学位論文要旨



No 118109
著者(漢字) 柴田,哲
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,サトシ
標題(和) セスバニア茎粒形成において発現変化を示す遺伝子の探索とその解析
標題(洋)
報告番号 118109
報告番号 甲18109
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2498号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

1.序

 現在、世界人口は、急速な増加を示している。様々な予想がなされているが、BockmanやWaggonarらによれば、2050年には120億人程度になり現在の2倍程度になると予測されている。さらに、増加する人口のおよそ90%は熱帯、亜熱帯地域のアジア、アフリカ、ラテンアメリカに存在している発展途上国に集中することも予測されている。そのため、世界の食糧の安定供給に深刻な問題が起こることは確実である。そこで、安定、かつ多くの食糧資源を確保することが重要となってくる。

 窒素成分は作物の生育に最も強く影響し、食糧生産に非常に重要である。大気中の約78%を占める分子状窒素をハーバー-ボッシュ法という工業的窒素固定法の開発によって、農耕地に安価、多量、そして、安定に化学肥料として導入することが可能になり、単位面積あたりの収量を飛躍的に増加させることが可能になった。ところが、工業的窒素固定は多量のエネルギーを必要とする。そのため、石油等の化石エネルギーの枯渇が問題となっている現在、窒素肥料の供給を莫大なエネルギーを消費する工業的窒素固定に大きく依存しているわけにはいかなくなる。

 そこで、一部の生物によって行なわれている生物窒素固定が注目されている。そのなかでも、マメ科植物と根粒菌の間で営まれている共生的生物窒素固定は生物窒素固定量の約半分以上を占め、様々な研究が世界中で行われている。このマメ科植物と根粒菌の共生関係を広く栽培作物に賦与することが可能になれば、地力の減衰を抑えられると同時に地力の回復あるいは増強も可能になり、食糧生産の増大に大いに貢献すると考えられる。さらに、省エネルギーに関しても大いに貢献することになると考えられる。そこで、共生窒素固定を農業生産に有効に利用することは省資源、あるいは、環境調和型の持続的農業生産体型の確立のために必要不可欠な課題であると考えられている。そのため、植物と共生微生物である根粒菌の間で行なわれている複雑な相互作用を解明することは重要である。本研究ではまだ解明されていない部分が多く残る根粒菌感染後の根粒形成分子機構の解明のため、根粒菌感染前後において発現変化を示す新たな遺伝子群の単離を目的として研究を行った。

2.Sesbania rostrataの茎粒形成時に発現変化を示す遺伝子の探索

 一般的にマメ科植物と根粒菌の共生によってもたらされる根粒は根の一部の表面において局所的に形成され、根粒形成部位を感染前に特定することが不可能である.そのため、根粒形成初期過程における生理、および蛋白質の変化を確認することは困難であった。本研究に用いる西アフリカ原産のS.rostrataはA.caulinodans ORS571に感染されることによって根粒ばかりでなく茎粒も形成するという特徴を備えている。茎粒は茎に突起状態で存在し、肉眼で容易に確認できる不定根という部位に形成することが知られている。そのため、根粒菌の感染部位を感染前に特定できる利点がある。つまり、根粒菌感染前、および直後の茎粒形成が肉眼で確認できない時点での試料採取が可能になり、根粒菌感染前後において発現変化を示す遺伝子の探索に非常に有効であると考えられる。

・differential display法

 A.caulinodans ORS571非接種と接種後1日目の不定根部位から調整したtotal RNAを用いてdifferential display法をRIとシークエンスゲルを用いて16種類のランダムプライマーとOligo-dTプライマーの3'末端側にA,G,Cを付加した3種類のプライマーの組み合わせで行った。その結果、A.caulinodans ORS571接種後に遺伝子発現が変化すると考えられるdifferential displayed fragmentsを71回収した。

 さらに、16種類のランダムプライマーのみを用い、non-RIでアガロースゲルによって発芽後3週間経過した植物のA.caulinodans ORS571非接種、接種後1,4,7,14日目の不定根域および茎粒の試料から調整したtotal RNAを用いdifferential display法を行った。その結果、茎粒形成過程にともない遺伝子発現が変化すると考えられるdifferential displayed fragmentsを16回収した。

