学位論文要旨



No 118114
著者(漢字) 高野,義彦
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,ヨシヒコ
標題(和) ヒト小腸カルシウムトランスポーターCaT1の機能解析と食品由来の制御物質の探索
標題(洋)
報告番号 118114
報告番号 甲18114
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2503号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 助教授 八村,敏志
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

 カルシウムは、骨の形成や生体内の情報伝達系等において、重要な役割を担っているイオンの一つである。食事由来のカルシウムは、その大半が小腸から吸収され、その吸収経路は、カルシウムの供給量により異なると言われている。例えば、カルシウムの供給量が十分な時は、小腸上皮の細胞間経路を通過する単純拡散輸送が行われ、カルシウムの供給が不足している時は、細胞内を通過する能動輸送が積極的に行われている。この細胞内を通過する際に関わっているキャリアとして、1999年に、ラビットにおいてカルシウムチャネル(ECaC)が、ラットにおいてカルシウムトランスポーター(CaT1)が各々初めてクローニングされた。ラビットECaCは胃に近い十二指腸で、ラットCaT1は小腸上部から下部、すなわち十二指腸、空腸、盲腸等で発現していることが確認されたことから、ECaCは酸性条件下、CaT1は中性条件下においてカルシウム吸収を担っていると考えられている。カルシウムチャネルとしては、電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)や受容体活性化カルシウムチャネル(RACC)、カルシウム遊離チャネル等が報告されているが、ラットCaT1は、その遺伝子情報や解析結果から、上記既知カルシウムチャネルに類似しているものの、新規なファミリーに属すると考えられる。現在までに、CaT1を介したカルシウム吸収の詳細な制御機構の解析は、ほとんどなされていない。本研究では、ヒトCaT1の新たなクローニングとその機能解析、ヒトCaT1を定常的に発現した動物細胞の樹立、およびそれを用いた食品由来の制御因子の探索を行い、最終的には、CaT1を介したカルシウム吸収性を向上させる機能性食品開発を目指した。

1.ヒトカルシウムトランスポ一夕ーCaT1のクローニング及び解析

 まず、データベース(EST)より、ラットCaT1のcDNAシークエンスの情報を得た(GenBankTM AF467068)。次いでヒト前立腺cDNA(AA447311,AA469437,AA579526),ヒト胎児肝脾cDNA(WW88570),ヒト肺cDNA(T92755)の情報を入手し、各々についてラットCaT1 cDNAとのホモロジーサーチを行った。ホモロジーの高い配列部分からセンス、アンチセンスプライマーを設計し、RT-PCRを行った。テンプレートとして、ヒト小腸上皮細胞CaCo-2よりtotal RNAを回収し、First strand cDNAを合成して使用した。また、ヒトCaT1のN末端側については、ラットCaT1のそれとホモロジーの高いヒトcDNAの情報が得られなかったので、ヒト小腸cDNAライブラリー(Clontech)を用いて、5'-RACE PCRを行った。得られた各PCRフラグメントは、pGET-Tベクターにサブクローニングを行い、DNA配列を解析した。その結果、開始コドン付近4塩基分を除いた、ヒトCaT1のほぼ全長約2.2kbpをクローニングした。塩基レベルでは、ラットCaT1とは約85%、ヒトECaCとは約85%の相同性が確認された。しかし、C末端領域約300bpにおけるヒトECaCとの相同性は約50%と低い特徴を示した。さらに、ヒトCaT1はそのアミノ酸配列の解析から、6回膜貫通型で、TM-5,6の間にpore領域の存在が示唆された。次に、特異性の高いヒトCaT1 cDNAのC末端領域の配列からプローブを作製し、各消化器官組織におけるヒトCaT1の発現量を、human digestive system MTN Blot(Clontech)を用いたノーザンブロッティングにて確認した。その結果、ヒトCaT1は胃や十二指腸、腔腸、回腸、盲腸、大腸といった、消化器官全般に幅広く発現が確認された。

2.ヒトCaT1の定常発現細胞の樹立

 ヒトCaT1の機能解析や制御因子の探索を目的として、本来CaT1を発現してない動物細胞にヒトCaT1の定常的な発現を試みた。すなわち、制限酵素サイトを付加させたプライマーを設計し、ヒトCaT1のほぼ全長約2.2kbpをRT-PCRで取得し、発現ベクターpME-Hisにサブクローニングした。得られたコンストラクトをDEAE-dextran法にて、まずCos-1細胞に一過的にトランスフェクションした。細胞を1% NP-40にて緩やかに可溶化した後、lysateをNi-resinにて処理し、吸着画分についてウエスタンブロット法を用いてヒトCaT1の発現確認を行った。抗ヒトCaT1抗体の作製を目的として、ヒトCaT1のC末端側から上流約300bpをRT-PCRで取得し、pET28-aベクターにサブクローニングした後、大腸菌BL-21に形質転換し、5mM IPTGにてその発現を誘導した。大腸菌を6Mグアニジンにて可溶化させ、Ni-resinにてリコンビナントタンパク質を精製した。これを、ウサギに約4ヶ月間免疫注射し、目的の抗血清を得た。ウェスタンブロットの結果、Cos-1細胞中に約75KDaのヒトCaT1のバンドを確認した。さらに、定常的に発現させるため、発現コンストラクトpMEHis-hCaT1をCHO細胞にリポフェクション法にて導入し、ブラストサイジンを含む選択培地でクローンを選択して、安定発現細胞株CHO-CaT1を獲得した。Cos-1細胞同様、抗ヒトCaT1抗体を用いたウエスタンブロットにて、約75KDaのヒトCaT1の発現を確認した。

3.ヒトCaT1による細胞外カルシウムの取り込みおよびその制御因子の探索

3.1.ヒトCaT1による細胞内への45Caの取り込みおよびその特徴

 ヒトCaT1定常発現CHO細胞(CHO-CaT1)を用いて、細胞内へのカルシウム吸収量の測定を行った。すなわち、1×105cells/lwellの細胞を24well plateにまき、37℃、5% CO2環境下で4日間培養した後、PBS,HBSSで洗浄した。次に5.68μM45Ca2+を含むHBSSをwellに添加して、10分間、37℃でインキュベーションした後、HBSSを取り除き、細胞をPBS(+0.05% NaN3、0.02mM CaCl2)にて洗浄後、1% Triton X-100で可溶化後回収して、その放射活性を液体シンチレーションカウンターにて測定した。その結果、45Ca2+の取り込みは、ヒトCaT1の発現に依存して増加すること、0〜10分の間に経時的に上昇し、その後飽和することが認められた。45Ca2+の取込みは、La3+、Gd3+、Cd2+、Co2+の重金属イオンにて抑制されたが、Fe2+、Mn2+、Mg2+では影響されなかった。また、酸性側(pH5.5)では抑制され、中性以上(pH6.5、7.5、8.5)では増加した。

3.2.ヒトCaT1を介したカルシウム取り込みを制御する食品因子の探索

 上記カルシウム吸収実験系を用いて、様々な食品因子のヒトCaT1によるカルシウム取り込みへの影響を調べた。食品試料として、大豆タンパク質分解物、CPP(カゼイン酵素分解ペプチド)、卵黄タンパク質分解ペプチド、グアガム加水分解物、テアニン、チーズホエー酵素分解物(CWP-D)を用意した。各種試料を1%(w/v)含む培地でCHO-CaT1を4時間前処理し、その後直ちに45Ca2+の細胞内への取り込みを10分間測定した。大豆タンパク質分解物では取り込みが抑制されたが、CPP卵黄タンパク質分解ペプチド、グアガム加水分解物、テアニンによる取り込み増加が観察され、特にCWP-Dによる有意な取り込みの増加が確認された。また、カルシウム吸収促進効果が知られているラクトースを含む(7%)培地による前処理では45Ca2+の取り込みが増加したが、7%ガラクトースは取り込みに影響せず、このことから、2糖類であるラクトースの構造が必要であることが示唆された。CWP-Dによる45Ca2+の取り込み促進効果は、前処理時間に依存して増大し、また、前処理時間を4時間に固定した場合、CWP-Dの濃度に依存(0.2%で飽和)した。さらに、1% CWP-Dによる4時間前処理により、45Ca2+の取り込みのVmaxは変化せず(1.728→1.600 pmol/mg/10min)、Kmは低下(0.042→0.020mM)したことから、CWP-D前処理によるCaT1のコンフォメーション変化が示唆された。尚、CWP-Dは、CaT1を発現しているCaco-2細胞内への45Ca2+の取り込みも増加させた。CWP-Dについて、そのCaT1制御因子の特定を目的とし、ODSカラム吸着画分の45Ca2+の取り込みへの影響を調べた。吸着画分を1%含む溶液中で4時間前処理することにより、45Ca2+の取り込みが有意に増加したことから、ヒトCaT1のカルシウム取り込みを増加させる因子は、ODS吸着性を有するペプチドであることが示唆された。

総括

 本研究では、ヒトカルシウムトランスポーターCaT1をクローニングし、その構造につき検討した。ヒトCaT1をCHO細胞に定常的に発現させたことにより、CaT1のカルシウム取り込みに関する諸性質を調べ、食品由来の制御因子を探索することが可能となった。それにより、ラクトースやチーズホエー酵素分解物(CWP-D)等について、CaT1を介したカルシウム吸収性の上昇作用が認められた。その制御因子の特定および制御機構の解明については、今後の課題としたい。

カルシウムの腸管吸収

審査要旨 要旨を表示する

 カルシウムは、骨の形成や生体内の情報伝達等において重要な役割を担うイオンの一つである。カルシウムの体内への吸収の場は主に小腸であり、その吸収経路は、腸管上皮細胞の細胞間経路を通過する単純拡散輸送と、細胞内を通過する能動輸送とされ、カルシウムの供給量に依存し平行して行われている。この細胞内を通過する際に関わっているキャリアとして、1999年に、ウサギにおいてカルシウムチャネル(EcaC)が、ラットにおいてカルシウムトランスポーター(CaT1)が各々初めてクローニングされた。本研究では、ヒトCaT1の新たなクローニングとその機能解析、ヒトCaT1を定常的に発現した動物細胞の樹立、およびそれを用いた食品由来の制御因子の探索を行い、最終的には、CaT1を介したカルシウム吸収性を向上させる機能性食品開発を目指した。本論文は序論、総合討論含めて5章から成る。

 第1章の序論において本研究の背景となる知見について述べた。

 第2章では、ビトカルシウムトランスポーターCaT1のクローニングおよび発現制御について述べている。すなわち、ヒトCaT1のクローニングについて、ラットCaT1のcDNAの情報とそれと相同性の高いhuman cDNAの情報をESTから入手し、RT-PCR用のprimerの設計を行った。ヒトcDNAの情報が得られなかったN末端側の領域の解析については、ラットCaT1 cDNAの情報からプライマーを設計した後RT-PCRにて解析し、さらに解析が出来ない領域についてはヒト小腸cDNAライブラリーを用いた5'-RACEを行った。その結果、開始コドン付近4塩基分を除いた、ヒトCaT1のほぼ全長約2.2kbpをクローニングした。塩基レベルでは、ラットCaT1とは約85%、ヒトEcaCとは約85%の相同性が確認された。さらに、ヒトCaT1はそのアミノ酸配列の解析から、6回膜貫通型で、TM-5,6の間にpore領域の存在が示唆された。次に、特異性の高いヒトCaT1 cDNAのC末端領域の配列からプローブを作製し、各消化器官組織におけるヒトCaT1の発現量を、human digestive system MTN Blot(Clontech)を用いたノーザンブロッティングにて確認した。その結果、ヒトCaT1は胃や十二指腸、腔腸、回腸、盲腸、大腸といった、消化器官全般に幅広く発現が確認された。

 第3章では、ヒトCaT1高発現細胞株の樹立について述べている。すなわち、ヒトCaT1の機能解析や制御因子の探索を目的として、本来CaT1を発現してない動物細胞にヒトCaT1の定常的な発現を試みた。制限酵素サイトを付加させたプライマーを設計し、ヒトCaT1のほぼ全長約2.2kbpをRT-PCRで取得し、発現ベクターpME-Hisにサブクローニングした。得られたコンストラクトをDEAE-dextran法にて、まずCos-1細胞に一過的にトランスフェクションした。細胞を1% NP-40にて緩やかに可溶化した後、lysateをNi-resinにて処理し、吸着画分について抗hCaT1抗体を用いたウエスタンブロット法によりヒトCaT1の発現確認を行った。その結果、Cos-1細胞中に約75KDaのヒトCaT1のバンドを確認した。さらに、定常的に発現させるため、発現コンストラクトpMEHis-hCaT1 をCHO細胞にリポフェクション法にて導入し、ブラストサイジンを含む選択培地でクローンを選択して、安定発現細胞株CHO-CaT1を獲得した。Cos-1細胞同様、抗ヒトCaT1抗体を用いたウエスタンブロットにて、約75KDaのヒトCaT1の発現を確認した。

 第4章では、ヒトCaT1による細胞外カルシウムの取り込みおよびその制御因子の探索について述べている。まず、CHO-CaT1を用いた細胞内へのカルシウム吸収評価実験系に確立を行い、次細胞内へのカルシウム吸収の特徴について調べた。すなわち、1×105cells/lwellの細胞を24well plateにまき、37℃、5%CO2環境下で4日間培養した後、PBS,HBSSで洗浄した。次に5.28μM45Ca2+を含むHBSSをwellに添加して、10分間、37℃でインキュベーションした後、HBSSを取り除き、細胞をPBS(+0.05%NaN3、0.02mM CaCl2)にて洗浄後、1% Triton X-100で可溶化後回収して、その放射活性を液体シンチレーションカウンタ一にて測定した。その結果、45Ca2+の取り込みは、ヒトCaT1の発現に依存して増加すること、0〜10分の間に経時的に上昇し、その後飽和することが認められた。45Ca2+の取込みは、La3+、Gd3+、Cd2+、Co2+の重金属イオンにて抑制されたが、Fe2+、Mn2+、Mg2+では影響されなかった。また、酸性側(pH5.5)では抑制され、中性以上(pH6.5、7.5、8.5)では増加した。次に、上記カルシウム吸収実験系を用いて、様々な食品因子のヒトCaT1によるカルシウム取り込みへの影響を調べた。食品試料として、大豆タンパク質分解物、CPP(カゼイン酵素分解ペプチド)、卵黄タンパク質分解ペプチド、グアガム加水分解物、テアニン、チーズホエー酵素分解物(CWP-D)を用意した。各種試料を1%(w/v)含む培地でCHO-CaT1を4時間前処理し、その後直ちに45Ca2+の細胞内への取り込みを10分間測定した。大豆タンパク質分解物では取り込みが抑制されたが、CPP,卵黄タンパク質分解ペプチド、グアガム加水分解物、テアニンによる取り込み増加が観察され、特にCWP-Dによる有意な取り込みの増加が確認された。また、カルシウム吸収促進効果が知られているラクトースを含む(7%)培地による前処理では45Ca2+の取り込みが増加したが、7%ガラクトースは取り込みに影響せず、このことから、2糖類であるラクトースの構造が必要であることが示唆された。CWP-Dによる45Ca2+の取り込み促進効果は、前処理時間に依存して増大し、また、前処理時間を4時間に固定した場合、CWP-Dの濃度に依存(0.2%で飽和)した。さらに、1% CWP-Dによる4時間前処理により、45Ca2+の取り込みのVmaxは変化せず(1.728→1.600pmol/mg/10min)、Kmは低下(0.042→0.020mM)したことから、CWP-D前処理によるCaT1のコンフォメーション変化が示唆された。尚、CWP-Dは、CaT1を発現しているCaco-2細胞内への45Ca2+の取り込みも増加させた。CWP-Dについて、そのCaT1制御因子の特定を目的とし、ODSカラム吸着画分の45Ca2+の取り込みへの影響を調べた。吸着画分を1%含む溶液中で4時間前処理することにより、45Ca2+の取り込みが有意に増加したことから、ヒトCaT1のカルシウム取り込みを増加させる因子は、ODS吸着性を有するペプチドであることが示唆された。

 以上本論文は、新規カルシウム吸収評価実験系の確立および食品由来の新規カルシウム吸収促進因子の発見により、学術上、応用上貢献することが少なく無い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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