学位論文要旨



No 118143
著者(漢字) 陳,学群
著者(英字)
著者(カナ) チェン,シュエチュイン
標題(和) タイワンアカマツ人工林の成長と構造に関する生産生態学的研究
標題(洋)
報告番号 118143
報告番号 甲18143
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2532号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 白石,則彦
 三重大学 教授 八木,久義
 森林総合研究所 室長 千葉,幸弘
内容要旨 要旨を表示する

 近年,中国では市場経済移行に伴う所得向上と継続する人口増加により,木材需要が急増しており,用材だけでなくパルプ原料など木材の生産増大の要請が強くなっている。一方,同国では長期にわたる森林の過剰な伐採により,利用可能な森林資源が減少しつつあり,また森林の過伐による治山・治水能力の低下に起因する大規模な洪水などの自然災害が頻発している。木材需給のアンバランスが深刻化してきた中国では,輸入能力が不足しているため,国内森林資源の整備が林業の最大かつ緊急の課題となっている。

 生育適地の広いタイワンアカマツ(Pinus massoniana Lamb.)はパルプ原料だけでなく用材としても大きな期待がなされている樹種である。タイワンアカマツ資源は,これまで天然林に依存していたが,木材需要を満足させるためには人工造林により資源の回復を図る必要がある。一方,地球温暖化が問題になるにつれ,二酸化炭素の吸収源・炭素の貯蔵庫としての役割が森林に期待されているが,タイワンアカマツ林の現存量や成長動態に関する生産生態学的な基礎的データは未整備である。森林の物質生産過程や生産構造を解明することは,木材生産だけではなく森林による環境保全機能を最大限に発揮するための指針を得る上で重要な課題である。本研究では,林分密度および林齡に伴って変化する林分構造,器官配分,林分生産量等を定量的に解明し,タイワンアカマツ人工林の発達過程をモデル化して,林分成長管理手法や生産構造の非破壊的測定方法を提示することを目的とする。

 調査は,中国福建省の福州,南平,龍岩の3カ所にある人工林51プロットでおこなった。中国の土壌分類によると,福州調査地は赤紅壌,南平調査地と龍岩調査地は紅壌の土壌型に分類される。福州調査地の斜面上部や中部および南平調査地の斜面上部でA層や土壌構造の発達が悪く,南平調査地の斜面下部および龍岩調査地の斜面中部や下部でA層や土壌構造の発達が良いことが明らかになった。いずれの斜面においても地表から深いほど全炭素,全窒素,全リンや可給態リンおよび交換性のカルシウムとマグネシウムの含有量が指数関数的に減少する傾向が見られた。林分構造や成長量の解析にあたっては,これら土壌条件の違いがおよぼす影響についても検討した。

 タイワンアカマツ林の成長特性を解明するために,土壌の理化学性や断面形態が造林木の成長におよぼす影響について検討し,さらに造林木の成長経過に及ぼす密度効果を検討した。造林木の樹高(H)成長は,福州<南平<龍岩の順で,いずれも斜面位置が低いほど大きく,地位指数(SI)(林齢20年における上層木平均樹高)は10〜20の範囲であった。いずれの調査地とも亜熱帯地域に属し,年平均気温,平均年降雨量などの気候条件の差は顕著ではなく,樹高成長の差が著しい原因は土壌条件の違いと言える。一方,胸高直径(D)成長は,福州<南平<龍岩の順で,いずれも斜面位置が低いほど大きく,また20年生までは植栽密度(N)が低いほど大きいが,その後,成長差は認められなかった。中国ではタイワンアカマツ林の間伐は行われていないが,今後,林分生産量の促進や大径材の育成を図るために,適切な間伐施業の導入が必要と考えられる。

 さらに本研究では,斜面位置および林分密度の異なる調査区での造林木の樹幹解析および生産構造調査の結果をもとに,単木の材積成長および器官ごとの林分現存量を求めて,林齢(t)に伴う物質生産の動態を検討した。また,これらの検討に先立ち,リター量についても調査を行い,枝や葉の現存量が安定している季節を特定した。その結果,リター量は福州調査地では7月と11月に二つピークを示したが,南平および龍岩調査地で11月のみにピークが認められた。いずれの調査地でも,11月の下旬から翌年の葉の展開時期にかけて現存量調査を行えば,葉の展開や枝葉の枯死の影響を小さくすることが可能と判断された。器官別現存量の相対成長関係を比較検討したところ,個体の幹量(WS)および根量(WR)については,それぞれD2HおよびD2と比例関係にあって林分分離しなかったが,葉量(WL)および枝量(WB)については,D2HおよびD2との相対成長関係は,立地条件,立木密度,林齢による林分分離が見られ,生枝下高直径(DB)にのみ依存することが明らかになった。これらの関係を踏まえて林分現存量を推定したところ,林分葉量は,斜面位置,立木密度,林齡によって異なり4.2〜5.5t/haの範囲にあったが,斜面位置が低く地位が良好なほど葉量は多く,地位指数16以上になると一定化する傾向が見られた。またいずれの植栽密度でも,15〜20年生時に明らかな葉量のピークが認められた。林分枝量は8.0〜15.9t/haの範囲にあり,斜面位置が低く,地位が良いほど,林齢に伴って多くなり,また高密度林分ほど多かった。一方,林分平均個体の枝葉量は,斜面位置,林齡の違いにかかわらず,立木密度と反比例関係があることがわかった。林分幹量や根量は,斜面位置が低く,地位が良いほど,林齢とともに増加し,また高密度林分ほど多かった。直径サイズ別の根量は,斜面位置が低く,地位が良いほど,植栽密度が低いほど,林齢に伴って太根量が多く,細根量は少なかった。土壌の養分条件が悪く,乾燥しやすい斜面上部で細根量が多いことが明らかになった。林分全量では幹の占める比率は,斜面位置が低く,地位が良いほど,林齡とともに多くなり,高密度林分ほど大きかった。

 年純生産量は,植栽密度に関係なく林齢15〜20年生頃に最大となり,その後減少した。各器官別の成長量もほぼ同様の経年変化を示すが,幹成長量の比率(分配率)をみると,30年生以後やや低下していた。同化器官である葉の現存量最大の時期は純生産量最大の時期とほぼ一致しているが,葉の生産能率(全葉量あたりの純生産量)も同時期に最大の値を示している。新葉率(全葉量に対する当年葉の割合)は幼齢林で最も高く,林齡とともに低下していた。立地条件別を見ると,斜面位置が低く,地位が高いほど純生産量が大きく,幹への分配率も高かった。地位の高い林分では葉の生産能率が高いという傾向が明らかになった。

 次に,林分密度や林齢など林分状態を異にする生産構造を比較,解析した。いずれの林分でも,相対照度は,葉群の梢端から深さに伴って指数関数的に減少し,相対照度が18〜22%以下になると,タイワンアカマツの葉が生存できなくなり,遂には枝が枯死することが示唆された。いずれの林分でも,葉量や技量の垂直分布をワイブル分布で近似することができた。閉鎖した林分では,生枝下高(HB)は,個体サイズと無関係に,ほぼ一定であった。従って,個体の樹高が高いほど樹冠長(CL)が長くなり,平均樹冠長が個体の葉量や枝量と比例関係があることが明らかになった。幹の形態は樹冠構造に規定されるため,樹形構造を表現するパイプモデルのパラメータと個体の生存空間を表現する相対幹距(Sr)とが比例関係にあることが明らかになった。一方,根量は地表からの深さに伴い指数関数的に減少していた。土層が厚い程深くまで根が分布するが,全根量の70%以上が地表か40cmまでに分布していた。

 以上の結果を踏まえて,林分構造とその発達過程に関するシミュレーションモデルを構築した。すなわち,

(1)胸高直径ワイブル分布のパラメータの推定式

(2)樹高曲線のパラメータの推定式

(3)生枝下高の推定式

(4)樹冠長の計算式

(5)器官別現存量の推定式

(6)葉量や枝量の垂直ワイブル分布のパラメータの推定式

(7)パイプモデルのパラメータの推定式

 である。(1)〜(3)式を用いて,林分では直径階ごとの本数分布が推定でき,(4)と(5)式によって各直径階に対応する樹高が計算できる。(6)と(7)式によって各直径階の樹冠長が,(8)〜(11)式によって個体ごとの幹量,枝量,葉量および根量が推定でき,林分全量が計算できる。地位指数16,立木密度1575本/ha,林齢30年として,林分現存量を推定した場合の誤差率は,幹量2%,枝量11%,葉量14%,根量8%であった。さらに,(12)〜(15)式を用いて,林分葉量や枝量の垂直分布が推定でき,(16)と(17)式により,樹冠内と樹冠下の幹量の垂直分布も推定できる。葉量や枝量および幹量の垂直分布を計算したところ,実際の分布に近い値を再現することができた。

