学位論文要旨



No 118132
著者(漢字) 松村,宏治
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,コウジ
標題(和) 分化・誘導に関わる生物活性天然物の合成研究
標題(洋)
報告番号 118132
報告番号 甲18132
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2521号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 天然より得られる化合物の中には、極微量で効果が発現するものが多いが、単離される量もまた微量であることが多い。時には環境の変化などにより生産しなくなることもある。そのような生物活性天然物の構造決定や、活性試験には有機化学的手法を用いた全合成が有効であることが多い。筆者は分化・誘導に関わる天然物に関し、有機化学的手法を用いて、全合成による構造の確認や誘導体の合成による活性試験へのサンプル供給などを行ったので以下に述べる。

1. 植物生長調節作用を有するbrevicompanineの合成研究1)

 brevicompanine A(1)及びB(2)2)は1998年鳥取大学の木村らによりPenicillium brevicompactumの培養液から単離構造決定されたアルカロイドである。構造上の特徴としてトリプトファン由来のピロロ[2,3-b]インドール骨格及び、D-アミノ酸由来のジケトピペラジン環を含むことが挙げられる。

 これらは植物生長調節作用を有し、レタス芽生えの胚軸伸長抑制と共に根の伸長作用が確認されたが、イネについては全く活性が確認できなかった。

 以上の点を踏まえ、D-アミノ酸を含む構造とレタスとイネに見られる活性の違いの相関を調べるため、またピロロ[2,3-b]インドール骨格形成についても合成のターゲットとしてふさわしいと考えBrevicompanine A 1、B 2及びその類縁体3、4の合成に着手した。

Brevicompanine類の共通合成中間体であるL-トリプトファン誘導体6は文献3)に従い、下に示すように合成した。

 このカルボン酸6と別途調製したD-アロ-イソロイシンメチルエステル塩酸塩との縮合、脱保護、環化を経てBrevicompanine A 1を合成することに成功した。同様にして2、3、4を合成した。

2. 癌細胞転移抑制物質の合成研究

 癌の最も恐ろしい性質は転移である。悪性度の高い癌細胞は原発巣から遊走により離脱し、隣接器官やリンパ節、血管へと浸潤し遠隔地にて転移巣を形成する。このいずれの段階においても癌細胞の遊走は癌転移に重要な役割を果たしていると考えられている。それゆえ、癌細胞の遊走を阻害する物質は、新しい転移抑制剤の開発に有用であると考えられる。このような考えのもと慶応大学の井本らにより、ヒト食道癌EC17細胞を用いた傷つけアッセイを指標に単離された化合物の中からmoverastin及びmigrastatinの2つの化合物について合成研究を行ったので以下に述べる。

2-1. moverastinの合成による構造の決定

 moverastinはAspergillus sp. F7720株の培養液より単離された遊走阻害物質である。その平面構造はNMRなどの各種分光学的手法を用いて上記のように決定された。しかし立体構造に関してはおもに1H-NMRからC-10位の水酸基に関する2つの立体異性体の混合物である可能性が示唆されたが両異性体の分離は不可能であった。この立体化学の確認と、両異性体の分離及び活性評価を行うべく合成研究を行った。

 左側の不斉を有するシクロヘキサノン部分は、同様の骨格をもつascochlorinを出発原料として合成することとした。位置選択的なオゾン分解を経て得られるエノールトリフラート11とジアルデヒド12を野崎-檜山-岸反応により連結し、脱保護を行うことで目的物であるmoverastinを得ることに成功した。

 また中間体13をMTPAエステル化することで、10位の両ジアステレオマーがHPLCにて分離可能となり、分取後MTPAエステル及び保護基を除去することで、10位の立体が単一のmoverastinをそれぞれ合成し、天然物がジアステレオマーの混合物であることを証明できた。また楠見らによる改良Mosher法により両ジアステレオマーの立体配置を決定することができた。

 さらに分離した(10S)-moverastin及び(10R)-moverastinを活性試験に供し、10S体が10R体より強い活性をもつことがわかった。

2-2. migrastatinの合成研究

 migrastatin4)は、Streptomyces sp. MK929-43F1より単離されX線結晶構造解析により絶対立体配置を含めて構造決定された大環状ラクトン化合物である。癌細胞遊走阻害活性のほかに、ビンブラスチンの細胞死を増強するなどの活性5)が報告されている。

 このものは14員環のマクロラクトン環と末端にグルタルイミド環をもつ側鎖で構成されており、5つの不斉点と3つの不飽和結合を有する。また、全ての不斉点が3置換Zオレフィンを挟んで連続して存在しその構築が鍵となる。

