学位論文要旨



No 118112
著者(漢字) 長坂,征治
著者(英字)
著者(カナ) ナガサカ,セイジ
標題(和) Cyanidium caldariumの金属代謝
標題(洋)
報告番号 118112
報告番号 甲18112
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2501号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 吉村,悦郎
内容要旨 要旨を表示する

 Alは土壌の約7%を占めており、最も多量に存在する金属元素である。pHが中性に近い土壌中では、Alは主として不溶性のAl2SiO5として存在し、植物にとって無毒である。しかし、土壌pHの低下に伴いAlは、様々なイオン形態となり溶出する。特にpHが4.5以下になるような強酸性土壌では、Alの大部分がAl3+の型で存在している。Al3+は、植物の生育を著しく阻害するため、酸性土壌における作物生産の抑制因子の一つと考えられている。強酸性土壌は、世界の耕作可能面積の約30%を占めるため、このような不良土壌でも生育可能なAl耐性植物の開発は、人ロ増加に伴う食糧不足を回避する有望な方策と考えられる。現在までに、Al誘導性遺伝子、あるいは、Al耐性機構に関連する遺伝子を導入した形質転換植物が幾つか開発されている。しかしながら、強酸性土壌で正常に生育する植物の創製には至っていない。

 Cyanidium caldariumは、好熱・好酸性の単細胞紅藻で世界各地の酸性温泉あるいは、火山の噴気孔に分布している。この紅藻は、核、ミトコンドリア、葉緑体を一つずつ持つことから、最も原始的な真核生物の一つであると考えられている。そのため、生物の進化過程のモデルとして、あるいは、細胞分裂の機構に関する研究の対象として用いられてきたが、それ以外の生理学的な研究についての報告は少ない。C.caldariumの生息するような酸性温泉水には、多くの金属イオンが溶解しており、この紅藻が、金属に対して高い耐性能を持つことが予想された。しかしながら、これまでに、C.caldariumの金属耐性の機構について生理学的な研究はなされていない。本研究は、C.caldariumの金属耐性機構を明らかにし、Alをはじめとした金属に耐性の植物創製に寄与しようとするものである。

1. C.caldarium金属耐性

 C.caldariumの金属に対する耐性能の評価を、50℃の培養温度で行った。この紅藻は、多くの金属に対して高い耐性を示し、対照区に対する生育速度は、1mMのZn2+,Cr3+,Cu2+,Mn2+,Ni2+の存在下で、それぞれ、67,81,103,103,80%であった。Alに対しては特に高い耐性を示し、100mM、200mMという高濃度のAl3+存在下での生育は、対照区に対して83.58%の生育速度であった。更に、金属存在下で培養した細胞の金属含有量を測定した。Zn,Mnは、細胞内の濃度が特に高く、細胞乾重量あたり、それぞれ、0.23%,0.16%であった。これとは対照に、Al,Cu,Niの細胞内濃度は非常に低く抑えられており、特にAlに関しては、湿重量あたりの細胞内Al濃度(3.1PPm)が、培地(100mM=2700PPm)と比較して約1000分の1に維持されていた。更に、培養温度30℃では、50℃の場合と比較して、より高いAl耐性を示した、この時30℃で培養した細胞内のAl濃度は、50℃で培養した細胞の約10分の1と、低く抑えられていた。これらのことから、細胞内のAl濃度を低くすることで耐性を獲得していると考えられる.このことから、C.caldariumには、細胞内へAlを取り込まない、あるいは、排出するなど、細胞内Al濃度を低く維持するための機構が存在していると考えられる。

 C.caldariumが、特にAlに対して高い耐性を持つことから、細胞内のAl濃度の変化に注目して、幾つかの実験を行った。Fe濃度を一定に保ちAl濃度を変化させた培地では、Al濃度と共に、細胞内のAl濃度は上昇するが、細胞内Fe濃度は逆に減少していた。また、培地中のAl濃度を一定に保ち、Fe濃度を上げた場合、細胞内Al濃度は減少していた。このことから、C.caldarium細胞内に存在しているAlは、Feの吸収あるいは、蓄積機構に関連していることが示唆された。一方、100mM AlCl3存在下で、1時間のCCCP(脱共役剤)処理を行うと、CCCP処理濃度と共に、細胞内Al濃度が上昇した。このことから、共役によって得られるエネルギーを利用して、細胞内のAlを排出している、あるいは、培養液中のAlを取り込まないようにしていることが示唆された。

2. C.caldariumの細胞内顆粒

 C.caldarium細胞を走査型電子顕微鏡(TEM)で観察すると、核の近傍に直径100〜200nmの高い電子密度を持つ顆粒(以下、EDB:electron-dense body)の存在が認められた。また、EDBの電子線回折からは、明確な結晶構造は認められず、金属がアモルファス状に存在しているものと推定された。TEM-EDXでの元素分析の結果、EDBには、多量のP,O,Feが含まれており、また、微量ながら、K,Ca,Mgなども含まれていた。P,Feの、細胞内でのマッピングの結果、両元素のEDBへの局在が示された。EDBは、生育段階に関わらず、ほとんどの細胞で観察され、また、EDBの構成元素の割合はほぼ一定で、PとFeの比率(P/Fe)は、1.3〜2.0の範囲内にあった。一方、Al処理した細胞のEDBでも、構成元素の大部分はP,O,Feであったが、それに加えてAlの存在が認められた、細胞内Alのマッピング分析の結果、Al処理細胞内でのEDBへのAlの集積が示された。すなわち、C.caldariumは、EDBにAlを捕捉することで無毒化していると考えられた。

 EDBの構成元素の多くがP,O,Feであること、また、EDBの電子顕微鏡写真から、EDBが一様の物質ではなく、さらに小さい粒子の集合体として構成されていることから、EDBが、C.caldariumのフェリチンである可能性が考えられた.トウモロコシのフェリチンに対する抗体を用いた、C.caldariumタンパク質のウエスタンブロッティングでは、フェリチンタンパク質の存在が確認された。しかしながら、同じ抗体を用いたイムノゴールドアッセイでは、金粒子はEDB上へ局在せず、主として葉緑体全体に分散しており、フェリチンである可能性は低いと考えられた。

 EDBのFeの存在形態を明らかにするために、ESRによる分析を行った。未破砕細胞のESRスペクトルには、g値4.15に検出される、細胞内のタンパク質などに含まれる高スピン状態のFeのシグナルの他に、未同定の非常に強い等方性のシグナルがg値2.00に観察された。また、細胞破砕液の分画の結果、この等方性シグナルのみが観察される画分を取得した。この画分に、100mMのEDTAを加え、室温に2時間放置した後、再度ESRで測定すると、等方性のシグナルが減少し、EDTA-Fe3+のシグナルが増加していた。従って、等方性のシグナルはクラスター状のFe3+に起因するシグナルであることが示された。C.caldarium細胞内のFeの多くがEDBに局在していることから、このシグナルがEDBに集積しているアモルファス状のFe3+のものであると考えられた。更に、このFe3+のシグナルは培地中のFe濃度を如実に反映していた。すなわち、アモルファス状のFe3+のシグナルは、Fe濃度が通常の10分の1の培地で生育した細胞では、ほとんど消滅し、逆にFe濃度が通常の10倍の培地で生育した細胞では明確な増加が認められた。このことから、EDBが、C.caldarium内で、Feの蓄積機構として働いていることが示唆された。一方、EDBがP,O,Feを多く含むことから、ポリリン酸-Fe3+、リン酸-Fe3+、フェリチン-Fe3+のESRスペクトルとEDBの等方性シグナルとの比較を行ったところ、ポリリン酸-Fe3+のシグナルと非常に類似しており、EDBが、ポリリン酸-Fe3+を主成分として構成されているものと結論された。

 以上の結果から、C.caldariumのAl耐性機構について以下のような知見が得られた。

1)C.caldariumは、細胞内のAl濃度を低く維持することで、高い耐性を示し、そのためには、共役によるエネルギーに依存した細胞内Alを排出する機構が関与している可能性がある。

2)EDBは、ポリリン酸顆粒であり、通常の条件下ではFeの蓄積機構として機能しているが、AL条件下では細胞内のAlと結合することで、これを無毒化している。

 本研究では、Al耐性植物の創製にはいたらなかった。しかしながら、ポリリン酸がFeの貯蔵物質として働いていること、そして、Al耐性にも貢献していることを明らかにした.現在までに、多くの生物でポリリン酸が、Ca,Mgなどの2価のカチオンの貯蔵機構として機能していることが報告されているが、Feの貯蔵機構、そして、Al耐性機構としての働きについて明確に示されたのは、本研究がはじめてである。今後、高等植物において、ポリリン酸の合成能を強化することでAl耐性が向上されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、世界の耕作可能面積の約30%を占めている酸性土壌で問題となっている植物のAl障害、そして、人類の活動によって顕在化し、農業上の問題となっている重金属障害に対して、植物ではなく好熱・好酸性の紅藻であるC.caldariumの金属代謝をもとに解決法を見いだそうとしており、金属耐性植物の創製に向けた基礎的な研究を行ったものである。特に、Al耐性については、現在までに多くの研究が為されているが、酸性土壌で生育可能な植物は開発されておらず、これまでとは異なる側面からの研究の必要性が考えられた。C.caldariumは、Cdを除く金属に対して高い耐性を持っていた。特にAlに対しては、非常に高い耐性を持ち、200mMという高濃度のAl処理存在下でも生育が可能であったことから、Al耐性を中心にした研究を行ったものである。

