学位論文要旨



No 118125
著者(漢字) 中西,央由
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,エイユ
標題(和) キチナーゼ阻害物質アロサミジン生産放線菌におけるキチナーゼ生産機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 118125
報告番号 甲18125
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2514号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 助教授 堀内,裕之
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

 自然界には様々な環境に適応した微生物が多数生息する。カビ、放線菌、キノコなどの微生物はたくさんの二次代謝産物をつくり、その構造は多彩で、生理活性物質の宝庫となっている。今日までに、抗生物質や酵素の阻害剤など様々な生理活性を有する二次代謝産物が数多く知られており、それらは薬剤開発をはじめ我々の生活にとって重要な役割を果たしている。しかし、それらの生産者である微生物自身に対する二次代謝産物の役割については未だ明らかになっていない。

 放線菌の二次代謝産物のひとつとして生産されるアロサミジン1は特異な疑似三糖構造を有し、種々の生物由来のファミリー18キチナーゼを強く阻害する。アロサミジン生産放線菌は自然界で比較的高頻度で見出され、同時にキチナーゼも生産している。アロサミジン生産菌において、キチナーゼとその阻害物質であるアロサミジンの両者の生産性に関連が見られ、また、アロサミジンはアロサミジン生産菌の培養液に外部から添加した場合生産菌の菌体に吸着され、生産菌のキチナーゼ生産を促進する作用を有することが見い出された。そこで、本研究では、微生物の二次代謝産物生産の生理的意義を探るためのモデルとして、アロサミジンの生産菌に対するキチナーゼ生産促進機構を分子レベルで解明することを目的とし、次の実験を行った。まず、アロサミジンのアロサミジン生産菌および非生産菌のキチナーゼ生産に対する影響を詳細に調べた。次に、アロサミジンによって生産が促進されるキチナーゼの解析を行った。即ち、アロサミジン生産菌において、アロサミジンの作用からキチナーゼ遺伝子の発現まで、何らかのシグナル伝達経路が存在することが推測されるが、アロサミジンの作用の最終段階として分泌されるキチナーゼを解析し、アロサミジンの作用の全体像を探る手がかりとしようと考えた。以下にそれらの実験と結果について概説する。

第一章 アロサミジン生産菌のキチナーゼ生産に対するアロサミジンの効果

 まずアロサミジン生産放線菌Streptomyces sp. AJ9463株の、培養液上清のキチナーゼ活性の経時変化に対するアロサミジン添加の影響を調べた。キチンを単一の炭素源とする培地で培養し、培養開始時にアロサミジンを培地に2μMの濃度で添加した場合、無添加の場合と比較して活性の顕著な増加が観察された(図1)。

 次に、アロサミジン非生産菌であるStreptomyces lividansを用いて、同様の培養条件でアロサミジン添加条件下でのキチナーゼ活性の経時変化を調べた。その結果、アロサミジン生産菌の場合とは異なり、アロサミジンを添加した場合にキチナーゼ活性の増加は見られず、無添加の場合より低いキチナーゼ活性が検出された。

 放線菌では、ジ-N-アセチルキトビオースがキチナーゼ生産誘導活性を有することが知られている。AJ9463株のキチン培地での培養においてジ-N-アセチルキトビオースを添加したところ、30μMの濃度でキチナーゼ活性の増加が見られ、アロサミジンの効果はジーN一アセチルキトビオースより強いことが示された。

 一方、グルコースを主炭素源とするBennet培地で培養後集菌し、無機塩培地に置換する条件下での、キチナーゼ生産誘導実験では、アロサミジンによるキチナーゼ生産誘導活性を検出することはできなかった。一方、ジ-N-アセチルキトビオースは、同条件下で5μMの濃度でキチナーゼ生産を誘導し、アロサミジンとジ-N-アセチルキトビオースでのキチナーゼ生産に対する作用に違いがあることが示された。

第二章 アロサミジン添加により生産されるキチナーゼの解析

 アロサミジン生産菌AJ9463株において、アロサミジンの添加によって生産が誘導あるいは促進されるキチナーゼが存在することが示唆されたことから、アロサミジンにより生産が促進されるタンパク質について解析を行った。アロサミジンの添加の有無により最も大きなキチナーゼ活性の差が認められる24時間培養後の培養上清を回収し、濃縮・アセトン沈殿後、SDS-PAGE・CBB染色に供した。培養開始時にアロサミジンを2μM添加した場合、アロサミジン無添加の場合に比べて、約105,65,52,47 kDaの4本のバンドが明らかに強く検出された。SDS-PAGE後活性染色した結果、CBB染色で強く検出されたバンドのうち、65kDaと52kDaのバンドに明らかにキチナーゼ活性が検出されたが、47kDaのバンドには活性が認められなかった。

