学位論文要旨



No 118139
著者(漢字) 小松,光
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,ヒカル
標題(和) 林分特性が蒸散量に与える影響に関する微気象学的研究
標題(洋) Effect of Forest Stand Properties on Dry-canopy Evaporation Rate : A Micrometeorological Analysis
報告番号 118139
報告番号 甲18139
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2528号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 助教授 芝野,博文
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,林学・水文学・気象学・生態学の分野において重要な課題である,林分特性(森林タイプ,樹高など)が蒸散量に与える影響の評価を微気象学的方法によって行うものである.

 第1章では,林分特性が蒸散量に与える影響を調べる理由を明らかにした.林分特性が蒸散量に与える影響を知ることは,広葉樹林から針葉樹林への林地転換が利用可能な水資源量に与える影響を調べる場合などに必要で,森林管理の議論の基礎となる.また,林分特性が蒸散量に与える影響を知ることは,森林のg気候緩和機能の評価,水源涵養機能の評価,森林生長の予測などに使われる水・炭素・窒素循環モデルの推定精度を向上させる.これは,林分特性が蒸散量に与える影響を知ることが,水・炭素・窒素循環モデルのサブモデルであるbig-1eaf mode1のパラメタリゼーションにおいて,考慮すべき林分特性を同定するのに必要なためである.

 これまで,さまざまな森林において,蒸散量を計測する研究が数多く行なわれてきたが,こうした研究の結果が,林分特性と蒸散量の関係という観点から相互比較されていないため,林分特性が蒸散量に与える影響は明らかでない,この結果,森林管理の議論,また,森林の気候緩和機能の評価,水源涵養機能の評価,森林生長の予測は,これまでの観測研究の成果が十分に活用されない,不十分なものとなっている.たとえば,広葉樹林と針葉樹林は,水資源量に与える影響が異なるとして区別されることがあるが,その違いは定量的に明示されていない.また,水・炭素・窒素循環モデルのサブモデルであるbig-leaf modelのパラメタリゼーションにおいて,森林を一括して扱っているものもあれば,森林を広葉樹林・針葉樹林に区別しているものもあるなど,パラメタリゼーションの方法に混乱が生じている.

 こうした状況を改善するために,本研究は,これまでの観測研究の結果を比較することで,林分特性が蒸散量に与える影響を明らかにすることを試みた.

 第2章では3節までにおいて,解析手順と使用データについて説明した.解析手順は次の通りである.まず,既往の文献から得られた蒸散データをもとに,放射・気温の影響を除いて比較できる,Priestley-Taylor定数αの値を計算し,得られたαのデータを林分特性ごとにグループ化することで,林分特性と蒸散量の関係を調べた.次に,林分特性と蒸散量の関係が,林分の空気力学的特性,生理学的特性のいずれによるのかを,big-1eaf modelのパラメータである空気力学的コンダクタンスGa,表面コンダクタンスGsを使って調べた.

 使用データのサンプル数は,α,Ga,Gsについて,それぞれ60,36,50であった.α,Ga,Gsいずれのデータも熱帯落葉広葉樹林を除く全ての森林タイプから得られており,広く世界の森林のデータが集められたことが明らかとなった.

 第2章の4節以降では,林分特性と蒸散量の関係について,次の3点を調べた.その3点とは,(1)同一気象条件下において,森林タイプ(広葉樹林/針葉樹林)間に蒸散量の違いがあるかどうか,(2)同一森林タイプ内において,林分ごとの蒸散量の違いは大きいか,(3)もし,同一森林タイプ内において,林分ごとの蒸散量の違いが大きいならば,その違いはどのような林分特性によって整理されるか,である.

 広葉樹林・針葉樹林におけるαの平均値は,それぞれ0.83(サンプル数n=19),0.63(n=41)であり,蒸散量は広葉樹林において針葉樹林より大きいことが明らかとなった.特に多くのサンプルが得られた温帯域のデータのみを用い,広葉樹林・針葉樹林の蒸散量を比較した場合でも,同様の結果が得られたことから,ここで見られた広葉樹林・針葉樹林間の蒸散量の違いは,気候条件の違いによるのではなく,植生の違いによることが示された.広葉樹林・針葉樹林いずれにおいてもGaがGsより著しく大きく,Gaの違いはαにほとんど影響を及ぼさないことから,広葉樹林・針葉樹林間の蒸散量の違いはGs615の違いによる,との結論が得られた.