 本研究の成果は,間伐による林分密度の的確な制御によって生産目標に応じた森林の育成・管理手法として,重要な知見を与えるものであり,タイワンアカマツをはじめとする人工林の育成・管理技術の体系化に資するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 近年,中国では市場経済移行に伴う所得向上と継続する人口増加に伴って木材需要が急増している一方で,長期にわたる森林の過剰な伐採により,利用可能な森林資源の減少や自然災害の頻発が大きな社会問題となりつつある。そのために、人工林の育成などによる国内森林資源の整備及び多目的利用の推進、資源管理技術の確立などが緊急の課題となっている。本論文は,そのような社会的背景の下で、多目的利用が可能な樹種として注目されているタイワンアカマツ(Pinus massoniana Lamb.)の人工林を対象に、その育成・管理技術の体系化に資することを目的として,林分構造,器官配分,林分生産量などを定量的に解析し,林分発達過程のモデル化を試みたものである。

 第1章は序論として,中国におけるタイワンアカマツの資源・生産面での重要性を述べると共に,その現存量や成長動態に関する基礎的データが未整備であり、育成・管理技術の体系化が遅れていることなどの現況を記述し,生産生態学的調査研究の必要性と本研究の位置づけを明らかにしている。

 第2章は,中国福建省における51カ所のタイワンアカマツ人工林調査区の記載と,そこでの現存量調査,成長量調査,土壌や光環境など環境条件の調査についての記述にあてている。

 第3章では,タイワンアカマツ造林木の成長解析の結果を記している。まず,造林地の土壌の化学性や物理性を分析し,各因子と成長曲線や地位指数との関係を定式化し,成長の優劣に大きな影響を及ぼす土壌条件について論じている。また肥大成長の個体ごとのばらつきに対し,ワイブル分布をあてはめ,林齢や立木密度だけでなく地位指数をも変数とした胸高直径分布のモデル化に成功している。

 第4章では,樹幹解析および生産構造調査の結果をもとに,個体の材積成長や,幹,枝,葉の各器官ごとの林分現存量を求め,相対成長関係に基づく推定式を提示すると共に,林齡に伴う物質生産の動態を明らかにしている。葉と枝の現存量調査にあたっては,安定した値を得るためにあらかじめ落葉落枝のフェノロジカルな調査検討をもおこなっている。

 第5章では,タイワンアカマツ人工林の各器官ごとの垂直分布、すなわち生産構造や樹幹形,根系の空間構造を詳細に調査し,モデル化をおこない、重要な知見を得ている。まず、葉と枝の垂直分布がワイブル分布で近似できること,次いで枝葉の現存量が,地位指数,立木密度,林齢の関数として表現される樹幹長から推定が可能であること、さらには樹幹形のモデル化に変数として相対幹距を導入することにより,一般的な拡張パイプモデルのパラメータが単純な式で表現できることなどを明らかにした。また、研究例の少ない根系の空間分布についても,径別に詳細に調査し,その構造が地上部の構造で提唱されているパイプモデルで表現可能であることを指摘している。

 第6章では,上述のモデルを統合し,林分生産構造のシミュレーションモデルを作成し、実際のデータとの照応を通じてその有効性を確証している。成長予測に関するモデルは、1)胸高直径ワイブル分布のパラメータの推定式,2)樹高曲線のパラメータの推定式,3)生枝下高の推定式,4)樹冠長の計算式,5)器官別現存量の推定式から成り、様々なサイズの個体からなる林分の現存量の変化を予測することを可能にした。このシミュレーションモデルに、モデル式の決定に用いなかった他の中国におけるタイワンアカマツ人工林のデータをインプットしたところ、実測値に近い推定値が得られ,成長予測モデルとしての有効性が確認された。さらに,6)葉量や枝量の垂直ワイブル分布のパラメータ推定式と、7)パイプモデルのパラメータの推定式から葉量や枝量および幹量の垂直分布を算出したところ,実際の分布に近似しており、同様に生産構造再現面でのモデルの有効性が実証された。

 第7章では、タイワンアカマツ造林木の成長におよぼす諸要因や,本研究の方法的特徴、残された研究課題、得られた成果に基づいて目的に応じた森林を仕立てる際の森林管理方法等に関して、総合的考察を加えている。

 本論文は,タイワンアカマツ人工林に関する膨大な量の調査データを解析し,非破壊的手法によって林分の成長を予測するシステムを確立したものであり,その成果は、モデル作成の研究・方法面だけでなく、中国におけるタイワンアカマツ人工林の育成・管理技術の体系化に資するものである。また、根系構造の解析,樹冠の構造形成におよぼす光環境の影響,成長におよぼす土壌の理化学性の影響など,生物学的に極めて有用な多くの知見を見いだしており,基礎的研究面での貢献度は大きい。

 よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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