学位論文要旨



No 118135
著者(漢字) 李,慶範
著者(英字)
著者(カナ) イ,キョンボム
標題(和) Pseudomonas属を中心としたプロテオバクテリアの分類学的研究
標題(洋) Taxonomic Studies of Proteobacteria with Special Reference to the Genus Pseudomonas
報告番号 118135
報告番号 甲18135
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2524号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

 従来の形態や生理・生化学的形質に基づく分類法と化学分類的方法による細菌の分類・同定は新属新種の分類において欠かせないものだが、微生物の系統学的な分類に用いるには難点がある。近年の遺伝学的な技術の発展に伴い微生物の分類の体系が変化してきた。遺伝形質による分類・同定は生育条件の影響をほとんど受けず、安定したデータが得られるし、そのデータは常に数値により評価しやすい。特に分子時計と呼ばれるリボゾームRNA(rRNA)は系統学的分類において最も注目され、利用されている。これまで遺伝子databaseに報告されてるrRNA(特に16S rRNA)の数は数万件に至る。

 本研究は遺伝学的方法及び遺伝子databaseの16S rRNA塩基配列の情報を利用してProteobacteriaのalpha、beta、gammaの三つのclassに対する系統解析、植物根の蛍光性Pseudomonadsの系統的な分類、亜鉛耐性のMethylobacterium属の系統学的関係を行った。

Proteobacteriaにおける16S rRNAによるの系統分類

 16S rRNAの情報はDNA databaseに莫大な数が保存されているが、ARB databaseは特に16S rRNA配列だけを整理したもので、またアライメントデータや系統解析の情報も整理されているため、今回の研究ではこのDatabaseの情報を基本として用いた。しかしながら、ARBのアライメントは菌種間で大きく2次構造の異なる部分を含めて系統解析が行われており、正確な系統樹を作成するには問題がある。そこで、本解析ではGenBank/EMBL/DDBJ databasesより引用したデータのうち1,350bp以上の塩基配列が決定されているもののみを使用し、系統解析はthe program package MOLPHY(version 2.3b3)を用いた最尤法(maximum likelihood method)を用い、比較した塩基配列は二次構造の変化の激しい部分(ポジション70-100、181-219、447-487、1004-1036、1133-1141、1446-1456)と、欠失や解読不能な部分を除いた塩基配列をもとに行った。また、ARB database(ssujunO2. arb version)とBergey's Manual of Systematic Bacteriology(Second Edition、www.cme.msu.edu/bergeys/april2001-genus.pdf)を系統解析の比較対象として用いた。

AlphaproteobacteriaおよびBetaproteobacteriaの分類体系の提案

 本研究で得られた系統関係を模式的にFig1に示した。ARBの系統樹とはクラスターのトポロジーは異なる。また、メインとなるクラスター間の中間的な位置にくる菌種を削除するとクラスター間のトポロジーは大きく変化するため、クラスター間のトポロジーは信頼性に欠けるものと考えられた。しかしながら、メインとなるクラスター自体は使用するデータセットを変えても変化しない安定なものであり、また、ARBのクラスターと基本的に同じ集団で構成されるものであった。したがって、メインとなる各クラスターは分類群としてしっかりと隔てられた集団と考えられ、これらをOrderおよびFamilyの基本単位とすることはなんら問題のないことと判断した。本研究で作成される系統樹はARBのものと比べてクラスター間を隔てる枝が非常に長くなり、またブートストラップ値も大きなクラスター間ではほとんどが100%に近い数値を示し信頼性の高いものと判断した。また、本研究において表示された系統関係はBergey's Manualで示されている分類体系とも異なっていた。

