体を研究に用いた。その結果、遺伝子レベルの解析では得られない知見を得ている。例えば、癌によってWWOXの異常な転写産物が出現することは既に複数のグループによって報告されており、現在では、この異常な転写産物に由来するタンパク質が癌の発症・進展に関与すると考えられてきたが、本研究によって異常な転写産物がタンパク質に翻訳されない、または分解されるなどして存在しないことを明らかにした。これまで、異常なWWOXのタンパク質が、正常なタンパク質の機能を阻害する(ドミナント・ネガティブ作用)と考えられてきたが、本研究での結果は、異常なWWOXの癌の進展へ関与するメカニズムとして、異常なタンパク質がドミナント・ネガティブに働くものではないことを示唆する結果を得た。このことは、今後、WWOXの異常と癌の関係を考える上で、正常なWWOXの機能解析が重要であることを示している。

 抗体を用いた細胞内局在解析結果、WWOXの局在がミトコンドリアと核にいることを示した。また、免疫組織化学を行った結果、臨床検体からもWWOXが核に局在することが示唆された。そして、胃癌、乳癌、食道癌においてWWOXが陽性になることを示した。これらの癌いずれでもWWOXの異常が報告されているものであり、WWOXの異常とWWOXのタンパク質の発現が亢進するメカニズムが興味深い。これらの結果より、WWOXが癌に関与するメカニズムについて、異常な転写産物が重要なのではなく、WWOXの局在の変化が癌に深く関与していることを示唆した。

 本研究によって明らかにしたこれらの知見は、候補癌抑制遺伝子WWOXの機能を推測する上で非常に重要であるとともに、遺伝子レベルで解明できない現象について、タンパク質の発現を追うことで明らかにすることの重要性を示すものである。今後、wwoxの機能をさらに解析する必要がある。特に、本研究で明らかにしたように、WWOXの局在の変化は非常に興味深く、局在の違いによってWWOXの結合相手がどのように変化するか、そして、WWOXの相互作用相手の一つと考えられているp53との関連を免疫組織化学で明らかにすることは興味深い。

 申請者は、学部、大学院修士課程において化学を専攻していたが、博士課程で生命現象に興味を持ち、癌を研究のテーマにした。このように博士課程から新しい分野に足を踏み入れ、短い期間であったにもかかわらず基礎的な知識から新しい実験系の構築に至るまで知識や経験を積んだ。特に、モノクローナル抗体の樹立に必要な抗原の作製、抗体の評価については相当数の経験を通じて、樹立した抗体に対し、エピトープ・マッピングを行い、目的によって抗体を使い分けることなど高い技術を持っている。そして、他分野の研究者と積極的に交流し知識を深め、また、後輩の指導も丁寧に行ってきたなど、将来、独立して研究を行うことに必要な経験も積んだ。

 このように、申請者は、本研究を通じ、研究者として重要である倫理や知識、技術などを身につけ、研究者としての資質を十分持ち合わせていると判断してよい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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