学位論文要旨



No 118142
著者(漢字) 李,定洙
著者(英字)
著者(カナ) イ,ジョンス
標題(和) 市町村レベルにおける森林MISの構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 118142
報告番号 甲18142
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2531号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 仁多見,俊夫
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東京大学 助教授 露木,聡
 東京大学 助教授 石橋,整司
内容要旨 要旨を表示する

 森林に対する国民のニーズが多様化し、持続可能な森林経営や森林認証が標榜される中で、森林・林業基本法の改正により我が国の森林・林業政策は木材生産から森林の多面的機能を重視する方向へと転換した。それと共に、地域森林の整備における市町村の役割がより大きくなり、森林・林業基本計画に即した市町村主体の森林整備計画の策定とその的確な実施が求められている。そのためには、森林の多面的機能に関する効率的な情報の収集法、適切な情報分析の方法、意思決定の技術などの新たな計画策定のための支援装置が必要である。

 そこで、本論文では、福井県武生市に所在する森林を対象に、地理情報システム(GIS)やリモートセンシング(RS)、線形計画法(LP)などの情報処理・意思決定技術を総合的に利用することにより、市町村レベルにおける森林経営情報システム(MIS)の構築を研究課題として取り上げ、森林整備計画策定のための支援装置としてのその有効性と可能性を検討することにした。

 第一章では、研究の背景と目的、及びこれからの市町村レベルにおける森林整備計画策定支援装置としての新たな森林MIS(MANAGEMENT INFORMATION SYSTEM)の特徴について言及した。

 第二章では、新たな改正された森林・林業基本法の概要や市町村における森林地理情報システム(GIS)の導入現況、森林MISの必要性を述べた。

 第三章では、研究方法の概要を3つの部分、すなわち、(1)森林MISを構築するための基礎としての森林GISデータベースの構築、(2)リモートセンシング(RS)とGISを利用した森林の現状及び変化の把握、(3)GIS、RS、Linear programming(LP)を統合した森林整備計画策定支援のための森林MIS構築に分けて記述した。研究の流れをより詳細に示すと次のようになる。

1.森林MISを構築するための基礎としての森林GISデータベースの構築。

2.GISとRS技術より求められた土地被覆指数に基づく土地利用に関わる地理的特性の分析。

3.2時期のLandsatTMデータに基づく森林の変化抽出と地域特性の分析。

4.LandsatTM及び空中写真、現地調査データなどを併用した現実の林分材積に関する新しい推定方法の提案。

5.森林施業計画のための林道配置方法の開発を通じて、林業経営目的に適う効率的な林道網の提示。

6.林・小班の所有者及び林相の観点から森林を区域に分類し、様々な空間的制約条件下での木材収穫シミュレーションの実行。

7.林相図をベースに新しい収穫ユニットを構想し、それを基軸に経済的及び環境的要素を同時に考慮した木材収穫シミュレーションの実行。

 第四章では、森林GISデータベースを構築し、それに基づいて対象地域の地形分析や路網の整備水準別森林資源の構造分析を行った。

 第五章では、まず、武生市の森林地域を対象に、オルソフォトとTMデータを活用して土地利用分類を行い、分類地域の地理的特性を明らかにすると共に、地形因子の違いが分類精度にどのような影響を与えるかを解析した。地域の植生状況を、「人工林」「植林地」「伐採地」「裸地」「草地」「天然林」の六つに分類し、空間的フィルタリングの有無別(3×3のModal filter方法適用)、方位別に分類精度を比較したところ、フィルタリング処理した方位1(77〜167度)のトレーニングエリアの値が最も高い精度を示した。人工林、植林地、伐採地に関してそれぞれの閾値の大きさと幅をみると、植生指数、土壌指数では若齢林ほど値が高く、水指数では成熟齢林ほど高い傾向が見られた。このことにより、同樹種の林分でも、生育段階などの違いに応じた分類が可能であると考えられる。これまでは、植生と非植生、天然林と人工林などのように比較的粗い分類にとどまっていたが、オルソフォトと衛星データを併せて利用することにより、森林をより詳細に分類することができる。

 次いで、1984年と1999年の間における土地利用と土地被覆の変化を見るために、森林地域の境界からの距離によるTM画像生指数の漸進的な変化をGIS技術を活用して定量化し(植生指数-距離の曲線式)、それを基に土地利用及び土地被覆変化の特性分析を行った。変化の度合いは道路または森林の境界に近いところで大きいが、その区域には若齢の人工林が多く、同時に植生指数の値も大きいことがわかった。このように、林齡と植生指数値の関係を明らかにすることにより、比較的容易に森林の変化の様相を予測できると考えられる。

