学位論文要旨



No 118102
著者(漢字) 小野,芳
著者(英字)
著者(カナ) オノ,カオリ
標題(和) いくつかの都市樹木の生長、および木質資源の分解・利用
標題(洋) Growth of Selected Urban Trees, and Decomposition and Utilization of Woody Resources
報告番号 118102
報告番号 甲18102
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2491号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 教授 飯山,賢治
 東京大学 助教授 恒川,篤史
 東京大学 客員助教授 パリホン,アーマンド
内容要旨 要旨を表示する

 都市緑地は多様な環境保全機能を有していることから、都市環境の維持緩和に必要不可欠である。特にメトロマニラを含む熱帯モンスーン気候にある東南アジア諸国の都市においては、都市緑地による気象緩和効果が高いことから、積極的な緑化政策を行っていく必要がある。

 緑地の重要な構成要素である植物は生長をするために、都市緑地の機能を維持するには適切な管理が必要である。樹木は葉や枯れ枝を落とすために都市環境ではこれを除去する必要があり、時に枝の伸長は交通の障害になるので剪定をしなければならない。このような管理作業は莫大な植物廃材を生んでおり、以前は主に焼却処分されていたが、廃棄物処理問題や資源の有効利用の観点から、その利用が求められている。熱帯モンスーン都市においては、温帯都市に比べて植物生産力が高いために、緑地から発生する植物廃材の発生量が多いと考えられ、その有効利用の必要性がより高いと考えられる。

 本研究は、熱帯モンスーン気候下の大都市であるメトロマニラと温帯気候下の大都市である東京を比較し、以下のような検討を行うことで、今後の都市緑化政策に資する知見を得ることを目的とした

1)都市樹木の生長の特徴を把握し、管理に伴う植物廃材の発生量を推定すること。

2)剪定枝廃材を堆肥・マルチとして利用したときの生分解過程を解析すること。

3)廃材木炭の水質浄化、土壌改良の利用可能性を検討すること。

1.都市樹木の生長

 メトロマニラで最も一般的に緑化樹木として用いられている落葉広葉樹であるナッラ(Pterocarpus indicus Willd)およびマホガニー(Swietenia macrophylla King)の胸高直径をフィリピン大学ロス・バニョス校構内で計測し、日本での東京大学本郷構内で計測された樹木調査の中から、日本の都市緑化に最も多く用いられている樹種のひとつであり、落葉広葉樹であるケヤキ(Zelkova serrata(Thunb. Ex Murray)Makino)の資料を用い、両者の生長の特徴を把握した。また、バイオマス換算式を用いてバイオマス増加量を算出し、剪定枝等廃材の発生ポテンシャル量を推定した。

 その結果、熱帯の2樹種とケヤキの胸高直径を比較すると、前者の増加はケヤキに比べて著しく大きかった。日本の都市緑地においては、高木1本当たり乾燥重量換算で年間約20kgの剪定枝等廃材が発生するという報告がある。本研究で得られたケヤキの枝のバイオマス増加量の直径70cm以上の平均と一致していたが、それまでの間は約10kgまでほぼ単調に増加していた。ナッラとマホガニーの枝のバイオマス増加量は、直径30cm〜40cmの約30kgで一旦極大となり、その後70cmまで減少し、70cm以降は36kgから130kgまでの値をとっていた。70cm以降はサンプル数が少ない上に直径が大きいと誤差が強調されてしまうため、正確な値が求められなかったが、ナッラおよびマホガニーの廃材の発生量は、おおよそ高木1本あたり30kg程度であろうと推定された。

2.木質資源の分解過程

 植物廃材の堆肥・マルチとしての利用は、現在最も一般的に用いられている方法で、どちらも木質の分解・土壌有機物への変性過程である。堆肥やマルチの効果、土壌有機物の土壌物理性および化学性の維持効果に関しての研究は多いが、それらの効果発現のメカニズムに関係が深い木質資源の土壌有機物への変性過程については、研究がまだ十分されていない。そこで本研究は、フィリピンではナッラとマホガニーの、日本ではケヤキの樹木チップを野外に堆積し、リターバッグ法を用いた生分解のモデル実験を行い、その重量および成分変化(抽出成分、構成糖、リグニン含有率、リグニンの芳香核構造、炭素・窒素含有率)を定量的・定性的に解析することにより、両環境下での堆肥・マルチとしての利用可能性を考察した。

 その結果、ケヤキチップの細胞壁成分の重量減少は、堆積底部のチップでは四季を通してほぼ一定の割合で減少し、堆積表層では6ヶ月ほど減少が見られなかったが、その後は底部とほぼ同様の割合で減少した。ナッラとマホガニーの細胞壁成分の重量は、乾期に底部で雨期に表層部で著しい減少が見られた。表層部と底部の平均を樹木チップ全体の値と考えた場合、チップ全体の細胞壁成分の重量減少は実験開始後10ヶ月間でケヤキは23%、ナッラとマホガニーは40%で、後者の減少率が著しく大きかった。

