学位論文要旨



No 118128
著者(漢字) 中原,真裕子
著者(英字)
著者(カナ) ナカハラ,マユコ
標題(和) 胆汁酸によるコレステロール・胆汁酸代謝制御の分子細胞生物学的研究
標題(洋)
報告番号 118128
報告番号 甲18128
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2517号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

 肝臓においてコレステロールから合成された胆汁酸は、タウリンあるいはグリシン抱合体として胆汁中に分泌され、小腸で食事由来の脂質成分や脂溶性ビタミンの効率的な吸収を助ける。十二指腸に分泌された胆汁酸の90%以上が下部小腸から再吸収されて肝臓に戻り、再び胆汁中に分泌されるが、一部は腸管から体外に排出される。肝臓における胆汁酸への異化はコレステロールの主要な体外排出経路であること、また、小腸においてはコレステロールの吸収を補助することから、胆汁酸はコレステロール代謝において重要な役割を果たすことが知られてきた。近年、胆汁酸、なかでも一次胆汁酸のケノデオキシコール酸(CDCA)が、核内受容体FXR(farnesoid X receptor)の内因性リガンドとして働くことが報告され、遺伝子発現を制御する分子としての新たな機能が明らかになってきている。

 FXRは主に小腸、肝臓に特異的に発現しており、核内受容体のRXRとヘテロダイマーを形成する。応答遺伝子としては、小腸胆汁酸結合蛋白I-BABP(intestinal bile acid-binding protein)、肝臓の胆汁酸排出トランスポーターBSEP(bile salt export protein)など胆汁酸代謝に関わる遺伝子の他に、コレステロールからの胆汁酸合成の律速酵素であるCYP7A1(cholesterol 7α-hydroxylase)の転写を負に制御する核内受容体SHP(small heterodimer partner)、コレステロール逆転送系を促進するリン脂質輸送蛋白質PLTPなどが報告されている。よってFXRは胆汁酸センサーとして働き、胆汁酸代謝、コレステロール代謝を制御していると考えられ、酸化ステロールをリガンドとする核内受容体LXR(liver X receptor)や、ステロール濃度に応じて転写活性が調節される転写因子SREBP(sterol regulatory element-binding protein)などとともに、脂質ホメオスタシスの維持に重要な働きをしていることがわかってきた。

 本研究では、胆汁酸によるコレステロール・胆汁酸代謝の制御機構の一端を解明することを目的として、小腸におけるFXRの標的遺伝子であるI-BABPがFXRの転写活性化能に及ぼす影響についての検討と、胆汁酸によるLDL受容体遺伝子の発現上昇機構の解析を行った。

1.胆汁酸による遺伝子調節における、I-BABPの作用の解析

I-BABPは、FABP(fatty acid-binding protein)スーパーファミリーに属する約15kDaの細胞内蛋白で、小腸特異的に発現している。脂肪酸結合活性はなく胆汁酸に特異的に結合する。その機能については未知であるが、遊離胆汁酸の結合により、胆汁酸のもつ毒性の中和、胆汁酸の貯蔵、運搬などの役割が推測されている。I-BABPの発現は胆汁酸により核内レセプターFXRを介して誘導される。

 小腸細胞内において、胆汁酸の流入によりI-BABPの発現が上昇した場合、胆汁酸の一部はI-BABPと結合すると考えられるが、その結果FXRがもつ転写活性に及ぼす影響として、以下の二つが考えられる。まず一つは、I-BABPによる胆汁酸の結合により、FXRがリガンドを奪われる形となり転写活性が低下する可能性であり、もう一つは、逆にI-BABPがFXRに効率的にリガンドを受け渡すなどの作用により転写活性が上昇する可能性である。そこで、これらの可能性を検討し、FXRに及ぼすI-BABPの作用を解析した。

