学位論文要旨



No 118141
著者(漢字) 吉岡,拓如
著者(英字)
著者(カナ) ヨシオカ,タクユキ
標題(和) 森林バイオマス資源収穫システムの構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 118141
報告番号 甲18141
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2530号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 仁多見,俊夫
 森林総合研究所 研究評価科長 豊川,勝生
内容要旨 要旨を表示する

 1970年代の2度にわたるオイルショックを契機として,化石燃料の代替資源開発の推進が強く提唱されるようになり,世界的にバイオマスエネルギーに関する研究が盛んになった。しかしながら,原油価格が再び安値で安定したこともあり,わが国では木質バイオマスのエネルギー利用が一向に進んでいない。これは,実用化段階にある木質バイオマスのエネルギー変換技術に比べ,広い範囲に分散しているバイオマスを低コストで収集・輸送することが可能な技術が未確立であることが,大きな原因の1つとして挙げられる。わが国では森林バイオマスの収穫や利用の検討すら行われていないため,近年の地球規模での温暖化問題に対する関心の高まりを背景に,森林バイオマスのエネルギー利用への気運が高まっているにもかかわらず,果たして収穫することができるのか,収穫できる場合のコスト,エネルギー面から見た効率,地域で利用する際に一体どの程度の資源量をどの程度のコストで調達できるのか,といったことが全く把握されていない状況にある。

 本研究は以上の状況を踏まえ,機械化集材作業システムにおける森林バイオマス収穫の可否を確認した上で森林バイオマス資源収穫システムを構築し,その可能性について収穫コスト,エネルギー収支,二酸化炭素排出量の面から検討を行うとともに,地域へ森林バイオマス資源収穫システムを適用した場合の,エネルギーとして利用可能な資源量と収穫コストの関係を評価することにより,わが国における森林バイオマスのエネルギー利用の実現に資することを目的とするものである。

 まず第1章では,わが国における森林バイオマス利用の問題点を整理することにより,本研究の位置付けを行った。

 第2章では,造材作業時に発生する末木や枝条などの林地残材を森林バイオマス資源と位置付け,プロセッサとフォワーダを組み合わせた木材生産システムヘの,フォワーダによる森林バイオマス運搬工程の導入可能性について,現地実験に基づいた検討を行った。作業時間分析により,現場で発生する森林バイオマスの運搬可能量を,プロセッサの生産性とフォワーダの運材距離から判定する手法を提示し,これを実験を実施した現場に適用した結果,生産される森林バイオマスのほぼ全てを運搬可能であることを確認した。またこの場合のエネルギー収支は1%にも達しなかったことから,この点においても,森林バイオマスのエネルギー利用は十分可能であることを確認した。森林バイオマスの運搬コストは15.4円/dry-kgと計算されたが,さらに残材を粉砕することにより積載効率を向上させ,コストを低減する必要がある。

 第3章では,森林バイオマス資源収穫システムを構築し,森林バイオマス収穫専用車両による現地実験に基づき,わが国における本システムの可能性を収穫コストおよびエネルギー収支の観点から評価を行い,ヨーロッパ諸国との比較により考察した。構築したシステムは,収穫コストと燃料消費量の観点からは,チッパによる粉砕作業がシステムの早い段階で行われるものが望ましいという結果を得た。またわが国での実現可能性は,収穫コストは最も安い場合でも4.32〜8.41円/kWhと,国内の電力価格18.17円/kWhに対して高い割合を示したことからコストの面では厳しいものの,システムのエネルギー収支の面では,概ね数パーセント台に留まったことから特に問題ない。さらに森林バイオマスを化石資源の代替エネルギーとして利用することによる,国内の二酸化炭素排出量削減の可能性が示唆された。ヨーロッパ諸国との比較の結果,収穫コストに大きな格差があったことから,林内運搬,輸送の両工程の積載効率向上といったコスト削減のための技術開発が,わが国におけるシステムの実現のためには不可欠である。

 第4章では,第3章で構築したシステムについて,ライフサイクルインベントリ(LCI)分析手法を用いることにより,バイオマス火力発電プラントでのエネルギー生産を想定した場合のエネルギー収支と二酸化炭素排出量を精緻に分析した。投入エネルギーは,システムを運用するためのエネルギー量が,システムを構成する設備のエネルギー量よりも相当に大きく,また運用エネルギーの内訳より,粉砕,輸送の両工程の処理効率を向上させるための作業方法の改善および技術開発が,投入エネルギーを減少させるための先決課題であることを確認した。システムの構築に必要な各種機械,機器・装置等の設備エネルギーを,発電により1.O9年という短期間で回収できることを示し,またシステムの総エネルギー収支は5.69となったため,本研究で構築したシステムが,エネルギー生産システムとして十分成り立ち得ることを明らかにした。さらにシステムの二酸化炭素排出原単位は61.8gCO2/kWhと算出されたことから,この点では森林バイオマスが化石資源に対して十分有利であり,石炭火力発電によるエネルギーを森林バイオマスで代替することにより,国内の年間二酸化炭素排出量の0.142%を削減可能である。

 第5章では,地域へ森林バイオマス資源収穫システムを適用した場合の森林バイオマスのエネルギー利用の可能性について,モデル地域を対象に,1年間に利用可能な資源量と収穫コストの関係を分析することにより検討を行った。収穫コストは,森林バイオマスの利用部位と地理的条件をもとにシステムを8種類に分類し,林地傾斜,林道からの距離,エネルギー変換プラントまでの輸送距離を変数とするコスト計算式を作成するとともに,資源量は,地域の森林整備も視野に入れ,林地残材に加え間伐材,広葉樹を森林バイオマス資源と位置付け,森林資源の分布状況を地理情報システム(GIS)を用いて小班単位で把握することにより,地域の実状を反映した森林バイオマス資源量と収穫コストの関係を求めた。収穫コストの傾向は,林地残材(資源量4,035dry-t/年)が最も低コストで収穫可能であり,次いで広葉樹(同20,317dry-t/年),間伐材(同27,854dry-t/年)の順となった。また資源量と収穫コストの関係は,森林バイオマスをエネルギーとして利用する場合の作業計画の策定に資するものとなった。モデル地域の24.8%の世帯が消費する電力を賄う発電プラントを建設する場合,必要となる森林バイオマス量は30,106dry-t/年となり,コストが13,037円/dry-tよりも安い小班から収穫するという方針が立てられる。

