No | 118099 | |
著者(漢字) | 原科,幸爾 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハラシナ,コウジ | |
標題(和) | 湿潤熱帯における持続可能な地域生態系の再構築に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on restructuring for sustainable regional ecosystems in the humid tropics | |
報告番号 | 118099 | |
報告番号 | 甲18099 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2488号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生産・環境生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 東南アジアの湿潤熱帯では,高温多湿な気候に恵まれて植物生産性は高いが,一度植生が破壊され裸地になると土壌侵食により土地荒廃が引き起こされることから,伝統的に自然生態系と調和した農林業が営まれてきた。湿潤熱帯の各地でみられる伝統的土地利用システムは,アグロフォレストリーの一形態としてその持続性が再評価されている。しかし,農業生産の拡大,人口増加,都市化および市場経済の浸透などの影響によって,こうした伝統的な土地利用システムの構造および機能が変容し,その持続性の低下が危惧されている。農業の集約化や畜産の振興は食糧増産に寄与したが,大量の化学肥料使用や畜産廃棄物によって環境汚染が引き起こされている。さらに,とくに経済危機以降,傾斜地における森林の伐採および違法耕作が進行し,著しい土壌侵食が顕在化している。 持続可能な農村社会を目指すには,伝統的な農林業システムを再評価しながら,環境の変化をふまえた現代社会にふさわしい循環型社会を形成する必要がある。とくに現在引き起こされている環境問題を解決しつつ,農業生産の持続性を維持するには,より高次のレベルにおける地域資源依存型,生物資源循環型の地域生態系の再構築が必要であるが,これを実現するためには,まず地域の物質フローを明らかにすることが重要である。地域の物質フローに関する既往研究では,広域的には統計データを用いて行われてきたが,東南アジアの途上国においては統計データの整備が遅れているため,既存の手法を適用することは困難である。このような地域では、聞き取りを中心とした手法によって物質フローを推定した研究例も少数ながらあるが,いずれも1集落を対象としたものであり,地域生態系の全体像をとらえようとした例はない。 そこで,本研究では持続可能な地域生態系の再構築のための基礎的知見を得ることを目的として,景観生態学的手法と聞き取りによるフィールドワークを統合し,それを適用することで地域の典型的な物質フローを解明し,生物資源循環型の地域生態系再構築の可能性について検討を行った。 研究対象地は,西ジャワ中央部に位置するチアンジュール川-チソカン川流域とした。本地域はジャワ島に多く存在する火山山麓の典型的な農村景観をもつ地域である。まず,ここから対象集落の抽出を目的として,土地利用と地形条件をベースとした景観構造の把握をおこなった。地形図と空中写真から地理情報システムを構築し,標高-傾斜-土地利用の対応関係を図化することによって景観構造を表現した。その結果,標高-傾斜で表現される地形配列に沿って,典型的な土地利用構成の配列が認められたが,このうち集落の分布がみられる3つの地域から,それぞれG集落,M集落,S集落を典型例として抽出した。G集落は畑が優占する地域,M集落は畑と水田が混在する地域,S集落は水田が優占する地域に立地する。 各集落において,社会・経済的背景,生物生産および生物資源の利用状況,物質フローに関する調査を行った。それぞれ60世帯を対象として聞き取り調査を行い,1)職業,収入および土地所形態などの社会・経済的背景,2)生物生産およびその利用,および3)肥料投入量,食物購入量など人為的な物質フローに関連した項目について情報収集を行った。 生物資源の利用状況については,食料,肥料,飼料について検討を行った。3集落における食料自給率をカロリーベースで試算したところ,食料全体で自給率が100%を超えているのはS集落のみであった。しかし,食料を項目ごとにみると,米ではG集落とM集落で自給率が非常に低いが,野菜と果物に関しては,G集落の果物を除くと,おおむね自給可能であることが明らかになった。さらに,消費される食料のうち自給生産によるものの割合を求めたところ,概して自給率との差が大きく,集落で生産されるものの商品化率が高いこと反映していた。有機肥料についてはいずれの集落についても,最大限に近く利用されていることが明らかになった。しかし,農地への全窒素投入量における自給有機肥料の割合は低く,現状の窒素投入量を維持するには,集落内の有機物を全て利用したとしても不足することが明らかになった。ヒツジ,ヤギ,ウサギの飼料については,集落およびその周辺で採集してきた草を利用しており,外部からの購入はされていなかった。家禽類の飼料は残飯と米糠であり,米糠はその大部分が購入されていた。M集落とS集落における米生産量から米糠生産量を推定し,利用量と比較したところ,S集落では自給可能だがM集落では利用量の19%しか供給できないことがわかった。 各集落における物質フローの推定においては,人間,家畜,養魚池,ホームガーデン,畑,水田,ミックスガーデン,タルン,および廃棄場の9つのコンポーネントに分割し,コンポーネント間の年間物質移動量を聞き取り調査の結果から推定したうえで窒素量に換算した。養魚池に堆積した泥の除去にかかわる物質フロー量をについては,雨期と乾期にそれぞれ1ヶ月間の堆積量を測定し,年間の堆積量を推定した。米糠や草などの飼料,家畜糞,燃料木,泥などについては,化学分析を行って窒素含量を測定したうえで,窒素量に換算した。 3集落の物質フローを窒素に換算してコンポーネントモデルを構築した結果,いずれの集落においても化学肥料や食物購入による外部とのフローが大きく,開放系となっていることが明らかになった。とくにG集落とS集落においては,それぞれ,畑と水田への化学肥料による投入量が圧倒的に大きいことがわかった。M集落の物質フローは,他集落と比較して複雑な形態を持っており,複雑な景観構造との関連性が示唆された。集落内のフローとしては,人間のし尿によるものが大きく,G集落とM集落では家畜の給餌および糞利用にかかわるものも大きかった。さらに,養魚池の泥の除去にかかわる物質フローも全体の中で無視できないことが明らかになった。 集落全体としての窒素収支では,いずれの集落においてもインプットのほうが大きく,G集落では+290kgNha-1year-1,M集落で+217Nha-1year-1,S集落で+121Nha-1year-1であった。とくにG集落における大量の窒素過多は,畑への化学肥料および購入された鶏糞の大量投入に起因しており,系外に流出した窒素分による水質汚濁など下流部への影響が危惧される。 養魚池に堆積した泥と人間のし尿を肥料として利用可能な未利用資源としてとりあげ,それらによる窒素投入で,化学肥料を代替した場合に,窒素過多がどれだけ緩和されるのかについて試算を行った。その結果,最大48〜87kgNha-1year-1の窒素過多が緩和され,これらによってUS$122〜346の肥料購入費を削減できることがわかった。しかし,G集落では依然として窒素過多が大きく,根本的な施肥管理の改善が必要であることが示唆された。また,現況の有機肥料に加えて,これらの未利用資源を最大限に利用しても,G集落とS集落では,現況の窒素投入量を維持するには足らず,外部からの購入が必要であることが明らかになった。 以上の集落スケールにおける生物資源の供給量および物質フローの検討から,集落を単位として閉鎖的な生物資源循環系を構築することは困難であることが明らかになり,より上位の空間単位での再構築の可能性について検討する必要性が示唆された。そこで,チアンジュール川-チソカン川流域の63市町村を対象範囲として,人口,家畜頭数などの統計資料と作成した土地利用図を用いて,食料,肥料,飼料について検討を行った。 食料としては,米について検討を行った。水田面積と平均年間単収から米の生産量を推定し,インドネシア人1人当たりの平均米消費量から計算した需要と比較したところ,地域内で米を自給することは可能であると推定された。肥料としては,まず家畜糞をとりあげ,家畜頭数と家畜1頭あたりの糞排泄量から,肥料供給量を推定した。その結果,家畜糞を全て利用しても現況の窒素投入量の18%しか供給できないことがわかった。しかし,これに生ゴミと人間のし尿も加えると46%まで供給可能であると推定された。飼料については米糠をとりあげ,生産量を推定したところ,集落内のニワトリとアヒルについては自給可能であることがわかった。養鶏場で飼養されているブロイラーに対しては,配合飼料が用いられているが,集落内のニワトリと同じ米糠消費量を仮定した場合,集落内のニワトリとアヒルに利用した米糠の余剰分を用いて,必要量の51%を供給可能であることが明らかになった。 以上要するに,本研究では以下の結論が得られた。 1)本研究の手法は,まず地域スケールでの景観構造の評価を行い,抽出された集落において生物生産および物質フローの点から詳細な機能評価を行うものであり,これによって地域における人為的な物質フローを迅速に把握することが可能となった。本手法は,統計情報の整備が遅れている途上国において,とくに有効な手法であると考えられた。 2)本手法の適用により,流域スケールでの景観構造が解明され,対象とする集落の位置付けが明確にされた。物質フローの推定結果からは,全ての集落において外部に依存した開放系となっており,生物資源の現存量からも集落を単位とした生物資源循環系を構築することは困難であることが明らかになった。しかし,流域を単位として考えた場合,未利用資源の有効利用まで考慮すると,ある程度は実現可能であることが示唆された。 3)対象流域では,とくに上流部(G集落)における窒素過多が問題であり,下流域への水質などの影響が危惧される。今後は,人為的な物質フローだけでなく,自然のプロセスによる物質フローについても定量的な評価を行い地域生態系の全体像を解明していく必要がある。 | |
審査要旨 | 本研究は,持続性を有する伝統的な土地利用システムが崩壊しつつあり,農村社会の変容の著しいインドネシア西ジャワのチアンジュール川-チソカン川流域を対象として,持続可能な地域生態系の再構築に資するための基礎的知見を得ることを目的として行われたものである。具体的には,対象地の景観構造の把握を行い,農村集落における生物資源の利用状況および物質フローの現況を明らかにし、さらにその結果を踏まえ,流域スケールにおいて,自立した生物資源循環構築の可能性について検討した。 第一章では,湿潤熱帯アジアにおける近代農業の導入にともなって顕在化しつつある土壌侵食や水質汚染などの環境問題について言及し,とくに19世紀末以降のジャワ島における土地利用変化,西ジャワにおける伝統的な土地利用の崩壊,土地利用および地域社会における持続性の低下などの現況を踏まえたうえで,新たに持続可能な地域生態系を再構築していく必要性について論じた。 第二章では,流域および集落の2つの空間スケールにおいて,土地条件と土地利用の対応関係に基づき景観構造の把握を行った。まず流域スケールでは,地理情報システムを構築し,土地条件と土地利用との対応関係を明らかにした。その結果,対象地域では概して土地条件に即した土地利用がなされていたが,畑や茶畑の一部には,急傾斜地への分布もみられることが明らかとなった。次に集落スケールでは,流域スケールの土地条件と土地利用の対応関係の結果から,典型的な土地利用構成をもつ3つの集落を抽出し,現地調査によってさらに詳細な景観構造を把握し,それぞれの集落の特徴を明らかにした。 第三章では,3集落の景観構造の特徴を踏まえたうえで,それぞれについてランダムに抽出した60世帯を対象として詳細な聞き取り調査を行い,土地所有形態,職業などの社会・経済的要因,生物資源(食料・肥料・飼料)の利用状況,および人為的プロセスによる物質フローを明らかにした。生物資源の利用状況からは,集落およびその周辺における生物資源賦存量は,集落内の現況の利用量に対して不足しており,それらを外部に依存せざるを得ないことが明らかとなった。物質フローについては,フロー量を窒素に換算したコンポーネントモデルを集落ごとに構築した。その結果,いずれの集落でも外部とのフローが大きい開放系となっていることを明らかにした。集落を単位とした窒素収支では,上流部の畑作中心の集落で最も高く(290kgNyear-1ha-1),下流部の水田中心の集落で低い(121kgNyear-1ha-1)ことが明らかとなった。養魚池に蓄積する泥と人間のし尿を未利用地域資源として注目し,それらによって外部からの窒素肥料を代替することを想定して試算を行い,各集落における窒素過多が48〜87kgNyear-1ha-1緩和されることを示したが,上流部の集落では依然として窒素型が顕著に高いことを指摘した。本章では,これらの調査結果から,集落を単位として生物資源循環型の地域生態系を再構築することは困難であると結論付けた。 第4章では,前章の結果を受けて,空間スケールを拡大し,流域を単位とした生物資源循環型の地域生態系再構築の可能性について,各種統計資料と地理情報システムを用いて試算を行った。その結果,食料と飼料については,養鶏場における使用量を除くと全て自給可能であり,肥料についても生ゴミや人間のし尿まで考慮にいれると現況の農地への窒素投入量の46%まで供給が可能であると推定された。さらに,これを実現していくための現実的な問題点や今後の課題などを整理し,上流域において著しい窒素過多が発生している現況を踏まえて,流域を単位として持続可能な地域生態系を再構築していく必要性を指摘した。 以上,本論文は,湿潤熱帯農村の現況を景観構造と物質フローの点から明らかにし,地域性生態系の捉え方を集落から流域へと上位の空間スケールヘと転換することによって,持続可能な地域生態系再構築の可能性を示唆したものであり,学術上,応用上,貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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