学位論文要旨



No 118123
著者(漢字) 高橋,太一
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,タイチ
標題(和) 生物活性を有する複素環化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 118123
報告番号 甲18123
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2512号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 東原,和成
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 複素環化合物の中には大変興味深い活性を示すものが多く、医薬をはじめとして、農薬、食品添加物、香料などの様々な分野で利用されている。有機合成化学において、これら複素環化合物の新規合成法開発は重要視されている。本研究では含窒素化合物であるグアニジン誘導体と含酸素化合物であるオキシリピン類に注目し、それらの簡便あるいは立体選択的な合成法の開発を目的とし、以下研究を行った。

1.環状グアニジン誘導体の合成

 環状グアニジン誘導体の中には様々な生理作用を有するものが多く存在する。イミダゾイミダゾリンおよびイミダゾピリミジン1は血糖降下作用を示し、イミダゾピリミジノン2は鎮静および麻酔作用を有する。また、イミダゾピリミジノン3は生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンに対して拮抗作用を示す。筆者はこれらに特有な環状グアニジン骨格の新規合成法の開発を目的とし、研究を行った。

 ヘテロクムレンの一種であるカルボジイミドの求電子性に注目し、グアニジン誘導体の新規合成法を考案した。まず、分子内に求核剤NHと求電子性の官能基Yを併せ持つカルボジイミド4を合成する。4のクムレン炭素は反応性が高いため、容易に分子内NHの求核付加を受け、5が生じる。さらに5のNHが分子内の求核剤Yと反応することにより、環状グアニジン誘導体6が得られると考えた。

 求電子性の官能基Yとしてオレフィンを含むカルボジイミドを調製し、分子内求核付加、続くヨード環化反応によりイミダゾキナゾリノン7、イミダゾイミダゾリノン8およびイミダゾピリミジノン9を合成した。

 また、求電子基Yとしてエステルを有するカルボジイミドの分子内求核付加、続く求核置換反応により、イミドゾイミダゾリジノン9、イミダゾピリミジノン10、およびイミダゾキナゾリジノン11、12の合成をおこなった。

 さらに閉環反応として分子内マイケル付加反応を利用し、イミダゾピリミジノン13を合成した。また、エポキシドヘの求核置換反応を利用しオキサシノキナジリン14を合成した。以上のように連続的な環化反応を組み合わせて様々な環状グアニジン誘導体を簡便に合成することに成功した。

2.オキシリピンの合成

 1969年にカリブ海産の腔腸動物であるヤギからプロスタグランジン類が発見されて以来、様々な海洋生物からエイコサノイド類が発見されている。これらは哺乳類から単離されるものとは区別され、オキシリピンと総称されている。

 1989年に山田らのグループによって、海綿Halichondria okadaiからオキシリピンの一種であるhalicholactoneが単離、構造決定された。この化合物はアラキドン酸より15-リポキシゲナーゼの作用を経て生合成されると考えられ、系内には不飽和9員環ラクトンとシクロプロパン環を有する。モルモット多型核白血球由来の5-リポキシゲナーゼに対して阻害活性を示す。現在までにいくつかのグループによってhalicholactoneの全合成が報告されているが、筆者らはより簡便な合成を目的として研究を行った。

 光学活性なケトオール15の二級水酸基の保護とシリルエノールエーテル化により16を得た。このシリルエノールエーテル16をオゾン酸化によって開裂しアルデヒド17とした後、Wittig反応によってメチレン化した。さらにt-ブチルエステル18へと変換し、塩基条件下トランス体への平衡について検討した。18-クラウン-6、モレキュラーシーブス4A存在下、カリウムt-ブトキシドを用いることで収率良くトランス体19を得ることができた。エステルを還元しアルコール20に変換後、酸化することによりアルデヒド21を得た。

 ヨードアルケン22とアルデヒド21のカップリング反応(NHK反応)により23を優先的に得た後、保護基の変換、5-ヘキセン酸との脱水縮合により24を得た。閉環メタセシス(RCM)反応により8員環を構築後、アセチル基の除去によりha1icholactoneの全合成を達成した。

 一方、1996年にShinらのグループによってヒドロ虫Solanderia secundaからファルネシル蛋白トランスフェラーゼ阻害活性を有するsolandelactone類が単離、構造決定された。総炭素数22からなり、8員環ラクトンとシクロプロパン環を有するsolandelactone類はドコサペンタエン酸およびドコサヘキサエン酸代謝物質であると考えられている。筆者はhalicholactoneの合成中間体であるアルコール20を用い、RCM反応による8員環ラクトンの構築およびNHK反応による側鎖の導入を利用した合成経路を考案した。

 アルコール20からジェン26を調製しRCM反応による8員環の構築について検討した。種々条件を検討した結果、チタニウム(IV)イソプロポキシド存在下80℃で反応することにより低収率ながら環化体27を得ることに成功した。しかし、0.1mMの高希釈条件下であったにもかかわらず同量の二量体が生成した。

 そこで別法として山口法による環化を試みた。アルコール20をオゾン酸化によりアルデヒド28へ変換後、Wittig反応、光延反応、加水分解によってシス体のγ,δ-不飽和カルボン酸29へ誘導した。山口法による環化反応では0.01Mの希釈条件下で二量体の生成を抑えることができ、高収率で27を得ることに成功した。得られた27からPMB基の脱保護、酸化によりアルデヒド30を調製した。また、Pearlman触媒で、水素添加することにより31とし、アルデヒド32を得た。

 最後にアルデヒド30,32とL-リンゴ酸から調製したヨードアルケン33とのNHK反応、続く脱保護によりsolandelactone C,D,G,Hの最初の全合成を達成した。

 以上のように筆者はカルボジイミドの連続的な環化反応を利用し、環状グアニジン誘導体の簡便な新規合成法を確立した。また光学活性なケトオール15をキラルビルディングブロックとして利用し、halicholactoneおよびsolandelactone類の立体選択的な全合成経路を達成した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は生理活性を有する環状グアニジン化合物の新規合成法の開発および含酸素複素環化合物であるオキシリピン類の合成に関する研究で二章よりなる。

 まず序論で背景と意義を論じた後、第一章では様々な生理作用を有する環状グアニジン化合物の新規合成法の開発を目的とし、ヘテロクムレンの一種であるカルボジイミドの求電子性を利用した連続的な環化反応を検討している。まず、分子内に求核剤NHと求電子性の官能基Yを併せ持つ1を合成する。1のクムレン炭素は反応性が高く、容易に分子内NHの求核付加を受け2が生じ、さらに2のNHと分子内の求核剤Yとの反応により、3へ誘導する方法である。

 この合成法をもとに求電子性の官能基Yとしてオレフィンを含むカルボジイミドから分子内求核付加、続くヨード環化反応を経て4,5,6を合成した。また求電子基Yとしてエステルを有するカルボジイミドの分子内求核付加反応、続く求核置換反応により、7,8,9,10の合成を行った。さらに閉環反応として分子内マイケル付加反応を利用し、11を合成し、エポキシドヘの求核置換反応を利用し12を合成した。以上のような連続的な環化反応を組み合わせて様々な環状グアニジン骨格を簡便に構築できる新規合成法を確立した。

 第二章ではオキシリピンの一種でありモルモット多型核白血球由来の5-リポキシゲナーゼに対して阻害活性を示すhalicholactoneの合成研究を行っている。光学活性な13からオゾン酸化、Wittig反応によるメチレン化を経て、14へと変換し、塩基条件下トランス体への平衡について検討した。18-クラウン-6、モレキュラーシーブス4A存在下、カリウムt-ブトキシドを用いることにより収率良くトランス体15へ変換した。エステルを還元、酸化することにより16を合成し、17とのカップリング反応(NHK反応)により18を優先的に得た後、保護基の変換、5-へキセン酸との脱水縮合により19を合成した。閉環メタセシス(RCM)反応により8員環を構築後、アセチル基の除去によりhalicholactone(20)の全合成を達成した。

 さらにファルネシル蛋白トランスフェラーゼ阻害活性を有するsolandelactone類(26)の全合成をhalicholactoneの合成中間体である21を出発原料とし、RCM反応による8員環ラクトンの構築およびNHK反応による側鎖の導入を利用して行っている。21をオゾン酸化によりアルデヒドヘ変換後、Wittig反応、光延反応、加水分解によって22へ誘導した。山口法による環化反応では0.01Mの希釈条件下で二量体の生成を抑えることができ、高収率で23を得ることに成功した。さらに23からPMB基の脱保護、酸化により24aを調製した。また、Pearlman触媒による水素添加を経て24bを合成した。最後に24a,bとL-リンゴ酸から調製した25とのNHK反応、続く脱保護によりsolandelactoneC,D,G,Hの最初の全合成を達成した。

 以上のように本論文は官能基化されたカルボジイミドの連続的な環化反応を利用し、環状グアニジン誘導体の簡便な新規合成法を確立すると供に、光学活性な13をキラルビルディングブロックとして利用しhalicholactoneおよびsolandelactone類の立体選択的な全合成経路を達成したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位として価値あるものと認めた。

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