 実験期間中、ケヤキチップでは細胞壁多糖の分解に伴うリグニン含有率の増加、リグニンの縮合化が見られ、リグニンの絶対量はわずかに減少していた。ナッラとマホガニーのチップでは乾期に細胞壁多糖の分解に伴うリグニン含有率の増加とリグニンの縮合化が見られたが、雨期にリグニンの絶対量の減少とともに縮合型リグニンの減少が認められた。リグニンは縮合とともにカルボキシル基が導入され、水可溶化することを示した既報を支持する結果となった。また、窒素に関しては、ケヤキチップの窒素含有率・絶対量はともに増加し、土壌微生物などによってチップへ窒素が移動していることが示された。一方、ナッラとマホガニーチップの窒素絶対量は減少傾向にあり、窒素供給源となると考えられた。

 以上から、ケヤキチップは窒素飢餓の危険があるために植栽地でのマルチとしての利用には不向きであり、堆肥化するか雑草防除やクッション材としての敷きならし利用に適していると考えられた。今回実験に用いた熱帯の2樹種は、分解が早いために早期に減量でき、その際窒素分も容易に失われるので、植栽地でのマルチとしての利用も可能であると考えられた。リグニンは二酸化炭素として完全に分解せずに縮合・高分子化し、水可溶化して流出除去されるとすると、炭素固定の観点からも木質資源を焼却せずに堆肥・マルチとして利用する意義が大きいと考えられる。

3.炭の水質浄化・土壌改良資材としての利用

 炭はその多孔性の特徴から、近年では燃料としてよりも水質浄化や土壌改良剤としての利用方法が見直され、その効果が多くの研究者によって示されており、日本では様々な自治体やNGOなどでその試みが実際になされている。一方、フィリピンでは排水設備が不十分なことから、水質汚染が深刻で、簡便に行える炭による水質浄化が有効ではないかと考えた。炭は目詰まりによって浄化能が低下するので、定期的に新しい炭と交換することが必要である。水質浄化資材として使用した炭を土壌改良剤として使用すれば、吸着した栄養塩類も土壌に還元できるため、有効な方法であるのではないかと考えたが、このようなシステムを実際に研究した例はない。そのため本研究では、主に水質浄化に用いた炭の土壌改良剤としての利用可能性に焦点をおいて実験を行った。フィリピン大学ロス・バニョス校近隣の2つの小河川において、上流から河口にかけてそれぞれ4箇所調査地を設けて水質を測定し、それぞれに木炭(イピルイピル,Leucaena leucocephala(Lam.)de Wit)およびココナツシェル炭(Cocos nucifera L.)を設置し、3ヵ月後および6ヵ月後に炭を回収した。3ヶ月後に回収した炭は、炭の種類と回収した場所ごとに別々に土壌に体積率5%、10%の割合で混入し、ムングビーン(Vigna radiata L.)の生育試験を行った。

 その結果、下流に行くにしたがって水質の悪化が見られた。回収した炭の化学特性を分析したところ、pHの減少が見られ、電気伝導度および、カリウム、マンガン含有率も概ね減少していた。カルシウム、窒素およびリン酸含有率も概ね減少傾向にあったが、下流に設置してあった一部の炭で増加が見られた。ムングビーンの生育試験の結果、炭を混入した土壌で生育したものは対照区に比べて葉数が多かったが、乾燥重量は対照区を下回ったものもあった。下流から回収した炭のほうが顕著に生育を促進した。

 以上から、水質浄化に炭を用いる場合には前もって水洗し、炭に含有した物質の流出による水質の汚染を防ぐ必要があることが示された。水質が悪化していた場所では炭の化学特性の変化から主に窒素・リン酸の吸着が認められ、植物の生育にもその差が認められた。

 以上を要するに、本研究では以下の結論が得られた。

1)熱帯都市樹木ナッラおよびマホガニーの生長は温帯都市樹木ケヤキに比べ著しく早いことが確認され、熱帯都市の緑地管理の重要性、植物廃材の発生ポテンシャル量が多くその有効利用を図っていくことの必要性が再確認された。

2)ナッラおよびマホガニーチップの分解はケヤキに比べて非常に早いことが確認された。

3)ナッラおよびマホガニーは、設備と手間が必要な堆肥化を行わなくても、チップ化しマルチ資材として利用した場合に、速やかに窒素などの養分の供給、土壌有機物の形成が起こると考えられた。

4)ケヤキは窒素飢餓が起こる可能性があるために、植栽にはマルチ資材として用いず、雑草防除やクッション材などとして用いるべきであると考えられた。

5)樹木チップの生分解過程で、リグニンは縮合化とともに水可溶化し、流出除去されている可能性が示され、従来一般の認識においてはリグニンの消失はリグニンが二酸化炭素まで分解されたと考えられていたことに疑問を投じた。

6)リグニンの大部分が生分解を受けずに、永年土壌や水中に存在すると考えると、木質資源を焼却処分せずに堆肥・マルチとして利用することに炭素循環の観点からも意義があることが示された。

