学位論文要旨



No 118168
著者(漢字) 吉田,貢士
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,コウシ
標題(和) 複断面水路における準2次元定常流解析の体系化に関する研究
標題(洋)
報告番号 118168
報告番号 甲18168
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2557号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 島田,正志
 農業工学研究所 研究室長 丹治,肇
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 生産性や機能性を重視した近代農業的管理体制の中で、水田や水路における生物種の減少が問題となっている。自然との共生および生態系保全といった課題のもと、生物に良好な棲息空間を提供する水路形態が求められており、複断面水路が注目されている。複断面水路の特徴は、水量の安定した灌漑期においては、多様な水深や流速の分布を実現し、水量の少ない非灌漑期には、水が低水路を流れることにより、ある程度の水深と流速が確保でき、ヘドロの堆積防止など、生物に良好な環境を提供することができる。しかし、先述のような環境との調和性と同様に、農業用水路においては通水能の確保や安定した送水といった機能性が求められる。水路システムに複断面水路を導入する際は、水路抵抗を正確に見積もり、水利構造物などの境界条件を含めた水面形計算法が必要となる。

 複断面流れに関する研究は、水工学の分野で多く行われており、水平渦や2次流の存在による水路抵抗の増加が報告されている。Myer(1978)は、流速差に起因した乱流混合による運動量交換を、流速差の2乗に比例したセン断応力τasとしてシンプルに表現し、このセン断応力を導入した準2次元モデルがいくつか提案されているが、移流を考慮したモデルは存在しない。さらに、水面形を計算する上で不可欠な下流端境界条件について、不等流では全く検証されていない。そこで本研究では、1)移流を考慮した支配方程式を導き、新たな水面形計算法を構築すること。2)水路実験により、低下背水および堰上げ背水を対象に、下流端構造の把握とモデル化を行うことを目的とした。

移流を考慮した支配方程式と計算法

 不等流時の抵抗増加は、乱流混合によるミクロな現象と断面間の移流によるマクロな現象からなる。本研究では、支配方程式を導くにあたり、乱流混合と移流の効果を区別した。その際、乱流混合のセン断力τasを、Bertland(1994)により提案された流量交換の概念に基づき、交換流量qexの表現に変換した。この変換により、乱流混合qexと移流qtを同様に扱うことができ、支配方程式を容易に導くことができる。移流流量については、常流状態では各断面での水面はほぼフラットと見なすことができるという実験的裏づけのもと、各分割断面における水面勾配が等しいという条件を課して計算を行なった。

 水面形計算においては、支配方程式を直接解く方法を新たに提案し、さらに木ノ瀬ら(1998)の手法に移流の条件を付加することにより改良し、実用的な逐次水面追跡法による水面形計算法を提案した。

パラメータの同定

 提案したモデルにおける未定パラメータは乱流混合係数fと壁面抵抗係数Cfのみである。本研究では、等流実験により不等流計算に必要なこれらパラメータを同定した。等流状態では移流の効果がないため、乱流混合の効果のみを抽出することが可能である。混合係数fは、レイノルズ応力を直接計測することにより求めた。その結果、本実験水路では、混合係数fは池田ら(1989)が低水路と高水敷に粗度差がない条件で提案した近似式と良く一致した(図1)。さらに、池田ら(1994)が水路幅の十分広い条件で導いた流速分布の理論解と、実測流速分布の比較(図2)により壁面抵抗係数は0.01とした。

低下背水・堰上げ背水時の下流端構造の把握と計算アルゴリズム

 典型的な下流端条件について検討するため、低下背水と堰上げ背水を取り上げた。この2つの組み合わせでシンプルな水路システムを構築することが可能である。

 低下背水時の下流端近傍における水位とフルード数の変化を図3に示す。この図から分かることは、高水敷フルード数が1となる高水敷限界水深と低水路フルード数が1となる低水路限界水深が一定の距離隔てて存在することである。本研究では、この下流端構造を踏まえて、2つの限界水深とその距離を計算するアルゴリズムを提案し、良好な結果を得た(図4)。さらに、乱流混合qexと移流qtの効果を比較した結果、不等流性の強い流れでは乱流混合と比して移流の効果が非常に大きいことが明らかとなった(図5)。

 堰上げ背水時の下流端近傍における水位とフルード数の変化を図6に示す。この図から、堰上げ背水時は、低水路・高水敷ともに堰上に限界水深をもつこと、堰上げによる整流効果により、堰上での流速分布は一様化することが明らかとなった。この下流端構造を踏まえて、堰上に境界条件を与えて、水面形計算を行い(図7)、既存のモデルでは計算不可能であった、流速の逆転現象を正確に計算することができた(図8)。

図1 混合係数fと流速比の関係

図2 流速分布の理論解と実測値

図3 水位とフルード数の変化

[流量7(l/s)、勾配1/5000]

図5 乱流混合qexと移流qtの変化

[流量7(l/s)、勾配1/5000]

図4 水面形の計算結果

図6 水位とフルード数の変化

[堰上げ5cm、流量4(l/s)、勾配1/1000]

図7 水面形の計算結果

[堰上げ5cm、流量4(l/s)、勾配1/1000]

図8 流速の計算結果

[堰上げ5cm、流量4(l/s)、勾配1/1000]

審査要旨 要旨を表示する

 低水路と高水路からなる複断面開水路(複断面水路)は、少量の用水が低水路を流れる非灌漑期にも、ある程度の水深と流速が確保でき、ヘドロの堆積防止など、生物に良好な棲息空間を提供する水路形態として重要性が増大している。一方、水量の安定した灌漑期においては、多様な水深や流速の分布を実現し、農業用水路においては通水能の確保や安定した送水といった機能性が求められる。複断面水路の水理設計にあたっては、種々の流れの条件に応じて、水面形状や流速分布を予測するために、水路抵抗を正確に評価した、水利構造物などの境界条件を含めた実務的な水理解析法(定常流、非定常流)が必要となる。しかるに、複断面水路の水理学的研究は、主として等流の乱流特性に関わる課題が多く、不等流での巨視的な抵抗特性、流れの境界条件については、十分な研究がなされてきたとは言い難い。設計上の流量および水位条件を境界条件として与えた複断面水路の水理解析法は、定常不等流についても未だ確立していない。

 本論文では、複断面水路に対して、低水路と高水路間の移流を考慮した準2次元的な定常流の支配方程式を導き、定常不等流の新たな水理解析法を構築し、常流条件での低下背水および堰上げ背水を対象とした不等流および等流の水路実験により、流れの抵抗特性、移流の実態、下流端境界の水理特性などを解明、そのモデル化を通して、水理解析手法の体系化に新たな知見をもたらしている。

 第1章では、序論を述べ、既往の研究をレビューした。

 第2章では、流体の基礎方程式から、準2次元水理解析のための基礎方程式(連続式、運動量方程式)を導き、不等流解析の新たな手法を提案した。

 等流では断面間の乱流による運動量交換が抵抗として作用(剪断力)するが、不等流では、乱流混合に加えて、断面間の移流によるマクロな運動量輸送が存在し、抵抗の増加を引き起こす。本論文では、乱流混合と移流の効果を区別して、2つの異なる剪勇断抵抗を流量交換・移動による運動量交換および輸送としてモデル化して、統一的に表現した上で、基礎方程式を導いた。

 また、常流状態では、水位は全断面で水平と見なすことができるという実験的事実に基づいて、各断面における水面勾配が等しい条件から、移流流量を評価して、2つの新たな解析手法を提案した。手法1は、流速および水位を変数とする非線形連立常微分方程式系を新たに見いだして、境界条件から数値積分する方法である。この方法は、平易な計算方法となるが、境界条件として、流速および水位を必要とする。手法2は、既存の方法に移流の条件を新たに付加した改良法で、各断面のエネルギー方程式を全断面で平均操作し、等価変換したエネルギー方程式を積分する。この方法は、各断面のエネルギー勾配および流速を変数とするが、境界条件として水位のみが与件として必要であり、より複雑な断面形状の水理解析へ応用の可能性をもつ。

 第3章では、準2次元水理解析基礎方程式に含まれる2つの基本的なパラメータ、乱流混合係数fと壁面抵抗係数Cfを、等流実験により同定し、不等流において、同定したパラメータを用いる。等流状態では移流の効果がないため、乱流混合の効果のみを抽出することが可能である。混合係数fは、レイノルズ応力を直接計測することにより求めた結果、本実験水路では、混合係数fは、低水路と高水敷に粗度差がない条件で提案されている近似式と良く一致した。壁面抵抗係数Cfについては、十分広い水路幅の水路に対する流速分布の理論解と、実測流速分布の比較により、Cf=0.01とした。

 第4、5章では、代表的な不等流として、それぞれ,低下背水・堰上げ背水時の流れの水理実験により、抵抗特性、移流の実態、下流端境界の水理特性などを解明、そのモデル化を行うと共に、水理解析のための計算アルゴリズムを提案した。

 低下背水時の不等流の実験から、下流端近傍において、高水敷フルード数が1となる高水敷限界水深と低水路フルード数が1となる低水路限界水深が一定の距離隔てて存在すること、不等流性の強い流れでは乱流混合と比して移流の効果が非常に大きいこと、が明らかとなった。流れ全体を規定する下流端の固有な特性を踏まえて、2つの限界水深と高水敷き限界水深位置までの距離を計算するための手法2を用いた計算アルゴリズムを提案し、実測値と解析値を水面形状および流速分布、移流量について比較した結果、良好な結果を得た。

 堰上げ背水時の不等流の実験から、堰上げ背水時は、低水路・高水敷ともに堰上に限界水深をもつこと、堰上げによる整流効果により、堰上での流速分布は一様化すること、堰近傍で流速の逆転現象が生ずること、が明らかとなった。この下流端流れの特性を踏まえて、境界条件として堰上に限界水深を与えた手法1を用いた計算アルゴリズムを提案し、実測値と解析値を水面形状および流速分布、移流量について比較した結果、良好な結果を得た。

 6章では、結論を述べた。

 以上のように、本論文は、複断面水路の不等流の新たな解析モデル、具体的な計算アルゴリズムを提案し、水理実験によりそれらを検証したものであり、複断面水路の定常流の実務的な水理解析手法の体系化について、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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