 さらに、森林施業における重要な情報である森林蓄積もしくはその尺度である林分材積の推定法について検討を加えた。通常、ある地位の林分蓄積情報は地方収穫表もしくは森林簿から得られるが、それはその性質上誤差を含んでいる。そこで、森林簿の誤差を認めた上で、森林簿の材積を事前情報、衛星データから推定される材積推定値を無作為標本情報とするベイズの定理に基づく林分材積推定法を提案した。森林簿データ、衛星データ・地上調査データ・地理情報などを組み合わせることにより、地域森林における現実林分の材積をより正確に掴むことが可能になると考えられる。

 第六章では、森林施業計画の策定に関する様々なシミュレーションを行った。

 最初に、林道配置問題を取り上げ、線形計画モデルの制約条件やGISの地形条件を変化させることにより森林施業目的に即した適正な林道網配置を見いだす方法について検討を加えた。林道網シミュレーションの結果を見ると、距離制約の有無により伐採の傾向に差が生じ、距離制約がある場合に、既存の林道に近い箇所から新たな林道が開設されてゆくという現実的な結果が得られた。また、どのような林道配置が望ましいかを判断するために、木材生産機能、林道密度、集材距離の平均・変動係数、開発指数の観点から評価を行ったところ、距離制約があり、縦断勾配が10%の場合の林道配置がもっとも適正であるという結果を得た。

 次いで、空間的制約条件を考慮した木材収穫計画問題では、これまでに造成した人工林資源を有効に持続的に利用することを念頭において、林・小班の所有者中心の森林区域と林相による森林区域の観点から地域を分類した上で、様々な空間的制約条件下における木材収穫シミュレーションを行い、時系列情報及び空間的情報を同時に考慮した森林施業計画策定方法について検討を加えた。シミュレーションに当たっては、木材生産量の最大を目標とするものを基本シナリオとし、その他、地形的因子、施業活動、齢級配置などを考慮して全部で4つのシナリオを想定した。分期別伐採パターンから、小地域大面積伐採より多地域小面積伐採を行う計画が好ましいと判断された。

 さらに、経済的・生態的側面を同時に考慮した戦略的計画問題に関して、森林経営単位として収穫ユニットという新たな区分を案出し、経済的・環境的側面と共に森林のランドスケープ、もしくは空間的な林分配置を考慮する森林施業計画の策定方法について検討した。その際、収穫量の最大化を目的関数とし、空間的要素、環境的要素等は制約条件の中で考慮した。経営単位としての収穫ユニットという概念に加えて、分期の進行と共に林班別に循環させながら収穫を行う施業システムを新たに導入した。3つのシナリオを想定し、それぞれの収穫量を比較した結果、シナリオ1(蓄積優先)が計画期間中の総収穫量において、一番高く、次いでシナリオ2(純収益優先)、シナリオ3(到達距離優先)の順序となった。3つのシナリオを比較すると、収穫量の観点からは、シナリオ1が好ましいが、純収益を考慮するとシナリオ2による計画が最も現実的であり、効率的であると考えられる。蓄積優先とBC優先シナリオの総収穫量の変化をみると、大きな差は見られなかったが、蓄積優先と到達距離優先シナリオの総収穫量には約700m3の差が見られた。シナリオ3の収穫量が最も低かった原因としては、林道密度の高い林班に比較的若齢林が多くそのために収穫量の減少を招いたと考えられる。伐採箇所の空間的なパターンをみると、分期の進行と共に林班別に循環しながら収穫が行われるため、伐採箇所は集中しておらず環境保全上望ましい結果となっている。

 第七章では、本研究の特徴と成果を要約すると共に、森林MISの有効性と可能性について様々な観点から考察を加えた。

審査要旨 要旨を表示する

 森林・林業基本法の改正により我が国の森林・林業政策は木材生産から森林の多面的機能を重視する方向へと転換した。それと共に、地域森林の整備における市町村の役割がより大きくなり、森林・林業基本計画に即した市町村主体の森林整備計画の策定とその的確な実施が求められている。そのためには、森林の多面的機能に関する効率的な情報の収集法、適切な情報分析の方法、意思決定の技術などの新たな計画策定のための支援装置が必要である。

 本論文は、福井県武生市に所在する森林を対象に、地理情報システム(GIS)やリモートセンシング(RS)、線形計画法(LP)などの情報処理・意思決定技術を総合的に利用することにより、市町村レベルにおける森林経営情報システム(MIS)の構築を研究課題として取り上げ、森林整備計画策定のための支援装置としてのその有効性と可能性を検討したものである。

 第一章では、研究の背景と目的、及びこれからの市町村レベルにおける森林整備計画策定支援装置としての新たな森林MIS(MANAGEMENT INFORMATION SYSTEM)の特徴について言及している。

 第二章では、新たな改正された森林・林業基本法の概要や市町村における森林地理情報システム(GIS)の導入現況、森林MISの必要性を記述している。

 第三章では、研究方法の概要を3つの部分、すなわち、(1)森林MISを構築するための基礎としての森林GISデータベースの構築、(2)リモートセンシング(RS)とGISを利用した森林の現状及び変化の把握、(3)GIS、RS、線形計画法(LP)を統合した森林整備計画策定支援のための森林MIS構築に分けて記述している。

 第四章では、森林GISデータベースを構築し、それに基づいて対象地域の地形分析や路網の整備水準別森林資源の構造分析を行っている。

 第五章では、まず、武生市の森林地域を対象に、オルソフォトとTMデータを活用して土地利用分類を行い、分類地域の地理的特性を明らかにすると共に、地形因子の違いが分類精度にどのような影響を与えるかを解析している。地域の植生状況を、「人工林」「人工疎開林分」「伐採地」「裸地」「草地」「天然林」の六つに分類し、空間的フィルタリングの有無別、方位別に分類精度を比較している。オルソフォトと衛星データを併せて利用することにより、森林をより詳細に分類できることが示唆された。

 次いで、1984年と1999年の間における土地利用と土地被覆の変化を見るために、森林からの距離によるTM画像の展開指数の漸進的な変化をGIS技術を活用して定量化し、林齡と展開指数値の関係を明らかにすることにより比較的容易に森林の変化の様相を予測できることを明らかにしている。

 さらに、森林施業における重要な情報である林分蓄積の推定法について検討を加えている。森林簿の蓄積情報(林分材積)を事前情報、衛星データから推定される材積推定値を無作為標本情報とするベイズの定理に基づく林分材積推定法を提案している。

 第六章では、最初に、林道配置問題を取り上げ、LPモデルの制約条件やGISの地形条件を変化させることにより森林施業目的に即した適正な林道網配置を見いだす方法についてシミュレーションを実施し、木材生産機能、林道密度、集材距離、開発指数の観点から評価し、距離制約があり、縦断勾配が10%の場合の林道配置がもっとも適正であるという結果を得ている。次いで、空間的制約条件を考慮した木材収穫計画問題では、様々な空間的制約条件下に、木材生産量の最大を目標とする基本シナリオを軸に地形的因子、施業活動、齢級配置などを考慮した全部で4つのシナリオを想定してシミュレーションを行い、分期別伐採パターンから、小地域大面積伐採より多地域小面積伐採を行う計画が好ましいという結果を得ている。さらに、経済的・生態的側面を同時に考慮した戦略的計画問題に関して、森林経営単位として収穫ユニットという新たな区分を案出し、経済的・環境的側面と空間的な林分配置を同時に考慮する森林施業計画の策定方法について検討している。その際、収穫量の最大化を目的関数、空間的要素、環境的要素等を制約条件とし、かつ分期の進行と共に林班別に循環させながら収穫を行う施業システムを新たに想定し、3つのシナリオについて検討を加えた。収穫量の観点からは、シナリオ1が好ましいが、純収益を考慮するとシナリオ2による計画が最も現実的であり、効率的であると結論している。伐採箇所の空間的なパターンをみると、分期の進行と共に林班別に循環しながら収穫が行われるため、伐採箇所は集中しておらず環境保全上望ましい結果となっている。

 第七章では、本研究の特徴と成果を要約すると共に、GIS、RS、LPを統合した森林MISの有効性と可能性について、資源現況や変化の把握、市町村主体の森林施業計画樹立などの観点から総合的考察を加えている。

 以上のように、本論文は、GIS、RS、LPなどの情報処理技術を森林資源現況及び変化の把握、森林の多目的森林施業計画樹立に適用し、それぞれの有効性を確認すると共に、それらの情報技術を統合した森林MISの可能性を福井県の武生市の森林を対象に多目的資源管理の観点から論じたもので、これからの市町村レベルにおける森林管理の研究及び実践に資するものと思われる。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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