学位論文要旨



No 118138
著者(漢字) 朴,美姫
著者(英字)
著者(カナ) パク,ミヒ
標題(和) 植物の細胞伸長におけるアラビノガラクタン蛋白質の機能解析
標題(洋)
報告番号 118138
報告番号 甲18138
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2527号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 アラビノガラクタン蛋白質(AGP)はプロテオグリカンの一種であり,主に細胞壁間隙に存在し,植物の様々な生長,発達へ関与することが示唆されているが,その直接的な証拠はほとんど得られていない。これまでにAGPと特異的に相互作用する試薬(β-glucosyl Yariv試薬)を用い,根の伸長成長へのAGPの関与が示されていたが,本研究では主に茎部伸長とAGPとの関連性を様々な角度から追求した。キュウリ胚軸におけるジベレリン応答性遺伝子の検索から得られたCsAGP1の機能解析を行なうとともに,β-glucosyl Yariv試薬を用いた生物検定により,AGPと茎部伸長との関連性を追究した。また,細胞伸長におけるAGPの生理的なメカニズムを追求するためにβ-glucosyl Yariv試薬を用い,微小管の配向への関与を検討した。さらに,シロイヌナズナのAGP遺伝子破壊株のスクリーニングや,アンチセンスRNA発現体の作成を行い,それらの研究を通してAGPと伸長生長,あるいは他の形態形成との関連性を追究することを目的とした。

2.AGPと茎部伸長との関連性の追求

 茎部伸長には植物ホルモンの一種であるジベレリンが深く関わっている。ジベレリンにより転写レベルが調節される遺伝子の単離,解析は茎部伸長を制御するジベレリンの作用過程に関する情報を与えると考え,蛍光ディファレンシャルディスプレー法によりキュウリ胚軸におけるGA応答性遺伝子のスクリーニングを行なった。その遺伝子の一つ,CsAGP1(ABO29092)がAGPをコードしていると推定された。

 CsAGP1のORF(243アミノ酸)にはclassical AGPに特徴的な3つのドメインの存在が認められた。N末端のシグナルペプチドに続いて,中央部分にhydroxyprolineに富む領域(Pro33.5%, Ala19.8%, Ser16.8%)が存在する。さらにC末端にはω/ω+2則に適合する切断位置(218Ser)に短いスペーサーと塩基性アミノ酸(225Lys),さらに疎水性膜貫通ドメインが続く典型的なGPIアンカー付加シグナルが認められた。

 このCsAGP1の全長cDNAをCaMV35Sプロモーター制御下でタバコに導入し,得られた形質転換体からAGPを抽出,精製し,野生型タバコに含まれるAGPとの比較を行った。予備精製後のAGP画分をゲル濾過HPLCにより分画し,β-glucosyl Yariv試薬を用いた単純放射ゲル拡散法により検出したところ,野生型に含まれるAGPとは異なる溶出時間にβ-glucosyl Yariv試薬と反応性のあるタンパク質が検出された。また,AGPを広く認識する2種類の抗体,LM2, JIM13を用いてイムノブロッティングを行った結果,β-glucosyl Yariv試薬と反応性のある同じ画分が抗体に認識され,CsAGP1の産物がAGPとしての特徴を備えていることが判明した。

 CsAGP1はノーザン解析の結果GA4及びIAAいずれの処理によっても転写量の増加が認められた。また,芽,子葉,胚軸,根のいずれにおいても発現していたが,胚軸においてのみGA4により発現量が増加した。また,キュウリ実生の胚軸から抽出したAGPをHPLCで分画し,単純放射ゲル拡散法により定量したところ,GA4処理によってキュウリの実生の胚軸伸長が促進されるとき,それに対応してAGP量が約1.5倍増加した。これらの結果から,CsAGP1はGAやIAAからの情報伝達の上流で機能するのではなく,より下流において,いずれのホルモンによる細胞伸長制御にも共通して機能するものと考えられた。

