学位論文要旨



No 118136
著者(漢字) ダマルジャヤ,ドリー イリヤニ
著者(英字) Damarjaya,Dolly Iriani
著者(カナ) ダマルジャヤ,ドリー イリヤニ
標題(和) アルミニウム酸性土壌において植物生育促進根圏微生物として機能するリン溶解細菌に関する研究
標題(洋) Phosphate solubilizing bacteria as plant growth promoting rhizobacteria in aluminum toxic soils
報告番号 118136
報告番号 甲18136
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2525号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

 リンは植物の必須元素の一つであり、核酸、リン脂質、NADP、ATPなどの構成元素として重要な役割を果たしている。土壌中のリンの形態はpHに左右される。土壌中のリンが可溶性のリン酸として存在し、植物に最も利用されやすいのはpH6.5付近である。しかし、リン酸は、pHが低い場合にはアルミニウムや鉄と、またpHが高い場合にはカルシウムやマグネシウムイオンと結合し、いずれも難溶態となる。一方、無機リン肥料の原料となるリン鉱石は近い将来に枯渇することが懸念されている。そのため、土壌中の難溶性リンを可溶化して植物による利用効率を高める方策の確立が望まれている。

 植物の根圏に生息する土壌細菌の多くは、ギ酸、プロピオン酸、乳酸、フマル酸などの有機酸を分泌する能力がある。これらの有機酸は難溶性リン化合物のアルミニウム、鉄、カルシウム、マグネシウムと結合し、その結果、リン酸イオンが可溶化して植物が吸収できる。このような土壌細菌はリン溶解細菌(Phosphate solubilizing bacteria, PSB)と呼ばれている。リン溶解細菌を土壌に接種することにより、土壌中の難溶性リンが可溶化され、作物の生産性が高まる現象が知られているが、これはほとんどの場合、アルカリ土壌で得られた結果であり、対象とされる難溶態リンはリン酸カルシウムに限定されている。これに対して、東南アジアに広く分布するアルミニウム酸性土壌については、1)主要な土壌リンの形態がリン酸アルミニウムおよびリン酸鉄であり、これらはリン酸カルシウムよりも難溶性であること、2)酸性条件下で溶解するアルミニウムによる毒性、のため、有効なリン溶解細菌に関する研究はほとんどなされていない。

 土壌からのリン溶解細菌の単離は、通常、リン酸カルシウムを懸濁させたPikovskaya寒天培地を用いて行われてきた。この寒天培地上に土壌細菌のコロニーを形成させると、リン溶解能力を有する細菌コロニーの周囲にはリン酸カルシウムの溶解によりハロー(halo-zone)が形成される。このハロー形成の有無とその大きさによって細菌のリン溶解能の検定が行われている。これまで、リン酸アルミニウムを懸濁させたPikovskaya寒天培地の作製の困難さから、もっぱらリン酸カルシウムが用いられてきた。このことも、これまでのリン溶解細菌の研究が主にリン酸カルシウムの溶解に集中していた理由である。また、この方法で得られるリン酸カルシウム溶解細菌のほとんどは、リン酸アルミニウムを溶解する能力を持たないか、極めて低いことが報告されている。従って、リン酸アルミニウム溶解能の検定手法を確立した上で、アルミニウム酸性土壌におけるリン溶解能に着目した研究が必要とされている。

 このような背景をもとに、本研究では以下の事柄についての検討を行った。

1.土壌細菌のリン酸アルミニウム溶解能力の検定手法の開発

2.植物生育促進根圏微生物として知られているPseudomonas putidaの難溶性リン酸塩(リン酸カルシウム、リン酸アルミニウム)溶解能力の評価と、溶解メカニズムの解析

3.酸性土壌の植物根圏からのリン溶解細菌の単離・同定と植物生育促進効果の評価

4.日本とインドネシアの数種の酸性土壌からのリン溶解細菌の単離・同定と、植物生育促進効果の評価

5.リン酸アルミニウム溶解細菌として単離されたGluconacetobacterのリン溶解能とアルミニウム耐性能の評価

1.土壌細菌のリン酸アルミニウム溶解能力の検定手法の開発

 これまで、リン酸アルミニウムを均一に懸濁したPikovskaya寒天培地の作製は困難とされていたが、乳鉢を用いてパウダー状にしたリン酸アルミニウム粉末を用いることにより、作製が可能となった。また、培地にブロモフェノールブルーを添加することにより、リン酸アルミニウム溶解と微生物が産出する酸性物質との関連が検証できるようにした。