 広葉樹林・針葉樹林におけるαのレンジは,それぞれ0.58〜1.09(n=19),0.24〜1.12(n=41),変動係数はそれぞれ19%(n=19),37%(n=41)であり,林分ごとの蒸散量の違いは,広葉樹林において小さく,針葉樹林において大きかった.とくに,針葉樹林の各林分における蒸散量の違いは,しばしば広葉樹林・針葉樹林間の蒸散量の違いに比べて大きいことを見出した.針葉樹林において各林分の蒸散量の違いが大きいのは,Ga/Gsが針葉樹林において広葉樹林よりも大きく,各林分のGsの違いが蒸散量に反映されやすいためである,との結論が得られた.

 針葉樹林各林分の蒸散量の違いは,樹高(canopy height)hの違いから整理されることが,次の2つの事実を確認することにより明らかとなった.1つ目の事実は,hによって針葉樹林各林分を分類すると,αのクラスごとの平均値とhの間に明確な関係がみられたことである.針葉樹林のαの平均値は,h<10(m)において0.82(n=11),10≦h<20(m)において0.61(n=23),h≧20(m)において0.42(n=7)であった.2つ目の事実は,hによって針葉樹林各林分を分類すると,αのばらつきがいずれのクラスにおいても,クラス分け以前に比べて小さくなったことである.αのレンジは,h<10(m)において0.51〜1.12(n=11),10≦h<20(m)において0.39〜0.99(n=23),h≧20(m)において0.24〜0.65(n=7)であり,クラス分け前のレンジ0.24〜1.12(n=41)より小さかった.また,変動係数は,h<10(m)において26%(n=11),10≦h<20(m)において34%(n=23),h≧20(m)において29%(n=7)であり,クラス分け前の変動係数37%(n=41)より小さかった.

 第3,4章では,針葉樹林各林分の蒸散量がhと対応して変わるのは,各林分のGsがhと対応して変わるためであることを明らかにした.

 まず,第3章において,針葉樹林各林分において得られたGsをhに対してプロットすることで,Gsとhの対応を見出した.これまで,各林分のGsの違いが,葉面積指数や樹種から整理されないことが指摘されていたが,ここで見出されたh-Gs関係から,各林分のGsの違いがhから整理されることが明らかとなった.また,樹種構成が互いに同じである林分において報告されていたh-Gs関係が,樹種構成の互いに異なる林分間においても見られることが明らかとなった.

 続いて,第4章において,このh-Gs関係が針葉樹林各林分の蒸散量の違いを作る主要因であることを明らかにした.このことは,big-1eaf mode1におけるGsのパラメタリゼーションにおいて,h-Gs関係を関数化して組み込むと,針葉樹林各林分の蒸散量の違いがよく説明されること,また,h-Gs関係以外の要因を考慮しても,針葉樹林各林分の蒸散量の違いが説明されないことから示された.このbig-1eaf modelによる蒸散量の計算において,h-Gs関係はGsref=20.55exp(-0.588h)なる関数によって表現された.ここで,Gsrefは飽差が1.OkPaにおけるGsの最大値であり,Gsref,hの単位はそれぞれmms-1,mである.

 第5章では,本論で得られた知見を踏まえ,これらの知見が森林管理の議論,また,水・炭素・窒素循環モデルによる予測精度の向上にどう役立つかを論じた.

 本論によって,同一気象条件下における蒸散量は,広葉樹林において針葉樹林より大きく,森林タイプ間に違いがあることが明らかとなった.この知見は,広葉樹林から針葉樹林への林地転換が利用可能な水資源量に与える影響を評価する際など,森林管理の議論の基礎となるものである.また,この知見から,水・炭素・窒素循環モデルのサブモデルとして使われるbig-leaf mode1のパラメタリゼーションの際,広葉樹林・針葉樹林を区別する必要があることが明らかとなった.

 本論によって,針葉樹林における林分ごとの蒸散量の違いが,しばしば広葉樹林・針葉樹林間の蒸散量の違いより大きいことが明らかとなった.針葉樹林における蒸散量の林分ごとの違いが樹高によって整理されることが示されたことから,森林管理の議論,またbig-1eaf mode1のパラメタリゼーションの際,これまで一括して扱われてきた針葉樹林を,樹高によって区別することを新たに提案した.

 以上のように,本論の成果は,森林管理の議論,また,森林の気候緩和機能の評価,水源涵養機能の評価,森林生長の予測などを,これまでに得られてきた観測研究の成果に即したものとするのに役立つ.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,林分特性(森林タイプ,樹高など)によって蒸散量がどのように異なるかについて世界各地の観測研究の結果を微気象学的方法による比較から明らかにしたものである。主な課題は、(1)同一気象条件下において,森林タイプ(広葉樹林/針葉樹林)間に蒸散量の違いがあるかどうか,(2)同一森林タイプ内において,林分ごとの蒸散量の違いは大きいか,(3)もし,同一森林タイプ内において,林分ごとの蒸散量の違いが大きいならば,その違いはどのような林分特性によって整理されるか,である.

 第1章では,これまでの関連研究をまとめ、林分特性が蒸散量に与える影響を調べる理由を整理している。林分特性が蒸散量に与える影響を知ることは,広葉樹林から針葉樹林への林種転換が利用可能な水資源量に与える影響を調べる場合などに必要で,森林管理の議論の基礎となる。また,森林の気候緩和機能の評価,水源涵養機能の評価,森林生長の予測などに使われる水・炭素・窒素循環モデルの推定精度を向上させる。

 第2章では3節までにおいて,解析手順と使用データを説明している。既往の文献から得られた蒸散データをもとに,放射・気温の影響を除いて比較できるPriestley-Taylor定数αの値を計算し,得られたαのデータを林分特性ごとにグループ化することで,林分特性と蒸散量の関係を調べるという解析手順である。また,林分特性と蒸散量の関係が,林分の空気力学的特性,生理学的特性のいずれによるのかを,big-1eaf mode1のパラメータである空気力学的コンダクタンスGa,表面コンダクタンスGsの振る舞いによって調べられる。使用データは、広く世界の森林のデータが集められ、サンプル数はα,Ga,Gsについて,それぞれ60,36,50である。

 第2章の4節以降では,広葉樹林・針葉樹林におけるαの平均値は,それぞれ0.83(サンプル数n=19),0.63(n=41)であり,蒸散量は広葉樹林において針葉樹林より大きいことを明らかにした。特に多くのサンプルが得られた温帯域のデータのみで,広葉樹林・針葉樹林の蒸散量を比較した場合でも同様の結果を得ている。広葉樹林・針葉樹林いずれにおいてもGaがGsより著しく大きく,Gaの違いはαにほとんど影響を及ぼさないことから,広葉樹林・針葉樹林間の蒸散量の違いはGsの違いによる,との結論が得られた。

 また、針葉樹林の各林分における蒸散量の違いは,しばしば広葉樹林・針葉樹林間の蒸散量の違いに比べて大きいことを見出している。そして、針葉樹林各林分の蒸散量の違いは,樹高(canopy height)hの違いから整理されることを示した。

 第3,4章では,針葉樹林各林分の蒸散量がhと対応して変わるのは,各林分のGsがhと対応して変わるためであることを明らかにした。まず,第3章において,針葉樹林各林分において得られたGsをhに対してプロットすることで,Gsとhの対応を見出した。

 続いて,第4章において,このh-Gs関係が針葉樹林各林分の蒸散量の違いを作る主要因であることを明らかにした。このことは,big-1eaf mode1におけるGsのパラメタリゼーションにおいて,h-Gs関係を関数化して組み込むと,針葉樹林各林分の蒸散量の違いがよく説明されること,また,h-Gs関係以外の要因を考慮しても,針葉樹林各林分の蒸散量の違いが説明されないことから示されている。

 第5章では,本論で得られた知見を踏まえ,これらの知見が森林管理の議論,また,水・炭素・窒素循環モデルによる予測精度の向上にどう役立つかを論じている。

 本論によって,同一気象条件下における蒸散量は,広葉樹林において針葉樹林より大きく森林タイプ間に違いがあること、針葉樹林における蒸散量の林分ごとの違いが樹高によって整理されることが定量的に明らかにされ、森林管理、森林機能評価のうえで基礎となる新知見がもたらされている。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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