学位論文要旨



No 118122
著者(漢字) 清水,知宏
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,トモヒロ
標題(和) 原核生物におけるイソプレノイドの生合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 118122
報告番号 甲18122
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2511号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

 生体の構成成分として、また種々の生理活性物質として、生体内で多様な役割を担っているステロイドやカロテノイドなどのいわゆるイソプレノイドは、イソペンテニルニリン酸(IPP)とジメチルアリルニリン酸(DMAPP)を基本単位とした縮合反応によって生成される。酵母などの真核生物を用いた詳細な研究成果から、これらの基本単位は全ての生物においてメバロン酸経路を経て生合成されると信じられてきた。しかし、Rohmerらはメバロン酸経路とは異なる全く新しいIPPの生合成経路、すなわち2-C-methyl-D-erythritol 4-phosphate(MEP)経路(非メバロン酸経路)の存在を提唱し、それが高等植物の色素体や緑藻、多くの真正細菌といった広範囲の生物に分布していることを報告した。次いでMEP経路の初発反応であるpyruvateとD-glyceraldehyde 3-phosphate(GAP)の縮合による1-deoxy-D-xylulose 5-phosphate(DXP)の生成が報告され、多数のグループによる精力的な研究が開始された。当研究室ではDXPの生成に続く第2段階から第5段階の反応の解明に成功したが、それ以降の経路については未解明のままである。また、大腸菌や枯草菌をはじめとする多くの真正細菌がMEP経路を利用する一方、一部のグラム陽性菌はメバロン酸経路を利用すること、さらに、両経路を併せ持つ放線菌が存在することが判明してきており、原核生物におけるイソプレノイド生合成経路の多様性が注目を集めている。

 本研究は、真核生物に比べて研究の遅れていた原核生物におけるイソプレノイドの生合成に関して、MEP経路およびメバロン酸経路の詳細を解析するとともに、これを応用した特異的阻害剤の探索を目的として行ったものである。

1. MEP経路特異的阻害剤の探索

 ヒトを含めた高等動物はメバロン酸(MVA)を経るメバロン酸経路のみを利用していると考えられる。さらに、MEP経路を利用する微生物の生育には同経路が必須であること、植物のクロロフィル合成にもMEP経路が必須であることより、MEP経路の阻害剤は安全な抗菌剤や除草剤のリード化合物になり得ると期待される。また、未解明のMEP経路の生合成研究においても、MEP経路の阻害剤は極めて有用なツールとして利用できると考えられる。以上の理由から、MEP経路特異的阻害剤の取得を目的として探索を行った。

 まず、特徴的な抗菌スペクトルを指標にMEP経路特異的阻害剤の候補として、これまで標的未知であったfosmidomycin(FMM)を見出した。その作用について検討したところ、FMMはMEP経路の第二段階の酵素であるDXP reductoisomerase(DXR)に対して、強い阻害活性を持つことが判明した。次いでそのKi値を9.4nMと決定し、拮抗型の阻害型式であることを明らかにした。また、FMMは実際に大腸菌の野生株の生育を阻止したが、この生育阻害はDXRの反応生成物MEPのアルコール体、2-C-methyl-D-erythritolの添加によって消失し、生育が回復した。さらにFMMは、dxr遺伝子を破壊した大腸菌に対しては全く阻害活性を示さなかった。これらの結果から、FMMはDXRの反応を特異的に阻害すると結論づけ、初のMEP経路特異的阻害剤を見出すことができた。

