学位論文要旨



No 118126
著者(漢字) 中山,明
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,アキラ
標題(和) アサガオ未熟種子中のジベレリンの動態と機能の解析
標題(洋)
報告番号 118126
報告番号 甲18126
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2515号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

 ジベレリン(GA)は種子の発芽や茎部伸長など高等植物における種々の生理現象に関与する。特に、穀類種子の発芽過程では、胚で生合成されたGAが糊粉層へ移動して、α-アミラーゼ等の加水分解酵素遺伝子の発現を誘導し、胚乳中のデンプンの分解に関与することは広く知られている。穀類種子におけるGA応答系に加えて、茎部伸長におけるGA応答系についても、近年の遺伝学的・分子生物学的な解析によりGAのシグナル伝達に関与する因子の特定や、その伝達経路が次第に明らかになりつつある。一方、ヒルガオ科やマメ科の植物など一部の双子葉植物では、種子の成熟過程で高濃度のGAが未熟種子中に蓄積するが、その具体的役割については不明な点が多い。そこで、本研究では代表的なヒルガオ科植物であるアサガオ(Pharbitis nil)の未熟種子を対象として、その中に含まれるGAの役割を明らかにすることを主な目的として様々な組織化学的解析を展開した。

1.活性型GAおよびGA応答性α-アミラーゼPnAmy1の局在部位に関する解析

 凍結乾燥法とカルボジイミド系固定化試薬の活用を組み合わせ、アサガオ種子中のGAの免疫組織化学的解析が本研究室の朴により試みられていたが、圃場で開花・結実したものを専ら用いていたため収穫に時間を要し再現性を確認することが困難であった。そこで、人工気象室内でのアサガオの結実条件を精査し、通年栽培により種子調製を随時可能にした。得られた種子を用いて活性型GAの内生量についてラジオイムノアッセイ法により定量した結果、開花後6日目(6-DAA: Days after anthesis)ではほとんど存在せず、その後急激に増加して12-DAAでピークに達し、以降は減少することが判明した。また、活性型GAとしてはGA1およびGA3が主に存在することをGC/MSを用いて明らかにした。続いて、活性型GAの免疫組織化学を行い、9-DAA頃から珠皮(Integument)に局在することを確認した。また、その近傍に分布するデンプン粒がGAの局在に伴い次第に分解される様子が観察された。このことから、GAが珠皮中のデンプン粒の分解に関与する可能性を想定し、その検証を目的として未熟種子中で発現するα-アミラーゼ遺伝子のクローニングと発現解析を行った。

 未熟種子由来のcDNAライブラリーを用いたPCRおよび3'-、5'-RACEにより2種(PnAmy1およびPnAmy 2〉のα-アミラーゼ遺伝子完全長cDNAをクローニングした。これらの遺伝子に関するノーザン法による発現解析の結果、PnAmy 2の発現は痕跡程度で弱く、種子での発現はPnAmy1が支配的であった。PnAmy1の種子内での発現時期についての解析では、6-DAAではほとんど発現が認められず、9〜12-DAAで漸増し、15-DAAでプラトーに達する傾向が伺えた。そこで、PnAmy1の発現が漸増期にあたる9-DAAの種子を用いてPnAmy1のGA応答性を調べた結果、0.1μMのGA3処理後6時間で顕著に発現量が増加し、本遺伝子がGA応答能を有することが判明した。

 大腸菌発現系を用いて調製したPnAmy1-Trx融合タンパク質について、SDS-PAGEによる精製を経てウサギに免役し、抗PnAmy1抗体を得た。未熟種子から調製した可溶性画分を対象に、本抗体を用いたウェスタン解析を行ったところ、PnAmy1の推定分子質量に該当する45kDaの位置にのみ明瞭なバンドが検出された。そこで、PnAmy1の種子中における分布状況を把握するため、アルデヒド溶液固定した6〜18-DAAの種子切片を用いて免疫組織化学的解析を行ったところ、12-DAA以降、GAの局在部位と重複して存在することが明らかとなった。

 以上の解析により、(i) PnAmy1がGA応答性を示すこと、(ii) PnAmy1とGAの存在する時期および部位がほぼ一致することを確認したことから、アサガオ未熟種子において活性型GAがPnAmy1の誘導を介して珠皮中に存在するデンプン粒の分解に関与することが強く示唆された。