2.Pseudomonas putidaの難溶性リン酸塩(リン酸カルシウム、リン酸アルミニウム)溶解能力の評価と、溶解メカニズムの解析

 P.putidaは植物生育促進根圏微生物として機能することがしばしばあり、そのリン溶解能力に興味が持たれる。P.putidaの15株について、Pikovskaya寒天培地を用いてリン酸カルシウムおよびリン酸アルミニウムの溶解能力を調べた。15株のうち9株はリン酸カルシウムを溶解したが、リン酸アルミニウムを溶解する株はなかった。リン酸カルシウムを溶解するP.putida IAM1050株についてその溶解メカニズムの一端を明らかにすることを目的として、トランスポゾン挿入変異による溶解能欠失変異株(MPS-株)の取得を試みた。その結果、1株のMPS-株が得られた。得られたMPS-株は培地のpHを低下させる能力を欠いていたことから、リン酸カルシウム溶解には菌体が分泌する酸性物質が関与していることが示唆された。IAM1050株とMPS-株の液体培養液のHPLC分析により、この酸性物質はクエン酸であることが示唆された。トランスポゾンの挿入された周辺の遺伝子領域の解析を行ったところ、変異の起こった遺伝子はPseudomonas aeruginosa PAO1株のisopropyl malate synthaseをコードしている遺伝子に高い相同性を示すことが分かった。この酵素はピルビン酸からのアセチルCo・A合成の制御に間接的に関わることから、TCA回路におけるクエン酸合成との関連が興味深い。

3.酸性土壌の植物根圏からのリン溶解細菌の単離・同定と、植物生育促進効果の評価

 リン酸カルシウムまたはリン酸アルミニウムを懸濁させたPikovskaya寒天培地上でコロニーの周囲に形成されるハローを指標として、アルミニウム酸性土壌に生育させたクローバー、コムギ、トウモロコシ、ヒマワリの根圏土壌から、リン溶解細菌の単離を試みた。その結果、酸性耐性で、かつアルミニウム耐性のリン溶解細菌8株が得られた。16S rRNA遺伝子の部分塩基配列決定の結果、これらの株はBurkholderia(5株)、Pseudomonas(1株)、Ralstonia(1株)と推定された。残り1株は未同定である。Pikovskaya寒天培地上でこれらの株の全てがリン酸カルシウム溶解能を示したが、リン酸アルミニウム溶解能を示したのは1株のRalstoniaのみであった。これらのリン溶解細菌のコロニーの周囲ではpHの低下が観察された。アルミニウム酸性培地を用い、これらの単離株を接種してクローバーの生育試験を行った結果、接種することにより植物の生育が促進され、地上部の乾燥重量が増加した。この結果から、これらのリン溶解細菌はアルミニウム酸性土壌において微生物肥料として用いられる可能性があることが示された。

4.日本とインドネシアの数種の酸性土壌からのリン溶解細菌の単離・同定と、植物生育促進効果の評価

 さらに多数のリン溶解細菌を得るために、日本とインドネシアの数種の酸性土壌からの単離を試みた。7株のリン溶解細菌が単離され、16S rRNA遺伝子の部分塩基配列から、Burkholderia(4株)、Pseudomonas(1株)、Gluconacetobacter(2株)と推定された。2株のGluconacetobacterはいずれもPikovskaya寒天培地上でリン酸アルミニウムを溶解する高い能力を示した。これらの株をアルミニウム酸性土壌に接種して、トウモロコシの栽培試験を行ったところ、接種することにより植物の生育が促進され、植物地上部の乾燥重量が増加した。酸性土壌から単離されたこれらのリン溶解細菌もアルミニウム酸性土壌において微生物肥料として用いられる可能性があることが示された。

5.Gluconacetobacterのリン溶解能とアルミニウム耐性能の評価

 酸性土壌から単離された2株のGluconacetobacterが高いリン酸アルミニウム溶解能力を示したことから、この2株のGluconacetobacterと、比較対照として3株のGluconacetobacter株(Gluconacetobacter hansenii IFO13963, Gluconacetobacter liquifaciens IFO12338T, Gluconacetobacter xylinum LMG1527T)を用い、16S rRNA遺伝子の制限酵素断片長ならびにRepetitive PCR DNA fingerprintingに基づく遺伝子型、アルミニウム耐性、リン酸アルミニウム溶解能について比較した。上記の遺伝子型の結果から、今回単離されたGluconacetobacterは用いた対照菌株とは遺伝的に異なることが示された。これら5株のGluconacetobacterは培地中の75mMのアルミニウムに耐性で、Pikovskaya寒天培地上でリン酸カルシウム、アルミニウムのいずれをも溶解する高い能力を示した。Gluconacetobacterはアルミニウム酸性土壌でリン溶解を目的とする微生物肥料として用いられる高い可能性を有していると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 リンは植物の必須元素の一つである。土壌中のリンの形態はpHに左右される。リン酸は、pHが低い場合にはアルミニウムや鉄と、またpHが高い場合にはカルシウムやマグネシウムイオンと結合し、いずれも難溶態となる。そのため、土壌中の難溶性リンを可溶化して植物による利用効率を高める方策の確立が望まれている。

 土壌細菌の中には、ギ酸、プロピオン酸、乳酸などの有機酸を分泌するものがある。これらの有機酸は難溶性リン化合物のアルミニウム、鉄、カルシウム、マグネシウムと結合し、リン酸イオンが可溶化して植物が吸収できる。このような土壌細菌はリン溶解細菌と呼ばれている。リン溶解細菌を土壌に接種することにより、土壌中の難溶性リンが可溶化され、作物の生産性が高まる現象が知られているが、これはほとんどの場合、アルカリ土壌で得られた結果であり、対象とされる難溶態リンはリン酸カルシウムである。これに対して、東南アジアに広く分布するアルミニウム酸性土壌については、1)主要な土壌リンの形態がリン酸アルミニウムおよびリン酸鉄であり、これらはリン酸カルシウムよりも難溶性であること、2)酸性条件下で溶解するアルミニウムによる毒性、のため、有効なリン溶解細菌に関する研究はほとんどなされていない。