2.放射菌のメバロン酸経路生合成遺伝子クラスターの解析と特異的阻害剤の探索系への応用

 一般に放線菌はMEP経路のみを利用して生育するが、当研究室で発見されたnaphterpin生産菌Streptomyces sp. CL190株を含む幾つかの放線菌はメバロン酸経路をも利用し、二次代謝産物としてイソプレノイドを生産することが明らかになってきた。当研究室では放線菌Streptomyces sp. CL190株のメバロン酸経路生合成遺伝子クラスターのクローニングに成功しており、このクラスター内には、アミノ酸配列の相同検索からIPP isomerase(IDI)を除くメバロン酸経路の全ての酵素、すなわち3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A (HMG-CoA) synthase、HMG-CoA reductase、MVA kinase(MVAK)、phosphomevalonate kinase(PMVAK)、diphosphomevalonate decarboxylase(DPMVAD)が含まれていることが示唆されていた。さらに、同クラスター内に新しいタイプ(type2)のIDIが存在することが当研究室にて明らかにされた。そこで、これまで原核生物においては詳細な解析が行われていなかったMVAK、PMVAK、DPMVADについて、まず大量発現系の構築を行い、酵素学的諸性質を明らかにした。その結果、これらの酵素の最大反応速度は、細胞膜成分としてイソプレノイドを大量に必要とするカビや酵母のそれらと比較すると10倍以上小さいことが判明した。

 次いで、これらのメバロン酸経路の遺伝子を利用してMEP経路特異的阻害剤の探索系を構築した。この系の有効性について先述したFMMを用いて確認したところ、MEP経路特異的な抗菌活性を極めて高い感度で検出できることが判明した。現在、この系を用いて当研究室でスクリーニングを実施しており、有用な特異的阻害剤の発見が期待される。

3. MEP経路の未知段階の解明

 当研究室では継続してMEP経路の全貌の解明に向けて取り組んできており、既にDXPの生成に続く4段階の反応によって2-C-methyl-D-erythritol 2,4-cyclodiphosphate(MECDP)が生成するまでを明らかにしていたが、最終生成物であるIPPおよびDMAPPに至るまでの後半部分の反応については依然として不明であった(図2)。MECDPからは少なくとも2段階以上の反応が残されていることが予想されたが、これまで候補遺伝子として取得していたのはgcpE遺伝子のみであり、関与する反応についても不明であったため、さらに候補遺伝子を取得し、検討する必要があった。

 一方、当研究室や他の研究グループの結果から、MEP経路は後半部分のある段階でIPPとDMAPPのそれぞれを生成する経路に分岐していることが裏付けられた。そこで分岐以降の反応に関与する新しい遺伝子を取得するため、次のような探索系を構築した。まず大腸菌のIDIをコードしているidi遺伝子の破壊株(DK310)を作製し、さらにMVAK、PMVAK、DPMVAD遺伝子を導入した(図1左)。本菌において、MVAの添加時のみメバロン酸経路により、IPPの供給が可能になる。この探索系Iを用いて、変異処理後のMVA要求性を指標に、分岐以降のIPPに至る経路に関与する遺伝子の探索を行った。

 探索の結果、機能未知のlytB遺伝子が候補として得られた。ゲノムプロジェクトが終了した生物を対象にlytB遺伝子と高い相同性を持つ遺伝子の分布を調べたところ、MEP経路を利用することが判明している生物種の分布に一致した。また、取得したlytB変異株にtype2 IDIを導入した菌株(図1右)は、MVA要求性が消失したが、これは分岐後のDMAPPへの経路からIPP isomeraseを経て迂回したIPPの供給によるものだと考えられた。以上の理由から、lytB遺伝子がMEP経路の分岐後のIPPへの経路に関わることが強く示唆された。

 一方、他の研究グループによって、gcpE遺伝子産物がMECDPを(E)-4-hydroxy-3-methyl-2-butenyl diphosphate(HMBDP)に変換する反応に関与することが示唆された(図2)。次いで、lytB遺伝子産物がHMBDPをIPPとDMAPPのそれぞれに変換することが示唆され、MEP経路の後半はHMBDPから分岐していることが予想された。しかしながら、これらの研究で用いられた酵素反応系には菌体の粗抽出液の添加が必要であったことから、酵素レベルでの完全な証明には、反応に関与する何らかの蛋白質あるいは補酵素などの低分子を同定する必要があった。

