学位論文要旨



No 118153
著者(漢字) 岡田,裕美香
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ユミカ
標題(和) 海綿からの抗菌物質に関する研究
標題(洋) Studies on Antimicrobial Substances from Marine Sponges
報告番号 118153
報告番号 甲18153
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2542号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

 海洋生物からの有用二次代謝産物の探索は1970年始めから活発に行われ、1万を越える新規化合物が得られている。特に、海綿や原索動物などの無脊椎動物からは、抗菌、抗カビ、抗腫瘍など医薬として有用な活性を持つ化合物が多く発見されている。一方、薬剤耐性菌の出現や真菌症の急増などから、新しい抗生物質の開発が急がれている。

 この様な背景のもと、本研究では海洋無脊椎動物を対象として、従来の抗菌・抗カビ試験に加え、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの特定の遺伝子に損傷がある変異株を用いるスクリーニングを行うとともに、有望な活性を示した3種類の海綿から活性物質の単離と構造解析を試みたところ、4つの新規化合物を得ることができた。その概要は以下の通りである。

1.海産無脊椎動物の抗真菌活性スクリーニング

 1997年から2002年にかけて日本沿岸で採集した海綿動物631検体、腔腸動物142検体、外肛動物18検体、脊索動物85検体から脂溶性および水溶性画分を調製し、それぞれについてS.cerevisiaeに対する活性を変異株10種を用いてペーパーディスク法にて評価した。活性を示した検体の割合は脂溶性および水溶性画分でそれぞれ海綿動物が29.8%および18.4%、腔腸動物が12.8%および7.0%、外肛動物が16.7%および11.1%、原索動物が20.2%および15.3%で、海綿動物がもっとも有望な探索源であることを示した。

2.愛媛県佐田半島産Oceanapia sp.から得られたアセチレンカルボン酸

 抗真菌活性スクリーニングにおいて、cdc遺伝子変異株に対して比較的強い活性が脂溶性画分に認められた釜木湾産海綿Oceanapia sp.に含まれる活性成分を探索した。凍結試料(120g)のメタノール抽出物を二層分配、ODS-HPLCおよびシリカゲルクロマトグラフィーで順次精製し,活性物質1を12mg得た。この物質の分子式は、マススペクトルおよびNMRデータからC14H1602と決定された。COSYおよびHOHAHAスペクトルから3つの部分構造を推定し、さらに13CNMRとHMBCデータより、各部分構造間にアセチレンが配置された構造が導かれた。そして、カルボキシル基を末端に配置して海洋生物由来の天然物として報告のないene-yne-ene-yne構造を含む構造を決定した。化合物1は酵母の3種類の変異株に対して50μg/diskで成長を阻害したがPenicillum chysogenumおよびMortierella remannianaに対しては100μg/diskでも活性を示さなかった。また、50μg/diskでグラム陽性菌(Bacillus subtilis,Staphrococcus aureus)およびグラム陰性菌(Escherichia coil,Pseudomonas aeruginosa)に対しても活性を示した。

3.鹿児島県上甑島産Theonellaからの抗菌性ペプチドの単離と構造決定

 S.cerevisiae変異株を用いたスクリーニングにおいて顕著な活性を示した上甑島産海綿Theonella sp.より活性物質の単離と同定を試みた。凍結試料(100g)をメタノールおよびプロパノールで順次抽出後、抽出物を二層分配、シリカゲルおよびODSクロマトグラフィーならびにODS-HPLCによって精製した。活性本体は既知化合物のtheonellamide類であったが、同時にnagahamide A(2)と命名した抗菌物質を2.3mg単離した。この化学構造をFABMSおよび各種二次元NMRを含むスペクトルデータならびに化学分解実験から決定した。

