No | 118159 | |
著者(漢字) | 藤田,雅紀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジタ,マサキ | |
標題(和) | 海洋無脊椎動物からのプロテアーゼ阻害物質に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Protease Inhibitors from Marine Invertebrates | |
報告番号 | 118159 | |
報告番号 | 甲18159 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2548号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 浸潤・転移はがんの主要な特徴であり、その過程において細胞間基質(ECM)および血管基底膜の分解が必須である。多くのがん細胞でmatrix metall oproteinase 2(MMP2)、cathepsinB、およびplaminogen activatorなどのECM分解プロテアーゼの増加が認められている。特に、MMP2はECMの主要成分であるIV型collageneを分解するため、がんの浸潤・転移において重要な働きをしていると考えられる。またMMP2の活性化因子として単離された膜型メタロプロテアーゼMT1-MMPも多くの転移性がん細胞で発現亢進が確認されている。これらプロテアーゼに対する阻害剤は有効な抗転移剤となることが期待され、現在その研究が活発に行われている。 このような背景の下、海綿を主体とする海洋無脊椎動物を対象にcathepsin B、MMP2およびMT1-MMPの阻害活性を調べるとともに、有望な活性が認められた4種の海綿から活性物質の単離・構造決定を試みたところ、9つの活性物質を得ることができた。その概要は以下の通りである。 1.スクリーニング 日本沿岸各地で採集した海洋無脊椎動物1304検体(海綿動物1038検体,腔腸動物163検体,軟体動物6検体,外腔動物20検体,脊索動物77検体)から常法に従って調製した脂溶性画分および水溶性画分について、上記3酵素に対する阻害活性を調べた。その結果、各酵素に対して脂溶性画分では約8%、また水溶性画分では約6%に顕著な活性が認められた。分類別に見ると、cathepsinBに対しては海綿151、腔腸2、脊索23検体が活性を示し、MT1-MMPとMMP2に対しては、それぞれ海綿170および166、腔腸ともに8、外腔0および1、脊索6および11検体が活性を示した。活性検体のうち特に選択性に優れ、活性の強かった海綿4種について、活性本体の解明を試みた。 2.Cathepsin B阻害物質tokaramide Aの単離と構造決定 水溶性画分に顕著なcathepsin B阻害活性が認められたトカラ列島中之島産海綿Theonella aff mirabilisの凍結試料3.1 kgを、MeOH、CHCl3で抽出後、活性を指標に溶媒分画、ODSフラッシュクロマトグラフィー、および逆相HPLCで分画した。最終的に250mM NaClO4を添加した溶媒を用いる逆相HPLCにより精製してtokaramide A(1)1.2mgを得た。 1HNMRデータより、tokaramide AはN-末端がブロックされたトリペプチドであると推測された。また、詳細な2DNMRの解析からp-hydroxybenzoate、2残基のvalineおよびargininal(Arga1)残基の存在が確認され、その配列はHMBCの相関から1のように決定した。各残基の絶対立体化学はNaClO2酸化によりArgalをArgへ変換後、酸加水分解しMarfey法により1のように決定した。本化合物はcathepsin BをIC50値29ng/mLで阻害した。 3.MT1-MMP阻害物質ancorinosideB-Dの単離と構造決定 MT1-MMPに対して特異的な阻害活性を示した鹿児島県請島産海綿Penares sollasi Thieleの凍結試料400gの抽出物を、溶媒分画およびODSフラッシュクロマトグラフィーで分画した。最も強い活性を示した100%MeOH溶出画分を濃縮中に沈殿が生じた。この沈殿に強い活性が認められたので、これをさらに逆相HPLCにて精製し、3つの新規物質を含む4つのMT1-MMP阻害物質ancorinosideA-D(2-5)を単離した。 主要な化合物3は各種機器分析の結果、ガラクトース、グルクロン酸、アルキル長鎖およびテトラミン酸を有することが明らかとなった。