 合計、87のdifferential displayed fragmentsを回収した。

・簡易のRT-PCR解析

 回収したdifferential displayed fragmentsで再増幅可能であったものについて、クローニングし、シークエンスを行なった.決定した配列から有意義と考えられる物について、それぞれのdifferential displayed fragmentsに特異的にprimerを設計し、A.caulinodans ORS571非接種、接種後1,4,7,14日目の不定根域および茎粒の試料を用いて簡易のRT-PCR解析を行った。その結果、合計20のdifferential displayed fragmentsが茎粒形成過程にともない遺伝子発現変化を示すことが予想された。また、本研究のcDNAの全長解析中に偶然に得られた、S.rostrataの茎粒由来のcDNAについても同様に解析を行ったところ16のcDNAが茎粒形成過程にともない遺伝子発現変化を示すことが予想された。

・RACE法を用いてのcDNA全長解析

 茎粒形成過程にともない発現変化を示すことが予想されるcDNAについて、5'および3'-RACE法を行い、全長cDNA解析を試みた。その結果、全てのdifferential displayed fragmentsについてではないが21のcDNAについて全長解析が可能になった。他のマメ科植物で根粒形成過程に遺伝子発現が誘導されることが報告されているlipoxygenaseや窒素同化に関わり、根粒形成過程でも遺伝子発現が誘導されることが報告されているcytosolic glutamine synthetaseなどと高い相同性を示すものが含まれていた。また、現在まで根粒形成過程についての研究が報告されていない遺伝子と高い相同性を示すcDNA、さらに、ESTも含めた現在までにデータベースに登録されている遺伝子の中には有為な相同性を示す遺伝子が存在していないcDNAも単離していることが分かった。その中で、有為な相同性を示す遺伝子が存在しないSrNOD7については3種類の異なる配列が単離された。

3.単離したcDNA群の解析

・ゲノミックサザンハイブリダイゼーション

 全長解析が可能になったcDNAについて、cDNA全長をプローブとしてゲノミックサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、明らかに単一コピーの遺伝子と考えられるのはSrDD57-3のみであった。他のcDNAについては複数のコピーが存在している可能性が高いと考えられた。

・semiquantitative RT-PCR サザンハイブリダイゼーション

 全長cDNA解析が可能になった21のcDNAについて、ゲノミックサザンハイブリダイゼーションの結果から複数のコピーが存在すると考えられるcDNAが多いことが分かった。そのため、より特異性を増させるようにプライマーの一方が必ず3'-UTRに入るように設計し直し、semiquantitative RT-PCRサザンハイブリダイゼーションを用いて解析を行った。茎粒、根粒形成過程における遺伝子発現解析はA.caulinodans ORS571非接種、接種後1,4,7,14日目の試料を用いて解析を行った。また、発現部位の器官特異性については根、茎、葉、花、つぼみ、さや、根粒、茎粒の試料を用いて解析を行った。その結果、ESTも含めた現在のデータベースに登録されている遺伝子と有為な相同性を示さなかったSrNOD7は3種類のcDNAがともに茎粒、根粒形成過程で窒素固定活性が現れはじめるA.caulinodans ORS571接種後4日目の茎粒や根粒で遺伝子発現が誘導され始めることが分かった。さらに、SrNOD7の3種類は遺伝子発現が茎粒と根粒以外では確認できなかった。そのため、SrNOD7は新規のノジュリン遺伝子と考えられた。また、lipoxygenase、cytosolic glutamine synthetaseを含め複数の遺伝子が茎粒、根粒形成過程で遺伝子発現が誘導されることが分かった。さらに、これらの遺伝子は根粒、茎粒以外の部位でも発現していることが分かり、茎粒や根粒に特異的に機能している訳ではないことが分かった。

4.まとめ

 本研究によって、新規に根粒、茎粒形成過程において遺伝子発現が変化する遺伝子が複数単離されたことからS.rostrataが根粒形成過程において一過的に関わる遺伝子群の探索には有効であることが考えられた。ただし、本研究で単離された遺伝子群があらゆるマメ科植物の根粒形成過程にも関わっているかについては不明である。そのため、現在、マメ科植物のモデル植物になりつつあるミヤコグサやアルファルファなどで類似の遺伝子を単離し、解析していくことで、根粒形成過程に本研究で単離した遺伝子が普遍的に関わるのかも含め、新たな知見が加ることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 現在、発展途上国を中心として、世界人口は、急速な増加を示している。そのため、世界の食糧の安定供給に深刻な問題が起こることは確実で、安定、かつ、多くの食糧資源を確保する方法の確立が重要視されている。現在、環境調和型の持続的農業が注目され、生物窒素固定が注目されている。その中でも、生物窒素固定量の約半分以上を占めるマメ科植物と根粒菌によって営まれている、共生窒素固定が最も注目され、世界中で様々な研究が行なわれている。このマメ科植物と根粒菌の共生窒素固定を農業生産に有効に利用することは環境調和型の持続的作物生産体系の確立のために必要不可欠な課題と考えられている。そのためにもマメ科植物と根粒菌の間で行なわれている複雑な相互作用を解明することは重要である。現在、植物側ではノジュリン遺伝子と呼ばれる根粒に強く発現する遺伝子が幾つか単離されている。しかし、どのような遺伝子が根粒形成過程に関与するのかについては、まだ解明されていない部分が多く残されている。