 Class Alphaproteobacteriaについては、Databaseにより引用した約300菌種のうち解析不能なものを除いた239菌種を用いて系統解析を行った。比較の対象となった塩基数は919bpである。Bergey's ManualではHyphomonas属、Hirschia属、Maricaulis属を含めるクラスターをRhodobacteraceae科で分類しているが、本系統解析結果、中間的菌種の存在によってHyphomonas属のクラスターの位置が変わるのを確認したが、常に他のクラスターからは明瞭に分かれた。そこでこのクラスターをHyphomonadaceae科として提案し、Caulobacteraceae科、Rhodobacteraceae科の三つの科を一つのRhodobacterales目として提案する。Bergey's MamualではBrucellaceae科を含める10科をRhizobiales目に分類したが、本解析の結果Brucellaceae科、Bartonellaceae科、Rhizobiaceae科、Phyllobacteriaceae科をRhizobiales目として、Bradyrhizobiaceae科、Methylobacteriaceae科、Hyphomicrobium属、Pedomicrobium属、Filomicrobium属、Rhodomicrobium属を含めるHyphomicrobiaceae科、そしてAzorhizobium属、Xanthobacter属、Ancylobacter属、Stakeya属を含めるXanthobacteracea科の四つの科を合わせてBradyrhizobiales目として提案する。

 Class Betaproteobacteriaについては、Databaseにより引用した約150菌種のうち解析不能なものを除いた136菌種を用いて系統解析を行った。比較の対象となった塩基数は983bpである。Bergey's ManualではNitrosomonadaceae科、Spirillaceae科、Gallionellacea科をNitrosomonadales目、Methylophilaceae科をMethylophilales目、Neisseriaceae科をNeisseriales目、そしてRhodocyclaceae科をRhodocyclales目として分類したが、本系統解析の結果この4目を一つの目として統合し3つの科Nitrosomonadaceae科、Neisseriaceae科、Rhodocyclaceae科を置くことを提案する。

植物根に生息する蛍光性Pseudomonadsの分類

 植物根の蛍光性Pseudomonadsは植物に対して病原菌に対する拮抗性及び植物病原性作用、植物ホルモン調節などの多様な報告があるが、系統学的な分類の報告は少ない。系統学的な分類の理解は植物と蛍光性Pseudomonadsの相互作用の理解の基礎となる。そこで、本研究では植物根からできるだけ多くの蛍光性Pseudomonadsを分離し、それらの系統的分類を行った。長野県の伍賀、北大井、洗馬、木祖村、埼玉県の籠原(農業試験場)、東京都の弥生で土壌を採取し、キャベツ、ハクサイ、レタス、ニンジン、トマト、ダマネギ、ソラマメを栽培し、その植物根から蛍光性Pseudomonads選択培地P-1を用いて菌を分離した。分離した471株に対して蛍光性Pseudomonads biovarを識別する生理・生化学試験を行った。生理・生化学試験から選別した菌株に対して16S rRNAの部分塩基配列により系統解析を行った。Type strain及びTypical strainを用いたDNA-DNA hybridization法で16S rRNAの部分塩基配列より作成した系統樹内の菌株のグループ間の類縁性を調べた。生理・生化学試験と16S rRNA塩基配列の系統樹では非常に多様な蛍光性Pseudomonadsの存在が確認された。さらに、DNA-DNA hybridizationでは、既知の種やP.fluorescensの5つのbiovarおよびP.putidaの2つのbiovarと種レベルの類縁性を示さない非常に多様な種を含むことが示された。

Fig.1 Proposed System for Classes Alphaproteobacteria and Betaproteobacteria

審査要旨 要旨を表示する

 従来の形態や生理・生化学的形質に基づく分類法と化学分類的方法による細菌の分類・同定は新属新種の分類において欠かせないものだが、微生物の系統学的な分類に用いるには難点がある。近年の遺伝学的な技術の発展に伴い微生物の分類体系が変化してきた。遺伝形質による分類・同定は生育条件の影響をほとんど受けず、安定したデータが得られるし、そのデータは常に数値により評価しやすい。特に分子時計と呼ばれるリボゾームRNA(rRNA)は系統学的分類において最も注目され、利用されている。これまで遺伝子databaseに報告されてるrRNA(特に16S rRNA)の数は数万件に至る。本論文では遺伝学的方法及び遺伝子databaseの16S rRNA塩基配列の情報を利用してProteobacteriaのalpha、betaの2つのclassに対する系統解析、植物根の蛍光性Pseudomonasの系統的な分類を行った結果を3章でまとめた。

 序論に続く第2章では、Proteobacteriaの系統的体系を確立する研究をおこなった。16S rRNAの情報はDNA databaseに莫大な数が保存されているが、ARB databaseは特に16S rRNA配列だけを整理したもので、またアライメントデータや系統解析の情報も整理されているため、今回の研究ではこのDatabaseの情報を基本として用いた。しかしながら、ARBのアライメントは菌種間で大きく2次構造の異なる部分を含めて系統解析が行われており、正確な系統樹を作成するには問題がある。そこで、本解析ではGenBank/EMBL/DDBJ databasesより引用したデータのうち1,350bp以上の塩基配列が決定されているもののみを使用し、系統解析はMOLPHY(version 2.3b3)を用いた最尤法で行い、比較した塩基配列は二次構造の変化の激しい部分と、欠失や解読不能な部分を除いたものを使用した。また、ARB database(ssujunO2. arb version)とBergey's Manual of Systematic Bacteriologyを系統解析の比較対象として用いた。この研究の結果として得られた系統樹はARBの系統樹とはクラスターのトポロジーは異なる。また、メインとなるクラスター間の中間的な位置にくる菌種を削除するとクラスター間のトポロジーは大きく変化するため、クラスター間のトポロジーは信頼性に欠けるものと考えられた。しかしながら、メインとなるクラスター自体は使用するデータセットを変えても変化しない安定なものであり、また、ARBのクラスターと基本的に同じ集団で構成されるものであった。したがって、メインとなる各クラスターは分類群としてしっかりと隔てられた集団と考えられ、これらをOrderおよびFamilyの基本単位とすることはなんら問題のないことと判断した。本研究で作成される系統樹はARBのものと比べてクラスター間を隔てる枝が非常に長くなり、またブートストラップ値も大きなクラスター間ではほとんどが100%に近い数値を示し、信頼性の高いものと判断した。また、この研究において得られた系統関係はBergey's Manualで示されている分類体系とも異なっていた。最終的には、Class Alphaproteobacteriaについては、7目14科からなる分類体系を、Class Betaproteobacteriaについては、2目8科からなる分類体系を提案した。

 第3章では植物根に生息する蛍光性Pseudomonasの分類体系を確立する研究を行った。植物根の蛍光性Pseudomonasは植物に対して病原菌に対する拮抗性、植物病原性作用、植物ホルモン調節などさまざま作用を行うことが報告されているが、系統学的な分類の報告は少ない。系統学的な分類の理解は植物と蛍光性Pseudomonasの相互作用の理解の基礎となる。そこで、本研究では植物根からできるだけ多くの蛍光性Pseudomonasを分離し、それらの系統的分類を行った。長野県の伍賀土壌などから分離された471株に対してbiovarを識別する生理・生化学試験を行った。生理・生化学試験から選別された菌株に対して16S rRNAの部分塩基配列により系統解析を行った。最後に蛍光性Pseudomonasの既知種の基準株に対するDNA-DNA hybridizationを行った。生理・生化学試験と16S rRNA塩基配列の系統樹では非常に多様な蛍光性Pseudomonasの存在が確認された。さらに、DNA-DNA hybridizationでは、既知の種やP.fluorescensの5つのbiovarおよびP.putidaの2つのbiovarと種レベルの類縁性を示さない非常に多様な種を含むことが示された。

 以上、本論文はPseudomonas属を中心としたProteobacteriaの系統分類学的研究を行ったものであり、新しい分類体系を提案するなど、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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