さらに2D NMRの解析から、アルキル鎖の一端に2糖が、もう一方にテトラミン酸が結合した構造が導かれた。糖部分の立体化学は、酸加水分解物のキラルGC分析からいずれもD体と決定した。一方、テトラミン酸部分の立体化学は、RuCl3/NalO4酸化後、加水分解によりN-MeAspへと導きMarfey法により5Rと決定した。化合物4および5も同様に、アルキル鎖と糖部分が異なる類縁体と決定した。Acorinoside A-D(2-5)はMT1-MMPをIC50値180-500μg/mLで阻害した。なお、4はP388細胞に対してIC50値90ng/mLの細胞毒性を示した。 4.Cribrochalina属海綿由来MT1-MMP阻害物質の単離と構造決定、およびhaplosamate Aの構造訂正 脂溶性画分にMT1-MMP阻害活性が認められた、高知県二並島産海綿Chribrochalina sp.の凍結試料390gの抽出物を、溶媒分画、ゲルろ過、逆相液体クロマトグラフィーで順次精製したところ、2つの阻害物質6と7を単離できた。 化合物6のFABMSおよびNMRデータは、HIV-I integrase阻害剤として報告されたhaplosamate A(8)と完全に一致したが、報告されたデータにいくつかの疑問点を認めたので、構造解析を行った。Haplosamate Aに含まれるmethylsulfamate基の特徴的なδH3.61(d,J=10.4Hz,3H)のシグナルは、methylphosphateのシグナルと推測されたので、31PNMRを測定したところ、1つのリン原子の存在が確認されたとともに、31PHMBC測定からδH3.61のプロトンシグナルと相関が認められた。すなわち、化合物8は6の構造へ訂正された。また、化合物7は2DNMRの解析からA-norステロールと決定した。なお、化合物6および7はMT1-MMPをIC50値150-180μg/mLで阻害した。 5.MMP2阻害剤ageladine Aの単離と構造決定 鹿児島県口永良部島産海綿Agelas nakamurai Hoshinoの有機層に顕著なMMP2阻害活性が認められたので、活性本体の解明を試みた。海綿400gの抽出液を、溶媒分画、ODSフラッシュクロマトグラフィー、ゲルろ過で順次分画したところ、青色蛍光を示す画分に活性が認められた。最終的に逆相HPLCで精製してageladine A(9)を活性本体として単離した。 Ageladine A(9)はFABMSおよび1DNMRデータより、dibromopyrrole誘導体であると判明した。しかし、HR-FABMSから推定した分子式は、炭素数および酸素原子の有無などの点でこれまでに報告されているoroidine誘導体とは異なり、新規骨格の存在が推測された。本化合物は3つの1HNMRシグナルを与えるだけで、構造決定は困難であった。そこで、9についてメチル化反応を行ったところ、メチル基が3-5個導入されたメチル誘導体を与えた。これらメチル誘導体の各種2DNMRの解析から化合物9は、oroidine(10)が環化した特異な構造を有するアルカロイドであると決定できた。 Ageladine(1O)はMMP2に対してIC50値2.0μg/mLで阻害活性を示した。多くのMMP阻害物質は亜鉛結合部位を有するので、本化合物の亜鉛配位活性をZnC12を用いて試験したが、活性は認められなかった。また阻害様式を調べたところ、非競合阻害であることが示唆された。 以上本研究では、がん転移阻害剤もしくはそのシード化合物開発を目的として、海洋無脊椎動物1304検体から調製した水溶性および脂溶性抽出物について、cathepsin B、MT1-MMP、MMP2に対する阻害活性を調べた。その結果、多くの検体に活性が認められ、これらのうち有望な活性を示した4種の海綿から合計9種の活性物質を単離した。そのうち8種は新規化合物であった。得られた化合物の中には強い活性を示すものもあり、海綿はこれら酵素阻害剤の有望な探索源と思われる。 1:tokaramide A 2:ancosinoside A A C 3: ancosinoside B B C 4: ancosinoside C B D 5: ancosinoside D A E 2:ancosinoside A R1=A R2=C 3: ancosinoside B R1=B R2=C 4: ancosinoside C R1=B R2=D 5: ancosinoside D R1=A R2=E 6:major inhibitor 7:minor inhibitor 8:haplosamate A 9:ageladine A 10:oroidine | |
審査要旨 | 浸潤・転移はがんの主要な特徴であり、その過程において細胞間基質(ECM)および血管基底膜の分解が必須である。多くのがん細胞でmatrix metalloproteinase 2(MMP2)、cathepsin B、およびplaminogen activatorなどのECM分解プロテアーゼの増加が認められている。これらプロテアーゼに対する阻害剤は有効な抗転移剤となることが期待され、その研究が活発に行われている。 このような背景の下、海綿を主体とする海洋無脊椎動物を対象にcathepsin B、MMP2およびMT1-MMPに対する阻害活性を調べるとともに、有望な活性が認められた4種の海綿から活性物質の単離・構造決定を試みたところ、9つの活性物質を得ることができた。その概要は以下の通りである。 先ず、日本沿岸で採集した海洋無脊椎動物1304検体調製した脂溶性画分および水溶性画分について、上記3酵素に対する阻害活性を調べた。その結果、各酵素に対して脂溶性画分では約8%、また水溶性画分では約6%に顕著な活性が認められた。そこで、活性検体のうち特に選択性に優れ、活性の強かった海綿4種について、活性本体の解明を試みた。 最初に、水溶性画分に顕著なcathepsin B阻害活性が認められたトカラ列島中之島産海綿Theonella aff. mirabilisから活性物質の単離・構造決定を試みたところ、tokaramide A(1)と命名した直鎖ペプチドを得ることができた。本化合物はcathepsin BをIC50値29ng/mLで阻害した。 次ぎに、MT1-MMPに対して特異的な阻害活性を示した鹿児島県請島産海綿Penaressollasi Thieleから、3つの新規物質を含む4つの阻害物質ancorinoside A-D(2-5)を単離した。各種機器分析と化学分解の結果、いずれもヘキソース、ウロン酸、アルキル長鎖およびテトラミン酸からなる特異な化合物であることが分かった。Acorinoside A-D(2-5)はMT1-MMPをIC50値180-500μg/mLで阻害した。なお、4はP388細胞に対してIC50値90ng/mLの細胞毒性を示した。 さらに、脂溶性画分にMT1-MMP阻害活性が認められた、高知県二並島産海綿Chribrochalina sp.から2つの阻害物質6と7を単離して構造解析したところ、化合物6はHIV-I integrase阻害剤として報告されたhaplosamate A(8)と同一で、6の構造が正しいことが分かった。なお、化合物6および7はMT1-MMPをIC50値150-180μg/mLで阻害した。 最後に、鹿児島県口永良部島産海綿Agelas nakamurai Hoshinoの脂溶性抽出物に顕著なMMP2阻害活性が認められたので、活性本体の解明を試みたところ、ageladine A(9)と命名した特異なdibromopyrrole誘導体が得られた。なお、本化合物は、MMP2に対してIC50値2.0μg/mLで阻害活性を示した。なお、その阻害様式は非競合阻害と考えられた。 以上本研究では、がん転移阻害剤もしくはそのシード化合物開発を目的として、海洋無脊椎動物1304検体から調製した水溶性および脂溶性抽出物について、cathepsin B、MT1-MMP、MMP2に対する阻害活性を調べるとともに、有望な活性が認められた4種の海綿から8種の新規物質を含む計9種の阻害物質を単離したもので、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。 1:tokaramide A 2:ancosinoside A A C 3: ansorinoside B B C 4: ancorinoside C B D 5: ancorinoside D A E 2:ansorinoside A R1=A R2=C 3: ancorinoside B R1=B R2=C 4: ancorinoside C R1=B R2=D 5: ancosinoside D R1=A R2=E 6:major inhibitor 7:minor inhibitor 8:haplosamate A 9:ageladine A | |
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