2. PnAmy1の発現部位

 免疫組織化学的な解析を行うことによってGAとα-アミラーゼとの関連性について重要な知見を得たものの、活性型GAやPnAmy1の局在が認められた珠皮は、一般的に組織破壊のおそれが少ないとされる穏やかな固定法を用いた場合でも細胞膜の一部の構造が破壊され、完全な細胞形態を保持していない状態の切片が大部分であった。このことから、珠皮が本当にGA応答の場であり、かつ、α-アミラーゼ生合成の場と考えて良いかという点で疑問が残った。そもそも免疫組織化学で得た情報は対象物質が固定された部位を表しているが、別の場所から移動して存在するものと区別することは不可能である。そこで、疑問点について明らかにすべく、PnAmy1のmRNAについてin situ hybridizationによりその発現部位を特定し、免疫組織化学で明らかとなった活性型GAやPnAmy1の局在部位と比較・検討したところ、免疫染色においてα-アミラーゼが検出された珠皮と隣接する種皮(seed coat)に明瞭なシグナルが観察された。一方、珠皮には全くシグナルが観察されなかった。また、このシグナルは種皮(seed coat: 種皮の内側は珠皮と隣接する)中の一部の組織に限定して9〜12-DAA頃から認められ始め、成熟に伴い種皮内全域に次第に拡がる様子が認められた。このことは、α-アミラーゼは種皮で合成され、珠皮に分泌されることを強く示唆している。他方、活性型GAの免疫染色においては、GAは種皮ではなく珠皮に検出されていることから、活性型GAをはじめとするGAsの生合成部位の特定を含めて、さらに詳細な検討を行った。

3.GA生合成酵素遺伝子のクローニングと発現部位、発現時期の解析

 アサガオのGA生合成酵素に関する情報は皆無であったため、他の植物由来のGA生合成酵素遺伝子の配列情報を基にGA生合成の第3ステージで活性型GAの生合成に関わる酵素遺伝子のクローニングを試み、2種類のGA3-oxidase相同遺伝子(PnGA3ox1,2)および2種類のGA 20-oxidase相同遺伝子(PnGA20ox1,2)の完全長cDNAをクローニングした。

 PnGA3ox1および2の発現に関しては6〜18-DAAの種子を用いたノーザン解析の結果、PnGA3ox1のシグナルは認められなかったのに対し、PnGA3ox2のシグナルは9-DAA以降の種子で明瞭に検出されたことから、種子中で主要に発現しているのはPnGA3ox2であることが明らかとなった。PnGA3ox2は9〜12-DAAで発現が認められ始め、15-DAA以降は高発現レベルを維持していた。

 PnGA3ox2の発現部位をin situ hybridizationにより調べたところ、その発現パターンは時期的にも空間的にも完全にPnAmy1の発現パターンと重複していた。このことは、活性型GAやPnAmy1の局在部位として免疫組織化学的な解析から得られた珠皮とは異なる共通の部位において両物質とも生合成され、珠皮へ移動し、蓄積されることを意味する。

 穀類種子のアリュー口ン細胞ではGAが細胞死に関わるという報告がなされている。今回、種皮で生合成された活性型GAが珠皮に移動して蓄積すると考えられる結果を得たことから、活性型GAの役割としてPnAmy1の誘導だけでなく、珠皮細胞の細胞死を引き起こし、それによって種皮で生合成されたタンパク質PnAmy1がデンプンを分解できるようになるという可能性も考えられる。また、PnAmy1の発現部位では、その産物であるPnAmy1が存在するはずだが、それを検出できないということについては、生成したPnAmy1が速やかに珠皮に向けて分泌され、種皮におけるその存在量が免疫組織化学における検出感度を下回っているためであると考えられる。いずれにせよ、活性型GAが生合成される種皮においてPnAmy1が発現しており、その翻訳産物であるPnAmy1は珠皮へ移動して、近傍に存在するデンプン粒の分解に関与すると考えられる。

 上述のように、活性型GAとPnAmy1はともに、種皮の細胞で合成されることが示された。また、これらの遺伝子の発現は、種皮の特定の部位から始まり、種皮全域に広がることがin situ hybridizationにより明らかになった。この特定の部位は種子が唯一外部との物流交換を行うと考えられる胎座と接する部分およびその近傍である。このことから、他の部位で生合成された活性型GAの前駆体が種子に輸送され、種皮で活性型に変換させる可能性についても検討を加えた。アサガオ芽生えにおいてはGA1の生合成前駆体であるGA20が子葉から茎頂へ移行するという知見が報告されていることから、あらためてアサガオ果実の種子および果皮や胎座など種子周辺部における活性型GAおよびGA20の分布を調べるとともに、GA20の生合成部位の特定を行った。

 イムノアッセイによる定量分析の結果、6〜12-DAAでは種子周辺部(果皮や胎座を含む)で活性型GA(20→50ng/fruit)およびGA20(10→50ng/fruit)とも漸増するのに対し、種子では活性型GA(10→100ng/fruit)が漸増するが、GA20は常に痕跡量(〜10ng/fruit)しか存在しないことが判明した。このことから、種子周辺部に存在するGA20が種子内へ輸送され、種皮で活性型GAに変換される可能性が示唆された。そこで、GA 20-oxidase遺伝子の相同遺伝子、PnGA20ox1および2のノーザン解析を行ったところ、PnGA20ox2はほとんどシグナルが認められなかったが、PnGA20ox1に関しては種子で明瞭に発現していた。ただし、種子周辺部でのPnGA20ox1についても全く発現が認められなかったことから、少なくとも種子周辺部においてGA20が生合成される可能性は否定された。PnGA20ox1について、種子中での発現部位、発現時期をin situ hybridizationにより解析したところ、PnGA3ox2およびPnAmy1の発現パターンと重複することが明らかとなった。このことから、種子成熟初期の種皮におてα-アミラーゼの誘導に関わるGAは、種皮でde novo合成される可能性が示唆された。種子周辺部におけるGA20の由来と去就ならびにその生理的意義については今後の課題として残った。

本研究のまとめ

 本研究によりこれまでほとんど明らかにされなかった種子成熟過程におけるGAの役割について、アサガオを対象として役割の具体的な提示を行うに至った。すなわち、受精後数日のうちに種皮で生合成されたGAが、α-アミラーゼPnAmy1を誘導する。そのPnAmy1は珠皮に分泌され、デンプンを分解する。このデンプンは、おそらく種子成熟にともなう子葉の形成と発達に使われると考えられ、穀類種子の発芽時におけるGAの役割に対応させることが出来よう。ここで確認された現象について、双子葉植物に広く、普遍的に認められる現象であるかどうか、今後さらに研究を展開していく必要があるが、本研究を通してその研究基盤を築くことができた。

1) Nakayama A., Park S.-J., Xu Z.-J., Nakajima M. and Yamaguchi I. (2002) Immunohistochemistry of active gibberell ins and gibberellin-inducible α-amy1 ase in developing seeds of Morning glory. Plant Physiol. 129: 1045-1053.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、双子葉植物であるアサガオの種子成熟過程におけるジベレリンの生理的役割を明らかにすることを目的として行った研究の結果をまとめたものであり、5つの章から成っている。

 第1章は序論にあてられている。単子葉植物と双子葉植物それぞれの種子におけるジベレリン(GA)の機能に関するこれまでの研究について概説し、申請者が行うアサガオ未熟種子を対象としたGAの機能に関する研究の位置づけについて論じている。

 第2章においては、主に免疫組織化学的解析からアサガオ未熟種子中に存在する活性型GAとα-アミラーゼPnAmy1との関連性について述べている。まず、アサガオ未熟種子中の活性型GAの内生量をイムノアッセイにより測定し、開花後9目目(9-DAA)から12-DAAにかけて急増し、その後、減少することを示した。また、主要な活性型GAとしてはGA1およびGA3がほぼ等量ずつ存在することをGC/MSにより確認した。続いて、活性型GAの免疫組織化学を行い、9-DAA頃から珠皮(Integument)に局在することを確認した。また、その近傍に存在するデンプン粒がGAの消長に伴って分解される様子が観察されたことから、GAが珠皮中のデンプン粒の分解に関与すると推論し、その検証を目的として未熟種子中で発現するα-アミラーゼ遺伝子PnAmy1の完全長cDNAをクローニングした。つづいて、ノーザン法により、本遺伝子が明瞭なGA応答能を有することを示した。また、大腸菌発現系を用いて調製したPnAmy1リコンビナントを用いて抗血清を調製した。得られた抗体の特異性を確認した後、イムノウェスタン解析により、PnAmy1が12〜15-D飴において明瞭に発現していることを確認した。さらに、免疫組織化学により、12-DAA頃から活性型GAの局在部位と重複してPnAmy1が存在することを認めた。これらの結果から、種子中の活性型GAがPnAmy1の誘導を介して珠皮中のデンプン粒の分解に関与している可能性が強く示唆された。

 第3章においては、in situ ハイブリダイゼーションにより、PnAmy1の発現部位に関して検討した結果について述べている。前章における免疫組織化学で得られる情報は産物が固定された瞬間における存在部位であり、別の場所で生合成されたのち移動してきたものと区別することはできない。そこで、in situ ハイブリダイゼーションをおこなってPnAmy1のシグナルが珠皮と隣接する種皮(Seed coat)において明瞭に認められたのに対し、珠皮ではシグナルが認められなかったことから、PnAmy1の発現部位を種皮と特定した。また、経時的な解析により、9〜12-AA頃から種子の外部組織との連絡口である胎座と接する部位から発現が認められはじめ、その後、発現領域が種皮中を広がることが判明した。このことから、α-アミラーゼPnAmy1は種皮で生合成され、その後、珠皮へ分泌されてデンプンの分解に関わる可能性が強く示唆された。

 第4章においては、アサガオ未熟種子中で発現するGA生合成酵素遺伝子のクローニングを行い、それらの発現解析をとおして、種子におけるGA生合成部位を特定し、PnAmy1の誘導部位について再検証した結果について述べている。まず、in situ ハイブリダイゼーションにより得られたPnAmy1の発現部位と免疫組織化学により得られた活性型GAの局在部位が一致しないことから、活性型GAの生合成部位を特定するために、この生合成に直接関わるGA 3-oxidaseに焦点を当て、アサガオ未熟種子中で発現する2種類の相同遺伝子(PnGA3ox1,2)の完全長cDNAをクローニングした。このうち、未熟種子で主要に発現しているPnGA3ox2の発現パターンがPnAmy1のそれと一致したことから、アサガオ未熟種子におけるGAの生合成およびPnAmy1の誘導は種皮において起きることが判明した。一方、これらの遺伝子の発現が共通の特定部位(種皮の胎座と接する部位)から開始することから、種子の外部組織から何らかのシグナル物質が種子内へ輸送され、PnGA3ox2の発現を誘導している可能性が考えられた。そこで、アサガオ芽生えにおいてGA1の生合成前駆体であるGA20が子葉から茎頂へ移行するという知見が得られていたことから、アサガオ果実を種子とその周辺部とに分割し、それぞれの部位に存在する活性型GAおよびGA20をイムノアッセイにより定量した。成熟初期において種子の周辺部に検出されるGA20が種子では同時期にほとんど検出されなかったことから、この周辺部に存在するGA20が種子内へ輸送されシグナル物質として働く可能性が考えられた。この点について検証するため、GA20の生合成に直接関わるGA 20-oxidaseに焦点を当て、アサガオ未熟果実中で発現する2種類の相同遺伝子(PnGAox1,2)の完全長cDNAをクローニングした。ノーザン法による発現解析から、PnGA20ox1のみ未熟種子において顕著な発現が認められた。また、両遺伝子とも種子の周辺部では全く発現が認められなかったことからGA20の主たる生合成部位は種皮であることが示され、外部から種皮に輸送されたGA20がPnGA3ox2の発現を誘導するシグナル物質として働く可能性はないと考えられた。さらに、未熟種子で主要に発現が認められたPnGA20ox1の発現部位ならびに発現パターンがPnGA 3ox2やPnAmy1のそれと全く同様であったことから、PnAmy1の誘導に関わるGAは種皮においてde novo合成される可能性が強く示唆された。

 これらの観察結果を通して、アサガオ未熟種子においては、種皮で生合成された活性型GAがα-アミラーゼPnAmy1を誘導すること、そのPnAmy1は珠皮へ分泌されてデンプンの分解に関わり、単子葉植物において発芽時に観察されるGAの関わる生理過程が、双子葉植物では子葉形成期に進行している可能性が高いことを示した。

 第5章においては、本研究の結果について総合的な考察を行い、当該研究の将来への展望や今後の検討課題について論述している。

 以上、要するに本論文は、これまでほとんど明らかにされていなかった種子成熟過程におけるジベレリンの生理的役割に関して、注目すべき新たな知見を示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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