 DMSO-d6中の1HNMRから、Gly,SerおよびValが各1残基存在することが容易にわかった。これらに加え、β位がメチル基および水酸基で置換されたAsnが各1残基認められた。一方、トリプレットとして観測されるアミドプロトンを起点としてCOSYスペクトルを解析した結果、4-amino-3-hydroxybutylicacid(AHBA)残基が存在することが判明した。残された発色団(λmax260nm)を含むユニットは、アミド水素を含まず、COSYおよびHOHAHAスペクトルを解析したところα,β,γ,δ不飽和アミドが各2個のメチル基と酸素で置換されたC8ユニットに結合した8,10-dimethyl-9-hydroxy-7-methoxytrideca-2,4-dienoicacid(DHMDA)残基の存在が明らかとなった。上記ユニットが6個のアミドと一つのエステルで結合するとEABMSから得られた分子式を満たした。各ユニットの配列はHMBCおよびNOESYデータから導き、2の平面構造が得られた。構成アミノ酸のうちβ-Me Asnならびにβ-OH Asnの相対立体化学は、アミノ酸分析からいずれもerythro型であることが明らかになった。またすべての構成アミノ酸の絶対立体化学は酸加水分解物をMarfey分析に付すことによりすべてL型と決定した。次に、DHMDA残基の立体化学は、以下のように決定した。まず、DHMDA残基と同一の平面構造のアグリコンを持つバクテリア由来の抗真菌化合物で立体化学が既知のYM47522とNMRデータの比較を行った。4つの連続した不斉炭素上のメチン水素の1HNMRにおける結合定数値がよい一致を示したため、両者の相対配置が同一であることが予想された。このことを化学的に証明するために、YM47522を水素添加、酸加水分解、およびメチルエーテル化して化合物3を得た。一方、nagahamideAを接触還元後加水分解に付し、DHMDA由来の残基を調製した。両者の1HNMRデータを比べたところ、よい一致を示したため、DHMDA残基の相対配置を7S*8S*9R*10S*と決定した。

 NagahamideAは野生型と変異型の酵母ならびにM.ramannianaに対して50μg/diskで活性を示さなかったが、グラム陰性菌のE.coliおよびグラム陽性菌のS.aureusに対して抗菌性を示した。

4.八丈島産Erylus sp.からの新規ステロイド配糖体の単離と構造決定

 S.cerevisiae遺伝子変異株に対する活性が、水溶性画分認められた八丈島産Erylus sp.ら活性成分を探索した。凍結試料(100g)を含水プロパノールで抽出後、抽出物を二層分配、ODSクロマトグラフィーならびにHPLCによって精製し、sokodosideA(4)およびB(5)と命名した活性成分を、それぞれ19.3mgと43.5mg単離した。これらの化学構造を各種二次元NMRを含むスペクトルデータならびに化学分解反応を用いて決定した。

 Sokodoside Aは1HNMRデータからステロイド配糖体であることが推測された。アグリコン部分はCOSYおよびにHOAHAHAデータから得られた部分構造をHMBCデータを用いてつなげることにより、新規ノルステロイドであることが明らかとなった。4環性の炭素骨格の相対配置はNOESYスペクトルを解析することにより4に示すように決定した。一方、各種二次元NMRデータから、糖部の構造を解析したところ各一残基の5単糖および6-ヘキソースならびに2残基のヘキスロン酸の存在が示された。さらに、NOE相関とJ値からアラビノース(Ara)、フコース(Fuc)およびガラクツロン酸(GalU)と同定するとともに、相互の結合様式を明らかにした。一方、各構成糖の絶対立体化学はsokodoside Aの加溶媒分解物を誘導体化後キラルGC分析に付し、L-Ara、L-FucおよびD-GalUと決定した。

 Sokodoside Bは1HNMRスペクトルから4と同様にステロイド配糖体であることが示唆されたが、13CNMRにおいてオレフィン領域に新たに4本のシグナルが認められた。各種二次元NMRデータを解析した結果、アグリコン部はD環がサイクロペンタジエンに酸化された構造を持つことが明らかになった。この相対配置は4の場合と同様に決定した。糖部の解析も4と同様に行い、それぞれ一分子のL-Ara、D-GalUおよびD-Galが5のようにつながることが判明した。

 化合物4と5はいずれも酵母S.cerevisiaeの変異株に対して50μg/diskで活性を示した。

 以上、本研究では、日本近海で採集された海綿を中心とする海産無脊椎動物についてS.cerevisiaeの変異株を含むバクテリアとカビに対する抗菌活性を調べたところ、多くの海綿に活性を認めるとともに、活性のあった有望な3種の海綿からアセチレンカルボン酸、珍しいDHMDA残基を含む7残基の抗菌性デプシペプチド、および前例のない炭素骨格を持つ2つのステロイド配糖体を単離することができた。

審査要旨 要旨を表示する

 海洋生物からの有用二次代謝産物の探索は1970年始めから活発に行われ、1万を越える新規化合物が得られている。特に、海綿や原索動物などの無脊椎動物からは、抗菌、抗カビ、抗腫瘍など医薬として有用な活性を持つ化合物が多く発見されている。一方、薬剤耐性菌の出現や真菌症の急増などから、新しい抗生物質の開発が急がれている

 この様な背景のもと、本研究では海洋無脊椎動物を対象として、従来の抗菌・抗カビ試験に加え、出芽酵母Saccharomyoes cerevisiaeの特定の遺伝子に損傷がある変異株を用いるスクリーニングを行うとともに、有望な活性を示した3種類の海綿から活性物質の単離と構造解析を試みたところ、4つの新規化合物を得ることができた。その概要は以下の通りである。

 先ず、1997年から2002年にかけて日本沿岸で採集した海綿始めとする876検体の無脊椎動物から脂溶性および水溶性画分を調製し、それぞれについてS.cerevisiaeの変異株10種に対する抗菌性を評価した。その結果、海綿動物がもっとも有望な探索源であることが分かった。

 次ぎに、cdc遺伝子変異株に対して比較的強い活性が脂溶性画分に認められた釜木湾産海綿Oceanapiaから活性成分の分離・同定を試みたところ、珍しいene-yne-ene-yne構造を含むポリアセチレン1が得られた。本化合物は、酵母の3種類の変異株に対して選択的に抗カビ活性を示した。

 さらに、S.cerevisiaeの変異株を用いたスクリーニングにおいて顕著な活性を示した上甑島産海綿Theonella swinhoeiより活性物質の単離を試みたが、活性本体は既知化合物のtheonellamide類であった。しかし、同時にnagahamide A(2)と命名した抗菌物質を単離できたので、化学構造をFABMSおよび各種二次元NMRを含む機器分析ならびに化学分解により解析したところ、珍しい4-amino-3-hydroxybutylicacidなどの異常アミノ酸と10-dimethyl-9-hydroxy-7-methoxytrideca-2,4-dienoicacid(DHMDA)を含む新奇なデプシペプチドであることが判明した。本ペプチドはグラム陽性および陰性菌の増殖を抑えた。

 最後に、S.cerevisiaeのcdc遺伝子変異株に対する活性が、水溶性画分認められた八丈島産Erylus sp.から活性成分を分離・構造決定を試みた。その結果、sokodoside A(3)およびB(4)と命名した2つの活性成分を得ることができ、それらの化学構造を各種二次元NMRを含むスペクトルデータならびに化学分解によって解析したところ、これまでにないステロイド骨格のアグリコンとガラクツロン酸を含む特異なサポニンの構造を明らかにすることができた。

 以上、本研究は、日本近海で採集された海綿を中心とする海産無脊椎動物についてS.cerevisiaeの変異株を含むバクテリアとカビに対する抗菌活性を調べたところ、多くの海綿に活性を認めるとともに、活性のあった有望な3種の海綿からアセチレンカルボン酸、珍しいDHMDA残基を含む7残基の抗菌性デプシペプチド、および前例のない炭素骨格を持つ2つのステロイド配糖体を単離・構造決定したもので、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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