 次に、アロサミジンの添加により誘導されるキチナーゼの同定を行うため、キチンカラムを用いた精製法を検討したところ、キチンカラムに65,52,47 kDaのバンドが吸着し100mM酢酸で溶出されることが分かった。更に、ビオチン化アロサミジンを固定化したアフィニティカラムには、65kDaのタンパク質がやや強く吸着することが示された。

第三章 アロサミジンにより生産促進される65kDaキチナーゼ遺伝子の構造解析

 アロサミジンにより誘導されるキチナーゼについて、電気泳動後、PVDF膜への転写を行い、N末端アミノ酸配列解析を行った。このうち、52kDaについては培養のバッチにより異なる複数のアミノ酸配列が得られることより、単一のタンパク質のバンドではないことが示唆された。65kDaのタンパク質については、N末端アミノ酸配列からの相同性検索よりキチナーゼであることが推定されたので、このタンパク質をコードする遺伝子を取得することを試みた。まず、アミノ酸配列より設計した縮重プライマーを用いて部分配列を決定し、得られた部分配列からジャストマッチプライマーを作製し、遺伝子全長の塩基配列を決定した。決定した配列から得られたアミノ酸配列(625aa)はStreptomyces griseusのchitinase III等の数種のファミリー18キチナーゼと80%前後の高い相同性を有していた。また、47kDaのタンパク質のN末端アミノ酸配列は65kDaキチナーゼの169アミノ酸残基目からの配列と一致し、47kDaタンパク質は65kDaキチナーゼの分解物であることが示された。65kDaキチナーゼをコードする遺伝子のプロモーター領域には、Streptomyces属のファミリー18キチナーゼ遺伝子に広く見られる12bpの繰り返し配列が存在した。

第四章 AJ9463株の生産するキチナーゼ遺伝子の発現解析

 次に、アロサミジンによって生産が促進される65kDaキチナーゼの遺伝子発現量の解析を行い、アロサミジンの作用を調べた。mRNA量は、RT-PCR法により分析した。65kDaキチナーゼ遺伝子のmRNAレベルはアロサミジン無添加の場合、培養開始6時間目に培養開始時の約4倍、9時間目に約6倍で最大となり、その後下降して15時間目には培養開始時の約2.5倍で一定になった。一方、アロサミジン添加条件下では培養開始6時間目では培養開始時の約2倍であったが、その後急速に発現量が上昇し、9時間目には培養開始時の約10倍に達した。その後は発現量は下降するが、下降速度はアロサミジン無添加の場合に比べ緩やかであり、培養開始15-18時間目で培養開始時の約7.5倍と無添加の場合の約3倍の発現量を維持していた。

 AJ9463株はグルコースを主炭素源とするBennet培地で培養した場合、ファミリー18キチナーゼであるChiSおよびファミリー19キチナーゼであるChiISの2種類のキチナーゼを主に生産することが知られる。キチン培地での培養で得られる培養上清からは、ChiS、ChiISともにSDS-PAGEでは検出することができず、65kDaキチナーゼに比べて生産量が非常に少ないことが推測された。chiSおよびchiISの発現に対するアロサミジンの影響を、先程と同様RT-PCR法によりmRNA量の解析を行うことにより調べたところ、chiSのmRNA発現量は培養初期でアロサミジン添加により無添加の場合より多い発現量であったが、その後急速に低下し、無添加の場合との差がほとんど認められないレベルとなった。一方、chiISのmRNAレベルにはアロサミジンの添加による影響は見られなかった。

 以上のように本研究では、アロサミジン生産菌をキチンを単一の炭素源とする培地で培養する際、アロサミジンが2μM程度の添加でキチナーゼ生産を顕著に促進することを見い出した。次いで、キチン培地での培養でアロサミジンの添加により誘導されるタンパク質について、分子量の確認と、活性染色によるキチナーゼ活性の検出を行い、このうち65kDaのキチナーゼについてコードする遺伝子全長の塩基配列を決定した。更に、65kDaキチナーゼおよびchiS、chiISについてmRNAの発現量の経時変化を解析し、65kDaキチナーゼについてはアロサミジン添加条件下で無添加の場合に比べmRNAの発現量が明らかに増加していることを明らかにした。

 以上、本研究により、アロサミジンはその生産菌に対して重要な生理作用を持っていることが明らかとなり、今後、アロサミジンによるキチナーゼ誘導機構の解明、更に、キチンが豊富に存在する土壌環境中での炭素代謝系におけるアロサミジンの役割等の解明への大きな手がかりとなることが期待される。