 CsAGP1がAGPの特徴をもっていることから,キュウリの実生におけるβ-glucosyl Yariv試薬の影響を調べたところ,β-glucosyl Yariv試薬は根と胚軸いずれの伸長も抑制した。その抑制効果はホルモン処理によって伸長が促進された胚軸で,より顕著に現れた。これらの抑制効果は,AGPと結合能のないα-galactosyl Yariv試薬による抑制効果よりは有意に大きく,β-glucosyl Yariv試薬によるAGP機能の阻害を通して伸長の抑制が生じたものと考えられた。以上の結果から,AGPは茎部伸長に必要な成分であることが強く示唆された。

 次に,CsAGP1を過剰発現させた形質転換タバコの解析により,CsAGP1の茎部伸長への関与を追求した。T0世代のAGP含量を測定したところ,一見して野生型より背丈が高い二つのライン10と11が野生型より高いレベルのAGPを含んでいることが判明した。そこで,これらのホモのライン,10.1と11.4を選抜し,茎部伸長を含む形質を詳細に観察したところ,10.1と11.4のいずれも野生型に比べて茎部伸長の促進が認められた。特に,生育後期にこの形質が明瞭であった(図1)。また,形質転換体は野生型より平均7日(ライン10.1)と9日(ライン11.4)開花時期が早かった。全ての花芽が開花し,背丈の生長が止まった播種後80日目の形質転換体と野生型を比較したところ,形質転換体は野生型より背丈が高いのに対し,節間の数には有意な差がなかった。このことは,背丈の伸長促進は節間伸長の促進に起因することを示している。また,単純放射ゲル拡散法によりAGP量を測定したところ,形質転換体(10.1,11.4)の茎部AGP量が野生型の約3倍であった。以上より,形質転換体における茎部伸長促進は,AGP量の増加によってもたらされた形質であると考えられた。

3.AGPと微小管配向との関連性の検討

 GAやオーキシンは微小管の配向制御を通して細胞伸長を制御していることが知られている。CsAGP1の発現制御様式や過剰発現体の形質の現れ方等から,AGPはGAやオーキシンからの情報伝達系の上流よりむしろ下流で細胞伸長に関わっていると想定されたが,このことを検討すべく,β-glucosyl Yariv試薬の微小管配向への影響を調査した。検定には,微小管の研究によく用いられているアズキ胚軸切片を用いた。この材料においても,無傷のキュウリ実生と同様,β-glucosyl Yariv試薬はα-galactosyl Yariv試薬に比較して,有意にGAやオーキシンにより誘導される胚軸伸長を抑制した。微小管の配向を観察したところ,IAA単独あるいはGAとの併用により横向きに配向した微小管が増えるが,これに対して,β-glucosyl Yariv試薬,α-galactosyl Yariv試薬とも,有意な影響を与えなかった。このことよりAGPは微小管配向よりさらに下流,すなわち細胞壁を緩ませる過程や,細胞壁成分の新規な合成やアセンブリーに関わっているものと考えられた。

4.AGP変異体の解析

 特定の遺伝子の機能を知る上で,その機能が失われた変異体の解析は非常に有効である。現在,シロイヌナズナのclassical AGPと考えられる遺伝子は17クローン見出されているが,研究開始当初知られていたAtAGP1からAtAGP5の5つの遺伝子について,破壊株のスクリーニングを行った。その結果,いずれのクローンについても,ORF中にT-DNAが挿入されたラインは得られなかったが,AtAGP1,4,5についてはごく近傍にT-DNAが挿入されているものが得られた。そのうちAtAGP4のタグラインではT-DNA内にトランスポゾンDsエレメントを有していたため,Ac/Ds Two element systemを用いてDsの再転移を促し,破壊株のスクリーニングを行った。その結果,ORF内にDsが再挿入された5つの破壊株ラインの調製に成功した。一方,SyngentaよりAtAGP1, AtAGP2, AtAGP5の破壊株を入手し,ホモの株を選抜した。これらの破壊株の形質を観察したところ,通常の栽培条件では形質の変化は認められなかった。現在atagp1/atgp5やatagp2/atagp5の二重破壊株を作製し,形質を観察中である。また,AtAGP1及びAtAGP5のアンチセンスラインを作製し,形質を観察したところ,抽台の時期に変化が無いにもかかわらず,野生型よりロゼット葉の数が少ないという形質が観察された。その現象はAtAGP5の破壊株では認められなかったため,AtAGP5のアンチセンス発現によりAtAGP5と相同性が高い他のAGP遺伝子の発現も抑えられたのではないかと考えられ,現在検討中である。