 また、大腸菌や結核菌などの微生物の非蛋白性低分子化合物がヒト免疫系のγδT細胞を刺激し、増殖を促進する活性を持つことが知られていたが、その様な強い増殖促進活性を持つ化合物としてHMBDPが報告された。そこで、先述したlytB変異株についてγδT細胞に対する増殖促進活性を測定した結果、野生株と比較して約300倍強い活性を持つことが判明し、lytB遺伝子産物の反応が阻害されることによって菌体内にHMBDPが蓄積していることが示唆された。したがって、このγδT細胞に対する増殖促進活性の変化を指標にすることにより、分岐前ならびに分岐後のDMAPPへの経路に関わる遺伝子が取得できると考えられた。そこで、C.T.Moritaらが探索系II(図1右)を用いてトランスポゾンによるMEP経路変異株の探索を実施したところ、新たにfldA遣伝子破壊株を取得した。このfldA破壊株はγδT細胞に対する増殖促進活性が野生株とほぼ同程度まで低下しており、生育にMVAを要求したため、HMBDP以前の段階でMEP経路が遮断されていると者ネられた。さらにこの破壊株のMVA要求性はfldA遣伝予を挿入したプラスミドで形質転換することにより相補された。大腸菌においてfldA遺伝予がコードするflavodoxin Iは、種々の酵素反応において電子伝達体として作用し、fpr遺伝子がコードするflavodoxin reductaseと対になって生体内の還元反応に関与することが知られている。以上の理由から、F1dAがGcpEと共同してMECDPからHMBDPへの変換反応に関与していることが示唆された。

 現在、MEP経路に関与することが判明したgcpE、lytB、fldAおよびfprの各遺伝子産物を大量発現させて得た組換え蛋白質と、予想される種々の補酵素とを組み合わせて、MECDPやHMBDPを基質とした酵素反応の進行について検討中である。

図1 MEP経路に関与する遺伝子の探索系((左)探索系I(右)探索系II)

図2 MEP経路

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、原核生物におけるイソプレノイド生合成に関して、生合成経路の解明と特異的阻害剤の発見をめざして行ったものであり、序論に続く3章からなる。

 序論では、研究の背景、ならびに本研究の目的と意義について述べている。

 第1章では、イソプレノイド生合成における2-C-methyl-D-erythritol 4-phosphate(MEP)経路の阻害剤を探索した。ヒトを含めた高等動物はイソプレノイド生合成にメバロン酸(MVA)経路のみを利用している。したがって、MEP経路の阻害剤は安全な抗菌剤や除草剤のリード化合物になり得ると期待される。まず、特徴的な抗菌スペクトルを指標にMEP経路特異的阻害剤の候補として、これまで標的未知であったfosmidomycin(FMM)を見出した。その作用について検討したところ、FMMはMEP経路の第二段階の酵素であるDXP reductoisomerase(DXR)に対して、強い阻害活性を持つことが判明した。次いでそのKi値を9.4nMと決定し、拮抗型の阻害型式であることを明らかにした。また、FMMは実際に大腸菌の野生株の生育を阻止したが、この生育阻害はDXRの反応生成物MEPのアルコール体、2-C-methyl-D-erythritolの添加によって消失し、生育が回復した。さらにFMMは、dxr遺伝子を破壊した大腸菌に対しては全く阻害活性を示さなかった。これらの結果から、FMMはDXRの反応を特異的に阻害すると結論づけた。

 第2章では、放線菌のメバロン酸経路生合成遺伝子クラスターの解析を行った。当研究室では放線菌Streptomyces sp.CL190株のメバロン酸経路生合成遺伝子クラスターのクローニングに成功しており、このクラスター内には、アミノ酸配列の相同性検索からIPP isomerase(IDI)を除くメバロン酸経路の全ての酵素、すなわち3-hydroxy-3-methylgulutaryl coenzyne A(HMG-CoA) synthase、HMG-CoA reductase、MVA kinase(MVAK)、phosphomevalonate kinase(PMVAK)、diphosphomevalonate decarboxylase(DPMVAD)が含まれていることが示唆されていた。さらに、同クラスター内に新しいタイプ(type2)のIDIが存在することが当研究室にて明らかにされた。そこで、これまで原核生物においては詳細な解析が行われていなかったMVAK、PMVAK、DPVAVADについて、まず大量発現系の構築を行い、酵素学的諸性質を明らかにした。その結果、これらの酵素の酵素学的性質は真核生物の酵素と比較すると、最大反応速度は小さく、また、Km値は大きいことが判明した。次いで、これらのメバロン酸経路の遺伝子を利用してMEP経路特異的阻害剤の探索系を構築した。この系の有効性について先述したFMMを用いて確認したところ、MEP経路特異的な抗菌活性を極めて高い感度で検出できることが判明した。