 本論文ではこのような背景をもとに、共生菌であるAzorhizobium caulinodans ORS571に感染されることによって根粒ばかりでなく茎粒も形成する特徴を備え、さらに、茎粒が茎に突起状態で存在し、肉眼で容易に確認できる不定根という部位に形成するため、共生菌の感染部位を感染前に特定できる利点を備えている西アフリカ、セネガル原産のマメ科植物であるSesbania rostrataを用いて茎粒形成過程において、発現が変化する新たな遺伝子群を、できる限り多く単離し、解析することを行った。

 第1章の序論に続く第2章では、differential display法等によって茎粒形成過程において発現が変化する遺伝子群のスクリーニングを行い、その結果を述べている。RIとシークエンスゲルを用いて16種類のランダムプライマーとOligo-dTプライマーの3'-末端側にA,G,Cを付加した3種類のプライマーの組み合わせで行ったdifferential display法によって、共生菌接種後、遺伝子発現が変化すると考えられるdifferential displayed fragmentsを合計71回収し、シークエンスを行い、SrDDとした。次に、non-RIでアガロースゲルによって16種類のランダムプライマーのみを用い、発芽後3週間経過した植物の共生菌未接種、接種後1,4,7,14日目の試料を用いdifferential display法を行い、茎粒形成過程に発現が変化すると考えられるdifferential displayed fragmentsを17回収し、シークエンスを行い、ddSrとした。さらに、茎粒から22のcDNAを回収し、シークエンスを行い、SrNODとした。取得されたSrDD、ddSr、SrNODについて特異的にプライマーを設計し、茎粒形成過程において簡易のRT-PCR解析を行った結果、9つのSrDD、11のddSr、16のSrNODが茎粒形成過程にともない遺伝子発現に変化を示すことが予想された。さらに、RACE法によって上記のSrDD、ddSr、SrNODについて、cDNAの全長解析を行なった結果、21のcDNAについて全長解析に成功した。

 第3章では、全長解析に成功した21のcDNAについてゲノミックサザンハイブリダイゼーション解析を行なった。さらに、semiquantitative RT-PCR サザンハイブリダイゼーションによって、茎粒、根粒形成過程における遺伝子発現解析と遺伝子発現部位の器官特異性について根、茎、葉、花、つぼみ、さや、根粒、茎粒の試料を用いて調べた。その結果、16のcDNAが茎粒あるいは根粒形成過程において、遺伝子発現が変化することを明らかとした。これら16のcDNAのうち11のcDNAについてはS.rostrata以外のマメ科植物を含めて、根粒、茎粒形成過程における詳しい遺伝子解析は本論文が初めてである。そのうちで、現在のデータベースに登録されている遺伝子と有為な相同性を示さなかった3種類のSrNOD 7は茎粒および根粒に特異的であることが明らかとなった。そのため、SrNOD 7は新規のノジュリン遺伝子と考えられた。また、myo-inositol-1-phosphate synthaseと推定されるddSr3も茎粒と根粒における遺伝子発現が他の器官に比べて明らかに強いことからノジュリン遺伝子と考えられた。glycogen synthase kinase 3と予想されるSrDD 9-1やacy1-coA dehydrogenaseと推定されるddSr7は茎粒や根粒形成過程ばかりでなく花芽形成にも関与していることが示された。さらに、S.rostrataの根粒形成過程において、S-adenosy1-L-methionine synthaseと予想されるSrNOD 8が根粒の細胞分裂が盛んな時期に、根粒において遺伝子発現が抑制されることを明らかにした。SrNOD8はS.rostrataの根粒形成過程において、遺伝子発現が抑制される遺伝子として最初の遺伝子である。

 以上、本論文は根粒形成過程に関わる新たな遺伝子を数多く単離し、その発現解析を行い、共生生物窒素固定における根粒形成過程について有用な知見を得たもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク