学位論文要旨



No 118173
著者(漢字) 小林,大介
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ダイスケ
標題(和) 木材の接触乾湿感に関する研究
標題(洋)
報告番号 118173
報告番号 甲18173
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2562号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝礼
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

[1章]緒言

 人は様々な場面で木材に触れる機会を持つ。調湿性能を持つ木材は、その存在する環境において、含水率が多様に変化し、その変化は木材の接触乾湿感に大きな影響を与えていると考えられる。しかしながら、建築仕上げ材料として気乾状態にある木材の接触乾湿感に関する知見はあるものの、実際に含水率が高い状態(自由水領域にある)にある木材の接触乾湿感を検討した研究はない。本研究は、様々な含水率にある木材を用いて、材料側からのアプローチとして、木材の含水率、表面蒸発量、晩材率を用い、木材の表面物性と接触乾湿感との関係を検討し、人間側からのアプローチとして、接触前後の発汗量と接触乾湿感との関係を検討することを目的とする。

[3章]スギ材の接触乾湿感

 試験体として30(T)×40(L)×O.4mm(R)に加工したスギ材を用いた。以下すべての試験はこのサイズの試験体を用いた。晩材率の影響を検討するため、試験体接触部が様々な晩材率になる試験体を作成した。試験体表面を研磨紙にて表面粗さを調整した後、蒸留水に24時間以上浸漬した。十分にスギ材に水分を満たした後、20℃40%RHの恒温恒湿室内にて試験体を放湿させた。放湿中に試験体の重量、表面の水分蒸発量を測定し、被験者に試験体表面に触れてもらい、試験体が「湿っている」か「乾いている」かを回答してもらった。乾湿感の判断は、材料ごとの比較ではなく、触れた材料についての絶対評価とした。被験者は計8名であった。スギ材の含水率と接触乾湿感の関係では、「乾いている」という回答が出始める含水率は70%であり、含水率が低下するにつれて「湿っている」という回答の割合は緩やかに減少した。含水率と「湿っている」という回答の割合には、正の相関が見られた。スギ材の含水率と表面蒸発量の関係では、含水率が35〜40%以上では蒸発量はほぼ一定で、含水率が35〜40%を下回ると、蒸発量は減少し、含水率15〜20%付近で蒸発量は計測されなくなった。スギ材の接触乾湿感を含水率と蒸発量の関係からマハラノビス汎距離による判別分析にかけると、乾湿の境界線は2次曲線を示し、乾湿の境界は含水率30%、蒸発量7g/m2・hで、80%以上の正答率を得た。更に晩材率を考慮すると、同じ含水率にあるスギ材の接触乾湿感は、晩材率が高いほうが「湿っている」と回答する割合が高くなった。これは、早材よりも晩材のほうが指先からの熱移動量が大きいためと考えられる。以上により、スギ材の接触乾湿感は、含水率、蒸発量をもとに乾湿感の判別が可能であり、晩材率を考慮すれば、より詳細に乾湿感の判別が可能である。

[4章]針葉樹材の接触乾湿感

 ヒノキ、エゾマツ、スプルース、ベイマツの4樹種についてスギ材と同様の手法によって検討した。晩材率については検討しなかった。被験者は計8名であった。針葉樹材の含水率と接触乾湿感の関係では、4樹種ともに差異はなくスギ材と同様、それぞれの針葉樹材の含水率と接触乾湿感との関係には正の相関が見られた。針葉樹材の接触乾湿感を含水率と蒸発量の関係からマハラノビス汎距離による判別分析にかけると、乾湿の境界はおおむね含水率20%、蒸発量10g/m2・hで、80%以上の正答率を得た。針葉樹材の接触乾湿感は、含水率、蒸発量をもとに乾湿感の判別が可能であり、含水率、蒸発量を用いて針葉樹材の接触乾湿感を評価できる。

[5章]広葉樹材の接触乾湿感

 ミズナラ、キリ、ケヤキ、タモ、ブナ、カシ、ホオノキ、レッドラワン、ブラックウォルナット、チーク、バルサ、アフリカンパドック、カリンの13樹種について、スギ材、針葉樹材と同様の試験を行った。晩材率については検討しなかった。広葉樹の含水率と接触乾湿感との関係では、樹種ごとに特徴が見られ、結果として6タイプに分類した。分類のポイントは、(1)「乾いている」という回答が出始める含水率、(2)「湿っている」という回答の割合が、含水率の低下に沿って緩やかに減少するか、横ばいのまま推移するか、(3)最終的に「湿っている」という回答の割合が、直線的に急激に減少するか、それとも緩やかに減少するか、の3点であった。それぞれの広葉樹材の含水率と接触乾湿感との関係には、正の相関が見られた。広葉樹材の含水率と蒸発量の関係による接触乾湿感のマハラノビス汎距離による判別分析の結果、比重の軽い材は比重の高い材にくらべて「乾いている」と回答される領域が非常に広く、より「乾いている」と評価されることがわかった。80%以上の正答率を得た。広葉樹材の接触乾湿感は、含水率、蒸発量をもとに乾湿感の判別が可能であり、含水率、蒸発量を用いて広葉樹材の接触乾湿感を評価できる。

[6章]木材の接触乾湿感に及ぼす表面粗さの影響

 熱的な影響を受けないよう、同じ樹種で表面粗さの違う材を用いて、木材の接触乾湿感に及ぼす表面粗さの影響を検討した。試験体としてスギ早材、スギ晩材を用いた。3種の研磨紙を用いて表面を調整し、早材、晩材それぞれ、表面粗さの違う3種類の試験体を作成した。試験方法は、第3章から第5章と同様であった。被験者は計5名であった。スギ早材の含水率と接触乾湿感との関係では、「乾いている」という回答が出始める含水率には傾向が見られ、♯100で処理された材の含水率が100%以上であり、♯240で処理された材の含水率は70%、♯500で処理された材の含水率は55%であった。よって、材料表面が粗いほうが、「乾いている」という回答が出始めるが含水率が高いことがわかった。3種類の研磨紙で処理されたスギ晩材の含水率と接触乾湿感との関係においては、「乾いている」という回答が出始める含水率は3種とも同じで、スギ早材のような傾向は見られなかった。これはスギ早材にくらべてスギ晩材の表面が滑らかで、表面粗さの差も小さかったことが影響していた。表面粗さが「乾いている」という回答が出始めるが含水率に関係があるかを確認するため、気乾比重=O.42g/cm3(ヒノキ、エゾマツ、ベイマツ)、0.619/cm3(ブナ、チーク、アフリカンパドック)の木材を用いて同様の試験を行った。両比重の材料ともに、材料表面が粗いほうが、「乾いている」という回答が出始める含水率が高いというスギ早材と同様の結果を得た。以上の結果を1つの含水率、表面粗さの軸に載せると、「乾いている」という回答が出始める含水率と表面粗さの関係には、直線関係があることがわかった。

[7章]木材の接触乾湿感に及ぼす熱伝導率の影響

 木材の接触乾湿感に関して、熱的な影響を検討するため、Kollmannの式を用いて求めた熱伝導率と接触乾湿感との関係、測定した材料の放熱速度と接触乾湿感との関係を検討した。第3章から第5章で用いた18樹種について、Kollmannの式を用いて、熱伝導率を算出した。木材は比重や含水率によって熱伝導率は変化する。そのため第3章から第5章で明らかにした各樹種の「乾いている」という回答が出始めた含水率での各材料の熱伝導率を求めたところ、どの樹種もその熱伝導率は、ほぼ同じ値を示した。また、同様にその含水率での放熱速度を測定したところ、この値も樹種によらずほぼ同じ値であった。以上により、木材の接触乾湿感において、「乾いている」という回答が出始める含水率時の木材の熱伝導率、放熱速度は一定であり、指先から木材への熱移動量がある一定値を下回ると、「乾いている」という回答が出始めることが明らかになった。

[8章]木材の接触乾湿感と生理応答との関係

 木材の接触乾湿感を材料側からだけのアプローチだけでなく、木材に触れる人間の側からもアプローチを行うため、第3章から第5章と同様の接触乾湿感の試験に加え、接触前後に指先の発汗量を測定した。試験体としてスギ早材、スギ晩材、ヒノキ、レッドラワン、ミズナラ、キリを用いた。木材への接触直後の発汗量は、すべて、接触前の発汗量を上回り、木材への接触により指先が何らかの影響を受けたと考えられた。スギ晩材に触れた直後の発汗量は、含水率が高い材に触れた方が多くなった。しかし、逆にスギ早材に触れたときには、含水率が高い材に触れた方が少なくなっていた。また、他の材料への接触直後の発汗量は、含水率の変化に関係なく、ほぼ一定であった。このことから接触直後の発汗は、2種の発汗の合計ではないか考察した。(1)接触刺激による精神性発汗、(2)接触によって材に汗が吸収されたことによって指先が乾燥し、それを補うための発汗。含水率が高いときは、「冷たい」=「湿っている」という刺激により精神性発汗が発生し、含水率が低下するにつれて、刺激が小さくなり、精神性発汗が少なくなり、代わって材料の水分が少なくなることにより、指先の汗が材料に吸われ、それを補う発汗が発生する。そのため、見かけ上、指先の発汗量は材料の含水率に関係なくほぼ一定になったのではないかと考えられるが、この仮説を立証するには至らなかった。

[9章]結言

 木材の接触乾湿感について、針葉樹、広葉樹18樹種の含水率、蒸発量、晩材率、表面粗さ、熱伝導率の物理量と「湿っている」という回答の割合との関係を検討した。含水率、蒸発量ともに「湿っている」という回答の割合との関係は正の相関が得られ、含水率、蒸発量をもとにした接触乾湿感の判別分析の結果、含水率、蒸発量は乾湿感の判別基準となりうることがわかった。更に木材の晩材率を考慮に入れると、より詳細に判別が可能であった。「乾いている」という回答が出始める含水率は、表面粗さが影響しており、同じ比重の木材の表面が粗いほどその含水率が高くなった。また、「乾いている」という回答が出始める含水率は、熱伝導率の影響も受けており、乾いている」という回答が出始める含水率時の木材の熱伝導率は、どの樹種でも同じであり、ある一定の熱伝導率を下回ると「乾いている」という回答が現れることがわかった。以上により、木材の接触乾湿感は、含水率、蒸発量、晩材率、表面粗さ、熱伝導率それぞれの物理量を組み合わせて評価することが可能である。

審査要旨 要旨を表示する

 人は様々な場面で木材に触れる機会を持つ。調湿性能を持つ木材は、その存在する環境において、含水率が変化し、その接触乾湿感に大きな影響を与えている。本論文は建築仕上げ材料として材料側からのアプローチとして、木材の含水率、表面蒸発量、晩材率などの木材の表面物性と接触乾湿感との関係を検討し、人間側からのアプローチとして、接触前後の発汗量と接触乾湿感との関係を検討したものである。とくに含水率が高い状態、すなわち自由水領域にある水との係わりに注目したもので、結果は以下のとおりである。

 スギ材を用い、試験体接触部が様々な晩材率になる薄片試験体を作成した。試験体表面を研磨紙にて表面粗さを調整した後、蒸留水に24時間以上浸漬した。スギ材に十分水分を満たした後、20℃40%RHの恒温恒湿室内にて試験体を放湿させた。放湿中に試験体の重量、表面の水分蒸発量を測定し、被験者に試験体表面に触れてもらい、試験体が「湿っている」か「乾いている」かの回答を得た。乾湿感の判断は、材料間の比較ではなく、触れた材料についての絶対評価とした。スギ材の含水率と接触乾湿感の関係では、「乾いている」という回答が出始める含水率は70%であり、含水率が低下するにつれて「湿っている」という回答の割合は緩やかに減少した。含水率と「湿っている」という回答の割合には、正の相関が見られた。

 スギ材の接触乾湿感を含水率と蒸発量の関係からマハラノビス汎距離による判別分析にかけると、乾湿の境界線は2次曲線を示し、乾湿の境界は含水率30%、蒸発量7g/m2・hで、80%以上の正答率を得た。更に晩材率を考慮すると、同じ含水率にあるスギ材の接触乾湿感は、晩材率が高いほうが「湿っている」と回答する割合が高くなった。これは、早材よりも晩材のほうが指先からの熱移動量が大きいためと考えられる。

 ヒノキ、エゾマツ、スプルース、ベイマツの4樹種についてスギ材と同様の手法によって検討した。針葉樹材の含水率と接触乾湿感の関係では、4樹種ともに差異はなく、スギ材と同様、それぞれの針葉樹材の含水率と接触乾湿感との関係には正の相関が見られた。針葉樹材の接触乾湿感を含水率と蒸発量の関係からマハラノビス汎距離による判別分析にかけると、乾湿の境界はおおむね含水率20%、蒸発量10g/m2・hで、80%以上の正答率を得た。針葉樹材の接触乾湿感は、含水率、蒸発量をもとに乾湿感の判別が可能であり、含水率、蒸発量を用いて針葉樹材の接触乾湿感を評価できる。

