学位論文要旨



No 118127
著者(漢字) 平野,祐子
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,ユウコ
標題(和) 脂質代謝を制御する転写因子SREBPの翻訳後修飾による機能調節に関する研究
標題(洋)
報告番号 118127
報告番号 甲18127
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2516号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

 SREBP(sterol regulatory element -binding protein)は、コレステロールや脂肪酸の生合成に関わる主要な酵素や、コレステロールの取込みに関わるLDL(low density lipoprotein)受容体をコードする遺伝子を転写レベルで調節する因子である。SREBPは、bHLH-Zip(basic helix-loop -helix leucine zipper)motifを含む転写因子群に属し、SREBP familyはスプライシングの違いにより生じるSREBP-1aとSREBP-1c、とSREBP-2から構成される。SREBP-1は脂肪代謝の盛んな肝臓や副腎などで高発現して脂肪酸合成の制御に、一方SREBP-2は各組織で一様に発現しコレステロール代謝に関わる。

 SREBPは、膜結合型の前駆体として小胞体上に生合成されて二段階の切断によるプロセッシングにより活性化される。このプロセッシングは細胞内コレステロール量により厳密に調節されており、細胞内にコレステロールが豊富な状態では前駆型SREBPは小胞体上に留まるが、コレステロールが枯渇すると、膜貫通領域がプロセッシング酵素による段階的な切断を受けてN末端が切り出され活性型SREBPとなる。細胞質に放出された活性型SREBPは、核内移行に関わるimportinβにより核内へと輸送され、コレステロール・脂肪酸・糖代謝や脂肪細胞分化などの広範な代謝領域の転写調節因子として機能する。

 これまで、SREBPの調節に関してはプロセッシングに焦点が当てられ、活性化後の調節は注目されなかったが、核内移行した活性型SREBPが翻訳後修飾を受けて、その活性や安定性が調節される可能性がある。この点に着目し、活性型SREBPの機能発現を核内における調節という新たな視点から評価した。

1.ポリユビキチン化修飾とプロテアソームによる分解

 多くの転写調節因子や核内分子は短寿命であり、その存在量はエネルギー依存的なタンパク質分解系であるユビキチン-プロテアソーム系により制御されている。翻訳後修飾分子として知られるユビキチンは、ユビキチンシステム、すなわちユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)とユビキチン連結酵素(E3)により基質へと付加され、蛋白質分解のシグナルとして働く。中でも、E3は基質認識に与り、分解すべき蛋白質を決定する重要な酵素である。ポリユビキチン化された蛋白質はプロテアソームに認識され迅速に壊される。このような選択的な分解は、細胞周期、シグナル伝達や転写制御など生物の多様な高次機能の制御と、ストレス応答や蛋白質の品質管理などの恒常性の維持に必須である。

 そこで、活性型SREBPがユビキチンープロテアソーム系に支配されるか、阻害剤を用いて検討した。その結果、内因性の活性型SREBPがプロテアソーム阻害剤で細胞を処理した場合にポリユビキチン化修飾を受けた状態で安定化されることから、プロテアソームにより分解されることが示唆された。

 プロテアソーム阻害剤により安定化された活性型SREBPが転写活性化能を保持しているかをノザンブロット解析により検討したところ、プロテアソーム阻害剤によりSREBPの標的遺伝子であるHMG CoA合成酵素、LDL受容体と脂肪酸合成酵素の発現が亢進した。また、変異型ユビキチンの導入によっても、活性型SREBPは安定化されると同時にHMG CoA合成酵素の転写を亢進させた。すなわち、安定化された活性型SREBPがその標的遺伝子の転写を活性化することから、生理的条件下においてはプロテアソームが活性型SREBPを速やかに除去することで、その転写を終結させることが示唆された。

 さらに活性型SREBPのユビキチン化の機構を明らかにするために、SREBPのin vitroユビキチン化アッセイ系の構築を試みた。細胞からpull downしたSREBPを基質とし、ATPの存在下で大腸菌から精製したE1、E2とGST-Ubと反応させ、抗SREBP抗体によりポリユビキチン化を検出した。本アッセイ系により活性型SREBPは、pull down時に共沈してきたE3とUbc4/5(E2)により、ユビキチン化されることが明らかになった。

2.SUMO-1化修飾

 SUMO(small ubiquitin-related modifer)-1はユビキチンと18%の相同性を有する101アミノ酸残基の、進化の過程で極めてよく保存された翻訳後修飾分子である。SUMO-1はユビキチン化と類似の酵素カスケード、すなわちSUMO-1活性化酵素(E1)、SUMO-1結合酵素(E2)であるUbc9とSUMO-1連結酵素(E3)により、標的蛋白質のSUMO-1化コンセンサス配列(I/V/L)KX(D/E)のに存在するリジン残基に単一分子が可逆的に付加される。SUMO-1化の基質は、p53、Wrn、IκBα、PCNA(proliferating cell nuclear antigen)やRanGAP1など多岐に渡り、細胞癌化や老化、染色体DNAの複製や組換え、その他にも様々な機能に関わっている。SUMO-1化は、基質の構造に変化をもたらし、蛋白質蛋白質間の相互作用・細胞内局在・転写活性などに影響を与えることが報告されている。

 SREBP-1aには4箇所(Lys123, Lys381, Lys418とLys470)、SREBP-2には2箇所(Lys420とLys464)の種間で保存されたSUMO-1化コンセンサス配列が存在する。そこで活性型SREBPのSUMO-1化を調べる為に、細胞にSUMO-1と活性型SREBPを発現させたところ、SREBP-1では2残基、SREBP-2では1残基がSUMO-1を結合することが示唆された。活性型SREBPのSUMO-1化リジン残基を同定するために、リジン残基をアルギニン残基に置換した変異型SREBPを用いてSUMO-1化を検出した結果、活性型SREBP-1ではLys123とLys418が、活性型SREBP-2ではLys464がSUMO-1化されることを同定した。

 活性型SREBPのSUMO-1化が転写活性に及ぼす影響をルシフェレースアッセイにより調べた。その結果、SUMO-1化部位変異SREBPにおいて正常型と比較して有意な活性の上昇が検出され、活性型SREBPのSUMO-1化はその転写活性を負に制御することが示された。興味深いことに、SUMO-1化領域はSC motifやRDM(regulatory domain motif)といった従来より知られる転写抑制配列と一致し、また活性型SREBPのSUMO-1化部位を含んだC末端領域は転写抑制に関与するという報告があることから、これらの抑制機構にSUMO-1修飾が関与する可能性が示唆された。

 IκBαやPCNAではSUMO-1化とユビキチン化のリジン残基が競合し、機能的に相反する作用をもたらすことが知られている。SREBPもSUMO-1化とユビキチン化をともに受けることから、SUMO-1化がユビキチン化に競合し活性型SREBPを安定化する可能性について検討した。Pulse-chase実験により、正常型と変異型SREBP-2の半減期は約2時間とかわらず、SREBPのSUMO-1化はユビキチンープロテアソーム系による分解に影響を及ぼさないことが示唆された。またin vitroユビキチン化アッセイにより、正常型と変異型SREBPは同程度にポリユビキチン化されたことから、ユビキチン化とSUMO-1化は同一のリジン残基を競合しないことが示唆された。すなわち活性型SREBPのSUMO-1化は、ユビキチン化及びその安定性に影響を及ぼさないと結論された。さらに、活性型SREBPの転写活性が前駆型SREBPのプロセッシングと同様にコレステロール依存的に制御されるかについて検討した。内因性の活性型SREBPが存在しないM19細胞において、コレステロール過剰または枯渇のいずれにおいても外因性の活性型SREBPの半減期及びSUMO-1化は変化せず、細胞内のコレステロールの状態は活性型SREBPのユビキチン.プロテアソーム系による分解及びSUMO-1化に影響を及ぼさないことが示された。

3.まとめ

 コレステロールは、細胞膜を構成するとともに、胆汁酸・ステロイドホルモンなどの生理活性前駆物質となるなど生体に必須な成分である。しかし、その摂取過多は高脂血症、肥満症といった生活習慣病を招く。細胞は厳密にそのコレステロール量を認識して、コレステロール生合成と血中からの取り込みをフィードバック制御する。転写因子SREBPはこの過程に関与しており、コレステロール・脂肪酸代謝関連酵素の転写を制御することで包括的に脂質代謝を調節することが明らかにされてきた。

 活性型SREBPの翻訳後修飾に注目し、ユビキチン化修飾について解析したところ、ユビキチン化はプロテアソームによる分解を通して活性型SREBPの転写活性を抑制することが明らかになった。またSUMO-1化修飾について検討したところ、活性型SREBPのSUMO-1化は、その転写を抑制することが示された。さらに、活性型SREBPのユビキチン化とSUMO-1化は競合しないことから、異なる独立した経路で転写を負に制御することが示唆された。SUMO-1化は、SREBPばかりでなく様々な転写因子の転写活性能を変化させるが、結果として転写活性を正に調節する場合もあれば、負に調節することもある。SUMO-1化は転写因子活性に対する一般的な調節系であるようだが、生理的な条件下においていかに機能を発揮し調節されるかはほとんど知られていない。最近、SUMO-1化E3や組織特異的に発現する脱SUMO-1酵素に関する知見が報告されており、これらの解析が糸口となり、基質に特異的なSUMO-1化の調節機構が明らかになることが期待される。

 本研究からSREBPは、SUMO-1化による質的な調節とユビキチンープロテアソーム系による量的な調節という2つの独立した異なる過程により不活性化されることが明らかになった。今後は、このユビキチン化やSUMO-1化がいかに制御されているか、その機構の解明が重要と考える。

参考文献 Hirano,Y., Yoshida,M., Shimizu,M. and Sato,R. (2001) Direct demonstration of rapid degradation of nuclear sterol regulatory element-binding proteins by the ubiquitin-proteasome pathway. J.Biol.Chem., 276,36431-36437.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、脂質代謝を包括的に制御する転写調節因子SREBPの翻訳後修飾による機能調節に関する研究であり、2章からなる。

 コレステロールは、細胞膜を構成するとともに、胆汁酸やステロイドホルモンなどの生理活性物質の前駆体となるなど生体に必要不可欠な成分である。しかし、その摂取過多は高脂血症、肥満症といった生活習慣病を招く。細胞は厳密にそのコレステロール量を認識して、コレステロール生合成と血中からの取り込みをフィードバック制御する。転写因子SREBPはこの過程に関与しており、コレステロールと脂肪酸代謝関連酵素の転写を制御することで包括的に脂質代謝を調節することが明らかにされてきた。SREBPは、コレステロールにより厳密に調節されたプロセッシング機構により活性化されるが、申請者はその後の転写活性化や代謝分解の過程において、その調節が反映されることを約束する機構が存在するのではないかと考え、活性型SREBPの翻訳後修飾について検討し、その新たな調節機構についての知見を得るべく以下の研究を行った。

 第一章においては、選択的な分解のシグナルとなるユビキチン化とそれに続くプロテアソームによる分解について検討した。活性型SREBPは、短寿命なタンパク質であるが、プロテアソーム阻害剤であるALLNを添加することで安定化されることが報告されており、ユビキチンープロテアソーム系により分解されることが予期されていた。そこで、活性型SREBPの分解機構及び分解が転写活性制御に如何に関与しているかについて検討した。

 その結果、活性型SREBPは核内においてステロールの影響を受けず構成的にユビキチン化修飾を受けてプロテアソームにより代謝回転されることが明らかになった。さらに、プロテアソーム阻害剤や変異型ユビキチンにより内因性SREBPは核内に安定化しその標的遺伝子の転写を亢進したことから、分解が転写調節に関わる可能性が示された。また、SREBP特異的なユビキチン化の機構を明らかにするためにSREBPのin vitroユビキチン化アッセイ系を構築することに成功し、活性型SREBPのユビキチン化にはE2としてUbc4又はUbcH5cが関わり、SCF型E3複合体によりユビキチン化されることを示した。

 第二章では、SUMO(small ubiqutin-like modifer)-1について検討した。SUMO-1化修飾は、転写因子などの調節因子の特異的な活性を調節する一般的な機構であると考えられている。SUMO-1はSUMO-1化コンセンサス配列(I/V/L)KX(D/E)に存在するリジン残基に結合するが、SREBP-1には4箇所、SREBP-2には2箇所のコンセンサス配列が存在することから、活性型SREBPがSUMO-1による修飾を受け、そのSUMO-1化が転写活性や代謝分解に影響を及ぼすかについて検討した。

 その結果、内因性及び外因性SREBPがSUMO-1化修飾を受けることを明らかにした。変異体を用い解析により、活性型SREBP-1では123番目と418番目のリジン残基が、活性型SREBP-2では464番目のリジン残基が、Ubc9依存的にSUMO-1を共有結合することを同定した。機能解析において、変異型SUMO-1の導入及びSREBPのSUMO-1化部位変異体を発現させた場合に、内因性および外因性のSREBPは標的遺伝子の転写を亢進したことから、活性型SREBPのSUMO-1化はその転写活性を抑制することが示唆された。SUMO-1化は、ユビキチン化と同様にリジン残基に結合するが、パルスチェイス実験とin vitroユビキチン化アッセイによりSREBPのSUMO-1化は、ユビキチン-プロテアソーム系による分解に影響せず、さらに、内因性の活性型SREBPを欠くM19細胞を用いた実験から、細胞内ステロール量により調節を受けないと示された。

 これまで、SREBPの転写活性調節にはプロセシングのみに焦点が当てられてきたが、本研究では活性型SREBPの機能発現を核内における翻訳後調節という新たな視点から評価した。細胞内の重要な生理反応、例えば、発生、免疫応答や細胞分裂などは、それに関わる種々のタンパク質の翻訳後修飾により調節されている。したがって、活性型SREBPの様々な修飾による調節機構を解明することは脂質代謝に関わる生命現象の理解にもつながるものである。

 本論文において活性型SREBPは、ユビキチンープロテアソーム系による分解を介した量的調節とSUMO-1化による転写活性抑制を介した質的調節という2つの異なる調節を受けることが示された。このことは、コレステロールにより調節された活性化が厳密に標的遺伝子の転写に反映されることを約束する機構を明らかにしたといえ、SREBPの調節機構の理解に貢献すると思われる。また脂質代謝の理解と確実な制御への応用にも寄与することが期待される。よって、審査員一同は、本論文が、農学博士の学位論文として価値あるものと認めた。

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