 このような背景をもとに、本研究では(1)植物生育促進根圏微生物として知られているPseudomonas putidaの難溶性リン酸塩(リン酸カルシウム、リン酸アルミニウム)溶解能力の評価と、溶解メカニズムの解析、(2)酸性土壌の植物根圏からのリン溶解細菌の単離・同定と植物生育促進効果の評価、(3)日本とインドネシアの数種の酸性土壌からのリン溶解細菌の単離・同定、リン溶解メカニズムの解析ならびに植物生育促進効果の評価、(4)リン酸アルミニウム溶解細菌として単離されたGluconacetobacterのリン溶解能とアルミニウム耐性能の評価、についての検討を行った。本論文は5章よりなる。

 緒言である第1章に続く第2章では、植物生育促進根圏微生物として機能することがしばしばあり、そのリン溶解能力に興味が持たれるPseudomonas putidaのリン酸カルシウム、リン酸アルミニウム溶解能力の評価と、溶解メカニズムの解析を行った。P.putidaの15株のうち9株がリン酸カルシウムを溶解した。リン酸カルシウムを溶解するP.putida IAM1050株についてトランスポゾン挿入変異により1株の溶解能欠失変異株(MPS-株)を取得した。MPS-株はクエン酸を分泌する能力を欠いており、リン酸カルシウム溶解にはクエン酸が関与していることが示唆された。トランスポゾンの挿入された周辺の遺伝子領域の解析を行い、変異の起こった遺伝子はPseudomonas aeruginosa PAO1株のisopropyl malate synthaseをコードしている遺伝子に高い相同性を示すことが分かった。一方、15株の全てがリン酸アルミニウム溶解能を示さなかった。

 第3章では、酸性土壌の植物根圏からのリン溶解細菌の単離・同定と、植物生育促進効果の評価を行った。アルミニウム酸性土壌に生育させたクローバー、コムギ、トウモロコシ、ヒマワリの根圏土壌から、リン溶解細菌の単離を試みた。その結果、酸性耐性で、かつアルミニウム耐性のリン溶解細菌8株が得られた。16S rRNA遺伝子の部分塩基配列決定の結果、これらの株はBurkholderia(5株)、Pseudomonas(1株)、Ralstonia(1株)と推定された。これらの株の全てがリン酸カルシウム溶解能を示したが、リン酸アルミニウム溶解能を示したのは1株のRalstoniaのみであった。アルミニウム酸性培地を用い、これらの単離株を接種してクローバーの生育試験を行った結果、いくつかの株では接種することにより植物の生育が促進され、地上部の乾燥重量が増加した。

 第4章では、さらに溶解能力の高いリン溶解細菌を得るために、酸性土壌からのリン溶解細菌の単離・同定と、植物生育促進効果の評価を行った。日本とインドネシアの数種の酸性土壌から7株のリン溶解細菌が単離され、16S rRNA遺伝子の部分塩基配列から、Burkholderia(4株)、Pseudomonas(1株)、Gluconacetobacter(2株)と推定された。2株のGluconacetobacterは特に高いリン酸アルミニウム溶解能力と酸性およびアルミニウムに対する耐性を示した。これらの株をアルミニウム酸性土壌に接種して、トウモロコシの栽培試験を行ったところ、接種することにより植物の生育が促進され、植物地上部の乾燥重量が増加した。酸性土壌から単離されたこれらのリン溶解細菌はアルミニウム酸性土壌において微生物肥料として用いられる可能性があることが示された。

 第5章では、前章において酸性土壌から単離され、高いリン酸アルミニウム溶解能力を示した2株のGluconacetobacterについてその溶解メカニズムを検討した結果、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸などの有機酸の分泌によるものであることが分かった。この2株のGluconacetobacterと、さらに4株のGluconacetobacter株(G. diazotrophicus PA15T, G. hansenii IFO13963, G. liquifaciens IFO12338T, G. xylinum LMG1527T)について、アルミニウム耐性、リン酸アルミニウム溶解能について比較した。これら6株のGluconacetobacterは培地中の75mMのアルミニウムに耐性で、リン酸カルシウム、アルミニウムのいずれをも溶解する高い能力を示した。Gluconacetobacterはアルミニウム酸性土壌でリン溶解を目的とする微生物肥料として用いられる高い可能性を有していると考えられた。

 以上、本論文はアルミニウム酸性条件下で難溶性のリン酸アルミニウムを溶解する能力の極めて高いリン溶解細菌を単離し、その溶解メカニズムと植物生育促進効果を明らかにしたものである。これは学術上重要な知見であるばかりでなく、東南アジアに広く分布するアルミニウム酸性土壌における作物生産性の向上に寄与するところが極めて大きい。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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