5.総括

 以上,植物の様々な成長に関与していることが示唆されているAGPについて,GA応答性遺伝子の解析,AGP作用の特異的阻害剤を用いた検定を通して,AGPが茎部伸長において機能している可能性を強く指摘した。また,シロイヌナズナの各種変異体を調製し,新たな形質に関与している可能性を示唆した。

参考文献

Me Hea Park, Yoshihito Suzuki, Makiko Chono, J. Paul Knox, and Isomaro Yamaguchi. CsAGP1, a gibberellin responsive gene from cucumber hypocotyls(Cucumis sativus), encodes a classical arabinogalactan protein and is involved in stem elongation. Plant Physiology. In press.

図1.CsAGP1形質転換体の形質

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「植物の細胞伸長におけるアラビノガラクタン蛋白質の機能解析」に関する研究について述べたもので,序論と3章から構成されている。

 序論では研究の背景,目的,戦略が述べられている。アラビノガラクタン蛋白質(AGP)はプロテオグリカンの一種であり,主に細胞壁間隙に存在し,植物の様々な生長,発達へ関与することが示唆されているが,その直接的な証拠はほとんど得られていない。これまでにAGPと特異的に相互作用する試薬(β-glucosyl Yariv試薬)を用い,根の伸長成長へのAGPの関与が示されていたが,本研究では主に茎部伸長とAGPとの関連性を様々な角度から追求した。キュウリ胚軸におけるジベレリン応答性遺伝子の検索から得られたCsAGP1の機能解析を行なうとともに,β-g1ucosyl Yariv試薬を用いた生物検定により,AGPと茎部伸長との関連性を追究した。また,細胞伸長におけるAGPの生理的なメカニズムを追求するためにβ-glucosyl Yariv試薬を用い,微小管の配向への関与を検討した。さらに,シロイヌナズナのAGP遺伝子破壊株のスクリーニングや,アンチセンスRNA発現体の作成を行い,それらの研究を通してAGPと伸長生長との関連性を追究することを目的とした。

 第1章ではキュウリのジベレリン応答性遺伝子CsAGP1の解析を行った。蛍光ディファレンシャルディスプレー法によりキュウリ胚軸におけるGA応答性遺伝子の一つとしてCsAGP1をクローニングした。CsAGP1のORF(243アミノ酸)にはclassical AGPに特徴的な3つのドメインの存在が認められた。N末端のシグナルペプチドに続いて,中央部分にhydroxyprolineに富む領域(Pro33.5%, Ala19.8%, Ser16.8%)が存在する。さらにC末端にはω/ω+2則に適合する切断位置(218Ser)に短いスペーサーと塩基性アミノ酸(225Lys),さらに疎水性膜貫通ドメインが続く典型的なGPIアンカー付加シグナルが認められた。このCsAGP1の全長cDNAをCaMV35Sプロモーター制御下でタバコに導入し,得られた形質転換体からAGPを抽出,精製し,野生型タバコに含まれるAGPとの比較を行った。予備精製後のAGP画分をゲル濾過HPLCにより分画し,β-glucosyl Yariv試薬を用いた単純放射ゲル拡散法により検出したところ,野生型に含まれるAGPとは異なる溶出時間にβ-glucosyl Yariv試薬と反応性のあるタンパク質が検出された。また,β-glucosyl Yariv試薬と反応性のある同じ画分がAGPを広く認識する抗体に認識され,CsAGP1の産物がAGPとしての特徴を備えていることが判明した。

 CsAGP1はノーザン解析の結果GA4及びIAAいずれの処理によっても転写量の増加が認められた。また,芽,子葉,胚軸,根のいずれにおいても発現していたが,胚軸においてのみGA4により発現量が増加した。また,キュウリ実生の胚軸から抽出したAGPをHPLCで分画し,単純放射ゲル拡散法により定量したところ,GA4処理によってキュウリの実生の胚軸伸長が促進されるとき,それに対応してAGP量が約1.5倍増加した。これらの結果から,CsAGP1はGAやIAAからの情報伝達の上流で機能するのではなく,より下流において,いずれのホルモンによる細胞伸長制御にも共通して機能するものと考えられた。

 CsAGP1がAGPの特徴をもっていることから,キュウリの実生におけるβ-glucosyl Yariv試薬の影響を調べたところ,β-glucosyl Yariv試薬は根と胚軸いずれの伸長も抑制した。これらの抑制効果は,AGPと結合能のないα-galactosyl Yariv試薬による抑制効果よりは有意に大きく,β-glucosyl Yariv試薬によるAGP機能の阻害を通して伸長の抑制が生じたものと考えられた。以上の結果から,AGPは茎部伸長に必要な成分であることが強く示唆された。

 次に,CsAGP1を過剰発現させた形質転換タバコの解析により,CsAGP1の茎部伸長への関与を追求した。T0世代のAGP含量を測定したところ,一見して野生型より背丈が高い二つのライン10と11が野生型より高いレベルのAGPを含んでいた。そこで,これらのホモのライン,10.1と11.4について形質を詳細に観察したところ,10.1と11.4のいずれも野生型に比べて茎部伸長の促進が認められた。また,形質転換体は野生型より開花時期が早かった。背丈の生長が止まった播種後80日目の形質転換体と野生型を比較したところ,形質転換体は野生型より背丈が高いのに対し,節間の数には有意な差がなかった。このことは,背丈の伸長促進は節間伸長の促進に起因することを示している。また,形質転換体(10.1,11.4)の茎部AGP量が野生型の約3倍であった。以上より,形質転換体における茎部伸長促進は,AGP量の増加によってもたらされた形質であると考えられた。

 第2章ではAGPと微小管配向との関連性について検討した。GAやオーキシンは微小管の配向制御を通して細胞伸長を制御していることが知られている。β-glucosyl Yariv試薬のアズキ胚軸切片微小管配向への影響を調査したところ,IAA単独あるいはGAとの併用により横向きに配向した微小管が増えるが,これに対して,β-glucosyl Yariv試薬,α-galactosyl Yariv試薬とも,有意な影響を与えなかった。このことよりAGPは微小管配向よりさらに下流,すなわち細胞壁を緩ませる過程や,細胞壁成分の新規な合成やアセンブリーに関わっているものと考えられた。

 第3章ではAGPの遺伝子破壊株やアンチセンスラインの作成から,AGPの機能を解析しようと試みている。これまで,シロイヌナズナのclassical AGPと考えられる遺伝子は17クローン見出されているが,研究開始当初知られていたAtAGP1からAtAGP5の5つの遺伝子について,破壊株のスクリーニングを行った。その結果,いずれのクローンについても,ORF中にT-DNAが挿入されたラインは得られなかったが,AtAGP1,4,5についてはごく近傍にT-DNAが挿入されているものが得られた。そのうちAtAGP4のタグラインではT-DNA内にトランスポゾンDsエレメントを有していたため,Ac/Ds Two element systemを用いてDsの再転移を促し,破壊株のスクリーニングを行った。その結果,ORF内にDsが再挿入された5つの破壊株ラインの調製に成功した。また,AtAGP1及びAtAGP5のアンチセンスラインを作製し,形質を観察したところ,抽台の時期が早く,野生型よりロゼット葉の数が少ないという早期開花の形質が観察された。その現象はAtAGP5の破壊株では認められなかったため,AtAGP5のアンチセンス発現によりAtAGP5と相同性が高い他のAGP遺伝子の発現も抑えられたのではないかと考えられた。

 総括では,以上の内容をまとめるとともに,将来へ向けての展望を述べている。

 以上,本論文では,AGPが植物茎部伸長において重要な働きをしていることを初めて明らかにしたものであり,学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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