 本論文は、5章で構成されており、第1章では、序論として研究の背景、目的と意義について述べられている。

 第2章には、C.caldariumの金属耐性の評価と、金属耐性をもとに進められた生化学的な研究について述べられている。C.caldariumの金属に対する耐性能の評価から、Cdを除く幾つかの金属に対して高い耐性を保持しているが、100mMの金属存在下では生育は完全に阻害されている。これに対して、Alには特に高い耐性を示し、100mM,200mMという高濃度のAl存在下でも、対照区に対して83.58%の生育速度を示す。一方、Al存在下で培養した細胞内のAl濃度は非常に低く抑えられており、湿重量あたりの細胞内Al濃度(3.1ppm)は、培地(100mM=2700ppm)と比較して約1000分の1であった。また、培養温度が低い場合、この紅藻はより高いAl耐性を示し、その時の細胞内のAl濃度は、通常条件で培養した細胞の約10分の1に抑えられていた。これらのことから、細胞内のAl濃度を低くすることで耐性を獲得していると考え、そのための機構が存在していると考えている。さらに、細胞内のFe濃度がAl処理により減少しており、細胞内のAl濃度とFe濃度に逆相関の関係が認められたことから、C.caldariumの細胞内に存在しているAlが、Feの吸収機構、あるいは、蓄積機構に関連していると考えている.一方、CCCP(脱共役剤)とAlの同時処理では、CCCP処理濃度と共に、細胞内Al濃度が上昇しており、共役によって得られるエネルギーを利用して、細胞内のAlを排出している、あるいは、培養液中のAlを取り込まないようにしていることが示された。また、細胞膜のATPaseがAlによって阻害されていることから、細胞内のAl濃度が低く維持する機構にATPaseが関与している可能性が示されている。2章の最後では、Al処理細胞のC.caldarium細胞を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し、葉緑体の変化を認めると共に、核の近傍に高い電子密度を持つ顆粒の存在を見いだし、この顆粒に金属が集積されている可能性を示している。

 第3章では、電子顕微鏡下で認められた顆粒についての解析を進め、構成成分の同定、機能の解析を行っている。コントロール条件で培養した細胞のTEM-EDXでの元素分析の結果、顆粒の構成元素はほとんどがP,O,Feで占められており、顆粒に含まれている元素の割合はほぼ一定であることが示されている。この結果をもとに行ったP,Feの細胞内マッピングから、両元素の顆粒への局在が示された。一方、Al処理した細胞の顆粒でも、構成元素の大部分はP,O,Feであったが、それに加えてAlの存在が認められ、Al処理細胞内の顆粒に含まれているFeとAlの割合を合わせると、コントロール細胞の顆粒内のFeの割合と一致していた.細胞内Alのマッピング分析において、Al処理細胞内で、Alが顆粒へ集積していることが示されたことから、C.caldariumは、顆粒のFeをAlと置換してAlを顆粒内へ捕捉することで無毒化していると考えられた。

 顆粒のFeの存在形態を明らかにするために、ESRによる分析を行っている。未破砕細胞のESRスペクトルには、g値4.15に検出される高スピン状態のFeのシグナルの他に、未同定の非常に強い等方性のシグナルがg値2.00に観察された.細胞破砕液を分画して、ESRスペクトルに等方性シグナルのみが観察される画分を回収し、この画分に対してEDTA処理を行った。EDTA処理後のESRスペクトルでは、等方性のシグナルが減少し、EDTA-Fe3+のシグナルが増加していた。 C.caldarium細胞内のFeの多くが顆粒に局在していることから、この等方性のシグナルが顆粒に集積しているFeのものであると考えられた。更に、この等方性のFeのシグナルが、培地中のFe濃度、細胞内のFe濃度を反映していたことから、顆粒が、C.caldarium内で、Feの蓄積機構として働いていることが示されている。また、ESRスペクトルの比較から、等方性シグナルがリン酸化合物と結合したFeに由来するものであることが示唆され、31P-NMRによる解析から、顆粒がポリリン酸であることが示された。ポリリン酸のFe蓄積機構としての働きは、新たに発見された機能であり、重要な知見であると考えられる。

 第4章では、cDNAライブラリーを用いたC.caldariumのAl耐性遺伝子の探索を行っているが、耐性遺伝子の単離には至ってはいない。しかしながら、単離出来なかった原因、今後の課題、改良すべき点について詳細に述べられている。

 第5章では、得られた結果をもとに総合考察を行っている。

 以上のように、本論文は、好熱・好酸性の紅藻を用いて新たな側面から、酸性土壌耐性金属汚染土壌耐性の植物創製を目標として研究を行っており、この紅藻の有用性を示している。これは、新規性と独創性に富む内容であり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文を博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク