学位論文要旨



No 118118
著者(漢字) 植松,君夫
著者(英字)
著者(カナ) ウエマツ,キミオ
標題(和) 根寄生植物のAキナーゼに関する研究
標題(洋)
報告番号 118118
報告番号 甲18118
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2507号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 助教授 小西,博昭
内容要旨 要旨を表示する

 ヤセウツボ(Orobanche minor Smith)は、クロロフィルを全く持たず、栄養を寄主に全面的に依存する全寄生型の根寄生性植物である。その生態の特徴は、通常の植物と異なり、寄主の根から分泌される物質による発芽誘導、屈化性による幼根の伸長、寄主の維管束への侵入、栄養分の吸収及び代謝、寄主との相互作用などがあげられる。

 特に種子発芽は、通常の種子植物が一定の水分及び温度条件下で培養されることにより発芽するのに対し、ヤセウツボ種子は一定の水分及び温度条件下で前培養(コンディショニング)された後、寄主の根から分泌される物質を受容することにより発芽の誘導が起こる。このような点から、発芽刺激が入った時点が明らかである利点があり、発芽誘導を研究する上で有用な植物と考えられた。また、このような発芽刺激から発芽に至るまでのシグナル伝達において、プロテインキナーゼが何らかの役割を果たしていることが予想された。そこで、本研究では発芽誘導の調節を解明する目的で、前培養終了後、発芽刺激受容可能となった種子より、プロテインキナーゼのスクリーニングを行った。

1.ヤセウツボAキナーゼ触媒サブユニットの単離とその機能解析

 3日間コンディショニングを行ったヤセウツボ種子よりRNAを抽出し、それを鋳型にプロテインキナーゼの保存配列をもとに作成した縮重プライマーを用いて、RT-PCRを行った。その結果、数種類のプロテインキナーゼに相同性を示す断片の取得に成功した。その中にAキナーゼ(CAMP-dependent protein kinase : PKA)の触媒サブユニットに高い相同性を示すクローンが見い出された。現在までに高等植物からAキナーゼの単離はされておらず、また、ゲノムプロジェクトの結果より、シロイヌナズナにはAキナーゼは存在しないことが明らかとなった。これらの事から植物界におけるAキナーゼの役割に興味が持たれたので、更に詳細な解析を行った。得られた断片をもとにプライマーを作成し、RACE PCR法によりヤセウツボAキナーゼ触媒サブユニット遺伝子の取得を目指した。その結果、Aキナーゼ触媒サブユニットに相同性を示す2種類の遺伝子の単離に成功した。1つはコンディショニング終了時の種子RNAより単離されたPKA1で、376アミノ酸をコードしていた。RT-PCR法により、その発現はコンディショニングにより誘導され、かっ、種子にのみ特異的に発現していることが明らかになった。このことからPKA1は種子発芽時に何らかの機能を果たしていることが推察された。もう一方は発芽後生育した植物体RNAより単離されたPKA2で、未だN末端領域を欠いたものしか得られていないものの、全体にわたりAキナーゼ触媒サブユニットに高い相同性を示した。RT-PCR法により、その発現は発芽刺激後の種子、花及び茎に確認された。以上のことからヤセウツボには少なくとも2種類のAキナーゼ触媒サブユニットが存在することが明らかとなった。

 全長のクローニングに成功したPKA1に関して、組換え型蛋白質を作成し、それがAキナーゼ活性を示すか検討した。g14lutathione S-transferase (GST)を融合したPKA1を大腸菌で発現させ、精製を行い得たサンプル、及びHAタグを付加したPKA1を動物細胞で発現させ、免疫沈降にて得たサンプルについて、Aキナーゼの合成基質であるkemptideを基質に用いたin vitroキナーゼアッセイを行った。その結果、両者組換え型PKA1は、kemptideをリン酸化する活性を有していることが明らかとなり、クローニングしたPKA1遺伝子がヤセウツボAキナーゼ触媒サブユニット遺伝子であり、また、ヤセウツボ種子においてAキナーゼとして何らかの機能を果たしていることが示唆された。

2.ヤセウツボAキナーゼ調節サブユニットの単離

 通常Aキナーゼは触媒サブユニット2つと調節サブユニット2つから成るテトラマーを形成しており、キナーゼとして不活性状態にある。外部からの刺激により細胞内でセカンドメッセンジャ一であるCAMPが増加すると、調節サブユニットにcAMPが結合する。そして触媒サブユニットが、調節サブユニットと解離することによってキナーゼとして活性状態になる。ヤセウツボにおいてPKA1がAキナーゼとして機能し、何らかの役割を果たしているのであれば、PKA1に結合してその活性を調節する調節サブユニットが存在することが考えられた。そこで、Aキナーゼ調節サブユニットの保存配列をもとに縮重プライマーを作成し、RT-PCR法によりそのような調節サブユニットのクローニングを行った。その結果、コンディショニングの終了した種子RNAよりAキナーゼ調節サブユニットに高い相同性を示す断片を得た。この断片をもとにRACE PCRを行うことにより、その遺伝子全長の取得に成功した。このヤセウツボAキナーゼ調節サブユニット(REG)は、343アミノ酸をコードしており、全体に渡ってAキナーゼ調節サブユニットに高い相同性を示した。このように、触媒サブユニットのみならず調節サブユニットも得られたことから、ヤセウツボ種子において実際にAキナーゼが機能していることが強く示唆された。

3.ヤセウツボにおけるcAMPの存在様式の解析

 ヤセウツボ生体内におけるAキナーゼの機能を明らかにする目的で、種子発芽時におけるcAMP量の定量を行った。その結果、コンディショニング開始後24時間でcAMP量の上昇が始まり、コンディショニングが終了する72時間までその上昇が確認された。他の植物においてもcAMPの存在は確認されているが、状況によってcAMPレベルの明確な変動が確認されたのは初めてであり、植物においてもcAMPがセカンドメッセンジャーとして機能し得ることが示唆された。よって、cAMPの下流として働くAキナーゼは、種子発芽の準備段階であるコンディショニング期間に何らかの機能を果たしていることが推察された。

4.ヤセウツボ種子ピルビン酸キナーゼのPKA1によるリン酸化

 PKA1によるシグナル伝達の存在を知るためにその基質を検索した。他の生物においてAキナーゼによりリン酸化されその活性を調節される分子として、ピルビン酸キナーゼが知られている。そこでヤセウツボにおいてもピルビン酸キナーゼがその基質となるかを検討した。ピルビン酸キナーゼは通常N末端付近をAキナーゼによってリン酸化されることが明らかになっているため、遺伝子のN末端半分を増幅するような縮重プライマーを作成し、種子RNAを用いてRT-PCRを行った。その結果、2種類のピルビン酸キナーゼ断片が得られた。一方はAキナーゼによってリン酸化されるピルビン酸キナーゼと高い相同性を有しており、他方はリン酸化を受けないものに相同性を示した。これらをMaltose binding protein(MBP)を融合した組み換え型蛋白質として大腸菌で発現させ精製し、GST-PKA1によるリン酸化を検討した。その結果、Aキナーゼによるリン酸化が予想されたピルビン酸キナーゼ断片が、PKA1によってリン酸化されることが明らかとなった。これらの結果からヤセウツボにおいても他の生物と同様にAキナーゼがピルビン酸キナーゼをリン酸化し、その活性を調節していることが示唆された。

 以上のように、本研究では寄生植物ヤセウツボより、Aキナーゼ触媒サブユニットPKA1及び調節サブユニットREGを単離し、その機能解析を行った。その結果、高等植物から単離されていなかったAキナーゼがヤセウツボには存在し、CAMPにより活性調節がなされ、ピルビン酸キナーゼなどのリン酸化を通して代謝を調節している可能性が示された。本研究で、植物界においてもCAMPが他の生物と同様にセカンドメッセンジャーとして機能することが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 ヤセウツボは、クロロフィルを全く持たず、栄養を寄主に全面的に依存する全寄生型の根寄生性植物である。その生態の特徴は、通常の植物と異なり、寄主の根から分泌される物質による発芽誘導、屈化性による幼根の伸長、寄主の維管束への侵入、栄養分の吸収及び代謝、寄主との相互作用などがあげられる。特に種子発芽は、通常の種子植物が一定の水分及び温度条件下で培養されることにより発芽するのに対し、ヤセウツボ種子は一定の水分及び温度条件下で前培養(コンディショニング)された後、寄主の根から分泌される物質を受容することにより発芽の誘導が起こる。このような点から、発芽刺激が入った時点が明らかである利点があり、現在まで不明な点の多い、植物の発芽機構を研究する上で有用な植物と考えられた。

 本論文はこのような背景のもとに、発芽刺激受容可能となった種子より、プロテインキナーゼのスクリーニングを行い、その結果得られたAキナーゼについてその種子における機能の解析を行い、Aキナーゼを構成する2つのサブユニット遺伝子の単離、それらタンパク質の機能解析結果、Aキナーゼの活性化因子であるcAMPの、種子における定量的な解析結果、および種子におけるAキナーゼの基質分子の解析結果について述べており、七章から成る。

 第一章で背景を述べた後、第二章では発芽刺激から発芽に至るまでのシグナル伝達における、プロテインキナーゼの役割を解明するために、発芽刺激受容可能となった種子よりプロテインキナーゼのスクリーニングを行っている。その結果、数種類のプロテインキナーゼに相同性を示す断片の取得に成功し、その中にAキナーゼ触媒サブユニットに高い相同性を示すクローンを見出した。

 第三章ではAキナーゼの種子発芽における役割を明らかにするために更に詳細な解析を行った。その結果、ヤセウツボ種子RNAと花芽RNAより、2種類のAキナーゼ触媒サブユニットに高い相同性を示す遺伝子を単離した。発現解析の結果、PKA1は種子特異的に発現していることが明らかとなり、PKA1が種子においてなんらかの機能を果たしていることが示唆された。

 第四章ではAキナーゼの調節サブユニットのクローニングを行い、Aキナーゼの調節サブユニットに高い相同性を示す遺伝子REGの単離を述べている。REGの組み換え型タンパク質を作成し、これを用いてcAMP結合活性を測定し、組み換え型REGタンパク質はcAMP結合活性を有していることが明らかとなった。このことからREGがヤセウツボAキナーゼの調節サブユニットであることが示唆され、ヤセウツボ種子において、cAMPを介した情報伝達系が存在し、Aキナーゼがその一部としてなんらかの機能を果たしていることが強く示唆された。

 第五章ではin vivoでのAキナーゼ活性調節の可能性を探す上で、Aキナーゼの活性化因子であるcAMPの種子における定量的な解析を行った。その結果、コンディショニング開始後24時間からcAMP量は上昇しはじめ、コンディショニング終了となる72時間まで上昇し続けることが明らかとなった。このことから、ヤセウツボ種子においてAキナーゼはコンディショニング期間中に活性化され機能を果たしていることが示唆された。

 第六章では得られたPKA1遺伝子産物の活性を調べている。PKA1の組み換え型タンパク質を作成し、これを用いてAキナーゼ活性を測定した。その結果、組み換え型PKA1タンパク質はAキナーゼ活性を有していることが明らかとなった。このことからPKA1がヤセウツボAキナーゼの触媒サブユニットであることが強く示唆された。

 第七章ではAキナーゼの基質分子の探索を行った。他の生物における知見から、ピルビン酸キナーゼに着目し、ヤセウツボピルビン酸キナーゼがヤセウツボAキナーゼによりリン酸化されるか検討した。ヤセウツボ種子よりピルビン酸キナーゼのスクリーニングを行い、ピルビン酸キナーゼに相同性を示す2種類の断片PyK1、Pyk2の取得について述べている。これら組み換え型タンパク質を用いて、Aキナーゼによるリン酸化を検討した。その結果、構造上予想されたPyK1のみがリン酸化されることが判明した。従って、ヤセウツボ種子において、Aキナーゼがピルビン酸キナーゼをリン酸化し、その活性を調節することにより代謝調節を行っていることが示唆された。

 第八章では、総合討論と今後の展望について述べている。

 以上、本論文は寄生植物ヤセウツボより、現在まで植物より単離されていなかったAキナーゼを単離し、その種子における機能解析を行うことにより、有用な知見を供給したもので、学術上応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク