No | 118117 | |
著者(漢字) | 入本,慶宣 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イリモト,ヨシノブ | |
標題(和) | オリザシスタチンのホモダイマーの機能構造解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118117 | |
報告番号 | 甲18117 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2506号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | シスタチンはシステインプロテアーゼを特異的に阻害する蛋白質の総称であり、オリザシスタチンIはコメ(Oryza sativa L. japonica)中に含まれるシスタチンである。これまでの研究では、この蛋白質はパパインを量論的に阻害するほか、極めて高い耐熱性を持ち、炊飯条件である100℃、30分の加熱でパパイン阻害活性は低下しないといわれてきた。また、酸やアルカリに対しても安定でありpH2〜9の広い範囲で活性を示すといわれている。植物システインプロテアーゼは様々な時期と部位で種子内蛋白質分解(種子の成長)に関与しており、これらを内在的標的酵素とするオリザシスタチンIは種子中での蛋白質分解を調節する因子である。またオリザシスタチンIは、昆虫、細菌、ウイルスなどの感染源に存在するシステインプロテアーゼを外来性標的酵素として認識し、その活性を阻害するとも言われている。この様に、調節機能と防御機能を兼ね備えたオリザシスタチンIを、大腸菌で発現生産し医薬や機能性食品として用いる試みや、他の植物に遺伝子導入することで食用として安全な耐虫食物の開発が近年世界中で行われている。 オリザシスタチンIはダイマーになることが確認されている。一度ダイマーになると非常に安定であり、変性させないとモノマーへの変換が出来ない。このことは、これまで報告されたオリザシスタチンIの阻害活性に関する研究では注目されてこなかった。 本研究では、ダイマー化がどのような条件で引き起こされるのかを検討し、ダイマーになることでどれだけオリザシスタチン1の阻害活性に影響が出るのか、モノマー、ダイマーの阻害活性比較を行うと同時に、立体構造を解析することで解明する。 1.オリザシスタチンIのモノマーダイマー変換 大量精製法の確立 各種の測定を行うために、オリザシスタチンIの大量精製法について検討した。大腸菌による大量発現→集菌→菌体破砕→硫安沈殿→熱処理(80℃30分)→疎水性クロマトグラフィー→ゲルろ過クロマトグラフィーの手順で速やかに大量のオリザシスタチンIを精製することが可能となった。オリザシスタチンIが熱を加えても変性しないという性質を利用し熱処理を途中に加えることで、タグをつけていなくても単一タンパク質の精製がすみやかに行えるようになった。この工程で精製されたオリザシスタチンIは全てダイマー状態であった。 モノマーダイマー変換 オリザシスタチンIがどのような条件で、ダイマー化するか調べるために、いくつかの温度条件でモノマーをインキュベートし、ゲルろ過クロマトグラフィーによりモノマーとダイマーを検出した。その結果、70℃を超えたあたりからダイマー化が始まり、80℃ではほぼダイマー化することがわかった(図1参照)。インキュベートする時間についても検討を行ったが、10分間加熱すれば、ダイマー化が進行することがわかった。また、モノマーの濃度が800μMより低い場合、高温でインキュベートしてもモノマー成分が残るが、濃度を800μM 以上にすると、すべてダイマー化することがわかった。pHを9.0以上にするとダイマー化が起こることもわかっている。 ダイマー化したオリザシスタチンIを6M guanidine hydrochlorideもしくは8M urea、50%(v/v)CH3CNにより変性させた後、ゲルろ過クロマトグラフィ一を行うとモノマー化することも確認された。 2.オリザシスタチンIのモノマーとダイマーの阻害活性比較 オリザシスタチンIのモノマーとダイマーそれぞれの状態について阻害活性測定を行い比較検討した。 標的酵素をパパイン、基質にBenzoyl-arginine β-naphthylamide、検出液としてp-dimethylamino-cinnamaldehydeを用いて540nmの吸光度の変化を測定した。 その結果、同濃度で比較した場合、ダイマーはモノマーよりも阻害活性は低いが、阻害活性を持つことが確認された(図2参照)。 これまでに他のシスタチンはダイマー化すると阻害活性が無くなることが報告されており、オリザシスタチンIは他のシスタチンとはダイマー化の機構が異なることが考えられる。また、オリザシスタチンIが耐熱性を持つのは、濃度が薄く加熱しても全てがダイマー化せずモノマーが残存しているため、もしくは加熱しダイマー化が起こっても阻害活性が残っているためであると考えられる。 3.オリザシスタチンIのホモダイマーのNMR溶液構造解析 オリザシスタチンIホモダイマーの溶液中での立体構造を解析するためにNMRスペクトルを測定した。 これらのスペクトル(2D 1H-15NHSQC 3D CBCA (CO)NH HNCACB HNCO)から主鎖(HN、N、CA、CB、C')に関して94%の帰属を完了させた(以下のアミノ酸配列の下線部)。帰属に関してはソフトウェアsparkyを用いた。 ◇ Amino acid sequence of OC I MSSDGGPVLG GVEPVGNEND LHLVDLARPA VTEHNKKANS LLEFEKLVSV KQQVVAGTLY YFTIEVKEGD AKKLYEAKVW EKPWMDFKEL QEFKPVDASA NA (102) モノマーとダイマーの1H-15N HSQCを比較することで、Q52-L59、V79-L90の部分が構造変化を引き起こしていることがわかった。この二つの部位は、阻害活性に重要であると考えられている第一ループと第二ループに相当する部位である。ダイマー化した際に、この部位に何らかの構造変化が起こっているため、阻害活性が低下していると考えられる。 4.オリザシスタチンIホモダイマーのX線結晶構造解析 オリザシスタチンIホモダイマーの結晶化 オリザシスタチンIホモダイマーのX線結晶構造解析にむけて結晶化条件のスクリーニングを行った。リザーバー溶液の種類、タンパク質濃度、温度、pHの条件を検討することで、次の最適条件で単結晶を得ることが出来た(図3参照)。 タンパク質溶液:15mg/ml OCId,10mM MES, pH6.0 リザーバー溶液:33%PEG4000, 0.1M MES, pH6.0 温度:20℃ 上記の結晶についてシンクロトロン放射光で測定を行ったところ、2.9A程度の分解能のデータを得ることに成功した。 5.まとめ 温度条件、濃度、pHを変化させたり、変性させることでオリザシスタチンIを自由にダイマーやモノマーに変換出来るようになった。 また、オリザシスタチンIのモノマーとダイマーの阻害活性を比較した所、ダイマーはモノマーよりも阻害活性は低くなるが、他のシスタチンとは違い、ダイマー状態になっても阻害浩性を持つことがわかった、このことから、オリザシスタチンIは他のシスタチンとはダイマー化の機構が違う可能性が示唆された。 NMRスペクトルの解析により、オリザシスタチンIはダイマー化すると、阻害活性に重要とされている第一ループと第二ループの構造が変化していることがわかった。このためオリザシスタチンIはダイマー化すると阻害活性が低下すると考えられる。 オリザシスタチンIホモダイマ一の結晶化に成功し、2.9A程度の分解能のデータを得ることに成功した。 図1 OC-Iのダイマー化(100μM) 図2 OC-Iの阻害活性測定 図3 OC-I ダイマーの結晶 | |
審査要旨 | 本論文は、イネの種子に含まれるシステインプロテアーゼインヒビターである、オリザシスタチンIのホモダイマーの阻害活性と構造との相関について、解析を行った結果について述べている。生化学的解析と立体構造解析という二つの手法を組み合わせることで、オリザシスタチンIホモダイマーの活性機構の解明を行った。本論文は5章からなる。 序章においては、オリザシスタチンIのこれまでの研究が説明された。 第二章では、オリザシスタチンIの精製法を改良し、モノマーダイマー変換の外的環境の条件が検討された。その結果、精製過程に熱処理を加えることで、すみやかに大量のオリザシスタチンIを精製することが可能となった。また、温度、タンパク質濃度、pH等の条件を変化させたり、変性させることでオリザシスタチンIは、その状態をモノマーからダイマーに、もしくはダイマーからモノマーに自由に変換できることが説明された。外的環境に極度に変化が起こった際に、オリザシスタチンIはその構造を変化することが示唆された。 第三章では、オリザシスタチンIのモノマー状態とダイマー状態のプロテアーゼ阻害活性が比較された。その結果、ダイマー状態の方がモノマー状態よりも阻害活性は低くなることがわかった。また、オリザシスタチンIがモノマーからダイマーへ、もしくはダイマーからモノマーへ状態が変化する過程において、その系全体の阻害活性能に変化が起こることもわかった。このことから、外的環境が変わることで、オリザシスタチンIは自分自身の状態(構造)変化を起こし、阻害活性能を変化させることで、プロテアーゼ活性の制御を行っていることが示唆された。 オリザシスタチンIはイネの種子に存在するタンパク質であり、イネの生育段階で様々な環境変化による影響を受けると考えられる。それは発芽の時や、外敵の体内に取り込まれた時など、様々な場合が考えられる。その際にオリザシスタチンIは自分自身でコンフォメーションを変化させて、プロテアーゼ活性を制御し、イネの生長を促したり、外敵から身を守ってきたことが示唆された。 また、他のシスタチンとは違い、オリザシスタチンIはダイマー状態になっても阻害活性を持つことが説明された。このことから、オリザシスタチンIは他のシスタチンとはダイマー化の機構が違う可能性が示唆された。 第四章では、NMRによりオリザシスタチンIの溶液構造の解析が行われた。ラベルしたオリザシスタチンIを大量精製し、スペクトルの測定を行い、連鎖帰属により主鎖のHN、N、Cα、Cβ、C'の化学シフトがほぼ決定された。NMRスペクトルの比較により、オリザシスタチンIはダイマー化すると、阻害活性に重要とされている第一ループと第ニループの構造が変化していることがわかった。このためオリザシスタチンIはダイマー化すると阻害活性が低下すると示唆された。 第五章では、オリザシスタチンIホモダイマーの結晶化とX線結晶構造解析が行われた。オリザシスタチンIホモダイマーの結晶化に成功し、2.9A程度の分解能のデータを得ることに成功した。また、モデル分子を用いて分子置換法を行った。 以上の研究により、初めて植物由来のシスタチンのダイマーに関する詳細な情報が得られた。植物においては、オリザシスタチンI以外にもその植物固有のシスタチンが存在するが、アミノ酸配列の相同性が高いために、その構造や、状態変化の挙動、活性制御には共通点がみられることが考えられる。 本研究で得られた知見は、学術上貢献するところが大きいと考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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