 ミズナラ、キリ、ケヤキ、タモ、ブナ、カシ、ホオノキ、レッドラワン、ブラックウォルナット、チーク、バルサ、アフリカンパドック、カリンの13樹種について、スギ材、針葉樹材と同様の試験を行った。広葉樹の含水率と接触乾湿感との関係では、樹種ごとに特徴が見られ、結果として6タイプに分類した。分類のポイントは、(1)「乾いている」という回答が出始める含水率、(2)「湿っている」という回答の割合が、含水率の低下に沿って緩やかに減少するか、横ばいのまま推移するか、(3)最終的に「湿っている」という回答の割合が、直線的に急激に減少するか、それとも緩やかに減少するか、の3点であった。それぞれの広葉樹材の含水率と接触乾湿感との関係には、正の相関が見られた。広葉樹材の含水率と蒸発量の関係による接触乾湿感のマハラノビス汎距離による判別分析の結果、比重の軽い材は比重の高い材にくらべて「乾いている」と回答する領域が非常に広く、より「乾いている」と評価されることがわかった。80%以上の正答率を得た。広葉樹材の接触乾湿感は、含水率、蒸発量をもとに乾湿感の判別が可能であり、含水率、蒸発量を用いて広葉樹材の接触乾湿感を評価できる。

 スギ早材、スギ晩材を用い表面粗さの変化させて接触乾湿感に及ぼす影響を検討した。早材、晩材それぞれ研磨紙を用いて表面粗さの異なる3種類の試験体を作成した。スギ早材の含水率と接触乾湿感との関係では、「乾いている」という回答が出始める含水率には傾向が見られ、材料表面が粗いほうが、「乾いている」という回答が出始める含水率が高い。3種類の研磨紙で処理されたスギ晩材の含水率と接触乾湿感との関係においては、「乾いている」という回答が出始める含水率は3種とも同じで、スギ早材のような傾向は見られない。これはスギ早材にくらべてスギ晩材の表面が滑らかで、表面粗さの差も小さかったことが影響している。さらに気乾比重の異なる木材についても材料表面が粗いほうが、「乾いている」という回答が出始める含水率が高いというスギ早材と同様の結果を得た。以上の結果を1つの含水率、表面粗さの軸に載せると、「乾いている」という回答が出始める含水率と表面粗さには直線関係があることが認められた。

 木材の接触乾湿感に関して、熱的な影響を検討するため、Kollmannの式を用いて求めた熱伝導率と接触乾湿感との関係、測定した材料の放熱速度と接触乾湿感との関係を検討した。木材は比重や含水率によって熱伝導率は変化するが、各樹種の「乾いている」という回答が出始めた含水率での各材料の熱伝導率を求めたところ、どの樹種もその熱伝導率は、ほぼ同じ値を示した。また、同様にその含水率での放熱速度を測定したところ、この値も樹種によらずほぼ同じ値であった。以上により、木材の接触乾湿感において、「乾いている」という回答が出始める含水率時の木材の熱伝導率、放熱速度は一定であり、指先から木材への熱移動量がある一定値を下回ると、「乾いている」という回答が出始めることが明らかになった。

 木材の接触乾湿感を木材に触れる人間の側からのアプローチとして接触前後に指先の発汗量を測定した。スギ早材、スギ晩材、ヒノキ、レッドラワン、ミズナラ、キリに接触した直後の発汗量は、すべて、接触前の発汗量を上回り、木材への接触により指先が影響を受けた。スギ晩材に触れた直後の発汗量は、含水率が高い材に触れた方が多くなった。しかし、逆にスギ早材に触れたときには、含水率が高い材に触れた方が少なくなっていた。また、他の材料への接触直後の発汗量は、含水率の変化に関係なく、ほぼ一定であった。含水率が高いときは、「冷たい」=「湿っている」という刺激により精神性発汗が発生し、含水率が低下するにつれて、刺激が小さくなり、精神性発汗が少なくなった。

 以上本論文は木材の接触乾湿感について材料物性と人間側の発汗量との関係を検討し建築資材の評価試験への展開を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

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