 筆者はL-アラビノースより6工程で得られる不飽和ラクトン16に対し立体選択的にエポキシ化、還元、メチル化を行い、連続する3つの不斉中心の構築に成功し17を得た。現在17より7工程で得られるアルデヒド18と19とのReformatsky型反応の検討を行っているところであり、20が得られた際は左右にアルキル鎖を延長し、環化させることで目的物である14を得られると考えている。

3. まとめ

 以上筆者は、分化・誘導に関する天然物を有機化学的手法を用い研究を行った結果、1章では植物生長調節作用を有するbrevicompanine類の全合成を行い、提出構造に誤りのないことを証明した。2章では癌細胞遊走阻害活性をもつ天然物について研究を行い。moverastinについては、合成により本化合物がジアステレオマーの混合物であることを確認できた。また両ジアステレオマーを分離し活性試験を行うことで10S体が10R体より強い活性をもつことがわかった。また、migrastatinについては、連続する3つの不斉中心の構築に成功し18を得た、全合成の達成に向けて研究を行う予定である。

reference

1)K. Matsumura and T. Kitahara, Heterocyles, 2001, 54, 727

2)M. Kusano, G. Sotoma, H. Koshino, J. Uzawa, M. Chijiimatsu, S. Fujioka, T. Kawano and Y. Kimura, J. Chem. Soc., Perkin Trans.1, 1998, 2823.

3)S. P. Maraden, K. M. Depew and S. J. Danishefsky, J. Am. Chem.Soc., 1994, 116, 11143 and citedtherein, D. Crich, ibid., 1999, 121, 11953.

4)K. Nakae, Y. Yoshimoto, T. Sawa, Y. Homma, M. Hamada and M. Imoto, J. Antubiot., 2000, 53, 1130.

5)竹本靖、井本正哉 日本農芸化学会関東支部2002年度支部大会講演要旨集p.1

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は分化誘導に関わる生理活性天然物の合成化学的研究に関するものであり、2章よりなる。申請者は分化・誘導に関わる天然物に関し、有機化学的手法を用いて、全合成による構造の確認や誘導体の合成による構造一活性相関を通じての有用物質創成を目的として以下の研究を行った。

 まず序論にて研究の背景と意義を論じた後、第1章では植物生長調節作用を有するbrevicompanine類の光学活性体及びそのエピ体の全合成について述べている。

 Brevicompanine類の共通合成中間体であるL-トリプトファン誘導体を下に示すように合成した。このカルボン酸と別途調製したD-アロ-イソロイシンメチルエステル塩酸塩との縮合、脱保護、環化を経てBrevicompanine Aを合成することに成功した。同様の手法を用いてBrevicompanine Bまたそれらのエピ体を合成し、提出構造が正しいことを確認した。またbrevicompanine類の効率的合成の検討を行い、アルキル側鎖の方向は逆であったが、トリプトファン誘導体の環化及びアルキル化を1段階で行うことに成功した。またジケトピペラジン環を先に構築することで、ピロロ[2,3-b]インドール骨格形成の際の選択性を向上させることに成功した。

 第2章では癌細胞遊走阻害物質を持つ新規化合物moverastin及びmigrastatinに関して合成研究について述べている。

 Moverastinについては、まず、左側の不斉を有するシクロヘキサノン部分を同様の骨格をもつascochlorinを出発原料として、位置選択的なオゾン分解を経てエノールトリフラートとした。右側部分をオルシノールより出発しフェノール性水酸基のMOM保護基のオルトリチオ化により置換基を導入しジアルデヒドとした。両ユニットを野崎-檜山-岸反応により連結し、脱保護を行うことにより目的物であるmoverastinを得ることに成功し、天然のmoverastinについて10位の水酸基の立体異性体混合物であることを明らかにした。また中間体を分離することにより、10位の立体が単一のmoverastinをそれぞれ合成し、別途合成した誘導体活性試験に供し、10S体が10R体より強い活性をもつことなどを明らかにした。

 また同様の活性を持つmigrastatinについてL-アラビノースより6工程で得られる不飽和ラクトンに対し立体選択的にエポキシ化、還元、メチル化を行い、連続する3つの不斉中心の構築に成功し、さらに7工程を経ることによりmigrastatinの持つ3つの連続する不斉点及び3置換オレフィンの構築に成功した。現在そのものに対し不斉アルドール反応を行うことによりmigrastatinの持つ残る2つの不斉点の構築について検討中である。

 以上本論文は分化・誘導に関する天然物に関して有機化学的手法を用い新規化合物の全合成による提出構造の確認や、誘導体合成による構造活性相関研究への寄与など、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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