7)炭による水質浄化、水質浄化に用いた炭の土壌改良資材としての再利用のシステムは、水質がかなり汚濁している場所で効果があることが示された。

8)以上の知見を、今後の緑地管理の中で活用し、都市緑地から発生する木質資源の最適な利用方法を検討していくことが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 熱帯アジアの各地に大都市が成立しているが、それら都市のほとんどが著しい環境劣化に直面しており、都市緑地の拡大及びその適正な管理による環境緩和への期待が高くなっている。本研究では、それら大都市の一つであるメトロマニラに焦点を当て、温帯気候下の大都市である東京との比較しつつ、都市緑地の適正な管理に伴う植物廃棄物の排出量及びその有効な処理法を検討することを目的とし、次の研究を行った。

1)メトロマニラ及び東京における都市樹木の生長の特徴を把握し、適正管理に伴う植物廃材の発生量を推定すること。

2)剪定枝廃材を堆肥・マルチ原料として利用したときの生分解過程を解析すること。

3)廃材木炭の水質浄化、土壌改良の利用可能性を検討すること。

1.都市樹木の生長

 メトロマニラ及び東京の代表的都市緑地樹種(広葉樹)であるナッラ(Pterocarpus indicus Willd)、マホガニー(Swietenia macrophylla King)、ケヤキ(Zelkova serrata(Thunb. Ex Murray)Makino)について、現地において種々の胸高直径を有する樹木の胸高直径の増加量を経時的に計測した。得られた胸高直径増加の結果をバイオマス換算式によりバイオマス増加量に換算して生長量を把握するとともに、都市緑地管理に伴って発生するであろう植物廃棄物のポテンシャル量を推定した。以上の結果、ナッラとマホガニーの胸高直径生長量はどの胸高直径級においてもケヤキより大きく、剪定枝発生量ポテンシャルは約30kg/tree/yearであり、ケヤキのそれ(約16kg/tree/year)に比べ、およそ2倍であることが明らかになった。その結果、旺盛に生長する熱帯都市のからは植物廃棄物が膨大に発生しており、その植物廃棄物の有効利用を図っていくことの必要性を再確認した。

2.木質資源の分解過程

 都市緑地管理により排出される植物廃棄物のうち、ナッラとマホガニーはメトロマニラ近郊のロスバニョスにおいて、ケヤキについては東京都文京区において、その木質系廃棄物を用いたマルチング試験を行った。木質系廃棄物チップを野外に堆積し、リターバッグ法を用いることによりその生分解過程を、重量および成分変化(抽出成分、構成糖、リグニン含有率、リグニンの芳香核構造、炭素・窒素含有率)の定量的・定性的な分析によって詳細に解析した。以上の結果をもとに両環境下でのこれらの植物廃材の堆肥・マルチとしての利用可能性を考察した。

 その結果以下の結論が得られた。

1)ナッラ及びマホガニーチップの細胞壁の分解はケヤキチップの1.2倍から2倍速いことが確認された。

2)熱帯モンスーン気候のフィリピンでは、木質系廃棄物をチップ化しマルチ資材として利用した場合に、設備と手間が必要な堆肥化を行わなくても、速やかに土壌に窒素などの養分及び有機物を供給することが可能である。

3)マルチとしてケヤキチップを用いた場合、土壌の窒素飢餓が起こる可能性が考えられ、雑草防除やクッション材などとして用いるべきである。

4)マルチとして用いられた樹木チップの生分解過程で、リグニンは二酸化炭素まで分解されるのではなく縮合化とともに水可溶化し、流出除去されているとの結果がえられた。このことは木質資源を焼却処分せずに堆肥・マルチとすることが炭素循環の観点からも意義があることを示唆するものである。

3.炭の水質浄化・土壌改良資材としての利用

 フィリピンの都市緑地で非常に多く植栽されており、炭資材としても広く用いられているイピルイピル(Leucaena leucocephala(Lam.)de Wit)およびココナツシェル(Cocos nucifera L.)の炭を水質浄化に用いた後、土壌改良剤として利用する可能性を検証した。木炭を河川に3ヶ月および6ヶ月間設置した後回収してその吸着物を分析し、土壌に混入して植物の生育試験を行った。

 その結果、以下の結論が得られた。

1)水処理中に木炭からの化学物質の流出が認められ、粗炭をそのまま用いると吸着効果より木炭含有物質の流出のほうが大きくなる危険性が示された。

2)イピルイピル木炭は、pHが酸性を示さず、リン濃度などの数値が高い劣悪な水質の場所に設置された水域での水処理につかわれた場合にはリン酸・カルシウムの吸着が認められた。

3)水処理した木炭を土壌に鋤き込み、ムングビーンの生育試験を実施した。木炭の鋤き込みに根生長に幾分阻害がみられたが、豆収量は増加した。その効果は水質の悪化した下流に設置していた木炭で著しく、実地応用の可能性が示された。

 以上、本論文は、熱帯モンスーンの大都市における都市緑地の適正管理から発生する植物廃棄物量を推定する方法を明らかにするとともに、廃棄木質資源の有効利用法を検討する上で、有用な知見を示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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