 第3章では、MEP経路の未知段階の解明をめざして経路の解析を行った。当研究室では、既にDXPの生成に続く4段階の反応によって2-C-methyl-D-erythritol 2,4-cyclodiphosphate(MECDP)が生成するまでを明らかにしていたが、最終生成物であるIPPおよびDMAPPに至るまでの後半部分の反応については依然として不明であった。またMECDPからは少なくとも2段階以上の反応が残されていることが予想されたが、これまで候補遺伝子として取得していたのはgcpE遺伝子のみであり、関与する反応についても不明であった。一方、MEP経路の後半部分はIPPとDMAPPのそれぞれを生成する経路に分岐することが示唆されていた。そこで分岐以降の反応に関与する新しい遺伝子を取得するため、大腸菌のIDIをコードしているidi遺伝子の破壊株(DK310)を作製し、さらにMVAK、PMVAK、DPMVAD遺伝子を導入した。本菌において、MVAの添加時のみメバロン酸経路により、IPPの供給が可能になる。この探索系を用いて、変異処理後のMVA要求性を指標に、分岐以降のIPPに至る経路に関与する遺伝子の探索を行った。探索の結果、機能未知のlytB遺伝子が候補として得られた。ゲノムプロジェクトが終了した生物を対象にlytB遺伝子と高い相同性を持つ遺伝子の分布を調べたところ、MEP経路を利用することが判明している生物種の分布に一致した。また、取得したlytB変異株にIDIを導入した菌株は、MVA要求性が消失したが、これは分岐後のDMAPPへの経路からIPP isomeraseを経て迂回したIPPの供給によるものだと考えられた。以上の理由から、lytB遺伝子がMEP経路の分岐後のIPPへの経路に関わることが強く示唆された。

 一方、他の研究グループによって、gcpE遺伝子産物がMECDPを(E)-4-hydroxy-3-methyl-2-butenyl diphosphate(HMBDP)に変換する反応に関与することが示され、次いで、lytB遺伝子産物がHMBDPをIPPとDMAPPのそれぞれに変換することが示唆された。一方、HMBDPがヒト免疫系のγδT細胞の増殖を強く刺激することが報告されたため、先述したlytB変異株についてγδT細胞に対する増殖促進活性を測定したところ、野生株と比較して約300倍強い活性を持つことが判明し、lytB伝子産物の反応が阻害されることによって菌体内にHMBDPが蓄積していることが示唆された。これの結果に基づき、MoritaらはlytB変異株におけるγδT細胞の増殖刺激の消失を指標に、MEP経路変異株として新たにfld A遺伝子破壊株を取得した。大腸菌においてfldA遺伝子がコードするflavodoxin Iは、種々の酵素反応において電子伝達体として作用し、fpr遺伝子がコードするflavodoxin reductaseと対になって生体内の還元反応に関与することが知られている。そこで、MEP経路に関与することが判明したgcpE、lytB、fldAおよびfprの各遺伝子産物を大量発現させて得た組換え蛋白質と、予想される種々の補酵素とを組み合わせて、MECDPやHMBDPを基質とした酵素反応について検討したが、反応の進行は検出されなかった。

 以上、本研究は、重要な代謝経路でありながら今まで未解明領域の多かったイソプレノイド生合成に関して、特異的阻害剤の発見と生合成遺伝子および酵素の解析を行ったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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