 以上の結果を踏まえ第6章では,本研究で構築した森林バイオマス資源収穫システムのわが国における可能性について,次の結論を述べた。機械化集材作業システムにおいて発生する森林バイオマスのほぼ全てを収穫可能である。エネルギー収支の面では,エネルギー生産システムとして十分成り立ち得るものであり,また二酸化炭素排出量の面では,化石資源に対して十分に有利であるため,化石資源によるエネルギーを森林バイオマスで代替することにより,国内の二酸化炭素排出量を削減することができる。地域において森林バイオマスをエネルギーとして利用する場合の作業計画の策定に資するものである。

 本研究は,以上の結論をもって,わが国における森林バイオマス資源収穫システムの実用化,ひいては森林バイオマスのエネルギー利用の実現に資するものであると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 1970年代の2度にわたるオイルショックを契機として,化石燃料の代替資源開発の推進が強く提唱されるようになり,世界的にバイオマスエネルギーに関する研究が盛んになった。しかしながら,原油価格が再び安値で安定したこともあり,わが国では木質バイオマスのエネルギー利用が一向に進んでいない。これは,実用化段階にある木質バイオマスのエネルギー変換技術に比べ,広い範囲に分散しているバイオマスを低コストで収集・輸送することが可能な技術が未確立であることが,大きな原因の1つとして挙げられる。

 本論文は以上の状況を踏まえ,機械化集材作業システムにおける森林バイオマス収穫の可否を確認した上で森林バイオマス資源収穫システムを構築し,その可能性について収穫コスト,エネルギー収支,二酸化炭素排出量の面から検討を行うとともに,地域へ森林バイオマス資源収穫システムを適用した場合の,エネルギーとして利用可能な資源量と収穫コストの関係を評価することにより,わが国における森林バイオマスのエネルギー利用の実現に資することを目的とするものである。

 第1章は序論で,第2章では,造材作業時に発生する末木や枝条などの林地残材を森林バイオマス資源と位置付け,プロセッサとフォワーダを組み合わせた木材生産システムヘの,フォワーダによる森林バイオマス運搬工程の導入可能性について,現地実験に基づいた検討を行った。作業時間分析により,現場で発生する森林バイオマスの運搬可能量を,プロセッサの生産性とフォワーダの運材距離から判定する手法を提示し,実験を実施した現場に適用した結果,生産される森林バイオマスのほぼ全てを運搬可能であることを確認した。またこの場合のエネルギー収支は1%にも達しなかったことから,この点においても,森林バイオマスのエネルギー利用は十分可能であることを確認した。森林バイオマスの運搬コストは15.4円/dry-kgと計算されたが,さらに残材を粉砕することにより積載効率を向上させ,コストを低減する必要がある。

 第3章では,森林バイオマス資源収穫システムを構築し,森林バイオマス収穫専用車両による現地実験に基づき,わが国における本システムの可能性を収穫コストおよびエネルギー収支の観点から評価を行い,ヨーロッパ諸国との比較により考察した。またわが国での実現可能性は,収穫コストは最も安い場合でも4.32〜8.41円/kWhと,国内の電力価格18.17円/kWhに対して高い割合を示したことからコストの面では厳しいものの,システムのエネルギー収支の面では,概ね数パーセント台に留まったことから特に問題ない。

 第4章では,第3章で構築したシステムについて,ライフサイクルインベントリ(LCI)分析手法を用いることにより,バイオマス火力発電プラントでのエネルギー生産を想定した場合のエネルギー収支と二酸化炭素排出量を精緻に分析した。投入エネルギーは,システムを運用するためのエネルギー量が,システムを構成する設備のエネルギー量よりも相当に大きく,また運用エネルギーの内訳より,粉砕,輸送の両工程の処理効率を向上させるための作業方法の改善および技術開発が,投入エネルギーを減少させるための先決課題であることを確認した。システムの構築に必要な各種機械,機器・装置等の設備エネルギーを,発電により1.09年という短期間で回収できることを示し,またシステムの総エネルギー収支は5.69となった。

 第5章では,地域へ森林バイオマス資源収穫システムを適用した場合の森林バイオマスのエネルギー利用の可能性について,モデル地域を対象に,1年間に利用可能な資源量と収穫コストの関係を分析することにより検討を行った。資源量は,地域の森林整備も視野に入れ,林地残材に加え間伐材,広葉樹を森林バイオマス資源と位置付け,森林資源の分布状況を地理情報システム(GIS)を用いて小班単位で把握することにより,地域の実状を反映した森林バイオマス資源量と収穫コストの関係を求めた。収穫コストの傾向は,林地残材(資源量4,035dry-t/年)が最も低コストで収穫可能であり,次いで広葉樹(同20,317dry-t/年),間伐材(同27,854dry-t/年)の順となった。

 以上の結果を踏まえ第6章では,本研究で構築した森林バイオマス資源収穫システムのわが国における可能性について結論を述べた。

 以上,本論文は,わが国における森林バイオマス資源収穫システムの実用化,ひいては森林バイオマスのエネルギー利用の実現に資すること大で,学術上応用上貢献することが少なくない.よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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