 I-BABP遺伝子のFXR応答配列を含むプロモーター領域を、レポーター遺伝子であるルシフェラーゼ遺伝子の上流に組み込み、ルシフェラーゼアッセイによりFXRの転写活性を調べた。上記レポーターベクター、及び、FXR、RXRα、I-BABPの発現ベクターを細胞に導入し、CDCAの添加によるFXRの転写活性を調べたところ、I-BABP共存による顕著な減少、あるいは増加は認められなかった。FXRの転写活性を調べる別のアッセイ系として、GAL4-DNA結合ドメインのC末端にFXRの全長を組み込み、融合蛋白を発現させて、FXRの転写活性を調べた。ヒト腎由来HEK293細胞に上記発現ベクター、GAL4結合配列の下流にルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだベクター、及び、I-BABP発現ベクターを導入して、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、FXRの転写活性が低いレベルではあるもののI-BABPの共存により上昇した。HEK293細胞を用いてI-BABP定常発現株を作成し、同様の実験を行ったところI-BABPの発現量が高いクローンではFXRの転写活性も高いことが示された。ラット小腸において金コロイド標識免疫電顕によりI-BABPが細胞質だけでなく核にも存在することが報告されており、胆汁酸を結合したI-BABPが核に移行し、FXRに促進的に働いている可能性が示唆された。

2.胆汁酸によるLDL受容体遺伝子発現上昇機構の解析

 LDL受容体の発現は細胞内コレステロール濃度に応じて転写因子SREBPによって制御されていることが知られている。細胞内コレステロールが枯渇すると、小胞体膜上に存在する前駆体SREBPが切り出され核に移行して活性型SREBPとなり、コレステロール合成系の酵素遺伝子や、LDL受容体遺伝子の転写を亢進する。ヒト肝癌由来HepG2細胞において、胆汁酸を添加することにより、LDL受容体のmRNA量及び受容体数が増加するという報告が複数されているが、この分子メカニズムは不明であった。LDL受容体遺伝子5'上流の塩基配列を調べたところ、FXRのコンセンサス配列であるIR-1配列様の配列が存在したことから、LDL受容体がFXRの標的遺伝子である可能性も推測され、この点も含めて、胆汁酸によるLDL受容体遺伝子の発現上昇機構について解析した。

 HepG2細胞を、CDCAを含む培地で6時間培養後、ノザンブロットを行ったところ、LDL受容体mRNAの顕著な上昇が認められた。同様の実験をSREBPの誘導が抑えられる条件である25(OH)コレステロール存在下で行ったところ、CDCAによるLDL受容体の発現上昇が認められた。核抽出画分を用いたウェスタンブロットの結果、CDCA処理による核内SREBP-2の量的な変化は検出されなかったことより、SREBP非依存的な調節と考えられた。また、この効果へのFXRの関与を、ノザンブロット及びルシフェラーゼアッセイにより検討した。FXRの強制発現及びその合成リガンドによる、LDL受容体遺伝子発現の特異的な上昇は認められず、FXR非依存的な調節機構であることが示された。胆汁酸はいくつかの細胞内情報伝達系に影響を与えることが報告されている。そこで次にシグナル伝達系の各種阻害剤で処理したHepG2細胞を用いたノザンブロットを行った結果、CDCAによるLDL受容体遺伝子の発現上昇はMEK阻害剤PD98059、UO126によりほぼ完全に抑制された。また、LDL受容体のmRNAの安定性についてアクチノマイシンD処理により検討したところ、CDCA処理によりLDL受容体mRNAの半減期が2倍に増加した。このCDCAによるLDL受容体mRNAの安定化作用はMEK阻害剤により消失した。

 以上の結果、CDCAがMAPキナーゼ活性化を介してLDL受容体mRNAを安定化させ、遺伝子発現を上昇させることが示された。ヒトLDL受容体遺伝子3'非翻訳領域には、mRNAの迅速な分解に関与する配列であるAU-rich elementが3ケ所含まれているがその分解機構の詳細は未知であり、MAPキナーゼによるリン酸化による調節機構に関してもさらに詳細な解析が必要である。この結果より、胆汁酸によりコレステロール代謝関連遺伝子を制御する、新たなメカニズムが明らかになった。

参考文献

Nakahara, M., Fujii, H., Maloney, P. R., Shimizu, M., and Sato, R. J. Biol. Chem., 277,37229-37234, 2002.

図: 胆汁酸・コレステロールのホメオスタシスの制御

本研究により(1)、(2)を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 肝臓でコレステロールから合成された胆汁酸は、消化管に分泌され、食事中の脂溶性成分を可溶化し消化吸収を補助し、大部分は下部小腸で再吸収され門脈を経て肝臓に戻り、一部分は体外に排出される。コレステロール代謝において胆汁酸は、コレステロール吸収の補助と、胆汁酸への異化を介した体外排出経路という2つの役割を果たすことが知られてきたが、近年、胆汁酸なかでもケノデオキシコール酸(CDCA)は、核内受容体FXR(Farnesoid X receptor)の内因性リガンドであることが報告され、胆汁酸が遺伝子発現を調節する分子として働き、胆汁酸代謝、及びコレステロール代謝を制御する機能をもつことが明らかになってきた。本研究では胆汁酸によるコレステロール・胆汁酸代謝制御機構の一端を解明することを目的に、FXRの標的遺伝子である小腸胆汁酸結合蛋白I-BABP(intestinal bile acid-binding protein)の機能に関する解析と、胆汁酸によるLDL受容体発現上昇機構の解析を行なった。

 第一章序論では、胆汁酸・コレステロール代謝機構に関する知見と、それを調節する核内受容体、転写因子に関する近年の研究について概説している。

 第二章では、胆汁酸による遺伝子調節における、I-BABPの作用の解析を行った。I-BABPは、下部小腸に特異的に発現する約15kDaの細胞内可溶性蛋白で、胆汁酸を結合する。小腸細胞内において胆汁酸によりFXRを介してI-BABPが誘導された場合、FXR同様に胆汁酸を結合するI-BABPは、FXRの転写活性に対して何らかの影響を及ぼすことが考えられた。一つには、FXRがI-BABPによりリガンドを奪われる形となり、FXRの転写活性が低下する可能性、もう一つには、逆にI-BABPがFXRに効率的に胆汁酸を受け渡すなどの作用により、転写活性が上昇する可能性があり、これについて検討した。

 I-BABPプロモーターを用いたFXRの転写活性検出ルシフェラーゼアッセイ系にI-BABP発現ベクターを加え、I-BABPによるFXRの転写活性の変化を調べたところ、有意な差ではないもののI-BABP発現により若干転写活性の上昇が認められた。また、GAL4/UAS系を用いたルシフェラーゼアッセイにより転写活性を調べたところ、こちらではI-BABP発現によりFXRの転写活性が明らかに亢進した。さらに、I-BABP発現細胞株を作成し、この二つのルシフェラーゼアッセイを行ったところ、どちらの系においてもI-BABP発現細胞においてCDCAによるFXRの転写活性の上昇率が、野生株よりも多かった。これらの結果から、I-BABPがFXRの転写活性に対して促進的に働くことが明らかにされた。

 第三章では、胆汁酸によりLDL受容体の発現が上昇するメカニズムについて解析を行った。LDL受容体は細胞内コレステロール量が枯渇すると転写因子SREBPの活性化により転写が亢進する。ヒト肝臓由来HepG2細胞にCDCA処理をし、LDL受容体の発現が上昇する条件で、核内のSREBP量を調べたが、変化はみられなかった。また、LDL受容体プロモーター上にFXRの結合配列様の配列が存在したため、LDL受容体がFXRの応答遺伝子である可能性を検討したが、ルシフェラーゼアッセイ及びFXRの合成リガンドを用いた検討により、FXRの関与は否定された。一方、胆汁酸は細胞内シグナル伝達経路のいくつかを活性化させるという報告があることから、細胞内シグナル伝達経路の関与を各種阻害剤により検討した。PI3Kinase阻害剤では効果が認められなかったが、MEK阻害剤のU0126及びPD98059により胆汁酸によるLDL受容体遺伝子の発現上昇が阻害され、MAPキナーゼ経路を介した機構によることが明らかにされた。RNA合成阻害剤アクチノマイシンDを用いた検討では、胆汁酸処理によりLDL受容体mRNAが安定化されることが示され、この安定化はMEK阻害剤により消失した。これらの結果から、胆汁酸がMAPキナーゼ経路を介したLDL受容体mRNAの安定化という新たな機構でLDL受容体の発現を上昇させることが明らかになった。

 以上本論文は、I-BABPがFXRの転写活性を促進させること、及び、胆汁酸によるLDL受容体発現上昇の新たなメカニズムを明らかにしており、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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