1 allosamidin

図1:コロイダルキチン培地を用いた誘導実験

*培養32時間目のcontrolの活性を1とした相対値

審査要旨 要旨を表示する

 自然界には様々な環境に適応した微生物が多数生息し、多様な二次代謝産物をつくる。その構造は多彩で、生理活性物質の宝庫となっているが、それらの生産者である微生物自身に対する二次代謝産物の役割については未だ明らかになっていない。放線菌の二次代謝産物のひとつとして生産されるアロサミジンは特異な疑似三糖構造を有し、種々の生物由来のファミリー18キチナーゼを強く阻害する。アロサミジンを生産する放線菌は自然界で比較的高頻度で見出され、同時にキチナーゼも生産している。アロサミジン生産菌において、キチナーゼとその阻害物質であるアロサミジンの両者の生産性には関連性が見られ、また、アロサミジンはアロサミジン生産菌の培養液に外部から添加した場合生産菌の菌体に吸着され、生産菌のキチナーゼ生産を促進する作用を有することが見い出されている。本研究は、微生物の二次代謝産物生産の生理的意義を探るためのモデルとして、アロサミジンの生産菌に対するキチナーゼ生産促進機構を分子レベルで解明することを目的として行ったもので、序論とそれに続く4章からなる。

 序論では、上記の背景を述べた後、第一章において、まず、アロサミジン生産放線菌Streptomyces sp. AJ9463株の、培養液上清のキチナーゼ活性の経時変化に対するアロサミジン添加の影響を調べた。キチンを単一の炭素源とする培地に2mMの濃度で添加した場合、無添加の場合と比較してキチナーゼ活性の顕著な増加が観察された。この現象はアロサミジン非生産菌であるStreptomyces lividansを用いた場合には見られなかった。また、放線菌でキチナーゼ生産誘導活性を有することが知られているジ-N-アセチルキトビオースを、AJ9463株のキチン培地での培養に添加したところ、30mMでキチナーゼ活性の増加が見られ、アロサミジンの効果はジ-N-アセチルキトビオースより強いことが示された。一方、グルコースを主炭素源とするBennet培地では、アロサミジンによるキチナーゼ生産誘導活性を検出することはできなかったのに対し、ジ-N-アセチルキトビオースは、5mMでキチナーゼ生産を誘導したことから、両者はキチナーゼ生産に対する作用に違いがあることを示した。

 第二章では、アロサミジン添加により生産されるキチナーゼの解析を行った。すなわち、24時間培養後の培養上清を回収し、濃縮・アセトン沈殿後、SDS-PAGE・CBB染色に供したところ、アロサミジン無添加の場合に比べて、約105,65,52,47kDaの4本のバンドが明らかに強く検出された。SDS-PAGE後活性染色した結果、CBB染色で強く検出されたバンドのうち、65kDaと52kDaのバンドに明らかにキチナーゼ活性が検出された。キチンカラムによって65,52,47 kDaのバンドが精製された。

 第三章では、65kDaのタンパク質について、N末端アミノ酸配列解析を行い、その相同性検索からキチナーゼであることが推定されたので、このタンパク質をコードする遺伝子を取得することを試みた。その結果、遺伝子全長の塩基配列を決定でき、625アミノ酸をコードしており、ファミリー18キチナーゼと高い相同性を示した。また、47kDaのタンパク質はそのN末端配列から65kDaタンパク質のN末端側が切断された分解物であることがわかった。65kDaキチナーゼをコードする遺伝子のプロモーター領域には、Streptomyces属のファミリー18キチナーゼ遺伝子に広く見られる12bpの繰り返し配列が存在することを示した。また、その上流には2成分制御系を構成すると考えられるセンサーヒスチジンキナーゼとレスポンスレギュレイターをコードする遺伝子が存在することを明らかにした。このことから、アロサミジンが直接ヒスチジンキナーゼに結合し、リン酸の転移を伴って最終的に65kDaキチナーゼの転写が誘導される機構が推定された。

 第四章では、AJ9463株の生産するキチナーゼ遺伝子の発現解析を行い、アロサミジンによって生産が促進される65kDaキチナーゼの遺伝子発現量の解析を行い、65kDaキチナーセ遺伝子のmRNAレベルはアロサミジン無添加の場合に比べて、常に高いレベルを維持することを明らかにした。AJ9463株が生産する既知のキチナーゼChiSおよびChiISのmRNA発現量はアロサミジン無添加の場合と大差ないことがわかった、

 以上、本研究は、アロサミジン生産菌を用いてその菌自身に対してキチナーゼを誘導するという二次代謝産物の役割の一端を分子レベルで明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク