学位論文要旨



No 118169
著者(漢字) 下荒地,勝治
著者(英字)
著者(カナ) シモコウジ,カツジ
標題(和) 土地改良換地における面的集積促進の研究
標題(洋)
報告番号 118169
報告番号 甲18169
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2558号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮�ア,毅
 日本獣医畜産大学 教授 松木,洋一
内容要旨 要旨を表示する

 日本の農地は零細分散錯圃といわれている。これを改善するために、政府は農地の集団化を推奨してきた。特に、土地改良事業を契機とする換地の機会を利用して集団化が推進された。

 1980年以降、利用権設定の制度が導入されると、将来とも安定して農業経営を担うとされる担い手に農地を集積することが加速され、土地改良事業を契機とした集団化も、この利用権設定地も担い手に連坦して換地することが求められるようになった。この利用権設定地を借り手である担い手に連坦して換地していくことを、本論文では「面的集積」といい、研究の対象とした。

 ところがこの「面的集積」は、利用権が所有権の場合と異なり、期限のある耕作権であるため、所有者である貸し手の同意がなかなか得られず、「面的集積」の展開は不十分になっているのが現状である。

 本論文では、この「面的集積」の不十分さの事実から、これを促進する方法について2局面から論じた。まず、面的集積を実現する場合、関係権利者はどのような利害関係をもっているか?の分析、その利害を調整していくのはどういう「場」でなされるのか?の解析を行い、面的集積をめぐる「状態」を明らかにした。

 次いで、こうした分析・解析の上に、これらをどのような手順で面的集積に向けて誘導されているかを「動態」的に明確にし、面的集積を実現した土地改良区でのプロセスと照合することで、この手順が面的集積に有効であるパターンであることを確認した。

 さらに、面的集積を促進させるという再現性を必要とするプロセスを構築するために、スムースな面的集積実現の障害となっている貸し手のデメリットを解消することを考え、この解消策の土地改良区換地担当者による適用性の評価を実施し、その中から適用性があると評価された解消策を提案としてまとめた。

 以下に、研究内容について順を追って述べる。

 まず、面的集積の必要性について、第1章でその要求の背景を述べ、第2章では面的集積の展開状況として、利用権設定、作業受委託および換地による方法のあることを述べ、これらの差異を示した。また、この分野の研究のうち換地に関する研究の展開状況もここで述べている。次いで、面的集積が不十分となっているのには原因があると考え、それを利害対立の存在に求めた。第3章では、この対立が面的集積に対する担い手(以下論文中では借り手と表現)の立場と貸し手の立脚点の差異にあることを明らかにした。つまり、借り手には面的集積を実現することによって、農作業の効率化が図れるというメリットがあるのに対し、耕作をするのではない貸し手には、こうしたメリットはなく、貸し手の農地に対する関心は生産性の価値ではなく、もっぱら資産としての価値に向いているという事実である。

 面的集積を実現するためにはこうした借り手貸し手の立場の差からくる価値観を調整する必要がある。ところが静止している状態をいったん動かすとなると、今まで潜在していた面的集積に関連のある事項・事象が複雑に連鎖し連続した形で顕在化するので、どのような「場」で調整を行っていくかを特定しなくてはならない。このため、第4章では、顕在化してくる面的集積に関連のある事項・事象を、その発生した、あるいは発生する時系列の切り口で整理し、(1)地区の位置、土地条件等の物理的構造(2)経営面積分布、第2種兼業農家の多さ等の農業構造(3)担い手育成、地域農業の活性化等の将来の農業ビジョン(4)借り手貸し手の面的集積に対する事情・心情の4つにまとめた.このうち(1)(2)はほ場整備期間中では変えにくく、(3)(4)はほ場整備に変えうるという性格のあることを発見し、面的集積実現のためには、(3)(4)の事項事象に焦点を当てればよいという解析結論を得た。

 こうした面的集積に関する状態の把握の後、視点を「動態」に移し、以上の分析・解析結果をどのように動かすことによって面的集積が行なわれていくのか、のプロセスの検討を行った。すなわち、面的集積の実現の仕方として、第5章では、面的集積の進め方をとりあげ、借り手貸し手の価値観の差、調整すべき事項事象を関係者の権利を尊重しながら面的集積に向けて誘導してゆく道程を明確にした。面的集積の実現は換地処分で登記が行なわれた時点をもって完結するが、実際には、その時点を遡る換地計画原案の換地図が権利者に仮承認された時点でほぼ決定されることから、この換地図に面的集積を織り込ませることを考えた。この手順としては、「面的集積へのコンセプト」、「コンセプト実現のためのガイドライン」、「ガイドラインに沿った地図化」の3段階を設計し、それに対応するほ場整備事業推進ステップとして、その地区の「農業農村活性化計画」と「採択申請するほ場整備事業の選定」、「換地設計基準」、「換地計画原案」を取り挙げ、それぞれのステップまでに行うべき、調整項目を図1の上中部に示したように営農意向のコンセンサス、集団化方針決定、配分作業とし、それらが先に挙げた4つの事項・事象のグループとどのように関連しつつ調整が積み上げられていくかを明らかにした。

 第6、7、8章では、こうしたプロセスが、面的集積を実現した長野県駒ヶ根市下平地区、新潟県三島郡三島地区、岩手県石鳥谷町新堀地区でどのように推進されていったかの検証を行い、上記プロセスにほぼ沿った調整が実施されたことを示した。と同時に調整プロセスどおりに調整が完璧に実施されても、その条件だけでは面的集積は自然の流れとして行なわれることは難しいことが見えてきた。すなわち、現在の推進のやり方では、その地区の与件から採択申請する補助事業の選定、推進体制の構築はできても、貸し手の能動性は引き出すことができず、再現性が得にくいことが判明した。そこで、再現性を与えるために貸し手に対して面的集積に対するインセンティブを付け加えるべきとの結論に達した。

 面的集積の促進の方法として、第9章では、面的集積推進は貸し手にデメリットがあり、これが抵抗となっているということが本研究の中で、明らかになってきたので、これを解消することを考えた。そのためにまず、貸し手へのデメリットとして事業費負担、減歩負担等の18項目を明らかにし、これを解消する方策を考え、面的集積を進めるステップにタイミングよく投入することを企画した。

 しかし、この解消策企画は机上検討であるため、その実際への適用性には疑問がある。第10章では疑問を消すために、適用性を確認することを考え、このための適切な評価者を探索した。評価者としては、ほ場整備事業を行い、面的集積の要件を達成することを経験した換地担当の人を候補として取上げ、この条件を満たす換地担当の人として、2ha団地が事業地区の50%以上であることを達成しなくてはならない要件をもった「21世紀型水田モデルほ場整備促進事業」を体験した人を評価者として絞り込んだ。既に著者らは平成8、9、10年度に換地処分した換地区は全国で2255箇所あることを悉皆調査の結果、把握しているのでこの中から、21世紀型水田モデルほ場整備促進事業を推進した121箇所を特定した。

 さらにこの中から、評価者を抽出するために、小作料に注目した。それは小作料が安いということが、貸し出したいという圧力を示していると考えられるからである。極端なケースとして小作料が0に近い地区であれば、貸し手はどのようなことがあっても借りてもらいたいと思い、面的集積することに対する抵抗感は小さいと推定される。この考察から、小作料が1俵以下、1〜2俵、2俵以上の地区に分類し、それぞれのグループから、担当者の協力姿勢、知識、地域的偏りのなさ等を考慮して、26地区を選定した。そして、その地区の換地担当者を特定し、デメリット解消策18項目について直接訪問、あるいはFax、電話等の方法で趣旨を説明し、評価回答を得た。

 その結果、解消策の評価は地区よってばらつきがあり、小作料が高い地区では、小作料のアップなど、借り手の負担増を許容する傾向があるのに対し、小作料が低い地区では、借り手負担を増加させることに抵抗があることが示された。つまり、地区の条件によって、これら解消策に対する評価が分かれることが明らかになったが、貸し手の減歩負担の軽減案以外の解消策は地区条件を考慮すれば、適用の可能性があると判断した。

 以上、本研究の追求結果から提案できることを終章でまとめ、面的集積を促進させるためには、

1.与件(地区の位置、土地条件、社会条件)を満足する地区を選択しなくてはならない。

2.地域全体の利益計画策定および推進体制の確立がなされなくてはならない。

3.面的集積に対する貸し手への動因を付与しなくてはならない。

 とした。3の動因付与としては、対象地区条件に合わせて、

 (1)地域営農ビジョンの確立までに

 (1)貸し手の事業費負担を軽減

 (2)小作料のアップ

 (3)借り手の地区外所有地の一括借入保証

 (2)換地設計基準の充実と以下の項目の盛り込み

 (1)小面積所有農地の取り扱い

 (2)貸し手の有利な従前地に対しての配慮項目

 (3)所有地の識別

 (4)最小接道長

 (3)換地計画原案策定までに

 (1)借り手を組みにするなどの安定強化

 を準備・実行すべきであるとして、「土地改良換地における面的集積促進の研究」の具体的行動を提示している。

図1 画的集積実現のための調整項目と調整プロセス

審査要旨 要旨を表示する

 日本の農地は零細分散錯圃といわれている。この改善のために、政府は農地の集団化を推奨してきた。1980年、利用権設定の制度が導入されると、土地改良事業を契機とした集団化も、この利用権設定地も担い手に連坦して換地することが求められるようになった。この利用権設定地を借り手である担い手に連坦して換地していくことを、本論文では「面的集積」といい、これを促進する方法について2局面から論じている。

 まず、面的集積を実現する場合、関係権利者はどのような利害関係をもっているかを分析、その利害を調整していくのはどういう「場」でなされるのかについての解析を行っている。次いで、こうした分析・解析の上に、これらをどのような手順で面的集積に向けて誘導されているかを「動態」的に明確にし、面的集積を実現した土地改良区でのプロセスと照合することで、この手順が面的集積に有効であることを確認している。

 さらに、面的集積を促進させるという再現性を必要とするプロセスを構築するために、スムースな面的集積実現の障害となっている貸し手のデメリットに対する解消策を考え、その適用性の評価を実施し、提案をおこなっている。

 本論文は10章から構成されている。第1章では面的集積の必要性について、その要求の背景を述べ、第2章では面的集積が不十分となっているのは利害対立の存在に原因があることを明らかにしている。第3章では、この対立が面的集積に対する借り手と貸し手の立脚点の差異にあることを明らかにしている。つまり、借り手には農作業の効率化が図れるというメリットがあるのに対し、貸し手には、こうしたメリットはないという差異である。

 第4章では、面的集積に関連のある事項・事象を、その発生の時系列の切り口で整理し、(1)地区の位置、土地条件等の物理的構造(2)経営面積分布、第2種兼業農家の多さ等の農業構造(3)担い手育成、地域農業活性化等の将来の農業ビジョン(4)借り手および貸し手の面的集積に対する事情・心情の4グループとし、(3)(4)はほ場整備期間中に変えうるという性格のあることを発見している。

 第5章では、面的集積の進め方をとりあげ、借り手および貸し手の価値観の差、調整すべき事項・事象を関係者の権利を尊重しながら面的集積に向けて誘導してゆく道程を明確にしている。すなわち換地計画原案策定時点までに、「面的集積へのコンセプト」、「コンセプト実現のためのガイドライン」、「ガイドラインに沿った地図化」の3段階を設計し、それに対応するほ場整備事業推進ステップとして、その地区の「農業農村活性化計画」と「採択申請するほ場整備事業の選定」、「換地設計基準」、「換地計画原案」を取り挙げ、それぞれのステップまでに行うべき調整項目を、営農意向のコンセンサス、集団化方針決定、配分作業とし、それらが先に挙げた4つの事項・事象のグループとどのように関連しつつ調整が積み上げられていくかを明らかにしている。

 第6、7、8章では、こうしたプロセスが、面的集積を実現した長野県駒ヶ根市下平地区、新潟県三島郡三島地区、岩手県石鳥谷町新堀地区でどのように推進されていったかの検証を行い、上記プロセスにほぼ沿った調整が実施されたことを示している。

 第9章では、再現性を確保するために面的集積に対する貸し手のデメリットを解消することを考案している。第10章ではこの解消策の適用性を確認するため、小作料を勘案して選定をした地区に評価依頼を行い、評価回答を得ている。その結果、高小作料地区では、借り手の負担増を許容する傾向があるのに対し、低小作料地区では、借り手負担を増加させることに抵抗があることが示されたが、解消策の多くが地区条件を考慮すれば、適用の可能性があるとしている。面的集積を促進のための方策は、要約するならば、1.地区の位置、土地条件、社会条件が良好なこと、2.地域経営の計画策定および推進体制の確立、3.面的集積に対する貸し手への動因付与、である。動因付与については、プロセスの段階ごとに異なり、いずれも操作可能な動因であることを導いている。

 以上、本論文は、換地による面的集積を構造的に解析し、さらにこの構造が時間的に変化させられていくプロセスを解明し、あわせて、促進の再現性を確保するための改善策を提示したもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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